aki's room!

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息子が産まれる



でも、それからは、つわりを乗り越えるのに、辛い日々が続きました。
元夫の冷たさに、涙した日々も数知れず。
氷を口に含む事すら出来ず、吐き気がひどく、微熱がありました。
苦しいと訴えても、怒るだけ。そんなにひどいなら、勝手に病院行けと言わんばかりでした。

脱水症状で1週間+2週間の入院生活も経験しました。

2度目の退院が決まったとき、元夫のいる家に帰りたくないと思っていました。退院の日、実家の母が来てくれて、実家に行きたいと言い、一緒に実家に帰ることになった。
元夫への不満を一気に話しました。
落ち着くまで実家にいたらいいと言ってくれた。
元夫へは、今までの思いを、手紙に書き送った。
元夫は、平謝りに謝ってきた。
年が明け、私は元夫の家へ戻る事を決心した。

それからの元夫は、とても優しかったです。
でも、体を触れられる事は、なんとなく嫌で、避けていました。

つわりもすっかり治まって、市の母親学級に参加した。4回+料理教室1回ありました。最後の日は、母親学級が始まる前に集まって、デパートでランチしました。お互いの連絡先を聞きあって、その後も集まるようになった。
最終的には6人のメンバーが残った。
その中の子が、せっせと産まれてくる子の為に、縫い物をしていた。
それに触発され、私もよだれかけやキルティングでベスト、カバーオール、おくるみなど作ってみた。

里帰り出産のため、GW明けの土曜日に、帰省した。5月は天気の良い日が多く、母と犬と一緒によく散歩しました。
編み物が好きな私は、産まれるまでにと、手袋、マフラー、ベスト、カーディガンといろいろ編んでいた。

5月27日の夜、なんとなく陣痛を感じた。でも、間隔は不規則。寝ようと思うが寝付けない。そのまま朝になった。陣痛の間隔は狭まることなく、ただつらくなってきた。食欲もなく、おやつにココアを飲んだ事は覚えている。
夕方、ようやく陣痛が5分間隔になってきたので、病院に電話して、タクシーで向かった。そのまま分娩台にあがり、様子を見る事に。1時間後、隣の分娩台に若い子が来た。若いからか、陣痛の進みも早く、子宮口もどんどん開いて来るらしく、夜勤の助産師一人になってからは、その若い子につきっきり、私はほっとかれた。心細さから、陣痛がやってくるたび、とても辛くなり、吐き気をもよおすようになり、結局、嘔吐し、助産師に怒られた。
結局、若い子の方が産まれた後すぐに、私の子も産まれて来た。5月28日、午後10時7分、2940gの男の子でした。

どうしていいかわからず、パニックしてしまった私は、呼吸法が上手く出来ず、後で、先生や助産師に怒られた。
でも、今になって思う事は、初めての経験なのに、一人ほっとかれて、怒られるなんて、ひどい病院だと思う。さらに、その後、この病院のひどさに直面する事になる。

縫合の糸は上等の溶ける糸を使っているらしい。しかし、体質によるらしいのだ。私は、まさに糸が溶けにくい体質だったのだろう。
ドーナツ型のクッションが日に日に手放せなくなってきたのです。退院しても2週間たって、傷みが増してきたくらい。
病院で問い合わせても、「ふーん」とそっけない態度。結局一ヶ月検診まで我慢。早めの受診で、何ともないよ、糸が一本残ってたから抜いておいた、あなたの痛がりようは何なんだという感じで怒られた。
もう悲しかった。お産ってこんなにつらいの?みんな顔に出さないだけ?
本当に不安だった。

だけど、そんなはずはない!と、結局、元夫のいる家に早めに戻り、検診を受けていた病院を訪ねた。そこは総合病院で、たまたま副院長という産婦人科では1番偉い先生に見てもらえたのだが、こりゃあ、ひどいね、痛かったでしょう、すごく膿んでるよ、糸もこんなに太いのが残ってる(抜いて見せてくれた)、奥にも糸が残ってるけど、取るのが大変だし、もう少し我慢したら溶けそうだから、そのままにしておきましょう、と、今日糸を抜いたから、多分痛みが増すと思いますので痛み止め出しておきます。ほっとして、涙が出てきました。確かにその晩の痛みようったら、家で大騒ぎでした。
副院長も結構な年でしたが、「その先生、いくつくらい?年で目が悪いんじゃないの?」って言ってました。でも、今でもその病院は、人気で、病室足りなくて廊下で寝ているという話です。私は稀な人だったのでしょうか。

1ヶ月、おしりが痛いという騒ぎで、出掛かっていた母乳もすっかり止まってしまい、完全ミルクで息子は育てられました。ミルクを作っても、全部飲んでくれなかったり、作るのが大変でしたが、私でなくてもあげられる、元夫もよくあげてくれました。おむつ交換は出来ないといわれたけど、休みの日や夜はミルクを飲ませてくれました。(作るのは私だったけど)
徐々に元夫への嫌悪感は、次第になくなっていました。

4ヶ月の頃、離乳食講習会がありました。母親学級のメンバーの一部と再会。
5ヶ月に入った11月から離乳食を始めました。と同時に妊娠発覚。
「中絶したい」と私は思っていました。でも、元夫の説得により、産む事を決意しました。もちろん、今は、二人いて良かったと思ってます。

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