風の時




───公立櫻島中学校1-B

にぎやかな教室。窓を開けると入り込んでくる、春の風。楠木の葉が揺れる、さわさわした音。

新中学生“小田原 由広(おだわら よしひろ)”は椅子に座って、それをボーッと見ていた。



「おはよっ、由広」

「ん・・あ、おはよー迅」

「おいおいぃ、朝から寝んなよお前。目ぇ死んでるぞ」

始業にあと2分という時間に教室に入ってきたのは、クラスメートの“長岡 迅(ながおか じん)”。

小学校から意外と仲の良かった友達だった。

「眠いんだからしょーがないじゃん・・まぶたが重いぃ~・・」

「っとにお前はアホか!寝てろっ」


迅の呆れ顔を最後に、由広は周りの音がだんだん遠くで響いているように感じつつ、まどろんだ。





ばしっ

「痛ッ!?」

何かが頭を叩いた。思わず声に出る。その途端、目が覚めた。

右手で頭をさすりながら、ワザと睨むように机から顔を上げて、

「・・・ゲ」

「よく眠れたか?小田原。社会の授業で寝るとはいい度胸だ」

「・・・」

分厚い地理の教科書と、社会担当の先生の存在に気づく。

由広はえへへとぎこちない笑いをした。脂汗を掻きそうだ。



先生は由広に何か説教しようとして、口を開いた。



その次の瞬間。

ガタッと乱暴な音がして、教室に、ある生徒が現れた。

茶色の髪を揺らし、独特の雰囲気を感じさせながら。



「安田!!」

社会担当・兼学年主任の先生がそいつの名を呼ぶ・・というより、どなる。

教室の空気が緊張したように張り詰めた。由広は怒られずに済んで、少し安心していたが。

「何ですか?」

呼ばれた“安田 初(やすだ はじめ)”はそう返事した。いかにもめんどくさそうな声で。

「お前、遅れたならその理由を言いに来いと何度言ったら分かるんだ!?」

先生の声が、初のそんな態度のせいか少々音量アップする。もはや、罵声。

初はそれをさらっと否定した。

「理由がないから行かないんですけど?」

先生の口元がピクッとしたのを、由広は見逃さなかった。

「何だと・・?安田、なんて口の利き方をする!」

「そう聞こえましたか?すいません」

短気で有名な先生の怒りと対照的に、初が嫌味な笑顔を作る。明らかにバカにしていた。

「大体、理由がないとはどういう意味だ!」

「まんまです。遅れた理由なんてありません。ただサボってただけです」

「人をバカにするのもいい加減にしろ!!!」

どん、と先生の拳が机を叩く。

初以外の生徒たちがのけぞった。しかし、当の初は別に動じるでもなく、ただ見据えるだけ。





初は世に言う“不良”だった。茶髪で、遅刻の常習犯で、この態度。

入学早々のコレで、学校中の先生は手を焼き忌み嫌われ、生徒にも恐れられている。

もちろん由広も怖がっていた。だが、それと同時に、不思議だった。



どうしてあんなふうに出来るんだろう。



逆らって、自分に利点があるわけでもない。誰もが離れていって、1人になるだけだろうに。



それをどうして恐れないんだろう。







『由広、一緒に遊ぼーぜ』

『ねぇ、宿題の答え見せてくれない?』

『野球、やってみよーよ』

全部、『うん』と答えてきた。断ったら、絶対誰かが離れていく。きっと惨めな気持ちになる。

由広はそう思っていた。初の行動は、それらすべてを肯定して、否定していた。







放課後、帰ろうとしていた由広を、迅が呼び止めた。

「由広?帰んの??部活、ねーのかよ」

「え、あ、いや・・」

ギクッとして、一瞬どもる。迅は不思議そうに尋ねてきた。

「野球部だろ??入部してすぐハードだから大変だ、って昂も言ってたじゃん」

“槙山 昂(まきやま たかし)”は、他クラスで野球大好き少年の2人の元同級生。

現在、由広と一緒に野球部に所属していた。

「そりゃ、そうなんだけど・・用事・・があってさ」

ふぅん、と言うと、迅はじゃぁな、と教室を出ていった。小走りに美術室へ向かっていた。

それを黙って見て、由広はとぼとぼと歩き始める。

隣を、楽しげな女子たちが、バスケ部の校内ランニングの団体が、すり抜けていった。





用事なんて、ねーよ。

1人で苦笑する。そして、うなだれながら玄関を出る。



野球部には、誘われたから入部した。興味なんてこれっぽっちも無い。ただの、付き合い。

だから、たった2週間やそこらの練習だけで、もう、嫌でたまらなくなった。





うらやましかった。

やりたいことをやってる迅と昂が。

そしてなにより、自分の意思を言葉にしてる初が。



俺には出来ないから。そんなふうに自分を表して、孤独になるのは、絶対、惨め。



教室で先生の非難を浴びて、皆に怖がられて、先輩にも嫌われてる初がいい例だ。

あいつは自分をさらけ出したからああなった。

俺みたいに、おとなしく従って、ついていって、黙ってればいいのに。



いい、のに・・・





校庭では桜が舞い散っている。

隅にたたずむ、楠木がさやさやと鳴る。





俺はずっとそうして来た。間違ってないと思う。

だけど。

この後悔は何だろう。情けなさは何だろう。やるせない気持ちでいっぱいになるのは、何で?



こんなに惨めなのは、どうして??





由広は立ち止まった。一度校庭を振り向いて、再び歩く。背中に、野球部の掛け声がぶつかった。



ひゅおっ、と風が強く吹く。揺れる葉の、こすれ合う音がした。

「・・・あ」

その瞬間、驚いた。小さな白いボールが、足元に転がってくる。ゆっくりと風に押されるように。

「由広ーっ!!ワリィ、それ取ってーー!!」

そんな声が届く。聞き慣れた声。野球がやりたくて部に入った、昂の明るい声だ。

校庭を見ると、球拾いをしている1年生が、散らばったボールをいくつも集めているところだった。

20mくらい離れた場所で、昂は手を振るようにして由広の返球を待っている。

由広は、白くてやや土の付いたボールを右手で拾った。

投げようとして、ふっと思う。



──どうすればいい?



昂の手の振りがだんだん弱くなる。疑問符を顔に浮かべてるのが、分かる。





俺は、なんて惨め。

勝手に従って、勝手についていって、何も言わずに黙ってて。

そして結局、後悔して、情けなくて、やるせなくて。





──どうしたら、いい?






ぶん

耳の横で風を切る音がした。握られたボールが磁石で引っ張られるように指から離れる。

由広は、力強く、勢いよく、ボールを投げた。



巻き起こる風が、一気に流れていった。





──どう、したい・・?





白いボールは空中をまっすぐ進み、2回ほどバウンドして昂の手に収まった。

昂は礼を言いながら駆け出す。

「明日は部活来いよー!!」

“用事”で休む由広に、明るく叫んで。





由広は数秒の間その場に立っていたが、すぐに校門に向かった。

「・・行かねーよ・・」

微笑みながらのそのつぶやきは、誰かに聞こえるはずもなかった。







次の日。

「由広ーーーっ!!!」

昂がそう叫びながら教室に走って来た。由広は、笑いながら昂を迎えた。

「おはよー。朝から体力使ってるねぇ」

「いいいい今!!マネージャーさんが来て報告してったんだけど・・!」

肩を上下しながら、昂は続ける。

「おまっ、野球部辞めるってホントかっっ!!?」

真剣かつ嘘だろうという表情で、由広の顔を覗き込む。由広はこくんとうなずいた。

「今朝、辞めさせてくださいって言ってきたんだ」

昂が絶句する。

「分かった気が、して」

由広はそう言ってニッと笑った。



俺が今、どうすればいいのかってことが。



──やりたいことを、やってみればいいんだ。





今日も初は堂々と遅刻して来て、昨日のように生意気な態度をとるだろう。

迅はどうやら美術部で大ハリキリらしいし。

そして昂は野球に燃えている。



それは、そいつらの意思であり、そいつらがやりたいこと。

俺がやりたいことじゃない。



「何が、“分かった”だよ・・俺に何も言わないで勝手に・・」

「俺のやりたいことやんのに、なんで昂に言わなきゃなんないんだよ?」

昂は驚いて、それから怒るように、

「なんだよソレ・・!!なら聞くけどな!お前今さら何やりたいんだよ!!」

と、人差し指で由広をビシッと指した。由広は、笑う。





「それは、これから決めるんだよ!」





「このドが付くほどアホ!!決めてからやめろよ!!」

「それ言うなっ!!俺もそう思ったんだけど・・さっき」

「さっきぃ!!?くそっ、そのバカな神経は野球じゃないと治んねーぞ!!部に戻れ!」

「うぇぇ早っ!!いや10分前にやめたばっかりなんすけど・・(^^ゞ)」



“考え直してみないか?”の先生の言葉も断った。昂にも逆らった。

そして、やりたいことをやろうとしてる。



それでも俺、1人じゃないよ。後悔してない。怖くない。



今はもう、惨めじゃない。





「俺は俺の、やりたいことをやろうって決めたんだよ!!」

昂に向かって、由広は断言した。一応、

「やりたいことは、そのうち見つける!!」

と付け足しておいたが。





窓から入り込む風の爽やかな香り。それが吹き抜ける楠木の葉の鮮やかな色。

校庭の桃色の桜は、そろそろ変化の時期。

もう少しして、由広がサッカー部に入部する頃には、新緑の季節になっているだろう。









あとがき・・・



小説の募集をされてるのを見て、素人ながらも応募させて頂きました。

読んで下さってありがとうございます。



この“風の時”は、普通の少年4人のキャラによって成り立っています。

自分の意思を表現せず悩む由広を主人公に、燃える野球男・昂と、茶髪のヤンキー(古)・初と、これぞ脇役の中の脇役・迅と。

それにプラス短気な社会の先生がおいしい役に。ちなみに由広が叩かれた地理の教科書は350頁のB4サイズです。



気が向きましたら、やりたいことを考えてみて下さい。

そしてぜひぜひ、やりたいことをやってみて下さい。



以上です。それでは、本当に、ありがとうございました。





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