Novalis

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◇インスピレーションの部屋




私の名前はHemik。色々な時代に生きて来ましたが、これを書いている今は、グレゴリオ暦でいう西暦2,352年の時代に生きる固体です。性別は一応女性、と言うことにしておきましょう。あなたがたの生きている2千年始めの時代からすると、私は未来人、と言うことになりますね。そして、全く姿を新たにした「地球」に住んでいます。

私は今、宇宙の空間にいます。(意識をそちらに向けるだけで、私の視点は宇宙から地球を望むことができます。そして私はあるエネルギーとして、あなたのすぐ側にいます。)あなたとリアルタイムで地球を遠く離れた地点から見ています。さ、ご一緒に私たちの故郷を宇宙から眺めてみましょう。(そういった状態を、これを読みながら想像してみてくださいね。)

ますます青く、緑の濃くなった地球。以前に見られた、砂漠地帯、氷の大陸は何処にも存在しません。その姿は安らかで、光輝いていますね。女性的要素と男性的要素を完璧にバランスした凛としたその姿は、「愛」そのものです。柔和で、それでいてしっかりした感覚、安定感を与えてくれます。言葉に表せないほどの神々しさ。宇宙の漆黒となんと素晴らしく調和しているのでしょう。 この地球を私たちは一緒に創造しています。あなたがたの時の流れの中にある地球が皆さんと手を携えて今日ここにある地球を創造したのです。そして、ずっと絶えず全宇宙の意志、エネルギーが私たちを包み込んでいました。(皆さんの時間の概念で私はお話していますから、文章が過去形ですが、実はあなたと私は同時に存在しています。「時間」 については、またお話したいと思います。」)

さて、私の住む地球にもどってみましょう。 私の住むコミュニティの名はオイカリュプトゥス。人口はわずか500人足らずで、あなたがたの言う「村」に近いでしょうか、この様な共同生活形態が地球のあちこちに点在します。これ以上の住人を持つコミュニティは存在しません。私たちはこのコミュニティを 1つの固体、すなわち一人の人間の様に感じています。さらに、すべてのコミュニティの集合を、これもあたかも、コミュニティが1つしかないと感じ、延いては世界が1つしかないと感じています。ですから、このような小さなコミュニティでも、孤独感は全くありません。私たちはこの感覚を基にいつも他の生命と「愛」に溢れた交流をしています。

一地球国家、全てが1つと言う考え、これは私たちの集合意識の根底に流れる、全てを結び付ける重要な概念です。この概念は地球に限らず、全宇宙、共通です。つまり、宇宙という大きな体があり、私たちはその細胞の一部で、そしてそのそれぞれが自分の選択した「今」を創造している、そんな感じでしょうか。
(ただ、それぞれの星の概念創造段階の度合いの違いはあります。2000年の初期の地球はどのようにそれが創造されるのか検討の時期で、わくわく、ドキドキしている「時、空、霊、物」の霊的成長の 過渡期です。)

私たちは「都市」、「国家」という形態を、それからまもなくの2013年に止めてしまいました。これ以前の時代、何千年にも渡っての対人関係不安から起こった、戦争、経済危機、環境汚染、教育問題、等の諸問題の事は、皆さんは良くご存知でしょう。しかし、これらは私たちに必要なことでした。上に挙げたようなネガティブな出来事が無い限りその反対に存在するポジティブな事柄を知ることができない時代だったのです。簡単に言えば「寒さ」がなければ「温かさ」も存在しない、「上」が無ければ「下」もなく、「死」が無ければ「生きる」ことさえ分からないというように。

さて、では皆さんはどのようにこの相対的なネガティブな何かを創造することなく回避し、今のこの地球を, 私たちを形作ったのでしょうか。

まず、皆さんは思考、意識、感情に着目しました。思考の、意識の、感情の動くところにエネルギーが存在することを思いついた、いえ、思い出したのです。それらが動く時、現実も動き出す。あるエネルギーの場が出来、そのエネルギーが蓄積されてくると物質化する。あるいは関係ができる。その度合いによってもう千差万別の事柄が出現する。結果が出てくる。この過程がはっきりしたした時、逆の発想を言う者が現れました。「始めに結果がある」のだと。それでは最初に「結果」をもってくれば良いのだ、と。「見ることは信じること。」創造したいものをはっきり見据え、それを信じる。「結果がある」ことを見つめ、それを信じつづける。そのためのエネルギーを与える。そのエネルギーの性質を決定する思考、意識、感情を選択する。または、思考、意識、感情を選択し、エネルギーを与える。このことが、だんだん科学と呼ばれる世界で形造られてゆき、社会を、世界を全く別の世界に作り替えてしまったのです。

「私たちは、どんな社会を、国家を、世界を選択するのか」

いつか、この理論をもとに世界中の国という国が、人類が真剣に「平和」と「安定」への模索を始めました。地球の変化の時間が迫っているとも感じていました。なんとかしなくては・・・・と感じていました。

基本は家庭。その中でもとりわけ個人、個人の感情は大切にされ始めました。個人がそれを試して見ないことには、全体の力にはなりません。それには個人と世界を繋げる力強い概念が必要でした。

うすうすあなたがたは感じ初めていたのです。自然の感情の中には、なにか共通の強い絆があるのだと。それは無制限の「愛」の感情でした。考える余地のない状態で・・・、せっぱ詰まった時・・・、瀕死の生命を助けようとする行為は、ここから発生します。例えば、美しいこころに触れた時、子供たちのむじゃきな笑い声、大好きな人の優しい眼差しを見る時・・・、皆で手がけたプロジェクトが遂行され、完成する時、心を合わせて皆で音楽作りをする時、・・・そこに息づく深い感動。その中に人類の最高の感情である[愛]が存在する。それに人類は気づいたのです。

それは普遍的に利用できる素晴らしい概念でした。それぞれに共通する感情である「愛」の感情、これは人々を強く結び付け、「一体感」をもたらしました。一体感は少しづつですが、当時のマスコミニュケーションの手段として使われたPCの技術を通して、概念として世界中に広まってゆきます。正に個人の感情のレベルが世界的な意識のレベルに反映さるという過程を示しました。共時性をもって波及したこの概念はまず、個人のレベルで体感され、家庭で子供たちに両親から、言葉ではなく、身をもって、無償の「愛」と「一体」であることの大切さを示されました。そして公共の教育機関で。この考えに基づいたあらゆる知識と知恵が動員され、あらゆるプログラムが試行錯誤され、創造されてゆきました。そして、また次の世代へと・・・。

こうして、人類は何千年もの古い思想の循環から新しいものへと移行して行きました。世界は、人類は、「新たなる人類の選択」によって全ての危機の崖っぷちから生還したのです。そして、地球も新たなる世界を再創造したのです。地殻の変動、大気の温暖化は地球の意志でした。宇宙の変化もありました。

今、私の立っている地面は地熱で自生した苔に覆われ、優しく私の素足を包み込んでいます。鼻をくすぐる風は甘い香りに満ち、太陽がちらちらと緑の葉の間から私の閉じた目に光りを投げかけます。私はいつも安らかさの中におり、安定感を感じています。「何かを感じること」は、私たちの人生にとってもっとも大切な事柄です。例えば、私たちの住んでいる現在の地球の地上の大気は適温、湿度も快適にコントロールされています。私たちはあなたたちが着ている衣服と言うものをほとんど身につけていません。体はこころと一体であり、その表現です。私たちは決して自分の感情を隠したりしません。そのことと同じで、体は誇るべきものであり、衣服でどうして隠さなければならないのか分からないのです。ですから、私たちにはあなたたちの持っている羞恥心、罪悪感の感情を知りません。そういう感情が存在していたのだということをあなたがたから、過去の事実として教わります。(それはある種、記念碑のようなものです。)が、私たちはそれを再創造しません。なぜならば、それは私たちにとって役にたたない感情だからです。それが良いことだ、悪いことだ、という判断もしません。ただ、そこには感情があるだけです。ただ、「そういう感情がある」ことを認めるだけです。裁かれもせず、裁きもせず批判することもされることもありません。それは、本当に無意味なことだと知っているからです。私たちが一体であるならば、誰が誰を非難したり、傷つけたり、奈落に突き落としたりすることができるのでしょう。左手は傷ついた右手をいたわろうとしますが、さらに痛みを加えることはないでしょう。


つづく

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