Hummingbird

2005.07.18
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膝に掛かる軽い重みに笑みをこぼす。
髪を梳いてやれば、香織がこちらを向いて少し、笑った。









季節は春。縁側に腰を下ろし、たわいもない話に花を咲かす。
ただそれだけのことが、何故こんなにも心地よいのだろう。
知盛は自分の心に浮かんだ問いに、思わず笑みがこぼれるのを感じた。

考えるまでもない。そんなの、決まっているじゃないか。
────────香織が、隣にいるからだ。
さっきから軽い寝息をたてて眠っている少女の顔をそっと覗き込むと、
そのあまりの健やか、としかいいようのない寝顔に少々拍子抜けしてしまった。

いいのか悪いのか良くわからない。そのまま知盛はしばらくのあいだ微妙な顔で縁側に腰をかけていたが、
急にいいことを思いついたとばかりにニヤリと笑った。



※ ※ ※ ※



なるべく衣擦れの音を立てないように気をつけて、少女の額を軽くはじく。
とたんに少女の眉間に皺が寄るのを見て、知盛は満足げに笑った。
「・・・・変な顔だな」
まるでうなり声でも聞こえてきそうなその顔に思わず独り言を言ってから、
今度は乱れたその前髪を軽く梳いてみる。すると今までのしかめ面からすぐに心地よさげに寝顔に笑みを浮かべた香織を見て、
知盛は腹の底からこみあがる笑いを抑えきれないでひとりごちた。



「クッ・・・本当に、可笑しいやつ」
こんな奇妙な女は、後にも先にもこいつ一人だけだろう。

その反面自分の弱さを認め、理解し、それでも前に進もうとする意思の強さとしたたかさを持つ、今まで見たこともないような、異世界からの女。



まあ、その性格も言ってしまえばただの単純馬鹿なだけだが、
なぜか香織のそのまっすぐな気性には惹かれるものがある。
父上も、経正も、敦盛も。あの惟盛でさえ、香織と会ってから変わった。
いや、自分もきっと変わったのだろう。いつもと変わらぬように見える有川でさえも。




春のうららかな風に目を細めながら、他にすることもないとばかりに知盛は過去に思いを馳せた。
香織に会うまで、いったい自分は何を思って人を斬ってきたのか、平家に尽くしてきたのか、知盛はよくわからないでいた。
正直、どうでもいいと思っていた。戦の勝敗も民の行方も。
ただ、今は亡き兄や───亡霊と化してしまった父、から教わった剣技を確かめていたかっただけ。
誰とも知れない体から剣を抜くと同時に溢れ飛び散る血潮にも、人を斬るときに感じる、重く鈍い手ごたえにも、何も思うことはなかった。覚悟も必要としないほどに、知盛にとってはたいしたことなどなかったのだ。
ただ、強い奴を求めた。暇つぶしになるなら、誰でも良いと。


そこまで思い出して、知盛はふと、いくつもの地域を治め統べる自分がこんなふぬけ────昔の自分が今の自分を見たら、確実にそう言うだろう────になってしまって良いのだろうか、と思う。
実際、前までは昔を振り返ることなんてしようとも思わなかった。
むしろ時間の無駄だといって簡単に切り捨てていただろう。
それに、今のように季節の移りをこんなにあたたかな気持ちで見つめることもなかったし、
自分で言うのもなんだが、まあ、なんだ、少し性格が丸くなったような気がする。
香織あたりに言えば、馬鹿にされるかもしれないが。





知盛は笑う。だが、それはそれで、良い。
自分は、武将だ。戦を切り抜け、勝たなければならない。
それは十分わかっている。見失わなければ、大丈夫だ。
たとえそれが、終わりの見えている、平家のためでも。


平家がたどる道は、滅びの道しかない─────それは、宿命と言っても良いと。
父が狂い始めてから、知盛はたびたびそう感じていた。平家に未来など、無い。




だが、有川が来て、香織がきて。
最近、流れが少し変わった気がする。それが、初めから定められていたものかはわからないが。






そこまで考えて、知盛の思考はいったん中断した。
さっきまで隣ですやすやと寝ていた香織が軽い身じろぎとともにうっすらと目を開いたからだ。



「・・・・・・あー、知盛だ・・・おはよ」
寝ぼけ眼で猫のように伸びをした香織を見ながら、知盛もつられて体をひねる。
「ああ・・・よく寝ていたな」
からかうようにこぼしたその言葉に照れくさそうに笑った香織に、知盛は人知れず笑みをこぼす。
ああ、やはりこんな日も悪くはない。
普段将臣やら惟盛やらに邪魔されているだけに、二人だけのこの時間が妙に愛しく思えた。




「えっと、あのねえ、さっき、知盛に苛められて、けど最後には優しくされた夢みたよ」

あははと笑いながら意味のわからないことを言う香織に、知盛はそれでも目を瞠ってからああ、と言った。
きっと、あのことだろう。額をはじいたり髪を梳いたりとした記憶が蘇る。
笑いをこらえながら香織を見据えると、いいことを思いついたとばかりにその耳に言葉を吹き込んだ。





「夢の中にも俺が出てくるくらい、俺のことが気になるのか?」

冗談で済ませるにはあまりにも艶と色香を含んだその声に、香織は思わず赤面する。
ばか言わないでよ!といって背中にふりおろされる手にも、怒りは見受けられない。
たまにはこんな日もいいか、と彼にしては珍しい笑顔で香織の手のひらを受け止めながら、知盛は思った。








お前がきてから、俺は、きっと変われたのだろう。
───────その変化を悪いものとは思わないさ。
胸に潜むこの優しい想いは、生まれて初めて手にするものだから。
不思議と、その感覚は嫌なものじゃない、しな。





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Last updated  2005.07.18 20:23:36
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