奄美の歴史



奄美諸島の主島。たんに大島とも。面積719.88K㎡。西南部に加計呂麻(かけろま)・請(うけ)・与路(よろ)の属島があち、鹿児島県名瀬(なぜ)市、笠利(かさり)町・龍郷(たつごう)町・瀬戸内(せとうち)町・大和(やまと)村・宇検(うけん)村・住用(すみよう)村がある。山地が多く、海岸線は屈曲に富む。気候は亜熱帯性の温暖湿純型を示しアマミノクロウサギをはじめ貴重な生物が生息する。日本書紀に海見、続日本記に菴美などとみえ、7世紀には大和政権に知られ海上交通の中継地として重視されていた。1306年得宗北条氏の被官である千竈(ちかま)時家がこの島をはじめ奄美の島々を譲渡の対象としており、北条氏も海外交易上重要な島々として認識していた。平家落人の伝承がある。琉球に帰属した年代は不詳であるが、1226年に大島の者が入貢したとも、14世紀の琉球三山分立のころ北山王が領したとも伝える。諸史料から、15世紀中ごろには琉球王国の統治下に入っていたと認定される。1529年の琉球辞令所が残り、近世に引き継がれる間切り(まぎり)名がみえる。1609年島津氏の琉球侵攻により、鹿児島薩直轄領となる。島内は7つの間切りに分かれていた。1879年大島郡に所属、近世以来のサトウキビに加えて、パパイア・パイナップルなどが栽培されるほか、かつお漁が行われる。特産品として大島紬がある。鹿児島港からの定期船が頻繁にあり、東京・大阪・神戸からの直行便もある。1988年には笠利町にジェット機の発着が可能な奄美空港ができた。



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