「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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とある田舎の喫茶店
この世界に生きる少年は
晴れ渡りそよ風の吹く草原エリアに、一見して女の子と見間違わんばかりの整った顔立ちの少年と、比較的背が高く活発的な印象を持つ少女が腰を下ろしていた。
「じゃあ今日知り合った記念にほい、これあげる」
「古刀・舞羽(まいはね)……?」
少女が差し出した一本の刀を受け取った少年は、まじまじとそれを見た。
その様子に満足そうな笑みを浮かべながら少女が言った。
「今のあんたのレベルじゃ装備できないけどさ、強くなって装備できるように頑張りなよ。そういうのもこのThe worldの楽しみ方のひとつだからさ。ま、それに囚われる必要はないんだけどね」
「……うんっ。ありがとう! じゃあね、ボクもいつか蓮華(れんげ)にすっごくかっこよくて強い双剣をプレゼントするから!」
爛々と眼を輝かせる少年は、純粋無垢そのものであった。
その真っ直ぐな様に少女は半ば呆れながら自分の胸に手を当てて見せた。
「あはは、私のレベルに見合う武器をかい? そりゃあ気の遠い話だね」
「ほんとだよっ、約束だからね」
「はいよ。そのときまで覚えていたらね」
そんな双剣を少年が持てる頃にはきっとこんな話は記憶の彼方に行ってしまっているだろう。
少女の頭の中ではそんな思いが巡っていた。
だが
「うん、絶対にプレゼントするからね!」
少女の意に反して、少年はどこまでも本気の目をしていた。
■
―――半年後。
多くのPCたちが思い思いに談笑を重ねるマク・アヌで、とある一組の少年と少女もまた、他の者たちと同じように他愛もない話に花を咲かせていた。
二人が座っているのは街の東、噴水がある広場の階段だ。
「はぁ~、明日からテストか~」
「でも蓮華、前のテストは3位だったんでしょ?」
「あー、まあね。でもね、ミンク。勉強ができても好きとは限らないのさ」
「そうなの?」
「ああそうさ。勉強が好きな奴なんてそうそういないって。あんたもそのうちわかるようになるよ」
そう言ってため息ひとつ、頬杖をつく。
(まったく、テストなんてなくなればいいのに……)
そんな心境を知ってか知らずか、ミンクは膝を抱えながら蓮華の顔を下から覗き込み聞いた。
「蓮華、じゃあテスト勉強はしなくてもいいの?」
「う……い、いいのいいの。テストなんて適当にやっておけばいいんだって」
「ふ~ん、そうなんだ……」
「え、あ、いや、あんたは絶対に真似しちゃだめだぞ?」
「そうなの?」
「ああ、そうだ」
どこまでも本気にしてしまうミンクに蓮華は内心でもう一度ため息をついた。
そして「こういうことがあるからネットは駄目だって言う親が出るのかねぇ……」と、ミンクには聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。
蓮華とミンクはいつもがこんな感じだ。
ミンクはビックリしてしまうくらいに真っすぐで無垢。
蓮華にはそういう趣味はないが、こういう子にキャーキャー言う婦女子は多いのではなかろうか。ミンクを見ていると蓮華は何度もそう思ってしまう。
しかし当の本人は全く自覚がないらしく、ミンクは今日もそのくすみのない大きな瞳を蓮華に向ける。
「蓮華、今日はなにするの?」
「なにするかなー……っていつも聞いてばかりじゃなくてあんたも考えなって」
言いながら軽くデコピンをしてやると、ミンクは笑えるくらいに「あうっ」とお手本のようなリアクションをとってくれた。
それに微笑みながらも蓮華はホコリを掃うようにお尻を手ではたき、立ち上がった。
「ま、いいや。とりあえず別行動とるか。私はちょっと用事があるんだ」
「え……ボクも行っちゃだめ……?」
途端に寂しげな瞳を向けてくるミンク。
そういった子にある種の感情を抱くような人間ではない蓮華でも、さすがに母性本能をくすぐられたようで。
「あはは、うーん、別にだめなこたぁないけどさ、つまらないことだしすぐ終わることだよ。それに気づいていたか? 最近はギルドショップが多く出ているんだ。それを見てきたらどうだい?」
最大限に言葉を柔らかくしてミンクの顔を見た。
すると自分の余りある魅力に無自覚な少年は。
「うんっ、わかった! じゃあ行ってくるね!」
満面の笑みを浮かべて去っていった。
「さて、と……」
少年が視界から消えたとき、蓮華の眼は、刃物のように研ぎ澄まされていた。
■
蓮華と別れたミンクはマク・アヌの中央広場へと赴いていた。
彼女の言っていたギルドショップを見るためだ。
「うわあ……蓮華が言ってたとおりだ……」
ミンクが見渡す広場には普段にも増してギルドショップが出店されていた。
ミンクの知るところではなかったが、ここ最近ギルドショップの出店率が高いのには理由がある。
それはバレンタインデイだ。
リアルでは日本の場合、2月14日に女子が男子にチョコをあげるというものだが、このThe worldにおいてはその限りではない。
誰もが14日にログインできるとは限らないし、この世界にはチョコというものがない。
そのため、14日を過ぎても、ギルドショップでチョコの代わりに装備をプレゼントとして買う者が多いのだ。
プレゼントを買うのが女性だけでなく男性もいるというところもリアルとは違うところだろうか。
ざっと見ても、プレゼント目当てにギルドショップを渡り歩いているPCが何人か確認できる。
もっともミンクがそんなことに気づく様子はなかった。
「どこから見ようかなぁ~」
人差し指を唇に当てて考える姿からは、今にも攫われてもおかしくないほどの婦女子の大好物たるエネルギーが放出されていたが、当の本人はまったくの無自覚。
あぶなっかしいという表現も大袈裟ではない、と少年を見る者に思わせるほどだ。
ミンクは一通り見渡すと、小走りする柴犬のような軽い足取りでギルドショップを見回り始めた。
1つ目のショップでは、いかにも人のよさそうな青年が「いらっしゃい」と優しい声をかけてミンクを出迎えた。
品物の質は中々良く、この時期に儲けたいという意欲がうかがえる。
だがミンクの目に止まる物はこれと言ってなく、「また今度ね」と人形のように深々とお辞儀をするミンクを、青年は笑顔で「またのおこしを~」と見送った。
2つ目のショップでは若い女性が店番をしており、ミンクを視界に捉えた瞬間
「きゃあ~~っ! かわい~~~っ! ねえぼくお名前は? 歳はいくつ? あ、歳はもちろんリアルのね」
「コラ! すずな! まぁたお客さんにいらんこと聞こうとしてたのか! こいっ、今日という今日はみっちり説教してやる!」
突然現れた先輩ギルド店員に首ねっこを引っ張られ連れて行かれてしまった。
「絶対また来てね~」という言葉をミンクに残し、彼女は路地裏に消えていった。
ミンクはしかたなく次のお店へと足を運んだ。
そして3つ目のギルドショップ。
ミンクの視線がとある品物で釘付けになった。
「これ……」
「お、いいところに目ぇつけたなあんた。そりゃあレアものでな、他所じゃあそう簡単に手に入らないシロモノさ」
ミンクを見下ろしながら店員の男が言った。
その品物から目が離れないミンクを、値踏みするかのような鋭い眼光がミンクをなめまわす。
(こいつは……)
「これ、いくら?」
いかにも欲しそうな目をするミンクに、男の頭の中をある考えがよぎる。
(もしかするといい鴨になるかもしれねえな……)
途端に男は営業スマイルを浮かべた。
「そいつぁ30000GPになるよ」
「30000……全然足りない……」
(ちっ、金なしか……だがこのチャンスを逃す手はねえな。ここはひとつ……)
「おい、じゃあ金がねえならトレードはどうだ?」
「トレード?」
「ああ、こいつの対価っつーと、ちと並のモノじゃあ務まらないが数があればなんとかならないこともないぜ」
「うーん、と、どうしよう……」
「ま、とりあえず見てみるだけ見てみようや。買うか買わないかはそっから決めりゃいい。だろ?」
「……うん、わかった」
言われるがままにトレードをしてくるミンクを見ながら男は内心でニヤけた。
いまや男にとってのミンクは客ではなく金づる以外のなにものでもなかった。
トレードでぼったくれるだけぼったくろうと考えたのだ。
そんな男の考えを、疑うことを知らないミンクが察せられるはずもない。
「どれとならトレードしてくれるの?」
「んー、そうだなー」
(なんだ、ガラクタしかねえな。ま、レベルも低そうだからこんなもんなんだろうが……)
ミンクの持っているものはほとんどがレベル相応のもので、売る価値のあるものはなかった。
だがその中でひとつだけ、他とは比にならないほどにレベルの高い装備があった。
『古刀・舞羽』
ミンクが蓮華と出会った時に、いつかこれを装備できるように、と彼女からもらった剣だ。
(こいつは……)
「おい、こいつとだったらトレードしてやってもいいぜ」
「え……これは……。他のものじゃだめ?」
あれほど品物を欲しがっていたミンクの表情が揺らいだ。
(なるほどね……これだけは特別ってか?)
だがここで引き下がるほど男は心優しい人間ではなかった。
「コイツ以外じゃあ話にならねえなぁ。他のものじゃこいつぁ買えねえよ」
「そんな……でもコレは……」
「嫌ならいいんだぜ。買い手ならいくらでもいるしな。でもま、これを逃したら二度とお目にかかれないとは思うがな」
「―――っ、か、買う! これと交換してっ!」
「まいどっ」
(よっしゃっ、ひっかかったぜ!)
内心でほくそ笑みながらも男は営業スマイルを決して崩さない。
欲しかったものを手に入れたのにどこか落ち込んでいるように見えるミンクだが、男にとってはそんなことはどうでもいいことだった。
交換した品物はかなりのレア物だったが、古刀・舞羽と比べては惜しくない物だ。
それほどまでに古刀・舞羽は価値があったのだ。
それを知る由もなかったミンクを、男は口元を吊り上げた笑みで見送った。
■
マク・アヌ錬金地区にある小さな船着場で、一人の少年が静かに膝を抱えて座っていた。
癖のまったくない栗色の髪の毛をもった小柄な少年、ミンクだ。
彼は舞羽を手放したことを後悔していた。
引き換えに手に入れた物は以前からずっと欲しかった物だった。
だが舞羽は、あれは特別なものだったのだ。決して手放していいものではなかったはずなのに。
店員の勢いに任せてトレードをしてしまった。
「どうしよう……」
誰にでもなくミンクは太陽の光を反射する水面を見つめながらつぶやいた。
そこに
「あ、いたいた。ショートメール送っても返事こないもんだからあちこち捜したんだぞ、ミンク」
「……ごめん」
どことなく元気のないミンクの返事に蓮華は気づいていたが、さして気にせず普段どおり振舞った。
「じゃ、とりあえずパーティ組んで、暇だからレベル上げでも行くか?」
「……うん」
蓮華はミンクをパーティに加え、二人のステータスを確認した。
ミンクはまだまだ初心者というレベル。
自分は……そろそろ装備をもう一ランク上のものに変えてもいい時期だった。
そしてエリアに出るためにアイテムを確認したときだ。
彼女はミンクのアイテム欄に普段ならあるはずのものが、なくなっていることに気づいた。
「……ミンク」
「……なあに?」
「あの剣はどうした?」
「―――!」
思わずミンクは蓮華の顔を仰ぎ見る。
そこには普段の彼女とは違う、どこか距離を置いたような目をしている蓮華がいた。
そこでミンクはさらに顔を硬直させる。
彼はその顔を恐れていたのだ。
怒り、呆れ、失望。それに似た感情を含んだ顔を向けられることを。
実際蓮華の頭にはミンクを嫌いになるという思いは入る余地もなかったが、彼に対してためらいのようなものが生まれたのは確かだった。
「あ、あれはその……」
言葉がつまる。ちらりと蓮華の顔を見ると、そこには戸惑いの色が伺えた。
どうしたらいいかわからない。ミンクのことがわからなくなっている。そんな顔だった。
だがそれでもミンクには本当のことを言うしかなかった。彼に嘘などつけるわけもなかった。
「うっ……ちゃった……」
「売った……? あの剣を?」
反射的にミンクは蓮華へと向いた。
蓮華の声に戸惑いと失望が含まれていたことを悟ってしまったからだ。
そして予想通り、彼女の顔に、いつもの優しい笑顔はなかった。
それにショックを受けながらも、ミンクは言葉を出していた。
笑ってほしいという願いを、込めながら。
「あ、あのね、欲しかったものがあってね、それでお店の人がここでしか手に入らなくて、あの刀となら交換してもいいって……」
「それで、あんたはそれを渡したわけだ」
「―――っ!?」
ミンクがショックを受けていることに蓮華は気づいていた。
気づいていながら、動揺を抑えることができない自分がいた。
あの剣は自分がミンクと出会ったときにプレゼントしたものだ。
そのときミンクはすごく喜んでくれた。ミンクはあれを宝物にしてくれていた。
蓮華は今までそう思っていた。
だが、経緯はどうあれ、実際にミンクはあの剣を売ったのだ。
そのまぎれもない事実が、蓮華を戸惑わせていた。
「ち、ちがうのっ、聞いて蓮華っ!」
「あー……いいよ、別に。あの刀はあんたのものだし、それをどうしようとあんたの勝手だし、私がどうこう言うことじゃない」
「蓮華!」
「……ごめん、私、ちょっとエリア行ってくる……」
「あっ、あ……」
悲痛な声が蓮華に届くことはない。
去り行く彼女を、ミンクは追うことができなかった。
■
俺たち3人はマク・アヌの中央広場へと来ていた。
最近多く出ているギルドショップを見るためだ。
俺はあくまで見るだけだったのだが……。
「ネック~~、あれ買って~~」
「知らん。自分の金で買いなさい」
意識しているのか無意識なのかはわからないが、意外と豊かな胸の膨らみを左腕に押し付けてくるよもぎに、俺は内心ではドキドキしながらも表面上ではなんとか平静を装って言葉を返した。
だがそう簡単に引き下がる女の子ではないということを俺は知っている。
よもぎはなおも身体を密着させてくる。
「むぅ~~ネックのケチ! 金の亡者! 甲斐性なし!」
「ちょっと待てぇ! 甲斐性なしは関係ねえだろ!」
「うるさいぞネック。黙らないようならそこの川に突き落として魚のエサにするぞ」
右側から聞こえてきた言葉に俺は首を向けた。
そこにはなぜかふてくされた感じの表情をつくるサキネがいた。
「えっと……サキネさんはなぜいつにも増してお怒りで? そして俺の服の裾を掴んでいるのはなぜ? もしや本当に川に突き落とそうとしているのですか?」
「ち、ちがっ……別に突き落とそうとしているわけじゃ! ……私はただっ、その……私も……腕を……」
言葉につまるサキネ。
なんだかうつむいていつものサキネらしくないな。
その様子にクエスチョンマークを浮かべた瞬間、逆方向からお声がかかった。
「大丈夫だよネック。落ちたらわたしが吊り上げてあげるから~。ってそれじゃ本当の首吊りだね! あははは」
「いや、俺はなぜお前が笑ってそんなことを言えるのかが理解できない。首吊りって、俺の名前は別に『首』からきてるわけじゃねえんだけどな……」
そんな俺のつぶやきをサキネは華麗に無視。
「私、ちょっと行ってくる」
行き先も言わずに行ってしまった。
あいつ、どうしたんだ?
そう言った俺によもぎが一言。
「サキネちゃんももうちょっと素直になればいいのに」
ますますワケがわからん。
二人の言葉の意味を考える。
なぜサキネは怒ってどっかに行ってしまったのだろう。
もしかして俺が川に突き落とすことを悟ってしまったのが気に食わなかったのだろうか。
そんなことを考えていたせいで前が見えていなかったのだろう。
気づいたときにはすでに一人のPCとぶつかっていた。
「あ、すみません……ん?」
「ん、なになに!? ネックったらニューフラグ立てちゃった!?」
「何を言ってんだお前は……って、大丈夫か?」
俺が視線を向けるのは下、栗色の髪の少年だ。
「……」
だが俺の言葉に少年は無言だった。
ここからだと顔がよく見えないため、屈んで目線を同じ高さに合わせる。
そして俺は思わず息を止めた。
涙が頬をつたっていたのだ。
俺は慎重に、少年に話しかけた。
「えっと、だいじょうぶか?」
少年はわずかにうなずく。
どうやら悲しいことがあって泣いているようだった。
俺はどうするべきなのだろうか。
普通なら赤の他人なのだから去っていくのだが……。
「……」
少年の顔を見る限り「ほっといてくれ」というような雰囲気は感じられない。
もしそう思っていたら誰かとぶつかるようなところをふらふら歩いていないだろう。
俺だったらどこか人通りの少ないところにいる。
こうやって人通りの多いところで涙もぬぐわずにいるということは、人の目を気にすることすらできていないということなのかもしれない。
だとしたらここはお得意のお節介を発動しても問題ないのだろうか?
「いいんじゃないかな? ネックにまかせるよ」
よもぎの了承を確認、少年に話しかけた。
「俺たちでよければ話聞くけど?」
なるべく優しくかけた俺だが少年は首を縦には振らなかった。
戸惑い俺の顔をちらちらとうかがう少年。
当然の反応だろう。
いきなり見ず知らずの人間に話しかけられたら戸惑うのも無理はない。
だが一回だけでうなずくとはハナから思っていない。
もう一声。そう思ったところで、横から声が発せられた。
「つらいことがあったときは、誰かに話すと楽になるんだよ? それはね、苦しみを半分もらってくれて、どうやったら笑顔になれるか一緒に考えてくれるから。ネックはね、優しいから、泣いているキミを見て放っておけなくなっちゃったんだと思うの。わたしも、キミのつらさを消してあげたいと思う。だから……もしよかったら話してくれないかな? きっと話すだけでもだいぶ楽になると思うよ?」
いつもとは違う、俺と出会ったときのよもぎの口調だ。
どこまでも優しくて、どこまでも綺麗なよもぎの言葉。
いつものお茶らけたよもぎを知っているのに、俺は不覚にも横にある顔に見惚れてしまった。
俺がこの子の立場であれば思わず抱きついてしまうであろうよもぎに、少年は――俺と違って純粋なのだろう――よもぎが差し出した手をゆっくりと手にとった。
「じゃあ立ち話もなんだからあそこの階段の端にでも腰掛けよ」
うんっ!
二人には気づかれないように、俺は密かに心の中でそう言っていた。
父さん、俺はどうやら、女に騙されやすい人間のようです。
■
少年――ミンクの話を聞いた俺はひとつ疑問を持っていた。
話し終えてもまだうつむいたままのミンクに、俺はその疑問を投げかけた。
「なあ、その古刀・舞羽とトレードした物って、そんなに欲しかった物なのか?」
蓮華という少女からもらったという古刀・舞羽。ミンクにとってそれと同等以上の価値を持つ物とはなんなのか。それが気になった。
そしてこれほどまでに純粋な少年がそう簡単に思い出の品、言ってみれば宝物を手放すわけがない。そう確信もしていた。
ミンクはどこか言いにくそうに
「あのね、舞羽をもらったときにね、約束したんだ。ボクもいつかかっこよくて強い双剣を蓮華にプレゼントするって。それでその双剣をギルドショップで見つけて、それで……」
「舞羽と交換した?」
「うん」
なるほど。蓮華という少女へのプレゼントが欲しいがために泣く泣く舞羽を手放した、と。
なるほどね~。
「って俺はどこからつっこみゃいいんだよ」
反射的にミンクへとデコピンを入れていた。
お、いい反応をする子だ。何度でもデコピンをしたくなるリアクションだ。
「あの、えっと……」
「あれだろ、キミはその蓮華っていう人にそれを言っていないんだろ」
「あ、うん……」
つまり、ミンクは言葉足らずで勘違いされたということだ。
舞羽をトレードに手放したのがいくら事実でも、それが彼女へのプレゼントを買うためだというのなら話は別だ。
言葉が足りなかったミンクもミンクだが蓮華という少女も少女だ。
こんな子と知り合いならばもうちょっと気を配るべきだった。
しかしもらったプレゼントをトレードに出してしまうとは……。
「えっと、キミはもうちょっとトレードのときに考えるべきだったかな」
「……」
俺がそう言った途端、ミンクは口をつぐんでしまった。
まずい、責めていると受け取ってしまったのだろうか。
「ごめんなさい……店員の人が他所じゃ手に入らないからって言ったからあわてて……」
「……」
他所じゃ手に入らない、ねぇ……。
なるほど。商人のよくある文句だ。儲けるためにはそういううたい文句も必要だ。
だがミンクの話を聞くとどうも可愛そうに思えてしかたなくなる。
「でもまあ終わったことは悔いてもしょうがないよ。これからミンクくんがするべきことを考えようよ」
「そんなのわかりきってるだろ」
よもぎからミンクへと視線を変えた。
「その蓮華って人と話す! それしかない」
「でも、蓮華おこって……」
「わかってくれるさ。彼女はキミが舞羽を手放したことにショックを受けたんだろ? それってキミのことを想っているってことだよ。そんな彼女がキミのことをそう簡単に嫌いになるもんか。キミが彼女へのプレゼントを買うためだと知ったらなおさらだよ。キミが彼女を好きなように、彼女もキミのことを好きなのさ。俺が保証する」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ」
そう言ってミンクの頭へと手を乗せてぐしゃぐしゃっと髪をかき乱す。
今のは我ながらちょっと臭かったかもしれない。
ミンクの真っ直ぐな目を向けられるのが恥ずかしくて、なんとなく横を向く。
向いて、そこにはよもぎがいた。
彼女は何も言わずに、にこっと微笑んでくれた。
ああ、やっぱり彼女は綺麗だ。本当の彼女を知ってもなお、この微笑みに魅せられてしまう。
「じゃあミンクくん、行ってきなよ。蓮華さんはキミを待っているはずだから」
「―――うん!」
よもぎに言われてひまわりのような笑顔を咲かせたミンクは、駆け足でカオスゲートの方向へと向かっていった。
「なんだ、やっぱり笑顔の方が可愛いな」
「ネック、よくそういうこと平気で言えるね」
ミンクの背を見ながら言うと、よもぎが覗き込みながらそう言ってきた。
「アホ言え。俺は女の子にはそういうことは言えないが子供に対して言うことに気兼ねはしないんだよ」
「じゃあさ、わたしってかわいい……?」
べーっと舌を出しながら身体を傾けるよもぎ。
その余りにもベタで、しかしあまりにも可愛らしい仕草をする彼女に、俺は言ってやった。
「……ぜんぜん可愛くねえ」
「なにそれぇ!? ひどい!」
「ひどくない! この小悪魔女め!」
問答無用でほっぺをつまんでやる。
「はにひってんおよ~」と涙目で抗議するよもぎを意識外へ放り出し、見えなくなった少年の残像を記憶の中に追った。
「頑張れよ、ミンク」
「くひゃっ!」
「やかましいっ!」
■
少女は草原にいた。
あの少年と出会った草原に。
春風にも似た柔らかく温かい風が、彼女の髪と服を揺らす。
彼女の見つめる先にあるのは空に届かんばかりの果てしなく大きな遺跡。
彼女の脳裏に映っているのは一番近い記憶にある少年の顔。
彼女が大きく肩を上下させたとき、一陣の風が吹いた。
彼女は髪を抑えながら顔をわずかに横に向け―――
少年を、見つけた。
少女の顔にわずかの戸惑いの色が浮かぶ。
だがそれもすぐに崩れた。
少年の顔がこの空のように、晴れ晴れとした笑顔だったから。
少年と向き合った少女は一間置き―――頭をさげた。
そして頭を下げたまま口を動かす。
それを受けた少年もまたいくばくか言葉をつげ、少女は頭をあげた。
少年はまるで繋ぎ止めるように少女の服のすそをつかみ、うつむき加減に言葉を吐く。
少女は驚きの顔をつくり、そして顔をほころばせた。
それから二人は互いに笑顔をつくり、いくつもの言葉を交わした。
すでに二人の間に、手を繋ぐことを邪魔する壁は存在しなかった。
■
サキネはどうやらルミナ・クロスにいたらしい。
ショートメールを送りまくった結果、なんとかマク・アヌに呼び戻したのだ。
なにをそんなに怒っているのだろう。俺は何か悪いことをしたのだろうか。
首をかしげる俺によもぎは一言だけ
「反論しないほうがいいと思うよぉ~」
わけがわからなかったがなんとなく俺もそんな気がしたのでうなずいておいた。
再会したサキネは開口一番
「私の指定するアクセサリーを買え!」
なぜに?
当然そう思ったが、なぜか若干顔が赤くなっているサキネに怒鳴られそうだったので反論はしないでおいた。
俺たちはすぐにギルドショップに行きアクセサリーを買うことにした。
適当に選んだギルドショップはちょうどアクセサリーを取り扱っていた店だった。
「いらっしゃいませ~。いやぁ両手に花とは憎いね旦那ぁ~。夜道の一人歩きは背後に注意しなよ~?」
いきなりなんだこの店員は。
余計なお世話だ。
そう思ったが適当に返事を返して物色を開始する。
アクセサリーと言っても種類は豊富なためそう簡単に決められるものじゃない。
そこで一番手っ取り早い方法をとることにした。
「サキネ、どれが欲しいんだ?」
「え……ほんとに買ってくれるのか……?」
サキネは目を丸くさせながらそう言った。
「……何を今更言ってんだよお前は……お前が買えって言ったんだろ?」
「あ、ああ、そうだったな……」
まさか冗談だったのだろうか。
それとも俺が拒否するとでも思っていたのだろうか。心外だ。
どこかいつものサキネとは違い遠慮するようにおずおずと前に出てきて品物を見始めた。
「どれにしよう……」
アクセサリーを眺めるサキネは極めて冷静に努めようとしていたが、その表情の内側に俺は嬉しさのようなものを感じ取っていた。
もしかして俺に見られたくないからそんな態度をとっているのだろうか?
そう思いながらサキネの顔をまじまじと見つめる。
「これ、かわいい……」
思わずサキネは微笑み、そんな声が口からこぼれた。
俺は当然意外に思ったが口には出さなかった。
それは怒られると思ったからじゃない。
サキネのその姿が、普段とのギャップであまりにも新鮮で可愛らしかったからだ。
「ネック、これを買ってくれ!」
「―――っ!」
「ネック……?」
「あ、いや、うん、いいよ。それを買ってやる」
突然向けられたサキネの視線と目を合わせることに緊張を覚えた俺は思わず目をそらしてしまっていた。
思っていたより安価で手に入れられたそいつを俺は眺めてみた。
ペンダントネックレスというやつだろうか。
細いチェーンの真ん中に小さなペンダントがついている。
正方形にカットされた碧い宝石が三つ、縦に連なっているペンダントだ。
宝石のひとつひとつはだいぶ小さいが吸い込まれるような深い色を持っており存在感を放っている。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
自分が買えと言ったのにサキネはすごく遠慮がちにそれを受け取った。
そして俺と同じようにまじまじとアクセサリーを見つめる。
「きれい……」
宝石を見つめるサキネの眼は、どこか爛々と輝いているように見えた。
じっくり見たあと、サキネはそれを自分の首へと持っていった。
だが
「うーんと……あれ……」
「あー、つけてやるよ」
「えっ、あ……」
女の子なのに自分でネックレスをつけられないとは不器用なやつめ。
そう思って彼女の背後にまわってネックレスをつける。
こうやってあらためて見てみると、サキネの首が思っていたよりも細くて綺麗なことに気づかせられる。
「はい、オーケー。おお、意外と似合ってるじゃん」
「……意外は余計だ」
そう言いながらもサキネの顔は怒っていない。意識はすっかりペンダントネックレスに夢中のようだ。
なんだかんだ言って女の子なんだな。
そんないまさらなことをほのぼのと思っていた俺に背後から声がかかった。
「と~ぜん、わたしにも買ってくれるんだよねぇ~~~?」
「……」
俺としたことが忘れていた。なるほど。
これを見越しての「反論しないほうがいい」か。
ほんとに小悪魔だなこいつは。
そういうやつには……
「あー! あんなところにメイド服を着た中年おやじが!」
「ええ!? うそ!? どこどこ!?」
「お前の頭の中にだぁぁ――っ!」
「ああ! 逃げたぁ! サキネちゃん追いかけるよ!」
「え!? あ、ああ!」
「なぜサキネも追いかける!?」
「な、成り行きだ!」
「くっそぉ! 捕まってたまるかぁぁぁ――っ!」
ああ、今日もマク・アヌの風が気持ちいい。
この世界を循環するこの風を、あの少年は胸に思う少女とともに感じているだろうか。
そして、笑っているだろうか。
この世界をたしかに生きているあの少年は。
今日のことを、誇りに思おう。
なぜなら、この人の絆がもろい世界に生きているあの少年の命を、助けることができたのだから。
~~あとがき~~
この世界では簡単なことで“死んで”しまう。
ってことで許してください。
というかすみません(土下座
やたらと難しいお題と特別ルールを提案してしまいました。
まさか特別ルールだけでなくお題も採用していただけるとは思いよりませんでした。
今回は前回の登場人物ネックたち三人とのコラボ…というよりかは二つの話をひとつに収めたという感じですかね。
本当はもうちょっと大団円になる感じでまとめようとしていたのですが、思っていたより長くなり、それにいつもどおりじゃつまらないと思ったのでこんな感じにしました。
どこかもやもやしたものが残った人がいるかもしれません。
今回いろいろと布石というかそんなものを残しているので今後に繋げたいと思います。
蓮華は何しに言ったのだろう、とか。
そしてお題、特別ルールの提案者でありながらこの遅さ。
頭をあげられません。
読んでいただいた方に心からお礼申し上げます。
ありがとうございました。
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