☆New Beginnings in CANADA ☆

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東南アジアの旅 -Part 2/4-

11/10~11/11/2006:カンボジア(4)
~クラチェの夕暮れ~


旅も10日が過ぎ、このバックパック旅行にも慣れ始めてきたころ。私は、1つの町を出る時、新しい町へ向かう瞬間の、ワクワクっと、込み上げるなんとも言えない気持が好きだなぁって感じていた。一カ所に、もともと長くたいと、あまり思わない性格だからなのか?この頃は、次のデスティネーションへ行くのが、楽しみで楽しみで仕方がなかった。

新しい場所にいっては、宿探しから始まって、町の散策。そして、したい事、やる事が終われば、荷物をまとめて、次へ向かう。次の町でも同じ事の繰り返し。だけれど、旅自体は確実に進んでいるし、同じような事の繰り返し作業の中に、まったく違う出来事が現れる。これは、まさに人生そのものだと感じた。1つの事がおわって、次へ向かうのは嬉しいのも無理ないなぁ♪

さて、そんな事を感じ始めた私の旅は、ようやく雑踏や、人ごみ、ドーンとのしかかる重い空気から離れる事ができ、クラチェの夕日を見ながら、カンボジアを、いま1度感じることができた。あの夕日は、忘れられないぐらい温かな光で私を包み込んでくれた・・・・。

クラチェは、カンボジアの中央、やや東よりに位置する町。だいたい、プノンペンからだと、直線距離にして約180km。やや東より、北へ向かったメコン川沿いにある小さな町である。この町は最近、少しずつ注目を集めている。というのも、このあたりのメコン川で、イラワジ・イルカが生息していて、そのイルカ達が観光客の注目を集め始めたのだ。このあたりでは、そんな観光客の要望に答えるべく、ドルフィン・ウォッチングなどのツアーも行うようになり、さらに観光客が増えてきている、注目度の高いところ。

ここから、ラオスまで、あと一歩という距離であるのもイイ。陸路でラオスへ向かうバックパッカー達が、通る場所でもある。そんなパッカー達&パッカー達のバイブル・ロンリー・プラネットからは、『ラオスとの国境であるスタントレンの町に泊まるよりはクラチェがイイ!』との情報を得ていたので、ラオスへ入る前に、ここで1泊する事にした。

プノンペンを出発したのが朝の8時。クラチェへ到着したのは、もう昼過ぎた午後3時頃だった。直線距離にして180kmといってもね・・・近くて全てが遠く、時間のかかる国。いつも、距離を聞いて驚いてしまう私。ひゃぁ!実は、そんなに近かったの?!、と。

バスがクラチェの入り口に入ったとたん、ドアが開き、ゲストハウスのお兄さんが、バックパッカーを見つけては声をかけてきた。一泊だけということで、そのお兄さんのゲストハウスを1度見にいった。町の中心からはやや離れているが、メコン川沿いにある、新しいゲストハウス。部屋をみた瞬間に気に入ったので、今夜はここに決めた。やっぱり、観光地・シェムリアップやプノンペンを離れると宿の値段が安い!しかも、新築なので、ゲストハウス自体のクオリティーも高い。この値段で、ここなら最高!といった感じ。現在、クラチェには、どんどん新しいゲストハウスができているので、狙い目です。ここからドルフィン・ウォッチングへ出かけるべく数日泊まるのもいいかもしれない。

いつものごとく、部屋に入ってすぐ荷物をほどき、Cと二人、まずは、ダウンタウンと呼ばれるメインの通りへ出向き、明日のラオスまでのルートを探した。クラチェから、国境の町スタントレンへ行き、そこからボートでラオス国境へ行くルート、陸路で行くルートと二つある。最終地点は、ラオス国境からすぐにあるデット島・コーン島だ。2-3件、そのルートのバスやボートを手配している業者を周り、最終的には、デット島・コーン島まで行くチケットを購入した。よくわからないが、明日の朝8時に、バンがゲストハウスまで迎えにきてくれるそうだ。次なるデスティネーションのチケットをゲットすれば、ようやくリラックスタイムとなる。あれこれしているうちに、夕暮れが近づいてきた。

一度、ゲストハウスへ戻り、その後、夫Cと二人でメコン川沿いを散策することになった。 あと、1時間もすれば、夕暮れだ。その瞬間を静かに過ごしたいと思っていた私達。

しばらく歩いていると、中華学校を発見!しかも、“中山学校”と書かれている。ってことは、孫文の系統を引く学校かな?とも思った。へぇーー、カンボジアのクラチェに、中華学校があるとは思わなかった、私と夫はすこし驚いた。でも、確かに、この町、よーーくみると、カンボジア人よりもやや肌の白い、どちらかというと、東アジア系の顔立ちの人も多く見る。学校があるくらいだから、結構、華僑の多い町なんだなと思った。

中山学校inクラチェ


実際に、私達が泊まるゲストハウスも、華僑の人がやっていた。そこでバイトをしている男の子も華僑らしい。彼は、いつかカンボジアを出たいと遠くをみながら話してくれた。ここで、一生懸命働いたところで、海外旅行にも行かれないと言う。そして、私達がカナダからきたというと、カナダへいつか移民したいと話していた。北京語も少し話せるようで、夫ともちょっと話していたけど、なんだか、話を聞いていた私はちょっと複雑だった。ここに住む人達は、世界中からくるバックパッカーと出会い、外国を垣間みる。彼らと接して英語も、時に日本語まで習得してしまうぐらい。そう、生活のために必要だから。でも、一生懸命働いても、私達のように、カンボジア以外の国へなかなか旅しにいくことは出来ない。それが、大多数なのだ。海外旅行が盛んになるというのは、富みの象徴なんだなぁ・・と、今さらながら、気がついて、なんだか、チクっとしたと同時に、ホっとしている自分がいた。嫌なやつかも。

そんな自分の嫌な部分と、どうしても向き合わなくてはいけないのが、カンボジアだったような気がする。ここの国で過去、起こってしまった辛く悲しい、痛々しい爪痕。見たくないけど、どんどん視界に入る。そして、そこから這い上がろうとしては、なかなか出られない様々な現実と、くったくなく笑う子供達の笑顔。でも、そんな、くったくなく笑う子供の中に、どんなことをしてでも生きて行く現実味も垣間みる。なんだかドキドキする。

でも、やはり、どこかで、ホっとしている自分がいるからなのか、そこに罪悪感が芽吹く。ホッとしている自分が悪いような気がする。でも、そんな悪いような気持は居心地イイものではない。できれば、感じたくない。だから、必死で、“何かイイ事しなきゃ”っていう、焦りながら自分を繕う。”私にできることって何?”と自分自身に迫る。罪悪感を隠したいが為に、どうしても善い人の仮面をつけたくなる私。そして、それを冷めた目で見つめるもう一人の自分。最終的には、何もできない自分がそこにいて、結果、無力感に襲われる。疲れた・・。

それくらい、精神的にドーンときて疲れたなぁ・・・と、クラチェのメコン川で出逢った二人のかわいい子供達と遊びながら、感じていた。

最初、彼らが近づいてきた時、私は警戒した。そう、子供といえども、危ないのだ。それに、子供を舐めたらいけない。シェムリアップやプノンペンを通ってきたからか、子供すら疑う私がそこにいた。

私と夫は、メコン川沿いに良いスポットをみつけ、そこに座って、夕日までボケーッとしていた。そこへ、小学校2・3年生の男の子と女の子がよって来た。とっても、人懐っこい笑顔で私達にちょっとずつ近づく二人。私が持っていたカメラが見たかったようだ。私は警戒しながらも、どこかで、そんなに悪い子じゃないよね・・と思いつつ、慎重に接していた。

夫Cを含む私達4人、言葉という言葉を交わしていない(彼らとは言葉が通じない)。でも、彼らが何をしたいのか、どうしたいのか、すぐ分かった。しきりに、鞄の中を見せてくれと言われて、私は正直焦った。『もし、何か盗まれたら?!』と最初に頭に過った私・・・。だけど、違うかもしれないという自分の罪悪感が、曖昧な態度になってしまう。結局、「中身は見せられないけど」と、彼らに通じもしない言語で言いながら、カバンの中に入っていたガイドブックを取り出して、それだけを見せた。

すると、夫Cの方は、平気でカメラを子供に渡している。それを見た私は、ちょっと恥ずかしかった。(後で聞いたら、Cいわく、実は警戒はしていたとの事←それを聞いてホっとする私)

男の子が、Cのカメラで私達を撮る。それを見て女の子も私のカメラを使いたいと言い、それを渡す。彼女は、自分の写真や私達のショットを何枚が撮ってくれた。
子供の手


そんな二人の子供の様子をみながら、頭には、カンボジアで感じた重苦しいき空気や、自分の嫌な部分が走馬灯のように浮かぶ。でも、彼らの笑顔を見ていて、それら暗いものは、なぜかどんどんと浄化された。決して、私の心から無くなったのではない。ただ、そういう重さを抱えたカンボジアと、それに反応する嫌な私自身を受け入れる事ができるような感じ。浄化とは、きれいサッパリ無くすことではなくて、一体になるというのに近いのかもしれない。人によって感じ方は様々だと思うが、私は彼らの笑顔で癒された。

その後、彼らのお母さんらしき人が、遠くから呼んで、二人は家の方へ戻って行ってしまった。

もうすぐ日が暮れる・・・
クラチェ


夕日は、どんどんメコン川の向こうの森へ隠れてゆく。隠れれば隠れる程、夕日の鈍い赤が空の青を埋め尽くす。この赤、火鉢の中でチロチロと灯る火の赤にも似てる。なんだか温かい。

クラチェ沈んだ夕日

夕日が沈めば、静寂の青が戻る。終わった。1つ何かが確かに終わった。そんな感じがした。けれど、だからといって、旅が終わるのではない。ここで開けてしまった扉を一度閉め、もう1つの扉を開けてゆく。

夕日が沈めば、いつのまにか、あたりは、すっかり夜の暗闇につつまれる。新しい扉を開く前の、静かな宴。月明かりを頼りに夕食を食べにレストランへ向かう私達がいた。

明日はとうとうラオス!

東南アジアの旅 -Part 3/1- 11/11/2006:ラオス(1) ~地上の楽園へようこそ~ へ続く。

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東南アジア旅行記
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東南アジアの旅 -Part 1/1- 11/2~11/4:旅の始まり(1) ~台湾からタイ・バンコク、そして世界遺産アンコールワットへ~
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東南アジアの旅 -Part 3/1- 11/11/2006:ラオス(1) ~地上の楽園へようこそ~
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