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もうすぐ夏休みです。元気いっぱいの長男がうちに一日中いるなんて、考えただけで大変...。かと言って、お外は日中ものすごく暑いだろうし。夫も休みが多くなる。ぱそに向かう時間は、少なくなってしまうだろうなぁ。日記をつけ始めて初めての夏休みは、すぐそこまで迫っている...。北海道、着後の宿を予約。やっぱり、YHにした。今、夫と子供たちは昼寝をしている。夕べ更新しようとしたら、風邪気味の上の子が咳き込んでぐずり、書けなかった。冬瓜は、のこり1/4...。どうやって料理しようか?◆私の一番長い旅[7/150]ストックホルム②7月13日(月)ストックホルム 雨 20.6℃ 62%AMEXで両替をしたのち、スカンセン(Skansen)へ。ここは、古い民家や、動物園や公園がいくつも集まっていて、見飽きない。36枚撮り2本もフィルムを使ってしまった。各民家には、民族衣装を着た人がいて、説明してくれる。ベッドがとても短いのが印象的。今は長身の人が多いスウェーデン人だけど、昔は背が低かったのか?足を折って眠るのかと思ったくらい。簡単な英語でも、色々コミュニケーションできて楽しい。Peoples houseのおばさんや、コート(裁判所)のおばあさん。リッチな農家の台所のフリーターのお姉さん、そして、最後に貧しい農家にいたマリアと長くしゃべった。色々話すうちに、アドレスの交換となり、閉園時間となって、何と、一緒にコーヒーを飲みに行こうということになった。スウェーデンの人は冷たいと聞いたことがあったけど、なんとまあ、思いがけないことになったものだと思う。17:45にゲートの外で待ち合わせる。19:40頃まで、マリアのお友達Bjornを交えておしゃべりする。とても楽しかった。
2002.07.13
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7月12日(日)→ストックホルム本日は宿取りもきわめてスムーズ。7時過ぎに夜行がストックホルムに着いた。そのまま、駅のツーリストインフォメーションへ。8時のopenまで待ち、殆んど1、2番目に予約をして貰う。YH二晩OK。やった!バス62番というが、10時までないので、待ちきれずタクシーでYHまで行く。(40Skr)バックパッカーにあるまじき行為だよね。町並みはとてもキレイ。コペンもきれいだと思ったけど、ストックホルムはもっといい。来てよかった。小さな島シェップスホルメン島にある、自然の豊かなユース。レセプションで受付けをしてから、洗面。埼玉のアケミさんという人と会って、しばらく話す。彼女の朝食に付き合ったあと、今日はウプサラへ行って、晩のシリヤライン(ヘルシンキ行きの船)に乗るという彼女とともに駅まで行く。駅のインフォで、教会を探すが、バプテストはない。(私は日本では聖書バプテストの教会に属している)はっきりプロテスタントと識別できるのは、ハンガリアン・プロテスタント・チャーチだったが、バスを使わなければ行けないようで、もう、そんな時間はない、ということで、駅前のクララ教会へ...。11時の礼拝の10分ほど前に到着。全く言葉を理解できない。時々英語のような独語のような単語も聞こえるが...、周りに合わせて立ったり座ったり、しかし、途中でどうにも眠くなり、意識を失う。礼拝はパンとぶどう酒の聖体拝受で終わった。多くの人が帰ったあと、一人で聖書を読み、祈って賛美。とても落ち着いた気持ち。平安が与えられた。一時前に教会を出る。しばらく街を歩く、都会だが、日曜のせいか人通りが少なく、道が広い。建物も妙に大きくて、気持ちがゆったりする。イタリアンが安いとアケミさんに聞いたので、ふと見つけたイタリアンレストランに入る。メニューのランチ49Skrというのは平日のみだそうで、ラザニエ(60Skr)とコーヒー(14Skr)を頼む。しかし、出てきたのはシーフードスパゲティ。こりゃ、もしかしてボラれちゃうかしらん?でも、クレームをつけるのも面倒だったので、食べ始めてしまう。(やっぱり、70と14で計84Skr取られた!)とにかく眠いのには参る。今日は夜行明けということもあるけれど、時差の影響も大きいと思う。眠いとお金も平気で遣ってしまうし、観光する気もあまり起きない。ストックホルムは見所も多いし、2泊だけじゃなくて、もっとゆっくりしてみようかな?でも、YHの部屋を見てから決めようっと。14:20、天気悪し、23.2℃ 49%15時にYHに戻る。小雨降りだす。部屋は3Fの4人部屋。すでに連泊が2人いる様子。入って左側の、2段ベッドの下に陣取る。YHでは下に限るよね。(色々干せる、電気ついていても眠れる、ベッドを椅子代わりにできるなどなど)一通り荷物を広げて、紅茶を沸かして飲む。フランクフルトで買った、トワイニングのダージリンで、もちろんティーバッグなのだが、あまりのおいしさにビックリ。なんていうのかな、味に透明感があって、紅茶の芳香と、ほろっとした苦味が、まっすぐに迫ってくる感じ。水が違うからなのだろうか?ちょっと感動。(ここの水はそのまま飲めるそうだ)16時過ぎに外に出る。美術館などは17時までなので、今日はガムラ・スタン(旧市街)を歩いてみることにする。ガムラ・スタンの小路はどこを取っても絵になる。ウィンドーの中を覗くと、アンティークやかわいい小物、アクセサリーなど、見ているだけで楽しい。看板も素敵。雨が降って気温も20℃くらいに下がっている。防水パーカーは、なかなか役に立つ。明日はスカンセン(野外博物館)へ行ってみたい。国立美術館も見たいし、この島にある美術館のうち、近代美術館はぜひ見たい。やはり、最低もう1泊は必要だ。きちんとストックホルムを楽しむぞ!しかし、この大量の水は、海のようだけど湖なんだねぇ。メーラレン湖というのだって。夜9時ともなると、空気はひんやりしている。けど、ようよう夕方といった感じの明るさ!いつまで明るいか確かめてみたいけど、早く寝たい気もするし...。同室の2人はまだ帰らず、もうひとりはまだ現れない。
2002.07.12
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こないだ夕刊の広告で、長崎1泊2日フリーツアー、一人1万5千円なり(!!)を発見した。もう一泊加えても2万円だそうな。往復航空運賃より安い!これはもう行くしかない...とばかりに、予定を調べ、即予約。5歳児は2泊1万5千円だそうで、1歳児は無料。合計5万5千円で長崎家族旅行!こういうのに弱いのよね~。夫は長崎4回行ってる。学生時代の友人もいる。私はいにしえの、えーと幼稚園の時だから、ン十年前ね。全然覚えてません。でもまあ、北海道帰省が前半で終わってしまうので、後半にもお楽しみがあると、暑さを耐える気力になるかもしれない。長崎は九州か...(遠い目)。やっぱり暑いのだろうか?冷房もきついのかな?台風に当たらないといいなあ...。◆私の一番長い旅[5/150]7月11日(土)ハンブルク→コペンハーゲン→ 7:55にハンブルクHbf.を発ち、コペンハーゲンへ向かった。この年のトーマスクック時刻表は今、手元にないのだが、95年版を参考にすると、コペンハーゲンには、12時半頃に着いたものと思われる。確か列車ごと船に乗ったりして、面白かったように思うのだが...。残念ながら文章の記録がない。一緒になった日本人の女の子、シマダさんと、ずっと話していたので、記録する暇がなかったのかも?旅行前の予定では、4ヶ月かけて北欧と東欧を中心に、ヨーロッパを回るつもりだった。まずドイツから北欧に入り、ストックホルムから北上して北極圏へ、その後、ヨーロッパ最北の地ノールカップへ行って、白夜の太陽(Midnight sun)を見たのち、南下してコペンハーゲンに戻り、旧友で北欧大好き人間のSちゃんと落ちあい、8月1日から8日まで二人でノルウェーのフィヨルドを見て回る...というようなことを考えていた。だから、コペンハーゲンでは、◎Sちゃんとの待ち合わせ場所を決める◎8月1日の晩の、オスロへの夜行の予約をする必要があった。北欧のYHはとても快適だと聞いていて、泊まるのを楽しみにしていたのだが、コペン着後、インフォメーションへ行くと、市内にいくつかあるYHが、みんな満室だという!朝食込みで80Dkrのスリープ・インを勧められたが、なんとなく気が進まず、コペンハーゲンにはまた来ることだし、用事を済ませたら、今夜の夜行に乗って、ストックホルムへ行ってしまおうと思った。早速、コペンハーゲン22:35発のクシェットを予約する。66Dkr。ストックホルムには明日朝7:17に着く予定。明日は日曜で、この旅初めての聖日だというのに、夜行明けで、その前に宿探しもしなければならない。神様ゴメンナサイ。コペンの駅から、前回の旅行で一緒に回ったAちゃんに電話する。彼女は旅行のあと英語を学ぶためイギリスに留学し、その後ずっとロンドンに住んでいる。「近くにいるのねぇ」と喜んでくれた。確かに声もとても近く聞こえた。
2002.07.11
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一人旅がしたかった理由として、もう一つ、私がよくへたれるということがある。”へたれる”って日本語は、正式にはないかもしれない。最近あちこちの日記で、よく目にする言葉で、肉体的に、または精神的に元気を失ってしおれてる様子が、感じとしてよく出ているように思うのだ。(決して、屁たれる、ではない)弱いと言うより、全く鍛えてないので体力がなく、しばらく頑張っちゃったりすると、疲れて動けなくなる。(大体準備に忙しいので、着くなりへたれてたりする)夜行なんかに乗ると、翌日、半日以上使いものにならない。そんな私が尊敬してやまないのが、関西の鉄人旅人達である。彼らは夜行列車を定宿として、すごいスピードで各国を回っていた。短い期間でどれくらいの国を回れるか、限界に挑戦するかのようだった。ユーレイルパスがあれば、宿代がかからない分、その方がお得なのだろうけれど、洗濯なんかはいつするのか?私には、とてもそんな真似は出来ない。せっかく行った所で、そこにあるものをじっくり見ないと、行った気がしない。もったいないし...。とにかく、気兼ねなく自分のペースで動き休み、見て回りたいということなのだ。私の旅日記、別名へたれ日記とでもしようかしらん?◆私の一番長い旅[4/150]92年7月10日(金)雨 フランクフルト→ハンブルク朝の支度に手間取ったが、8時前に宿を出ることができた。駅の鉄道インフォメーションがすいていて、パスの発行手続きがすぐできたので、8時にはすることがなくなった。今日は雨。待合室(温室のようなガラス張り)には、座って爆睡している人が大勢いる。斜め前にはヨダレばかりかハナ水まで垂らして寝こけている短パンに赤い革ジャンの女性。足が虫刺されだらけ。私が乗る9:17ハンブルク行きは7番線。バナナを買ったはいいが、硬くてむけない。下のほうからセメて、ようやく食べられる。味は大丈夫。鉄道警察の人が3人やって来て、切符のない人はここで座ってる事は出来ないと言う。たくさんの人がざらざらと出て行き、一杯だった待合室はガラガラになる。写真撮っとけば良かった。ハナ水ネーさんも、もちろん追い出されてしまった。けっこう厳しいのね。ちょっと緊張の一瞬だった。それにしても大量の荷物を持って旅行している人のなんて多いこと!台車一杯で、駅から出たらどうやって運ぶの?って心配になるくらい。9時ごろホームに移動。雨の日はやはり少しひんやりする。25.2度、58%ICEの一等車の車内はゆったりしていて極めて快適。オープンの席に座ったが、コンパートメントもある。9時20分、静かに出発。充分休んだせいか今日は荷物(12・3kg?)がいくらか軽く感じる。網棚にも一人で載せることが出来た。(でも、後ろにそりぎみになると死にそうになる)車内販売もあり。ミネラルウォーターを買う。カッセルの少し前から晴れて、カッセル ウィルヘルムシェーエは快晴。この駅はとても近代的。ハンブルクへは13時ごろ到着。ここは駅周辺にいかにも危なそうな人がたくさんいて、危険な雰囲気。それにしても、歩き方に載っていた宿が廃墟だったのには参った。往復20分くらいは歩いたはず。やはり、荷物はロッカーに預けてから宿探しをするべきだった。駅に戻り、インフォメーションで駅近くのHotel-Pension Remstalを紹介してもらう。ホントに都会はつまらない。ここよりはフランクフルトの方がましだと思う。ラートハウスマルクトへ行って、AMEXで両替。川べりを少し歩き、広場で座ってアイス(アマレット、0.7DM)を食べる。アーモンドエッセンスがきつく、クセのある味。そのあと駅周辺から、スーパーマーケットを探すが、見つからない。ポルノショップは掃いて捨てるほどあるのに!!5時過ぎから急激に眠くなったので、夕食はマクドナルドで妥協。味は日本と変わらない。ピクルスはちょっと硬かった。そういえば、ハンブルクって、ハンバーグのもと?本当はハンブルクステーキの本格的なのを食べればよかったのかな。ここでは日本人をあまり見かけない。あれっ日本人?と思うと、韓国か東南アジアの人だったりする。宿に帰りシャワーを浴びるとさっぱりする。「日本人には風呂がある!」ってCMがあったが、気持ちが分かる。めちゃめちゃ眠くて6時頃から、8時頃までうとうとしてしまう。半分眠りながらも、自分がどこにいるかちゃんと意識している。ところでこの宿、確かにとても駅に近い。きれいとは言い難いが、広めで天井も高い。しかし私の部屋(Nr.7)はトイレとシャワーに近く、しょっちゅう水音がしてうるさい。疲れてると妥協しやすいよね。ここは北だから涼しいかと思えば、フランクフルトよりずっと暑かった。インフォメーションで貰った資料によると、天候は北海に影響されるのだそうだ。はがきを2通書いて投函。
2002.07.10
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昨日はお騒がせしました。今日も冬瓜料理を求めて、検索結果を見ていました。冬瓜と言うのは、保存がきくのですね。冬までもつのだとか。そうなのであれば、購入して、その大きさに驚愕したのちに、じっくりと調理法を研究してから、包丁を入れるべきであった。と、少々後悔。冬瓜の料理は、大体、あんかけまたはスープのバリエーションが多いようです。肉と煮込む、そしてカツオだしとの組み合わせ...。どうも、あまり目先の変わった料理にはなりそうもないので、1日冬瓜料理をお休みにしようかな?...と、思っていたら、早く帰った夫が、「今日の冬瓜料理は?」と訊くではないか。おお、期待されていたのか。では、何とかしなくては!というわけで、またもや、ネットで探す。見ているうちにスゴイ物を見つけてしまった。...フルーツ&ベジタブルカービング冬瓜や、スイカに、みごとな彫刻を施して、華麗な牡丹や、バラを咲かせている映像が...!一体どこの誰がこんなことを。作品を作っても、1,2日で、傷んでしまうのではないか?そのはかなさがいいのか?見ているとその作者は、ソープカービングでも、華麗なる技を発揮していた。http://www.ne.jp/asahi/mos/carving/tougannohanakago.htm(フルーツ&ベジタブルカービング)面白かったです。で、今日はただ煮て、かつを出汁に漬け込んで冷やす...という、カンタンなものを作り、4分の3個目を調理。他のメニューは、ちゃんぷるー風炒め物。サーモン(&玉ねぎ、きのこ)のホイル蒸し、でした。 ◆私の一番長い旅[3/150]92年7月9日(木)晴れ 24℃ 58% ↓ホントはウムラウトがつきます。フランクフルト市立美術館(Stadelsches Kunstinstitut)へ行く。美術館はホントに色んな人の色んな作品がいっぱいで、本当に宝庫。でも、人が少ない。10cmくらいまで近づいて見るのも、後ろを気にせず後ずさって見るのも、日本の人気美術展では、殆んど不可能(出来てもメーワク)なので、とってもゼイタクな気分。天井の白いガラスを通した自然光で、しかも今日は晴れていて、明るくて絵が見やすい。そんな具合なので、私は辞書を引いたり、メモを取ったり、真ん中のベンチに座って見たり、時には窓から景色を見たりしながら、絵や彫刻を見るという、大層だらだらした回り方をしている。これは、一人じゃないと出来ないよね。(結局6時間もいた)誰もいないと思って、ほんの出来心で、テラコッタの彫刻にそおっと触れようとしたら、うしろから「Don’t touch!」と係員さんに言われ、思わずホールドアップの姿勢になってしまった。一体どこから見てたんだ?それにしても、最初の到着地を割合知ってるフランクフルトにしたのは、大正解だったと思う。土地カンがあるので安心できるし、がつがつ回ろうという気にもならず、ゆっくり休める。空港からのアクセスもいいし、ドイツ語も(だいぶ忘れてたけど)私には心地よい。明日はハンブルクに発とうと思う。今朝方から元気が出てきた。金曜だから、翌日コペンに行くなら、ハンブルクのAMEXで換金しておこう。9:17発で、Hamburg Hbf.には12:56着。ユーレイルパスも開始するから、7時に朝食をとって、8時には宿を出なくては。N氏とのお別れはけっこう寂しかった。今日の午後アウクスブルクへ行くというので、朝食堂でアドレスを交換し、互いにお礼を言って、さよならをする。別れ際に「あなたはさわやかな人だ」と言ってくれる。でも、寂しい方が先で、ちっとも嬉しくない。一度二人でいてしまうと、一人になるのがこんなに寂しいものなのかな。一人旅の始まりに神様が緩衝を置いて下さったのかも。でも、もう、一人で歩きなさいということなのだろう。しっかりしなきゃ。(注:ほのかな思いが生まれたことは確か。でも、もちろんプラトニックですよ~ん-念の為)
2002.07.09
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でっかい冬瓜を買っちゃいました。4分の1は、先週TVで見た、トリささ身との煮物を作りましたが、残り4分の3をどうしよう!沖縄で、民宿石垣島の冬瓜料理がおいしかったんですよね。生協の注文用紙にあったので、思わず頼んでしまって、来た冬瓜の大きさを見て、びっくり!こんなに大きいとは...。考えが甘かった私。取りあえず、知ってる料理は一つしちゃったので、残りがいたまないうちに、何とかしないといけないと、焦っております...。どうぞどなたか救いの手を伸べてくださいまし!待っておりますう~。どうしようと思うあまり、夕べは冬瓜の夢でうなされてしまいました...! ここからは夜追加。 お騒がせしました。今晩は、そぼろあんかけを作り、無事に今日のノルマを完食。冬瓜はあと半分。何か、目先の変わった調理法が見つかればいいのですが。だしを利かせたそぼろあんかけは夫に好評でした。ちょっと高級な和食って感じ。彩りに枝豆を散らしたら、見た目も良かったです。ROSEさんありがとう!◆私の一番長い旅[2/150]7月8日(水)晴れ フランクフルト 24,0℃、52%5:25頃目が覚める。6:30ちゃんと起床。洗面・シャワーを済ませ8時半に食堂へ。すでに食事をしていたN氏と一緒のテーブルで食べる。この宿は高すぎるので替わるべき、という意見で一致し、10時ごろ宿を出る。駅のインフォメーションでN氏が両替をする間、荷物を守って待っている。すごく疲れが出てきて、何も考えたくない、動きたくない状態。これは2・3日ここで休まなきゃ駄目かも、と思う。計画する気なんか全然起きない。Gordner Sternに行くと、39DMで、シングルが2つ取れる。でも、荷物は預かるが、部屋には11:30まで入れないという。私は携帯用湯沸し(ドム・アパラート)を探しに行くことにする。N氏は、帰国のリコンファームのために航空会社へ。カイザー通りをずっと歩き、買い物をする。先回の旅行で重宝したニベアのベビー石鹸が見つからなくて残念。(シャワーからシャンプー、洗濯までこれ一つでOKだった)広場のKauf Hofという大型店で、ドム・アパラートを見つける。耐熱コップつき27.95DM、コップのない方は19.95DMなのだが、後者は長くて器械自体が重い。高い方にする。本当に疲れていて、熱が出そうな感じ。昼のパンを買って、12:30頃戻る。私は、43号室にする。もう一つの39号室は、2年前私が最初に泊まった部屋ではないかと思う。紅茶を入れ、洗濯をして横になる。全く動きたくないのだが眠れない。目をつぶって夕方まで動かずに休む。18:30夕食の約束をしていたので、誘いに来たN氏と、近くの地元民のためのレストランという感じのところへ入る。いろいろと話が弾み、仕事の話に始まって、統一教会、三浦綾子、兄弟家族の話、家庭に関する考え方や、フェミニズムの話、カラオケやさまざまな価値観の話にまで及ぶ。とても面白い。(オムレツはすっかり火が通っておいしくなかった)22時まで、時を忘れて話し、宿に戻る。フロントで別れ、23時ごろ就寝。
2002.07.08
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92年7月7日(火)11:10現在、成田からソウルに向かう機内。機内食はおそば。空気がものすごく乾燥している。気温は25.9度で、湿度はどんどん数値が下がって、今26%。ノートを開いていると、紙の端がめくれ上がってくる。KIMPO空港での乗り継ぎはきわめてスムーズ。ゆっくり歩いていって、すぐフランクフルト行きに搭乗。カメラを大きな荷物に仕舞って預けてしまったのと、窓際席でなかったのがちょっと残念。韓国を撮ればよかった。ソウルまでの便で、ドイツ語を8年間教えていたというおばあちゃん先生と隣り合わせた。ドイツ語を習ういいチャンスと思ったのだが、ソウル-フランクは通路を隔てた隣になる。私の隣の女の人は一人で2席を占領している。大韓航空は、この便でも日本語放送をする。12:54離陸。1、2分のうちにみるみるソウルが下のほうに遠ざかる。ちょっとかすんだ晴れ模様。機内放送では18時ごろの到着するとのこと。早いと助かるな。高度が上がるほど、空気は乾いてくるみたい。今、外はずっと青空。離陸してしばらくは、日本海沿いの海岸線を新潟あたりまで飛ぶ。ここから直接飛べれば10時間くらいで着くのかな?2席を占領していた左隣のおネーさんが、着陸の1時間ほど前から窓際の席を譲ってくれる。赤坂で歌手をしていて、これまで5年日本にいるのだという。ゴールデンウィーク1ヶ月と夏に2ヶ月デュッセルドルフに帰るのだそうだ。ドイツで一番好きな場所は?と訊くと、どこもない、ドイツ人はヘンだ、と言う。日本の方がずっと好きなんだそうな。自分のことを変な外人といっていた。けっこういいヒトじゃん、行動の割には。18時にフランクフルト着。降りる時、ドイツ語のおばあちゃん先生を見失い、会えなくなる。荷物のところでもしばらく待ったが会えず、残念だがあきらめて出る。入国審査、荷物受け取り、カンタンで実にスムーズ。(2年前のイギリス入国の時は長蛇の列で、帰りのチケットを持っていない人は、ものすごく時間がかかったりして、大変だったのだが)18:53発のHbf(フランクフルト中央駅)行きに乗ることができる。まだ明るいので、気分的にも余裕で、テレフォンカードを買ってから、前回泊まった駅近くの安宿Goldener starnへ行くと、Besezt(空き部屋なし)の札が。まさかと思ったのだが...。しばし呆然としてから、駅のインフォメーションへ。ホテルリストを貰うが、一泊当たりの値段が出ていない。この時点で19:40。いすに座っている日本人の男の子に訊くと、やはり探している最中だという。一緒に紹介してもらい、予約料を折半してもらうことに。チーペスト!との、Hotel Glockshuberに、シングルを2部屋とって貰う。(それでも、65DM=約5395円←メッセ期間は85DM)着いてみると、けっこうきれいなホテル。それぞれの部屋に荷物を置いて、2人で駅まで食事をしに行く。彼は、人文系が専門だったのだが、方向転換して家具を作る仕事をしているそうだ。休職して、勉強のために4月半ばから北欧を回ってきたところで、北極圏にも行ってきたとのこと。Hotelの食堂で11時ごろまで話す。祈ってから電気を消すと、墜落睡眠だった。さて、7月8日にこれを書いています。昨日7月7日が、私の5ヶ月一人旅の開始の日だったもので、思いつきでいきなり長大な企画を始めてしまいました。これは、12月1日まで続く連載です。旅行に行ったりして書けない日もあるのに、途中どうするんでしょうね?これまで書きかけの”家族でイタリア!”の続きとか...。でも、まあ、詳しいメモのない日もあるので、途中折衷しつつ書いていこうと思っています。一番残しておきたいのがこの旅行の記録なので、私も楽しみです。 どうなるか分からない企画ですが、よろしければお付き合い下さいませ。
2002.07.07
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まるで、ウソみたいな幕切れで、ムサシ君が戻ってくることになった。(これ、TVドラマでやったら絶対うそ臭いよね)良かったなぁ。5歳の息子がウルトラマンコスモスのファンなんだけど、実はウチでは私も夫も楽しみに見ていた。脚本も丁寧に作られていることが多く、いいドラマを見てる時は大体そうであるように、30分がもっと長い、密度の濃い時間に感じられた。チームアイズのメンバーもそれぞれが個性的で、愛着が持てる。メンバー同士の暖かいエピソードも見ていて気持ちが良かった。怪獣保護という姿勢とそれを守る苦悩も、ドラマにリアリティを持たせていたし、共感を呼ぶものだった。正義の名のもとに殺戮や、無意味な暴力を見せるヒーローものは息子に見せたくなかったが、これなら、安心して見せられると思っていた。それが、突然のムサシ君の逮捕で、無残にも打ち切り。我が家はショックに包まれた。(6月14日の日記参照)のめりこんでいる息子にどう説明したものか。ムサシ君の優しさが大きなポイントだっただけに、「実は悪いヒトで...」なんて言う気は起こらなかった。これまでの物語の世界を全否定することになりかねないし、たとえ俳優の人が悪い人でも、物語のムサシ君の人格には変わりがないのだから。分からないままに、替わりの番組を受け入れる息子。私はといえば、キャラクター商品(箸、スプーン、パンツ他)やおもちゃを見る度に、空しい思いにとらわれた。人間のすることなんだから間違いはある。よいものだと思って与えていたけれど、キャラクターに頼っちゃいけなかったんだ。一方で、これが、前に夢中になっていた機関車トーマスだったら、トダケイコさんに何か不祥事があったところで(失礼)、代役が立って、物語は関係なく進んでいくだろうに。と、恨めしい思いもあった。それが、無実?の報道に続いて、釈放、そして記者会見。懐かしいムサシ君の笑顔が見られた。それとないボケ味がキャラクターの魅力だったが、本人もちゃんとそんな雰囲気。ひどい目にあった割には、トラウマにはなってないみたい。私は喜びながらも「でも、殴ったんでしょ、ちゃんと反省してるのかな?」と、どこかで疑いの目を向けていた。でも、夕べ見たほかの人の日記に、彼を幼い頃から知っている人が、彼の人格を心から信頼していて、逮捕された直後から、公の席で弁護していたという話を読んで、何か、ほっとした気持ちになれた。これで、私も前のような気持ちでコスモスを見ることができるな...とようやく思えた。未放送の16話と、映画もオリジナル版が公開されるらしい。警察の闇という、これから明らかにされるべき大きくて重い課題が残っていて、それは絶対きちんとして欲しいけれど、ひとまず、息子に関するレベルでは、騒動は終結したと言っていいのかな?息子の夢を壊さずに済んで、本当に良かった。 復活を祝して『オヤジ星人』のビデオ見ちゃいました。ねばるっしょ!
2002.07.06
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関連でちょっと追加です。もかさんによると、冬瓜の代わりにセロリでも、イケルらしいということを聞き、セロリの大きいのが手に入ったので、今晩早速作りつつあります。果たしてどうなるか?また、報告しまーす!ついに、冬瓜一個食べ切りました。ありがとう~!最後の1/4個は放し飼いもかさんの教えてくれた、冬瓜の炒め煮で、締めくくりました。とってもおいしかったです。その上ヘルシーでいうことなし!もかさんが書いてくれたのはBBSの方だったので、もう一度こちらに、レシピを記録しておきますと...♪冬瓜の炒め煮♪(by 放し飼いもかさん・サンキュ!)作り方>*味付けは中華風がよろしいかと思われます。①まずは大根・人参をゴマ油でよ~く炒める(大根が透き通るくらい)②そこへ鶏肉(お好きな部位をどーぞ)と冬瓜も加えさらに炒める③ガラスープを(具の高さの半分より少なめ)加える④塩・胡椒・輪切りの唐辛子をお好みで加えてしばらく煮る⑤水溶き片栗粉でとろみをつけるこんな具合なのですが、味付けは色々試してみて下さいね。お醤油を足してもいいですし、オイスターソースでも美味しいですよ(^-^) *鶏肉の代わりに油揚げでもイケルそうです。私(アオゾラ)は、鶏肉(モモ肉&手羽元)と油揚げを両方入れ、おしょうゆとオイスターソースを、ちょっとずつ入れて、味を調えました。とってもイケました。お勧めです!今度は、冬瓜の切り売りを1/4買ってきて(笑)、作ってみたいと思います。さて、まとめです。一個を4つに切り分けて、1.鳥ささ身との煮物2.トリそぼろあんかけ(冷やして食べた)3.カツオだしでの煮物( 〃 )4.大根、人参、鶏肉との炒め煮という調理でおいしくいただきました。ご協力ありがとうございました!これまで知らなかった、冬瓜の世界に触れ、レパートリーが広がりました。そして、皆さんの暖かさにも触れられて感謝です。また、おいしい食べ方を発見したら、是非教えて下さいね~!待ってますぅ!!
2002.07.05
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計画に続いて大切な問い合わせや予約。これらは私の大得意。調べて調べて問い合わせ、比較検討怠りなく、然るのちに、希望の予約をゲットする。ああ、その快感...。(仕事にしたいくらいだ)その私が、この夏の北海道行き、往復の予約をしくじった。...いや、予約は出来たのだが、希望通りの日が取れず、旅行日程が3日も短くなってしまった。出来るだけ、あちらに長くいたい夫は、「決まったら、すぐ予約しなきゃ駄目だ」と、珍しく咎める口調。確かに。でも、今回は迷いがあった。日程に確信がなかなか持てず、予約しなきゃと思いつつも、問い合わせを延ばし延ばしにいていたのだ。23日出発がベスト、と夫には言われていたが、長男の園で20、21日と一泊のお泊り保育がある。登山も行事に含まれていて、雨具の用意をしてくださいと案内にあった。丸一日開くんだから大丈夫だろうと夫は言うのだが、もし、疲れで熱でも出していたら...。具合の悪い状態で無理に連れて行きたくない。何にも起こらない確率のほうが、もちろん高いのだけれど。色んなところへ一人で出かけていた私は、大胆な怖いもの知らずだと思われているらしい、でも、実際の私は、小心者で怖がりだ。臆病モノといってもいい。だからこそ、これまで無事にこられたのだと思う。特に一人旅の時は、準備の段階で、調べに調べる。危ないことは絶対しない。費用にも損がないよう気を配る。「本当にGO?」カンの声に耳を澄ませる。それが、二人になるとどうしても甘くなってしまう。どちらも気にしないと本当に無防備な状態になる。それでも、さほどの問題は起こらなかったけれど。子供が生まれて、警戒心ばかり強くなった。何かあったらどうしよう。いろいろ考えると、行くのが億劫になってくる。以前のように、思った通りの周到な準備が出来なくて、準備段階でとっても苦しむ。昨年春の夫の実家行きでは、準備で疲れ果て、息子の風邪で疲れ果て、帰るなり自分もダウンしてしまった。何はともあれ、これで、行き帰りの足は確保。行くことは決定だ。これからの私の仕事は、とりあえず荷物の準備。書くものも書きたいし(HPと日記)、また、葛藤の多い準備期間になりそう...。
2002.07.04
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スペインの昼食は楽しかった。 事実上の新婚旅行として、93年暮れから94年はじめにかけて、夫と、バルセロナ、マドリッド、トレド、グラナダ、コルドバを訪れたのだが、大体どこでも地元の人で賑わう定食屋さんのようなところがあって、メニュー デル ディア(今日のメニュー)というセットメニューが用意されていた。 スープにパン、メイン、デザート、飲み物がセットになっていて、安くておいしい昼食が食べられるのだ。メインは2~3種類の中から選べるので、二人で違うものを頼み、分けあって食べるとバラエティーがあって楽しい。栄養の点でも満点。どこでもはずれがなかったけれど、グラナダでは、特においしいメニュー デル ディアに出会えた。(場所をチェックしておかなかったのが悔やまれる。)そして、思い出深いのが、イカスミのパエリア。到着した翌日くらいだったかな。バルセロナのサグラダ・ファミリアのそばで、昼食を取ろうということになり、私がイカスミのパエリアを頼もうとしたら、夫がえぇ~っ!という、いかにも嫌そうな顔をしたのだ。私が「見た目は悪いけど、おいしいんだよぉ」と言って勧めると、渋々口に運んだのだが、一口食べるなり、おお、何だ、おいしいじゃないか!ということになり、それ以来、うちではイカスミのパエリアやスパゲティーが、お気に入りメニューとなった。札幌に住んでいたころ、西武の一階にスパゲティーやさんがあって、そこのイカスミのスパゲティーがとてもおいしかったので、よく食べに行った。二人でくちびるを真っ黒にして、ピリッと唐辛子の効いた、細めだが歯ごたえのあるパスタを楽しんだものだが、改装で店がなくなってしまい、とても寂しい思いをした。(私たちが気に入った店は、そういうことがよくある)ディチェコだか、ディチェロだかそういう名前の会社がつくっている、イカスミのパスタソースの缶詰もおいしい。横浜の輸入食材店で見つけたのだが、650円くらいではなかったろうか?たっぷり3人前くらいのパスタに使えて、そのあとイカスミのリゾットも作れたりしたので、けっこうお得だと思う。そのあと、千趣会のEショップだったかな?ネットで頼める食材のカタログで見かけたのだが、今でもまだ、買えるのだろうか?久しぶりに、イカスミのパスタが食べたくなった...。
2002.07.03
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まずいなあと思いつつも、毎日夜更かししてしまう今日この頃。...いえいえ、ネット日記をつけ始めてこのかた、睡眠不足の毎日であります。そんなに更新してないでしょって?うん、でも、もう一個日記つけてるんで、けっこうハード...って好きでやってるんですけどね。やっぱり夜中の、一人の時間が欲しい。ゆっくり考えることが出来て、さえぎるものの何もない時間が欲しい。そういう時間が始まると、もっともっとって、つい、長くなってしまう。昼間辛いし、家事とかもサボりがちになってしまって、まずいなあと思うんだけど。頭の中の自由時間は貴重なんです。これも、いわゆるひとつの旅なんです。お見逃しを~!
2002.07.01
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「私はウィーンと相性が悪い」と、まだ内容を作っていないオーストリアのページに書いておいたら、タ...もとい、いなりちゃんがそれを見て、それは一体どういうわけか?とご質問を寄せて下さった...。別にたいした話ではありませんが、よろしければ、おつきあいくださいませ。ウィーンはユーレイルパスで唯一行ける東欧、ハンガリーに行くための入り口であり、日本でビザを取っていなくても、ここのハンガリー大使館やIBUSZ(ハンガリーの旅行社?)に行けば、その場でビザを発給してもらえるのだった。そのウィーンに行ったのは三回。一度目は、Aちゃんと行った1990年8月8,9日とハンガリーから戻った後の12、13日。この時はとにかく物価が高くて、暑かったのを覚えている。シェーンブルン宮殿にも行ったが、広大な庭園は何も日陰がないので、照りつける太陽の下を長く歩く勇気がなく、横切れなかったという情けない思い出。プラーターで、大観覧車(映画『第三の男』に出てくるので有名)にも乗った。メモがないので不確かだが木造だったのではないかしら?二度目は一人旅の92年10月7,8日、やはり、東欧への鉄道の入り口として立ち寄った。前日ベルン美術館、チューリヒ美術館を1日で見て、チューリヒから夜行で着いた。この時がいろいろあった。夜行で寝台が取れず、コンパートメントでひと晩。幸い同室者は女性だけだったものの、やはり熟睡できず、くたくたになって到着。8時半着なので、宿探しは楽勝かと思いきや、6個くらいあるYHがすべて満室。やはり隣で宿探しの電話をかけていたアメリカの学生が持っていた、『Let’s go Europe』(米版地球の歩き方)を見せてもらい、やっと民間の学生相手の宿に泊まれることに(素泊まり160AS)。そこはこれまで避けてきた男女同室のドミトリーだった。しかしベッドは高~い造りつけの3段ベッドで、一番上が取れた私は、何かと無事だった。(中がとても広かったので着替えから何からそこでできたのだ)。さっそく街へ。AMEXで両替、IBUSZでビザの手続き。そのあとは昼寝や雑用で1日終わり。NORD SEE(ドイツなどでもよく見かけるシーフードのお店)の魚のフライがとてもおいしかった。翌日、まず朝に、コンタクトを片方流してしまう。めったにない失態。予備を持っていて助かる。スペイン式乗馬学校の朝練を見に行く。華麗な技の数々が見られるとの評判で、200人くらいの見物客がいたが、2時間延々とただギャロップしているだけ。入場料返せ~!時間を戻せ~!次は美術史美術館。しかしこちらも半分以上がクローズド。主要なものは見られたが、じっくり見ようと楽しみに時間を取っていたのに、あっという間に出てくることに...。がっかり。ビザを受け取ったのち、今度は分離派美術館へ。ここはなんと、見るものが何もなかった。クリムトの壁画と、いくつかの図面だけ。クリムト展をやっていたチューリヒ美術館に貸し出しちゃってたんだろうか?全くの無駄だった...。そして、スーパーマーケットでは、脂肪だけで出来たウィンナーを買ってしまう。げー。(Mitte Brustと書いてあった)15.5ASの損。旅というものは、なにかと思うようにならないもので、それがまた味わいなのだけれど、思うようにならないことが、こんなにいっぺんに起きたのは初めてのことだった。(一つ一つはたいしたことではないんだけどね)夕飯にウィンナシュニッツェルを食べ、夜はアルゼンチンから来たアレクサンドラ&マリアと語り合ったとメモにある。さて、三度目は、夫とバルト三国を旅した時のスタート地点として。95年7月26、27日をウィーンで過ごし、翌28日にプラハ行きの飛行機に乗った。このときはBrigittenauYHに、前もって予約を入れておき、宿泊は問題なし。この時は、ぜひいいホールのクラシックコンサートに行こうと、夫と案内を探して、確か、コンツェルトハウスに行ったのだ。演目はちゃんとしたクラシックだったのを確かめたはずなのに、行ってみたら現代音楽だった!私たちは二人とも現代音楽が苦手。夫はあっという間に夢の国に旅立って行った。ホールの中は蒸し暑く、意味不明な音の羅列に、大勢の聴衆はいらだたしげに、パンフレットを団扇代わりに扇いでいた。私はそこまで失礼なまねは出来なかったが...。メモはないのだけれど、チケット代も安くはなかった。カードを使ったので、帰国して支払う時、なにかとてもムナシサが漂ったのを覚えている。...というわけなんですう。ちょっとナサケナイ話でしょ。でもね。ウィーン以外のオーストリアには、90年にインスブルックとオーバーグルグルというところへ行ったのだけど、そこはなかなか良かったです。その話はまた今度...。
2002.06.29
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夫の実家がトカチにあり、義妹が札幌にいるので、その二つを中心に、周辺の良いところを回る予定...。息子は、イトコたちと物心ついてからはじめて会うので、それをずいぶん楽しみにしている。私は、やっぱりおいしいものを食べられるのが楽しみ!待っててねー♪五丈原のラーメン、北菓楼のシュークリーム、山中ソフト、六花亭のもろもろのお菓子たち...。そして、温泉...うっとり。今回は、車ごとフェリーで。時間はかかるけれど、荷物を持っての移動が一番大変だし、北海道で車がないと、好きなところに移動ができないので。7月後半から8月はじめにかけて10日間くらいの予定。観光シーズンど真ん中である。夫は大きな自然を息子に見せたいと言っている。息子が喜ぶのは、何だろう?去年は沖縄だった。いろいろあったなぁ。あの時より大きくなった息子と娘。今度は、どんな思い出ができるだろう?☆ただいま、タグの勉強中。このページも、もう少し、ビジュアルを何とかせねば、と思っています。憧れの美しいHP...、実現する日はまだまだ遠い~。
2002.06.26
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こないだの続きです。あれからもう10年になるので、ドイツ語も、中学英語も霞がかかってきました。やはり、コトバは使わなくちゃ駄目ですよねぇ。で、私は、ここで(日本で)いきなり外国人の人に会ったら、英語で、またはドイツ語でしゃべれるか?そうですね。その時ほかに人がいなければ...、勇気を奮って、ブロークンでも話しかけられると思います。でもね、誰かが見ていたら、特に夫の前なんかじゃ、恥ずかしくて、駄目だなぁ、きっと。この、「恥ずかしい」が最大の敵なんですよね。一人旅だと、自分で何でも解決しなければならないので、恥ずかしいとか言ってられないし、何とか伝えようとするでしょう?一生懸命伝えようとすれば、けっこう伝わるものなんです。 初めてのトラブルはスウェーデンの北極圏に入ってすぐ、ギャリバレのユースホステルに泊まった時、前のユースホステルから予約を入れたはずだったのに、予約が入っていないと言われて、客室に泊まることが出来なかった時でした。翌朝、色々英作文を考えておいて、フロントの人に伝えました。彼女は前日泊まったYHに確認を入れてくれて、結局、予約を頼んだ人が忘れていたのだという事が分かり、予約金が戻って、私の主張が正しかったということが、認められて、やった~って気分でした。全く見知らぬ土地で、はじめての人相手に、問題を解決できたのは、すごく嬉しい体験で、自信にもなりました。で、会話集とか、辞書とかも大切なアイテムだと思います。かの地に行ってしまうと、使い勝手のいいものが、見つかるかどうか分からないので、極力持って行きます。私は、『地球の歩き方』の会話集を持っていくことが多いです。ヨーロッパの時は6ヶ国語のもの。たくさんの国に行かない時は、その国語の会話集。カンタンな文法や、サバイバル会話も載っているし、単語も割合充実していて私には使いやすい。辞書は英和と和英のハンディタイプを持参します。現地に行くと、そこの母国語と英語との辞書は大体見つかるので。(手のひらに載るくらいの可愛いものもある)そういうのを買うと、役に立つし、いいお土産にもなります。ドイツでは、LANGENCSCHEIDTから出ている、黄色い装丁の語学本のシリーズが、大きな本屋さんでは見つかるはず。その中にドイツ語-日本語の辞書や旅行会話集もありました。これを買ったら、ドイツの子供と話す時に一緒に見て、ドイツ語を教えてもらったり、お互いの国では何と言うかとか、お話をすることができて、とても楽しかった。こういうのがどこの国でもあるといいんだけどなぁ。 と、いうわけで、他に何か思い出したら、続く...かも?
2002.06.25
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一人でゆっくりヨーロッパを回りたいと思った大きな目的の一つが、美術館を見ること、だった。よく、絵はわからないから、美術館はつまらないと言う人がいる。私もどっちかというと、以前はそういう感じだった。(絵を描いたり、デッサンしたりするのは好きだったのに)絵を見る面白さに目覚めたのは、一般教養の美術の授業。美術展を見てその感想をレポートに書くという課題が出たのがきっかけだった。上野で催されていた美術展のテーマは、ちょっと今出てこないんだけど、昭和初期からの日本における現代美術の夜明け、みたいな内容だった。はじめから、およそ美しいとはいえない絵の数々。全く意味の分からない抽象画や、暗い作品も多い。でも、レポートを書くからには、何かを感じなければならない。一つ一つ、メモを取りながら、じっと作品を見る。感じたことを書き記し、そして、次に進む。全部回るまでには、とてつもなく長い時間がかかった。でも、そのたくさんの作業を終えて、しばらくの時が経った後、自分の心の中で、色んな思いがふつふつとわいてきた。それは、私の中の誰かへの思いであったり、何かをいとおしむ思いだったり、自分の存在に関する気付きだったり。あの、たくさんの絵と向き合い、目で見て感じ、対話して歩いたことで、さまざまなイマジネーションが、自分の中に沸き起こったのだということがわかった。それは、言葉に表せない、新鮮な驚きだった。美術って、美しいものをきれいだなぁって見るだけのものではないんだ。「わかる=理解」しなきゃならないものじゃあ、なかったんだ。こうして、誰かが表現したものを、違う時、違う場所で、違う人間である私が見て、何かを感じることができれば、それが、私にとっての絵を見ることの意味なんだ。そう気付くと、絵を見るのが面白くなってきた。続く...
2002.06.23
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外国人の人とアドレスを交換した時は、それを、本人がいるうちに目を通して、綴りや読み方などを教えてもらうように、心がけるといいと思います。ひどい悪筆(あちらの人は読めるのかもしれないけれど)の場合があるし、数字の書き方なども、ちょっと考えられないことが多いのです。あとからでは確かめられないので。後で、TEL連絡する時などは、読み方が不確かだと困るので、自分なりにカナをふっておくといいと思う。名前なんかホメながらやると効果的。交換したあと時間があるのなら、相手の名前を、日本語ならこう書く、っていうのを教えてあげると、たいていの人は喜ぶ。カナでもいいし、興味があるようであれば、片仮名、平仮名、漢字なんてのを紹介しながら、教えてあげると、楽しいコミュニケーションになります。(大体の人はそんなに文字の種類があるのが、面白いと言います)中国系の人とは、漢字の話題。私の名前、こういう字なのよって書いてみせると、漢字の意味が分かるので面白がってくれます。
2002.06.22
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ヨーロッパへ自由旅行に行く、と言ったら、「コトバはどうすんだ、コトバは?」とゼミの先輩にいきなり言われ、とっさに、「言葉をマスターしなきゃ行けないんなら、 ほとんど永遠に旅行なんか、出来ないじゃないかあぁ!」という答えをあわてて呑み込んだ覚えがあります。私は、鉄道であちこち回り、自分で宿も探しましたが、一番使ったのは、中学英語です。それだけでも、必要な意思の疎通は出来ました。大学受験レベルの会話をすることはついぞなかった。私にとってラッキーだったのは、中学生の家庭教師をしていたこと。簡単な例文が、すぐに出てくる状態でしたから。母国語が英語以外の旅行者達は、分かりやすい英語をしゃべります。あまり、込み入ったことも言わない。でも、充分楽しく、コミュニケーションできます。どこから来たか、どこが良かったか。お勧めの宿はあるか?おいしいもの食べたか。などなど...。次に使ったのはドイツ語。第二外国語で、2年間習っただけです。でも、最初の一年間は厳しかった...。当てられて答えられないと、欠席扱いになるので、毎日予習しまくった覚えがあります。試験も例文が大量に出るので暗記しまくり、書いて書いて書きまくって覚えました。NHKのTV講座も見てました。お陰で、ドイツ語圏では割合楽しかった。東欧の各地でもお役立ちでした。自分にとって、結構相性のいい言語だったかも。2000年1月にイタリアに行って、その4月からカルチャーセンターで、イタリア語を習い始めました。二人目妊娠中だったのですが、上の子が幼稚園に通い始めたので、少し勉強しようと思ったのです。最初は良かった。舐めるように復習も出来たし、でも、だんだんに、変化の多様さに圧倒され始め、(男性名詞、女性名詞、単数・複数によって、 動詞も形容詞も変化しまくる。過去形などもまた色々...)10月出産で3ヶ月休んだのと、赤ん坊との毎日で、復習や暗記も思うようにならず、次第に落ちこぼれて行き...。でも、10人くらいいるうち、付いていけてるのはホントに数人だったけど。覚悟を決めて、ガーッと詰め込む時を持たないといけない!と思いながらも、試験とかもないし、産後のザル頭状態で、ずるずると時間が過ぎ、結局2年たっても、ぜんぜんモノになってません。語学はやはり、追い込まれながら勉強せねばならないと、痛切に思う私であります。今は、ちょっと休止中。10月から再開?でもね。イタリア語に通って、すごく良かったのは、いい友達が出来たこと。(一緒に落ちこぼれた仲間同士なので、連帯感が違う?)いやいや...。いろんな職業や年齢や、生活環境の違う人たちと、机を並べて、新しいことを学べるのは、ホント楽しいことです。子供を通してのママ友達とも、また違って、私自身の友達って感じです。落ちこぼれつつも辞められなかったのは、いい人間関係が出来たから。とっても感謝してます。やっぱり、また、はじめることにしようっと。
2002.06.21
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昨日の日記を読んで期待して下さった方がいたら、ごめんなさい~。ちゃーんと、夫には見せたんですよぉ!でも、書き込みはなし。その上、口頭でのご感想もなし。娘を寝かしつけつつ、9時ごろにご就寝。(彼は早寝早起きの人)ちょっと寂しいわぁ。愛してるよ、とまでは行かなくても、これからもよろしく、とか、どういたしまして、の一言でも良かったんだけど。女は言葉が欲しいのよねぇ~。暖かい言葉が一つあると、半年くらい保つわ...。もし、これを読んでおられる貴方が、妻帯者でいらっしゃるならば、何かの折には、ぜひ、照れに負けずに、奥様に暖かいお言葉をかけてみて下さいね。何倍にもなって帰って来ることでしょう。(何がって?怖いって?そんなぁ...)そうそう、ここは旅のHPでした。北欧に行った時ね。感動したんですよ。手をつないで歩いている、老夫婦を結構見かけて。若い男女が手をつなぐってのも、悪くないけど、でも、何か、当たり前でしょ?老夫婦が手をつないで歩いてる後姿って、なんか、いいんですよね...。さりげなく、後ろについてっちゃったりして。あんな、いい味出してる老夫婦になりたいなぁ!
2002.06.20
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今日は結婚記念日です。あの日から9年間、こんな私とお付き合い下さって、どうも ありがとうございます。きっと毎日、いろいろ忍耐頂いているのでは?と常々大変申し訳なく思っております。日頃、忙しいお仕事のみならず、語学の勉強、子供たちの世話、家事の分担と、労を惜しまぬその姿勢に、いつも、深く感謝致しております。こんな私が現在あるのも、貴方のお陰だと思います。さて、近頃、私が夜中にパソコンに向かい、なにやら怪しげなことに手を染めていると、お思いになっていたことでしょう。実はこのようなものを作っておりました。怪しげなものには違いありませんが、内容的には、比較的健全で、後ろ暗いこともないものと思っております。私は、このようにして、ものを書くのが、とても好きなのです。ささやかながらも、発表の場を得て、いく人かの読んでくださる方もいて、日々、深い満足感を味わいつつ、つたないものを書き綴っています。もはや生きがいに近いかも?これからも続けたく思っているのですが、...いかが思われますでしょうか?ご感想などありましたらば、ぜひBBS(掲示板)にお書き込みください。(もちろん口頭でも...。)これからも、末永く、お付き合いくださいますように。どうぞ、よろしくお願い致します。*恥ずかしいので、あとで消すかも...。あしからず。
2002.06.19
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ローマ実質2日目の1月5日。この日も青空がまぶしい、いいお天気。でも夜のうちに雨が降ったのか、道は濡れていた。朝一番にモーセ像のあるサン・ピエトロ・イン・ヴィンコーリ教会へ。地下鉄駅から歩いていったのだが、見つからず、何度も道を尋ねる。ミケランジェロの作による巨大なモーセ像を照らす、いくつかの角度からの照明があるのだが、息子はそれをいたずらして、何度も点けたりしていた。かと思うと、これ以上立ち入り禁止、の柵をくぐって、中に入る。人が少ないので、あまり迷惑にはならなかったが、ちょっと顰蹙。そして、歩いて円形闘技場コロッセオへ。途中の林で、大きな大きなどんぐりを見つけ、喜んで拾う。コロッセオの周りには、昔の民族衣装をつけた人々が幾人かいる。何かのイベントかな?と思ったが、どうやら、観光客と写真を撮って、お金を貰う人たちのようだ。つかまらないように入場。階段を登っていく。段差が結構大きく、2歳児には大変。途中、猫をたくさん見かける。そういえば、アルハンブラ宮殿にも猫の一群がいたっけなぁ。誰かがえさをあげるのかな?登りきって、コロッセオを見下ろす。息子は当時の愛唱歌「Top of the world」を口ずさむ。そのあと、古代遺跡のフォロ・ロマーノへ。ローマ時代の市民の生活の中心地だったそうな。ここは、息子も喜んで歩く。ぬかるみに入っていって泥だらけ。抱くとズボンも泥だらけに...。(おいおい、私たちは替えのズボンないのよ)子供連れの観光は、室内より屋外が向いているみたいです。このあと、パンテオンに向かう途中、大きな飛行船を見る。喜ぶはずの息子は、パパに抱かれてお昼寝中。翌6日は、ローマからフィレンツェまでの航空券が着いていたが、もう、飛行機はうんざりだったし、飛行時間が短くても、空港へ行くとか、チェックインとか、荷物待ちとかで結構時間を取るので、そこだけキャンセルして、鉄道で移動することに。アリタリアのオフィスに行き、キャンセルと帰り分のリコンファーム。ローマテルミニ駅に行って、フィレンツェまでの切符を購入。ホテルの近くまでバスに乗ったのだが、車中でスリに遭いそうになる。様子がおかしいので気がついて、追い払ったのだが、降りたあとで見たら、上着で隠していたポシェットの、パスポートを入れてるポケットのチャックが全開になっていた。こわ~い!かくして、ローマ2日目の夜も更ける。続く...。
2002.06.18
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さて、翌1月4日は、ローマ観光。私も夫もローマは初めて、前にイタリアに来た時は、一人旅でした。で、その前に北欧とかを回っていたのだけれど、ストックホルムで仲良くなった、マリアと恋人のビヨルンに、「イタリアは危険だから、絶対に一人で行ってはいけない。 もし、どうしても行くのであれば、北イタリアだけにしておきなさい」と言われていたのです。私は忠実にそれを守って(?)駆け足で、ミラノ、ヴェローナ、ヴェネチア、マントヴァ、フィレンツェを10日間で回り、その魅力に、圧倒されてしまいました。もっとイタリアにいたいと思ったのですが、そのあと東欧に移動する予定があり、西欧とハンガリーの国鉄だけに通用するユーレイルパスの期限が迫っていたので、名残惜しい思いで、イタリアをあとにしたのでした。...というわけで、ローマはお天気が良くて、暖かかったです。大体、ガイドブックには東京並みと書いてあるものですが、その通りでした。まずは、ヴァティカンのサン・ピエトロ寺院。寺院前の広場には、この時期お決まりの、キリスト降誕の場面を、人形で再現したジオラマが。日本みたいに25日過ぎると、すぐ撤去して今度はお正月、というのではなく、ヨーロッパでは、年が開けてもしばらくは、クリスマス気分です。あちこちにツリーとか、夜にはイルミネーションで飾られ、華やかな雰囲気が味わえます。内部は確かに広い広い。一通り見て回って、サンピエトロの大クーポラに昇ります。途中まではエレベータがあるのですが、あとの330段は徒歩。もちろん息子は自分では昇りません。パパにおんぶして、本人は楽ちんです。狭い通路をえんえんと昇るのは大変でした。ようやっと着いたテラスの眺めは壮観でした。青空のもとローマの街がずうっと見渡せて、「ああ、ホントにローマに来たんだなぁ」と思わせてくれました。しかし、息子がそこでウンチをしたので、私たちはあわてて、ものかげを探し、懸命にオムツ換えをせねばなりませんでした。そして、ヴァティカン美術館。もちろん目玉は、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画。でも、ヴァティカン美術館は圧倒的に広かった!そして、展示品が多かった!私たちは美術館が大好きなんですが、重い重い息子を背負っていると、ゆっくり鑑賞するゆとりがなくなるんですね。全部一級品ばかりなのに、「システィーナはまだかぁ~?!」と、ひいひい言ってました。(もったいない...)交代でおんぶしつつ、一時間半以上歩いて、ようやくシスティーナ礼拝堂に着いたときは、疲れきっていました。天井画はもちろん、息を呑むほど素晴らしかったです。ここにはベンチがあったので、ゆっくり見ることができました。そのあと、映画「ローマの休日」で有名なスペイン広場。そして、これまた有名なカフェ・グレコでお茶を飲みました。続く...。
2002.06.15
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ウルトラマンコスモスの主役の男の子が逮捕されてしまった。何でも未成年のころ、暴行と恐喝をした罪らしい。息子が楽しみにしてるのに~!家族みんなで見てたのに~。これから佳境に入るのにTV放送打ち切り?公開予定の映画もお蔵入り?頼むよぉ。子供の夢を壊さないで!!(涙)今日は、子育てジャンルモードでした...。◆以下15日追加分《せいぎってなんなんだぁ》ムサシ隊員の不祥事により、「ウルトラマンコスモス」は今日より突然の打切り。空しいぃ~、一家で楽しみにしてたのに。これから、佳境に入ろうとするとこだったのに...。『堕ちたヒーロー』『汚れた正義の味方』とかって言われるのかな。え、でも、犯行は2年前だって言うから、堕ちてから、揚がったというべきかしら。不良だった?時から、更正して、立派に社会参加してるのに、今逮捕したら、社会復帰できなくなるのでは?それにしてもチームアイズのキャップ(昔歌手だったんだって!)以下、アヤノ隊員に至るまで、他にレギュラーを持ってそうな人はいない。こんなカタチで打ち切られて、今後の身の振り方はどうするんだろう。そして、主題歌を歌うプロジェクトDMM(?)今度のエンディングに命かけてたみたいなのに。いや、それよりも円谷プロ。夏の映画を作るには、億単位のお金をかけたに違いない。ツブレてしまわないかしら?そして、スポンサーのバンダイでも、それに合わせて、新作のおもちゃを用意していたに違いないのに...。この対策のため、過労死する人や、失業する人も出るかも。逮捕するなら、TVシリーズが終了して、映画も上演し終わったあとにしてくれれば良かったのに...。今TVでは、替わりの2.5頭身のウルトラマンたちが出てくるアニメを放送してる。息子は喜んでいる。とりあえず、良かった。でも、終わりのテロップを見て、これからコスモス始まるんだ!と楽しみにしてたのに、ニュースになってしまい、泣き出しちゃいました。私も辛かった...。もうちょっと何とかならないの?
2002.06.14
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一人旅の時は、よく、ユースホステル(YH)を利用した。安いし、一人でも気軽に泊まれて、生活のための設備(ランドリー、キッチンなど)が整っている。そして、他の旅行者とも知り合えて、貴重な情報をやり取りできる便利な宿泊施設なのである。北欧のユースでは大体自炊の設備があった。外食はやたらと高いし、栄養が偏るので、キッチンを使って自炊することが多かった。よく作ったのが野菜スープ。持参したキャンプ用の小鍋に、玉ねぎ、人参、ジャガイモを中心とした野菜を入れて煮る。火が通ったら、やはり持参のブイヨンで、味を調えて、出来上がり。骨付きチキンや、ウィンナーなどを一緒に煮込むと、よりおいしいし、食べ応えがある。ほかにパンとチーズ、ゆで卵、瓶詰めキャビア(チョウザメだけではなく、いろんな魚卵がその名で売られていた)、果物かヨーグルトなどがあれば、充分な夕食になった。ドイツや北欧のスーパーでは、野菜は袋詰めではなく、売り場にごろごろと置いてある。それを自分で欲しいだけ取って、袋に入れはかりに乗せる。はかりには幾つもの押しボタンがあって、それぞれに野菜や果物の絵が描いてあり、自分の買いたいもののボタンを押すと、重量と値段が記入されたシールが出てくる仕組み。それを袋に貼って、レジに持っていけば、会計できる。だから、必要なものを1個から買えて便利だった。諸外国の旅行者の食事を見るのも楽しい。概して大雑把で、大量に茹でたパスタに缶詰のミートソースをかけただけのものをもりもり食べていたり、かと思うとバゲットに持参の大きな瓶詰めのピーナツバターを塗っただけという人々もいた。ほかに、スペインや南フランスなどでも、自炊のできるYHがあった。スイス、オランダ、ベルギー、イタリアで利用したYHでは、夕食を出すところもあった。続く(...っていつに?)
2002.06.13
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さて、子連れ旅行の一番の心配事と言えば、何と言っても子供の健康ですよね。熱を出さないか、お腹をこわさないか、直前まで、いや、行った先でもとっても心配。もし出発当日に病気にでもなったら、泣く泣くキャンセルで、払い込んだ旅行代金も全額パーです。...あまりにも悲しい。それはとりあえず大丈夫でした。1月3日無事、成田を飛び立ちました。次の心配はというと、やはり機内での時間でしょう。大人でも苦痛な、窮屈な座席での数時間(ファーストクラスやビジネスクラスは違うんでしょうかね、未体験ですう!)。気圧の変化、乾燥、騒音...、エコノミークラス症候群なんて病気もあるそうで。一人旅や大人だけの二人旅の時は、長い機内も、ガイドブックや持参した本を読んだり、予定を立てたり、メモを取ったり、あれこれできて、それなりに楽しいものだったのですが、子連れだとそうは行きません。子供の相手をしなくちゃいけない。悪さをしないように前の座席を蹴ったり、自分の席をガタガタしたりなどの乱暴をやめさせるのに、なだめたりすかしたり、おどしたり...。夫が何度か散歩(?)に連れ出してくれたりもしました。でもまあ、行きはあまり疲れてもいなくて、席も家族3人並んでいたので、思ったより大変ではありませんでした。ただ、時間がすっごく長くて参りました。アリタリア便でしたので、ローマまでは、当然直行で、最短時間で着くだろうと思っていたのですが、それは甘かった。まず、着いたのはミラノだったんです。そこで降りられればまだ楽でしたが、お客が半分以上降りたあとに、給油、座席の掃除などが始まって、延々、2時間以上機内で待たされてうんざり。その間、息子は眠っていてくれて、それは助かりました。ようやく飛び立ったかと思えば、40分ほどでローマに到着。成田発12:55、ローマ着20:05。大体15時間ほどでしょうか。息子は、ずっと眠っていて、市内への列車に乗るころ目を覚まして、はじめての外国の列車にご機嫌でした。(当時は鉄道マニア)ローマの国鉄駅で降り、地下鉄に乗り換えたのですが、地下街でスーパーマーケットを見つけ、さっそく飲み物、くだものなどを仕入れました。私が一人旅で行った時は、なぜか、イタリアでは、スーパーを見つけられなかったんです。イタリアにもスーパーがあるんだぁ!と、変な感動をしてしまいました。ローマの宿は、地下鉄バルベリーニ駅の近くの、アングロアメリカーナという4つ星のホテルで、1泊368,000リラのお部屋でした。なかなか、居心地のいい部屋で、観光のための便もよくて、はなマル合格。(新日本トラベルのフリーツアーは結構お薦めです。93年の秋に、母とロンドンのフリーツアーを利用したのですが、89,000円で、飛行機は全日空、ホテルも快適でした。すっごくお得な気分)...というわけで、ローマには無事到着。お風呂にゆっくり入って、(やはり、トイレの脇にはビデがありました)就寝。というわけで第1日目は終了。続く...。
2002.06.12
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何を書こうかなあと、旅行中のメモを見ていたら、面白くて読みふけってしまい、すっかり遅くなってしまった。今2時になるところ。もう寝ないと朝が辛い。自分的には、全部HPに書きたいなと思うけれど、時間的にも、肉体的にも無理。結局ボチボチやるしかないのね...。音声入力だともっとたくさん入れられるのかも?でも、真夜中に、一人ぼそぼそPCに向かってつぶやいてるのも、不気味かも。(苦笑)さて、明日はムスメの昼寝の時間に子連れイタリアの続きを書こうかな。今日は昼間出かけたので、時間が取れませんでした...。
2002.06.11
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そのまま、子育ての苦労でもあります。ただでさえ大変な子供の健康、食うこと、着ること、眠ることなど、生活にまつわるエトセトラが、全て自宅以外の場所で展開されるわけですから、さらに大変なのは当たり前ですよね。行かないという選択肢も、とても、魅力的な味わいがあります。家にいるのが一番楽ですよ~!安全だし、お金も使わないで済むし、疲れないし...。もう、行かないことにキーメタ!ごろん!でも、何だろう。ふつふつとたぎってくる、このアツいものは...。なんかねぇ、やっぱり、血が騒ぐんですよね。(それでもね、妊娠中とか出産後しばらくとかは、 やはり本能なんでしょうかね。 あんまり出かけたくないです...。)今日ね、息子が言ってました。「2歳のとき、イタリア行ったよね~」「あら~、おぼえてる?」「うん、”どうぉも”の上で、パパが手をふってたよね~」こんな話が日常でちょくちょく出てきます。1歳8ヶ月になる娘も、琉球音楽かければ、カチャーシー踊りだすし、「3歳のときさ、足尾かじか荘(国民宿舎)で、羽のついたアリ、 ボクいっぱいつかまえたよね」とか、全くどーでもいいことって言えばそーなんですが、なんか、そういう体験の一つ一つが、息子とか娘とかの、人間としての味わいを作っていくのかなぁ、と。そして、一緒の思い出が、かけがえのない家族の共有財産なのかなと。柄にもなくしみじみしちゃったりして。ついつい、また行きたいね~!って、計画練っちゃったりするんですね。貯金できないです。家なんか建たないです。でもまあ、大きくなれば家族旅行なんてしなくなるっていいますから、今のうちですよね~。楽しめるうちに楽しんどきましょう。
2002.06.10
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誰でも出来るコミュニケーション。6月1日の続きです。結構知られている定番のコミュニケーションツールが折り紙。それも、きれいな千代紙だったりすると、特に女の子は、もうそれだけで興味津々。トランプのように広げて、好きな柄を選んでもらい、見ててね、というしぐさをして折り始めると、子供は、一体何が始まるのだろうと、一心に私の指先を見つめる。鶴が一番受けるように思う。折り上がったら、なーんだ?と訊いてみる。子供はいろいろ考えて、当てようとする。いくつか答えが出たら、手品師のように、厳かに開いてみせる。これはもう、99%大受けする。子供は大喜び。どうぞ、と手渡すと、子供はコーフン覚めやらず、鶴にキスしたり、飛ばしてみたり、当分の間喜んで遊んでいる。見ていた親も「ビューティフル!!」なんぞと言う。お気に召したようで、時間があれば、もう一枚選ばせて、今度は私が折るのを真似してもらう。今度は前以上に熱心になる。当然不器用だがホメながら、手伝いながら進める。出来上がりがへたくそでも何でも、自分で作れたという喜びの笑顔は素晴らしい。一緒に喜んで楽しいひと時が過ごせる。一回で覚えちゃう子もいる。何枚かあげて、気の済むまで遊ばせる。(あとで何かで読んだが、男の子には、 紙ヒコーキが、受けるんだって。なるほど)ヒマな時に折った鶴を作っておけば、道を教えてくれた親切な人にお礼としてあげたり、ナンパされた時のごめんなさいにも使える。すっごく便利です。荷物にもならないし、千代紙をぜひ荷物の中に入れてお出かけ下さい!
2002.06.09
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1999年の大晦日から、1月2日までは、2000年問題関係の事故を恐れて、南房総に避難していた。宿泊はペンションを利用したが、サービス、部屋ともに今ひとつで、ちょっと残念。良かったのは、天気が良くて暖かく、海がきれいに見えたことと、南房パラダイスという植物園が元日から開いていて、珍しい植物やお花をいろいろ見ることが出来、動物がいたり、遊具もたくさんあったりで、息子も楽しめたこと。当時何故か彼はサボテンがとても好きで、巨大なサボテンのある温室ではびっくり&おおはしゃぎだった。2日の晩は、初めてのことだが成田空港近くのホテルを利用してみた。マイレージの関係で割引券を貰っていたのと、宿泊すると旅行中、ただで車を駐車場に止めさせてもらえるからだ。泊まった部屋は、空港がよく見渡せて、待機中の飛行機の姿に息子も大喜び。夕暮れをバックにした空港は幻想的で、旅愁をさそう。その日のうちに空港の銀行で、当座のための両替をしたり、シティバンクのCD機で、ワールドキャッシュへの入金を済ませた。(ワールドキャッシュ便利です。日本で入金しておけば、現地のCD機で、必要額をあちらの通貨で引き出せる、94年暮れにギリシャに行った時、シンタグマ広場近くのATMで、お金を引き出すのに、日本語の案内が画面に出てホント、びっくりした覚えがあります。)晩御飯を食べようという段になって近所を探すが、飲食店が見当たらない。ホテルの食事はバカ高いし、あまり、食欲もわかなかった。思いついたのが、車に積んだ食料を利用するということ。何かあった時のために、非常用の水や、保存食品、懐中電灯など、買いためた色んなものを、車の荷台に積んできたのだ。ホテルの部屋で、カセットコンロに火をつける。(ホントはいけないんだよね)キャンプに来たみたいと笑いながら、レトルトのご飯やカレーを温める。空港の夜景を見ながらの夕食。でも、やっぱり、レトルトはマズイ...。2000年問題が何事もなくて良かったと、つくづく実感した時だった。続く*すいません、昨日まではですます調でしたね。ちょっと違っちゃいました。余裕が出来たら統一しま~す。
2002.06.08
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連れて行く息子が当時どんな子供だったか...。2歳9ヶ月で、まだオムツが取れてませんでした。夏にオムツはずしに挑戦したものの、トイレに行くのを断固拒否し続けていたので。彼は3月下旬生まれ、いわゆる早生まれで、翌4月には幼稚園入園が決まっていました。せめてそれまではと思っていましたが、3歳になるころには、あっさり取れることが多いと聞いて、楽観していたところもありました。トイレに行く大変さ、失敗の恐れなどがなかったので、旅にはむしろ都合が良かったです。彼は口はとても早かったです。小さいころから絵本が好きだったせいか、そのころには、意思の疎通が充分できていたし、結構大人びたコトバも口にする子供でした。車と電車・汽車がとても好きで、トーマスに夢中。(昨年夏に、はじめてウルトラマンコスモスを見て、あっさりと宗旨替え。)愛唱歌は、カーペンターズの“Top of the world”。キーボードの自動演奏に入っていたのを大層気に入って、見つけてきたCDを、もっともっとと聞くうちに、覚えてしまいました。引っ込み思案で内弁慶、一旦いやだと言い出すと、意地でも動かないところがあって、手を焼きます。(これは今でも)甘えっ子で、歩くのを嫌がり、しょっちゅう「抱っこ」と言われてました。ちなみに体重は14.5kg。身体は、普通に丈夫な方で、入園前はあまり病気などもしない子供でした。こういう息子を連れて歩くということは、常にどちらかが14.5kgの荷物を持っていると想定しなければなりません。当然荷物は最低限ということになります。でも、子供の服はいつ汚れるかわかりません。充分な予備が必要なことは、前の年、沖縄へ行ったときの経験で身に沁みていました。結局、大人の着替えを絞りに絞って、(夫はほとんど着たきりスズメ状態)で、夫が大きなパックパックを背負い、キャスターと引き手つきの旅行カバン(ぎりぎり機内持ち込みサイズ)。私の荷物は、デイパック1個のみ。ただし、息子の抱っこを担当。ということになりました。続く
2002.06.07
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2000年1月に、当時2歳の長男を連れて、イタリア旅行に行ってみました。子連れ海外はもちろん初めてで、いろいろ不安もありました。一人旅、夫婦旅とはまた違った楽しさ大変さがありました。でも、結果的に行って良かったです。お子様をお持ちのお父さんお母さん、ぜひ、子連れ旅の経験を聞かせてください。国内海外を問いません。短くても長くても、大歓迎こうしてみたら大成功だった!ちょっと失敗、すごーく失敗びっくりアクシデントと、その対処法今度はどこに行きたい!自分の行った場所、あるいは住まいの近所で、こんなお勧めの場所があるよ!などなどいろいろ情報お待ちしています!!さて、ここからは、イタリア子連れ旅の《1》です。2000年、それは不安と共に始まった。覚えていますか?1999年の暮れ、日本は2000年問題に揺れていましたね。私も2000年にきっと何かすごく困ったことが起こるのではないか?いや絶対起こる!と不安に思っていました。(心配性のA型)ペットボトルの水、インスタントラーメン、缶詰・レトルト食料カセットコンロ、乾電池、携帯ラジオ…いろんなものを用意しました。それで、旅行の日程も年をまたぐのをやめて、1月3日からにしました。旅の形ですが、私たち夫婦はもともとバックパッカーなので、着いた場所で宿を探す旅が多かったのですが子連れ(しかも幼児)でそれは大変だろう、でも、やっぱり自由は欲しい。しかもできるだけ経済的にやりたい(これはいつも通り)...と言うわけで、旅行会社のフリーツアーを利用することにしました。これは、航空券と向こうの宿の組み合わせがパックになっているもので中身はフリー、行動は全く自由というものですもちろん添乗員やガイドも付きません私たちは新日本トラベルという代理店の、『ローマ・フィレンツェフリー8日間』というのを利用しました。1月3日出発は158000円、子供料金の設定がないので、×3でした。航空券だけの値段を調べても大体同額だったので、宿が付いている分お得だと思いました。なぜイタリアにしたかというと、子供を連れて行くので衛生面や医療面で不安のないところ、ヨーロッパのどこか?しかも、原発がない。(2000年問題で一番やばいのは原発だと思ってましたので。)イタリアは夫は初めて、私は1992年に行った時北部だけの駆け足旅行だったので、でも、その奥深さにとっても惹かれるものがあったので、そして、見所が集まっていればそれだけ、あまり移動しなくて済んで楽かも、と思ったのです。続く...。
2002.06.06
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HPはじめて、20日になります。まだ若葉マーク!なんて甘えが徐々に通用しなくなってくる。うう、内容を充実させたいものだ。それにしても、楽天のHPって恐るべき機能をいろいろと備えていますね。日記記入率も、その一つ。偏差値世代の私は、パーセンテージが下がると、なんとなく落ち着かない。日記書きに追われて、ページの方がなかなか書けない。日記を怠ると、おとずれて下さる人も減る仕組みになっているし、毎日の訪問者数を教える棒グラフなんかも、ニクイよね。模試の得点を分析されてるみたいだ。そして、ここって、管理人が開けても、カウンターが上がっちゃうのね。管理人はどうしても日に何回か開けなくてはならないんだから、カウントしなきゃいいのにね。私のもう一つの日記サイトでは、自分の日記開けてもカウンターは回りません。その方がいいと思う。さて、旅のお話だけど、次は子連れイタリア旅行のことを書こうかな。帰ってきてまもなく友人に報告したFAXの原稿があるのでそれをもとにして...。いろんな人の子連れ旅行の話しも聞きたいなぁ。
2002.06.05
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生まれたばっかりの子猫特有の、よく響く声。探しに行きたい気持ちが...、今、押さえてるんですけどね。猫好きです。旅先でも猫がいるとカメラ向けちゃいます。(写真をスキャナで取り込めるようになったら、旅先の猫の写真のページも作ることにしよう。...一体いつのことなんだ?)でもね。子供が生まれて、やっぱり、今は子供のほうがかわいいです。それと、夫が、猫アレルギーなんですよ。イスタンブールの宿で発覚しました。とても美形の猫だったので、部屋に連れ込んだら、夫がぜんそくのような症状を起こして...。夜中にあわてて猫を外に出しました。私の実家にも猫がいるので、帰省は夫にとって、かなりつらいと思います。鼻炎薬と、マスク持参で帰ります。私が拾った猫なので、申し訳なく思うのですが、でも、将来の旦那が猫アレルギーだなんて、あのころの私に、どうして予測できましょう?その報いか、私も最近実家に帰ると鼻がむずむずして、くしゃみを連発したりしてます。このまま進行すると、一生涯猫と暮らすことはできないのかも...。
2002.06.03
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海外でも国内でも、旅では食べるものって大きな楽しみですよねー。私も、失敗、ちょっと失敗、成功、などなど、メリハリの多い食事経験をしました。ページの方で☆旅で出会ったおいしいものを今書きつつあります。良かったら、ご覧になってください。日記では、 05月19日 ◆ああ!沖縄そば... 05月21日 ◆ノルウェー情報 05月25日 ◆ハンガリーのフォアグラ 05月26日 ◆イスタンブールでのある1日の食事-日記より 05月29日 ◆ヨーロッパのチョコレートの話 05月31日 ◆ベルギーのムール鍋-ブリュッセルなどが、今のところ読めるものです。あと ★GWの東北旅行でもメリハリの多い食事の経験をしました。良かったらページの方ご覧下さい。 http://plaza.rakuten.co.jp/aozora0205/002000 おいしいものを食べた話、私にも教えて下さ~い!
2002.06.02
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怪しい意味ではありません、もっぱら鉄道で回っていたので、長い乗車時間よく子供に遊んでもらいました。退屈な時、子供と仲良くなれば楽しい時間が過ごせるし、ある程度の年齢であれば、コトバなども教えてもらえる。周りの空気も和むし、会話のきっかけもつかめる。映画などを見てもわかるように、あちらの子供は表情も豊かで、惜しげもなく笑ってくれて、とても幸せなひと時となる。目が合ったらにっこり笑います。相手は大体最初はにかんで、ぱっと顔を隠しちゃったりする。でも、しばらくするとまたこっちを見るので、また、にっこりしてみせる。その繰り返しでだんだん慣れてくる。そしたら、手近なもので今度はこちらの顔を隠す。あちらは覗き込んでくるので、バアーという感じで顔を出すと、子供はキャッキャと喜んで、もっともっと、っていっぺんに親しくなれます。そ、いないいないばー、ですね。みんなコレ大好きです。ほかには、持っているお菓子を”どうぞ”と差し出す。コトバがわかんなくても、差し出せばいいのでカンタン。大人はノーサンキューの時もあるけど、たいていの子供は”ありがとう”と言って食べる。しばらくすると自分の持っているお菓子を”どうぞ”と回してくれる。私も”ありがとう”と言って食べる。それだけのことなんだけど、その時点でもう子供はすっかり気を許して、何かにつけニッコリ笑いかけてきたりする。こちらもニッコリして笑いあったりすれば、これはもう、立派なコミュニケーション。日本のあめなどを持っていると、また興味の度合いが全然違う。私は、黄金糖とカンロアメの黒飴を持っていたが、スウェーデンのINNRANDBANENの中で会ったヨナスとヨハンナは、真面目な顔で両方を食べ比べて、前者の方がおいしいと感想を述べてくれた。...続く
2002.06.01
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これはですね。大量のムール貝のおそらくワイン蒸し。それも、ムール貝だけが、大きなホーロー鍋みたいのに入って、(鍋ごとですよ)どーんと出てくるんです。395BFでした。(今はもうユーロなんでしょうね)なんか、食べても食べても終わらないというか、スゴいものでした。食べ終わって、殻の数を数えたら、一人前49個ありました。おいしかったかどうかについては、メモがありません。でも、それだけ食べることができたということ、また食べてもいいなと思った覚えがあることなどから、おそらくおいしかったのではないかと...。YHで知り合ったナナコさんと一緒に食べました。二人で小便小僧の像を探して、歩き回ったのはいい思い出です。(小さくてなかなか見つからなかった。)ダカラのCM見ると思い出しちゃいます(笑)。彼女が教えてくれたフランス風おでん、シャンゼリゼの一本裏の道の店で食べておいしかったんだそうです。私探したんだけど見つかりませんでした。食べたことのある方、ぜひ、情報教えて下さい。それと、ワッフル。ブリュッセルの駅で、かわいらしい汽車?の形をしたお店で、売られていました。仕事帰りの人たちが、大勢、ワッフル買って食べてました。ベルギーのタイヤキって感じの親しまれ方ですね、あれは。(1992.9.9)
2002.05.31
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月曜、火曜と熱を出して休んでいた長男が、ようやく回復したと思ったら、今度はムスメが発熱。初めは様子を見ていたが、結構高くて、近くの小児科に駆け込むハメに...。というわけで、今日の日記はお休みです。ではまた。
2002.05.30
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旅のエネルギー源チョコレート。普段から好きですが、行く先々で買いました。何がどう違うか、よくわからないんですけれど、スイスのチョコレートはおいしいです。これは有名な話ですよね。...どうおいしいか。とけ味のなめらかさが抜群。カカオの香り、ミルクっぽいところ。(私はミルクチョコレートが好きなので)それがね、リンツとか、高級なのがおいしいのはわかる。でも、ごく普通のスーパーで売っている1SF(スイスフラン)くらいのも、お・い・し・い・んですぅ。日本で言えば、明○とか、森○というようなものだと思うんですけれど。ベルギーのチョコレートも有名。ブリュージュのマルクト広場とかのあたりに、高級なチョコレートの店があって、美術品のような、素敵なチョコレートが売られていました。名物だからと、いくつか買ってみたはずなんですが、あまり印象に残っていません。(街があんまりきれいだったからかも...天井のない美術館と呼ばれている)また行く機会があったら、ぜひ味を確かめたいところです。北欧では、面白いチョコがありました。GEISHA(ゲイシャ)というのは、チョコの中にへーゼルナッツクリームが入っているもの。ベトナムの麦藁帽みたいなのををかぶった、目の釣りあがった女の子のマンガが書いてあるKINA(チャイナの意)は、つながったチョコレートの中にパフが入っているもの。Dumleというチョコは、中にキャラメル味の、柔らかいヌガーが入っていました。以上3つは、ヘルシンキのFaier(ちょっとつづりが不確か)社の製品でした。なぜゲイシャなのか。なぜ中国なのか。食べてみてもわかりませんでした。おいしかったのは、北欧情報にも書きましたが、Daimという、中にトフィーが入っているチョコレート。(しまった、こないだDainと書いちゃった。ROSEさんゴメン)これは皆に好かれてました。メイドインスウェーデン。そういえば、母がコペンの空港でトランジットの際に買ったという、オレンジ風味のチョコレート。袋入りで、一つ一つの粒が、オレンジの小袋の形をしているんだけど。とってもおいしかったから、行った時に買おうと探したんだけど、見つかりませんでした。メーカーとか、名前とか控えとけばよかった...。☆おっと、時間が来てしまいました。タワシちゃんからリクエストのあった「ウィーンと相性の悪い私」についても書くつもりだったのですが、また、時間見つけて書くからね!
2002.05.29
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12年前の夏、初めての海外旅行でロンドンに行っていた私は、奇妙な現象に出くわした。その時泊まっていた宿のある、地下鉄のSwiss Cottageの駅から地上に出ると、...何かがおかしい。夕方の5時くらいだったろうか、まだまだ明るい昼日中と言っていい時間に、人っ子ひとり、見当たらないのだ。どうしたんだろう?少し、周辺を歩き回っても、人影は見当たらない。宇宙船が飛来して、住民を連れ去ってしまったのか?住宅地の中を10分ほど歩いて、ゲストハウスに帰り、部屋をシェアしていたフキコさんと会った時は、この世界に私ひとりじゃなくてよかった、と、心の底からほっとしたものだ。あとで、その時間には皆、TVで、サッカーの試合を見ていた。と聞いて、とても、驚いた。伝説に聞く「君の名は」現象だ。この国では、サッカーの試合でそれが起こるのか!今にして思えば、それがワールドカップではなかったろうか?フーリガンという熱狂的ファン(?)の存在を知った時も、すんなり納得できたのは、そのときの体験のお陰かもしれない。(1990年7月)
2002.05.28
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このページでは、意識して”旅”という言葉を使っています。一つの単語に、どういうニュアンスを感じるか、というのは、個人的な考えや体験によって、人それぞれ違うのだと思います。だから、これは、あくまで私の場合なのですけれど。”旅行”っていうと、とてもスマートで、楽しくて、ちょっとおしゃれだったりして、予定通りことが運んで、おいしい食事をくつろいで食べて、もちろん宿は予約済み。...って印象。スーツケースを持って行くリゾートとか、団体旅行は、旅行だなあ、と思う。もう一方で、”旅”という言葉は、重い荷物を自分で背負って、汗だくになりながら目的地を探して、いろいろ予定通りには行かなくて、宿と食事の確保や洗濯が、観光よりも優先されたりする...そういうもの。不器用で、疲れて、泥臭い印象のものです。決して、格好よくはない。旅行の方が、すてきですよね。私も、旅行は旅行でいいと思う。でも、私だけかもしれないけど、楽な旅行だと、どうもその場に行ったってことが、実感されにくい気がするんです。その場に着いて、歩いたり駅やバス停を探したり、地図を買ったり、人に尋ねたり、宿を探してみたり、そんなことをやってるうちに、だんだん意識の表層から、意識の内部へじわじわと沁みて、自分のいる場所がどこか実感できてくる。色んな作業が、行ったことを自覚する手助けをしてくれる。あとから思い出すのも、妙にそういう細部だったりして。で、そういうのって、私にとって”旅”なんです。楽しい思いをするためにしているというよりも、何か知らないものを感じたい。別の場所で生活すると自分はどうなるのか観察したい。そういう求め。読んでいただいた方に、理解していただけるように書けたかどうかは疑問ですが、自分にとっての旅って、どんなものだか、ちょっとコトバで探してみました。いい足りなかったことが見つかったら、また、補足しますね。
2002.05.27
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イスタンブールでは、食生活がとても充実していた。日本人(というか、私たち)の口に合う味に多く出会えた街である。朝:ピデ(トルコ風ピザ)シルケシ駅の近所で見つけた。チーズとミートの2種類がある。チーズを選ぶ。兄ちゃん(夫の以前の呼び名)はチャイを、私はヨーグルトを頼む。出てきたヨーグルトは、容器の大きさも、中身の色や形も、まるで、豆腐のよう。皿にそのまま、ドンと乗ってきた。味わうと、少々の塩味をプレーンヨーグルトに混ぜたような感じだった。ピデが出てくる。直径は22~23cmくらいの円形。周りが厚めで、真ん中が薄めになっている。かじると、質のいい小麦粉で作った、焼きたてバタートーストのおいしいの、といった感じ。周りの厚い部分の歯ごたえがいい。チーズも薄いがおいしい。全くのプレーンだったが、それがかえって、さっぱりしていて、チーズのコクとクラストの小麦のうまみを引き出していたように思う。昼:新市街の途中を左に入った小路が、八百屋や魚屋が集まった市場になっている。その入り口あたりに、ロンドンのジャケットポテトのようなものを売っている店が、6軒ほど並んでいた。長さは16~18cm、直径は10~12cmくらいの巨大なポテト。それを、小学校の焼却炉のような窯から出してきて、横半分に切って、中身をマッシュする。そこにバターを混ぜる。(色はマスタードバターだが、実はガーリックバターかも)。更に、おろしチーズをかける。そして、充分ぐちゃぐちゃ混ぜ合わせたのち、客の選んだ具をはさむ。私たちは、ピクルスとハムのマヨネーズ和えを頼んだ。コレがなかなかおいしい。ほくほくしていて、しかもトロッという感じ。石焼芋のような香りと、歯ごたえは、やはり、窯で焼くからか?そして、ムール貝のピラフ詰め。ガラタ橋近くで12歳くらいの少年が売っている。買うとレモンを搾ってくれる。お米は大きめの粒。口に馴染む味。貝の串揚げは、中身が縮まっていたせいか、衣が大きく油っこく感じた。一見オートミール風の白いソースにつけて食べる。お3時:シルケシ駅前の店で、ロールケーキを買う。立ち食い形式の店。軽い味で、甘みもほどほど、クリームの味もいい。持参のお湯で、ネスカフェを入れて、おいしくいただく。また、食べたい味の一つ。夜:地元の人で賑わう庶民的な惣菜レストランで。・ムサカ(ナスの肉詰め)・ラムのトマトソース煮・鶏肉と野菜のトマトソース煮・インゲンのトマトソース煮プラス、パン&ウォーター。トマトソース煮ばかりだが、それぞれに塩味もスパイスも違うので変化がある。野菜をたくさん食べられてよかった。(1995年1月2日)☆何か、食べてばっかりいるみたいですね...。明日はまた、違う項目にしようかな。
2002.05.26
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《初めてのフォアグラ食べ放題-ブダペスト》ハンガリーの名産だというので、ぜひ試してみたいと思っていた。Libamaj(iとaの上に、´が付く)と綴るんだそうだ。音読できない...。スーパーで缶詰を探したが、言葉がわからないせいか、見つからない。トリの絵が付いた小さいのを買ってみたが、違うようだ。ふと入った肉屋で、メモを見せて「コレありますか?」と聞くと、店員さんは、奥からビニールでパックされた、大きいかたまりを持ってきた。「私には大きいので、もっと小さいのを」と言うと、一番小さいものを持って来てくれる。それでも244g、値段は220フォリント。「どうやって食べるの?」と聞くと、そのまま切って、サラダにして食べろと言う。生で?えーっ、焼くか、煮るかするんじゃなくて?念を押しても、やはり、切って食べるだけだという。宿に帰り、しみじみとフォアグラさまを見つめる。でかい。教科書で見た肝臓の形をしている。でも、牛や豚より、だいぶ白い。少々ためらいつつも、ハンガリー人に食べられるなら、私も食べられるだろうと、意を決して、小さく切ったのを食べてみる。案外クセがない。臭みはほとんど感じない。ガチョウを太らせて肥大した肝臓だというから、脂肪分が多いのだろうけれど、くどくなくてさっぱりしている。味がないとよくわからないので、しょうゆをたらしてみる。すると、上トロかウニのような味わいになった!とろりとしていて、上品なコクが感じられる。かすかに甘い。考えてみれば、レバ刺しってあるもんね。たしかに、なかなか、ぜいたくな食べものであるに違いない...。(1992年10月)《ひーじゃー汁、食べられませんでした。-沖縄》私はヤギの匂いが苦手...、いや、食べなければいいんですけれど。以前シェーブルチーズを買った時も、一口含んだだけで、ヤギ舎の匂いを思い出して、呑み込むことができませんでした...。フロマージュ(牛乳)のチーズは大好きなのに。その時、残りのシェーブルチーズを一手に引き受けてくれた夫も、それ以来、ヤギの匂いは苦手に...。せっかく、民宿あや乃荘の親切なおじさんが薦めてくれたのに、結局、ヤギ料理の店には一度も入りませんでした。ゴメンネおじさん...。(2001年夏)ページを作りつつ日記を書く時間がないので、ページに書いた内容を、日記にも収録していくことにしました。今日の内容は、「旅で出会ったおいしいもの」の項目に入れます。先日日記に書いたノルウェーのエビの話、沖縄そばの話なんかも、そのうち編集し直して、入れておきますネ。
2002.05.25
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この頃長女(1歳半)の寝つきが悪く、夜の寝かしつけに、すごく時間がかかります。ようやく寝付くと、私も疲れてダウンしてしまって、思うようにパソることができない。今は、長女のお昼寝中に速攻で書いてます。あと20分で、長男の園バスがやってくる。BBS、間に合わなかったらごめんなさい。またきっと時間見つけて書きます。旅の準備は楽しい。計画するのは、わくわくするし、気候を考えながら、服を決めたり、便利そうな道具をそろえたりするのも、楽しみのうちだ。実際、旅をするのは、もちろん面白い。でも、楽しいことばっかりじゃない。むしろ、思うようにならなくって、右往左往することの方が多かったりする。旅が終わったあと、思い出深いこととして、思うようにならなかったこと、大変だったことを、いっそう懐かしく思い出すのは、どうしてだろう?こうして、日常生活をしている中で、何の予告もなしに、あのとき訪れた街の、裏道なんかの風景が、心のスクリーンに映し出される。たまらなく、旅に出たいと思うのは、そういう時だ。☆デジカメの映像の縮小がなかなかうまくいきません。東北旅行記に早く写真つけたいんだけどなあ。
2002.05.23
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お子さんに何か習い事させてますかというテーマを投稿したのが自分なので、ジャンル違いのテーマを書いています。息子が今5歳(年長)で、今まで何もやらせてなかったのですが、何かをやらせた方がいいのかなあと、この頃悩んだりしています。割と引っ込み思案で、3月生まれのオクテで、すぐ「ボクできない」と放り出してしまいがちです。運動神経もそれほど良くなさそう。私が運動オンチなので、男の子でもありますし、何か自信をつけてやった方がいいのでは?と思います。音楽関係もいいなあとか、英語もこれからは必要だよねとか、考え始めるときりがなくて...。それにしてもヤマ○とか、ディ○ニー英語システムとかいろいろありますよね。勧誘をしている人の話しを聞いちゃうと、これしかないって感じで薦められてしまうと思うし、これは、やはり、習う側の経験者の方からお聞きするのが一番かなと思いまして...。お子さんではなくて、ご自身の経験でも結構です。悩める母親にぜひ、愛の手を...!PS.下の子が1歳半です。きょうだいでできる習い事などの情報もありましたら...。
2002.05.22
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ROSEさんへ。ノルウェー情報、メモを見ていたら、いくつか見つかりました。長くなりそうなので、今日の日記に書くことにしました。北欧では、両替の手数料がばかにならない額なのですが、チャージの金額は銀行によって違っていて、高いところでは40クローネ、そのほかは20、15クローネでした。で、探しても記録がないんですが(ごめんなさい)、たしか、チャージなしの銀行があったような...。両替する時に、もし選ぶ余地があるようでしたら、チャージの金額を確かめてからされることを、おすすめします。それから、たまたまかもしれませんが、結構強い通り雨に何度かあいました。携帯用の軽いレインジャケットがあると便利かもしれません。私はベルゲンで雨に降られ、荷物がびしょびしょになりました。荷物の防水もされてあれば万全かと...。昨日の日記で、おいしいものがないと書きましたが、忘れてました。とってもおいしいものがあったんです。ナルヴィクの魚市場で、エビのゆでたのが量り売りで売られていて、殻を手でむいて、そのまま食べられるんです。大きさは甘エビくらいだったかな?それがもう、おいしくて~!ロフォーテンへの道すがら食べてたんですが、ほとんどイッキ食いでした。身はモチロン、卵も、ミソもおいしくて、まったくもう、エビちゃんたらなんてヤツ~?って感涙しながら食べました。もちろん帰りにも買い込み、寝台特急の中で食べ放題しました。港町なら、他のところでも、お目にかかれるのでは?あ、ベルゲンでも、かにとエビを港で買って思う存分食べた、との記録がありました。食べ物関係では、スーパーでパックのジュースを買うときには、表示に注意が必要です。小さいパックに、薄めて飲むための濃いジュースが入っていることがあります。(甘くてそのままは飲めません。何人かで分けられるといいのですが)確か、200mlくらいのパックなのに、1Lと書いてあったような気がします。メイドインスウェーデンの、Dainというチョコレートがおいしくて人気がありました。中にトフィーが入ってます。板状のものと、キャンディのようになっているのと二種類ありました。スーパーなどで。とりあえず、今日見つかったのは、こんなところです。また、見つけたら追加しますね。
2002.05.21
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10年前の7月11日から、9月4日まで、ユーレイルパスを使って北欧を回りました。『世界の車窓から』のスペシャル番組で、北極圏を取り上げていて、それがとても素敵だったので。それから、白夜とか、オーロラとか、最北端の沈まない太陽とかにも、憧れました。コースは、フランクフルトに入って(7月7日)ドイツを北上。11日にコペンハーゲン、その日の夜行でストックホルム。スウェーデンを北上し、INLANDSBANANに乗車、北極圏に入って、ノルウェーへ。ナルヴィクで、更に北上してノールカップをめざすか、ロフォーテン諸島に行くか迷ったのですが、結局ロフォーテンに行きました。しばらくロフォーテンにいて、ナルヴィクに戻り、夜行を乗り継いで、コペンハーゲンへ。北欧大好きの友人と落ち合って、オスロから、フィヨルドをめぐって、ベルゲンからオスロに戻り、友人は帰国。私はヨーテボリからまたストックホルムへ、シリヤラインでフィンランドへ、ロバニエミから更に北上して、また北極圏のキイロッパ、サヴォンリンナをへて、ヘルシンキ、シリヤラインでまたまたストックホルム。更にヨーテボリから、ステナラインでデンマークに、オーデンセ、リーベなどを経て、コペンハーゲンからアムステルダムへ抜けました。全体に物価が高く、宿はほとんどユースホステルを利用しました。どこも清潔で気持ちよく、キッチン、ランドリーなどの施設や、朝食が充実していました。日本円にして1泊2000~3000円程度だったと思います。他に、船が宿泊施設になっているものもあって、ロフォーテンとヨーテボリで利用してみました。船室は狭いのですが、船旅をしているようで面白かった。あと、最後の方に知ったのですが、街のインフォメーションで、プライベートアコモデーションを紹介してもらうと、普通のお宅の一室に泊まらせてもらうことができます。費用は、ユース程度でした。(東欧でも、そういうのがあり、よく利用しました)思い出深い場所、素敵なところはたくさんありますが、特にデンマークのリーベ、スウェーデンのストックホルム、アビスコ、ヨーテボリ、ノルウェーのベルゲンなどが印象に残ってます。で、夫とはじめて会ったのが、このときのオスロでした。夏は旅行しやすいです。でも、フィンランドの北の方では8月半ばで6℃~10℃ぐらい。8月末ごろからは雨や曇りがちの日が多く、秋は観光シーズンではないようです。全体に食べ物は、特においしいものもなく、あまりぱっとしませんでしたね...。他にも書くべきことはいろいろあるのですが、おいおい、HPで(日記ではなくてページになるかな?)書いて行こうと思っています。☆東北への旅、完結しました。後ほど、デジカメの映像を入れたいと思ってます...できるかな?
2002.05.20
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今日の晩御飯はごーやーちゃんぷるーでした。たっぷり作って食べました。おいしかった♪近頃、この辺のスーパーでも、ごーやーが買えるようになりました。とっておきの、沖縄コープ製のランチョンミート(添加物が入ってない)を一缶開けて、豚コマを炒め、ごーやーを景気良く一本使って、木綿豆腐一パックと、ジャーッと炒め、溶き卵を流しいれ、削り節を入れて、”かんたんちゃんぷるーごーや”という調味料で味付け。それだけ!でもおいしいんですぅぅ。まんぞく。昨日は、近所のスーパーで沖縄展をやっていたので、さーたーあんだぎーミックスをふた袋買いました。黒糖味がおすすめ。白糖味は、甘さがストレートすぎて、ニュアンスに欠ける?430円はちょっと高い?鶴見の沖縄食材店では、250円か、280円くらいだった気がするんだけどなあ。でも、これはねぇ、はじめてでも、ホントおいしくできる。ちゃんとチューリップ状に開いてね、外がさくさくかりっとしてて、中がやややわらかくて、ウチで揚げると、皆、争って食べます。いつ、作ろうかなぁ...楽しみ。昨年の夏は沖縄に3週間行きました。うち13日は石垣島。毎日毎日、飽きることなく、沖縄そば(八重山そば)を食べてました。おいしかったぁ!何であんなに、ハズレがないんでしょうね。どこへ行っても、納得の味。石垣島では、”まーさんどー”という店がおいしかった。他の料理もなかなか。沖縄本島では、公設市場近くの"太栄食堂"。ここは、昔懐かしい感じの店構えで、皆、必ずってくらいに定食の後は、ぜんざい(関東で言うところの氷あずき)を頼んでたなぁ。おばちゃんたちが、仕事帰りに、いっぷくしておしゃべりに花を咲かすところって雰囲気だった。あ、思い出に浸っているうちにもう1時。更新せねば。
2002.05.19
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一人旅!大好きです。(もう当分できないけれど)最初は春の北陸2泊3日、そして、次は夏の北海道、2週間くらいだったかな?次の年の夏、海外一人旅をしたことのある友人Aちゃんと、ヨーロッパ(イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、スイス、スペイン)を2ヶ月旅行し、次の次の年には、5ヶ月かけて、今度は一人で、ヨーロッパを北欧・東欧中心に回りました。バックパックを背負って、ユースホステルに泊まる貧乏旅行だったけど、それがまた楽しかったです。誰かと行く旅って、その人との旅なんですよね。それはそれで素晴らしいけれど、あまり、他の人との出会いはない。一人で行く旅は、旅先で出会った誰かとの思い出が、いろいろ出来ます。それに、時間の使い方が自由に出来る。自分のペースで行動できる。疲れたら休める。見ていたいものを、気がすむまで見ていることが出来る。そういうことって、誰かと一緒の旅行だと、何かと気兼ねですよね。もう、結婚して、子供も二人いるので、一人旅は当分できません。独身時代にいっぺん心ゆくまで旅したし、今は家族と一緒の旅行が、楽しいです。でも、独身の人、若い人には、ぜひ一人旅をしてみて欲しい。短くても、近くても、いいと思います。誰かと出会う旅、ホントの自分と出会う旅に、きっとなると思います。私の一人旅の記録、思い出、これからHPにいろいろ書いていこうと思ってます。ページ作ってみました。こないだのGWに家族で宮城と岩手に行ったときのことを書いたものです。他の日記サイトに書いたものの再録ですが、①~⑤まであります。良かったら読んでみて下さいネ!
2002.05.18
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さて、念願のホームページです。はじめまして、蒼空です。ここでは、旅のことをいろいろ書きたいと思っています。私は旅が好きで、独身の頃、最初は友人と二人で、その後一人で、ヨーロッパ旅行をしました。私の旅行は、基本的に、荷物を背負って、安宿に泊まり、自分で洗濯をして、生活しながらあちこちに行く旅です。一夜の宿でゴージャスに、というよりは、一日の予算を少なくして、できるだけ長く旅したいと思ったからです。いわゆる、バックパッカーというヤツですね。二度目の旅行で、旅好きの夫と出会い、結婚してからは、二人でスペイン、ギリシャとトルコ、東欧とバルト三国に旅行。子供が生まれてからは、息子が二歳の時にイタリア旅行。そのほか、小さい国内旅行をいろいろしました。昨年の夏には、4歳の長男、10ヶ月の長女を連れて、三週間の沖縄旅行。こないだのGWには、宮城と岩手に小旅行しました。いろんな思い出が、それぞれにいっぱいあって、書きたいこと、残しておきたい記録が、頭の中に渦巻いてます。きっと、もう忘れてしまったことも、かなりあると思うんだけど、メモを見たり、写真を引っ張り出して、ここに綴っていこうと思います。他の日記サイトでも日記(子育て&日常)を書いているので、どれくらいの割合でアップしていけるのか、私にもよくわかりませんが、良かったら、どうぞ、これからお付き合い下さいね!
2002.05.17
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