●ぐうたらミセスのPDくらぶ●

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クリニック履歴 その1

【結婚後のクリニック履歴】その1

思い出しながら、自分の記録として書こうと思う。
  パニック歴とかぶるかもだけど、それがなかなか進まないので、先にこちらを・・・・・
  もし、書いてだぶったら、修正していくつもりです・・・

【1】郊外の小さめの総合病院
   結婚後、雑誌の読者コーナーで知り合った人が通っている、彼女の家の近所の病院へ。
近くにも病院はあったが、結婚前のように、病院めぐりをするのはいやだったから、迷わずそこへ。


【2】都心の有名総合病院
   担当のM先生が転院になり、都心なので躊躇したが、結婚後から診てもらっていたし、知らない土地での病院探しのエネルギーがなかったし。ここには、2回通院した。



 *-*-*-*-*-* 出産・子育て*-*-*-*-*-*-*

  8年間、薬を飲まず、なんとか子育てしていたよ!!
  でも、私の不注意・無理で再発してしまった・・・・・ (-_-;)

  子育て中、プチ発作はたびたびあった。
  が、なんとかやり過ごせていたくらいのプチP・・・
  でも、今振り返ると、人付き合いとかは抑え目な生活だったかもしれない。


 *-*-*-*-*-**-*-*-*-*-**-*-*-*-*-*


【3】都心のT総合病院
  再発は明らか。
  でも、どこに行っていいかわからない。
  2の病院に電話して、M先生は今いらっしゃるか聞いたら、3病院と5病院で診察されているとのこと。
  3の病院の方が便利そうなので、すがる思いで、駅からタクシー(バスがあまりないし、歩くには遠い)で。
私のことを覚えていてくれ、子供が2人出来たこと驚いていた。喜んでくれた。
 で、お薬復活です!

  その時、新聞で何度か<パニック障害><広場恐怖>という病名と症状を見た。
  私は、まさにこれだあ!!と思い、切り抜きを先生に見せた。
  もう1度、一から経過を説明させられた。
  また、心理テストも受けた。
  先生は、まだこの病気のことをよくわかっていなかったようだ。
  でも、私は、この病気だと、確信した。
  しばらく通った。
  でも、地方に転勤になってしまった。


【4】転勤先のクリニック
  転勤後しばらくは、持っていたお薬を、どうしてもという時だけ頓服としてのむだけだった。
  でも、積極的になれず、無意識に人付き合いに何かびくびくしていたかも。
  それに、田舎だからどこかに行くのにも車が必要で、病気後嫌いだった右折(待つのがダメ)とか、
たまの一車線の道路の渋滞に、ドキドキくらくらヒェー。
  やっぱりお薬のまなきゃだめだわと、電話帳で探し、車で1時間くらいのクリニックへ通うことにした。
 電車とバスでも行けるし。
 新しい試みはなく、以前のんでいたお薬をもらうことに。
 でも、のむようになり、私的に積極性がでてきた。
 やせ我慢より、お薬と付き合いながら、楽しく生活することの方が私の場合いいと感じた。


○転勤終了・帰京後
最初の担当医M先生の病院に行こうかと思ったが、近いにこしたことはないと、 近くの有名総合病院 へ行った。
  一からまた説明(最初はカウンセラーの先生だし、これが面倒というか、長い。泣いてしまったり。忘れてたりするし)
  先生と話しても、何かわかってないと直感。
  悲しいかなPD歴は長いからねえ。わかってないな先生・・って思っちゃう。


どうせなら、これからずっと見てもらえるいい先生と思い、 雑誌で何回か見た神経科で有名というクリニック へ、電車で1本だし近いしと期待して電話した。
  予約をとって、行こうと思ったら、大間違いだった。
  電話で看護婦さんに、延々と質問され、しばらく待って先生が出られた。
 そんなにおじいさん先生じゃない。
  「パニックは、なってすぐだと薬でガーンとおさえて治る病気だが、
あなたのように長いと、うちにきてもらっても治してはあげられない、
うちでは診れない。」だって・・・・・
  私こそ、ガーンよ。病院に断られたぞ~。泣いたさ~~・・・・・
  歴が長いのは仕方ないじゃん。好きでこうなったわけじゃなし、
良い病院リストに○県でほんの何軒かしか載ってないクリニックでしょ。
  救いを求めて、電話したのに、いくつかの雑誌に載り、患者が増えたから、治せそうな患者しか診ないというの? 
  で、お薦めクリニックなの?

でも、PDは治る病気だって!!だから皆さん、ガンバレ!!
  私は長いし慢性化しちゃったからねぇ、ずっと付き合う覚悟というか諦めはある。
  でも薬と仲良くしながら、私なりに楽しむよ~!!(余談…)


【5】都心のS総合病院
  病院めぐりはやめ。
  また、M先生にと、2の病院に電話したら、S病院におられるとのことで、その先生の診察曜日に
電車を2回乗換えて行った。
  でも、神様はいたずらで、その日先生は、学会で休診!
  カウンセラーと若い先生に、また一から説明。フーッ・・・
  そして、次回からその若い先生が主治医に。えー?M先生はー? 
  受付に聞くと、M先生は初診しか診ないというのだ。偉くなっておられた!会いたかったよー。
  でも、そこに通うしかない。
  1度、M先生に以前お世話になったからと挨拶だけでも、とお願いしたが、受付の看護婦さんに断られたぁ。

  何時間も待って診察はアッという間。
  前回からの報告や、相談をしても、頼りないし、当たり前の答えしか返ってこない。
  まあ、私は、大げさに症状を言う方ではないし、大きい発作は薬で抑えられているし、神経科では軽い方でしょうし…
  でも、聞いてほしいこと沢山抱えてるから通っているの。
  話ながら、涙が勝手に流れる時もあるのに。
  「よくやれたね」とか「頑張って行ったんだね」という心からの肯定的な言葉がほしかったな。
  薬の処方をササーッと書いたカルテを看護婦さんに渡し、もう次の患者のカルテに目が・・・・・
  もう、何も話す気にはならない。
  曜日を変え、違う先生にもかかった。
  同じ病院でも先生は何人かおられるんだから、せめて話を聞いてくれる先生をと。

  悪いけど先生には期待を持たなくなった。でも、薬は不可欠なので、半日(疲れるから1日かな)仕事で通った。
  慣れてきたとはいえ、電車が苦手なのは変わらず、調子が悪い日や混んでる日は、フーフー・・・

  ある日、ふくらはぎの筋肉痛がひどく、昨日は病院しか行ってないし…と思った瞬間、涙があふれてきた。
  電車で立っているとき、足に力を入れるくせが自然とついていて
(倒れないよう踏ん張ってるの。今でも調子のよくないときは全身緊張してるけど、普段でも立っている時は足の指に自然と力が入っている)
  その為の筋肉痛だ・・・と思うと、急に足が、私が、いとおしくなってきて泣いてしまった。
  がんばって病院に行ったんだねって、足をさすりながら泣いてしまった。


☆でも、この頃まで、お薬は出かけるときや、調子のよくないときだけ、不定期に飲んでいた。
  依存性が少し不安だったのと、それでも何とか生活はできていたから・・・





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