朝吹龍一朗の目・眼・芽

朝吹龍一朗の目・眼・芽

最近読んだ本


★★★ 書評と言うほどのものではありませんが ★★★
アマゾン内にページを開きました。

07.02.13.   夜と霧 新版   V.E.フランクル  池田香代子訳 みすず書房
 ドイツが気になったのと、たまたま古本屋で見つけたのとで、この名作を新訳で読んでみた。

「戦争末期の当時、ヨーロッパでアウシュヴィッツほど金銀プラチナ、ダイヤモンドなどがごっそり集積していたところはなかった」
 冒頭近くにあっさりと、やや諧謔的に書かれているこの言葉の重さ。ユダヤ人が恨まれていることの裏返しでもあるにもかかわらず、あえて書かれていることの高等な意味。

「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」
 こうして生きる意味について語り終えられる。長い引用になるので、またいつか単独で取り上げたい。

 ほんの百ページに込められた、百万ページでも書きつくせない真実。


07.02.11.   大地の咆哮 元上海総領事が見た中国   杉本信行  PHP研究所
 領事館員の自殺を止められなかった、いわば敗軍の将で、節を疑っていたので読む気もしなかったのだが、現代中国事情の勉強のためと勧められて一読。著者は癌によりあっという間に故人となった由。
「天職という意識は仕事についてから生まれ育つものだろう」うーん、正しい! 若い子の「自分探し」のなんと浅薄なことか。教えてやらない大人の罪も深いが。
「(ODAは基本的には借金だから返すんだから援助じゃない、とチャイニーズに言われたときは)日本から中国へのODA総額約3兆円のうち贈与要素の割合は65%(中略)約2兆円は(中略)「供与」されていると国際的に認定されている」 反論しても始まらないかもしれない。チャイニーズは東海の島嶼国なぞに援助されているとは認めたくないのだから。
「ドイツ政府が日本のように国の責任として他国に謝罪したことはない。(中略)反人道的な犯罪行為は『ナチスというきわめて特殊な集団が行ったものである』という立場を取っている。(中略)ドイツ国軍の行った戦争に関しては追咎(ついきゅう)されることもなく、また謝罪も行われていない」これは知らなかった。日本国内ではほとんど報道されないのではないか。
「(尖閣列島に関して)米国の施政権下にあった時代にも、中国が抗議を行った事実は一度としてない」 資源があるとわかってからの身勝手な主張だし、更に言えば、強い軍隊を持つ国に対してはこびへつらい、軍隊を(建前上は)持たない平和国家に対してはいくらでも恫喝をかける、という卑劣な国、という主張である。まあ、妥当な評価かも知れない。

 普通、外交官は任地に対して相当の思い入れを持つらしい。だとすると、よっぽどひどい国なのだろう。私の観察にも合致。

07.02.07.  知恵袋、心頭語、慧語  森鴎外 岩波書店(鴎外全集25巻)
 だいぶ読むのに手こずったが、収穫多し。
「人の短によりて我が長を示さんとするは、盲と明を争ひ、聾(みみし)ひたるものと聰を争ひ、侏儒とせいくらべせんが如し」(知恵袋)
「婦人のいかで見ゆるといかに見えたがるとの間には、時として大懸隔あり」
「好奇心は婦人の性情中最も発展したるものの一なるべし」(以上、心頭語)
「福に負わるることあらば、福の肩の疲れ易きを忘るること勿れ」(慧語)
 いずれも、人心はあいも変わらず、を実感させてくれる。

07.02.01.   佐藤春夫詩集 (1965年)   弥生書房
 詩集。月に一冊は読みたい。
「みをうたかたとおもふとも
 うたかたならじ わが思ひ。
 げにいやしかるわれながら
 うれひは清し 君ゆゑに」   水辺月夜の歌(殉情詩集)
「天にして
 地(つち)をおもへば
 おぞましく
 けがれたれども
 地(つち)に住む
 人もありけり (以下略)」  和奈佐少女物語(小杯余瀝集)

07.01.22.  百人一首   吉原幸子  平凡社
 図書館で見つけて来た。著者自身も『現代の和泉式部』と称される詩人。「都会に住んでいると、つい季節感が鈍りがちである」と、ここまでは誰もが言う。いささか陳腐な言い回しだが、「何といっても空が小さい」と続けられるとぐっと説得力が増す。空が小さいとなぜ季節感が鈍るか、空のほかにも季節を感じさせるものはいくらでもあるのに、というような野暮は不要である。「新しい恋に走ったからには、この恋で燃え尽きなければ――という焦りに追いまくられて(後略)」とくると、僕には経験がなくてさっぱり分からない。要らぬ詮索はそれこそ野暮だ。

07.01.27.   婦系図   泉鏡花  新潮文庫
 言わずと知れた「湯島の白梅」の原作。
主税「お蔦(つた)、別れてくれ」
お蔦「いいえ、別れろ切れろは芸者の時にいうことば。今なら、蔦には枯れろと、あたしには死ねとおっしゃってくださいな」

 満場の感涙を誘う名せりふは、しかし読めども読めども現れない。ページを繰っていくと、いつの間にやら東京市の下町から静岡に舞台は回り、土地の名家からそれぞれエスタブリッシュメントに嫁いだ美しい夫人たちを次つぎと誘惑する主税の姿・・・。

 無尽蔵とも思える語彙。和語、漢語はては英語ドイツ語などヨーロッパ言語までを駆使して織りなされる綺羅、星のごとき比喩。なかでも衣装の表現は文字通り絢爛豪華、上流階級の貴婦人がたのお召し物は言うに及ばず、場末の陋屋にひそむ貧民の垢じみた身なりまで、比喩だけはまるで大名装束の如し。

 旧かな正字ではなく、適当に現代語訳してあれば、原文の香りをさして損うことなく気楽に味わえる。

 いささかご都合主義的な筋立てだが、それを補って余りある収穫あり。

07.01.24. インテリジェンス 武器なき戦争  手嶋龍一・佐藤優  幻冬社新書
 いつも古い本ばかり読んでいると思われるのも、相当正しいけれど、ちょとしゃくなので、たまには新しい本。

 外務省のラスプーチンと呼ばれた佐藤優が元NHKの手嶋龍一と語る情報戦の機微。ただし、語っても無害なところだけ。それでも読んでいておもしろいし、思わずニヤリとさせられたり、自分の過去を思い出して「しまった」、と今頃になって相手の真意がわかってほぞをかんだり。たとえば、

「モスクワ大学の女子大生が(中略)ちゃんと愛しているなら、(ロシアでは)週16回だ」        「たしかロシアでも一週間は七日ですよね」

「謀略で一番うまいやり方というのは、相手に全体像を組み立てさせることなんですね。人間は、自分で組み立てたものは可愛がるんです」

 情報戦は透徹した人間観察に基づく冷静かつ冷酷な判断によって成り立つものと知った。
インテリジェンス 武器なき戦争

07.01.20. 古今歌ことば辞典  菅野洋一・仁平道明ほか  新潮選書
 何気なく図書館で手にとって、そのまま読みふけってしまった本。ただし、あまりの内容の豊饒さに、気がつくと10日も経ってしまっていた。

「自然現象をことば遊びで捉え直す機知が、つまりは『古今集』の魅力である」 門外漢なので、実例を引きながらこのように断言されるとつい、そうか! と思ってしまう。また、

「春、冬の名残を焼き捨てれば、人々は明るく優しい気分に包まれる」と言われると、なるほど失恋の痛みは恋文を焼く煙でいくばくかの癒しを得たことを思い出させる。一方、

「変哲もない花と衣ということばが、<の>で繋がれると、その関係の把握と、捉え直された語義に応じて、多様な意味が生まれてくる」とか、

「季節外れとか名残という意味の『忘れ』を冠した語連想という比喩の力を借りて、忘れ雪(後略)」などの多彩な含蓄を生み出すことができる」、など、日本語の力の源泉を垣間見させてくれる。 文章修行に大いに役立った。
古今歌ことば辞典

07.01.04.  ああ言えばこう食う  阿川佐和子・檀ふみ  集英社文庫
 おばさんつながりで、近くの古本屋さんで見つけた。一気に読める。
「下腹部というか胸下肉というか」(阿川)
 あはは・・・。でもふと自分のベルト上を見てしまう。
「『結婚してくれるオトコを理想と思う』のも、幸せへの大切な鍵である」(檀)
 その通りだと思う。男にとっても同じこと。しかしそれが分かっていながら二人とも独身なのだ。そういえば、何かの本で「初めから『天職』なんてあり得ない。営々とその仕事に就いて努力を積み重ねた結果、それが天職となるのだ」というような内容のことを読んだ気がする。
 すると、「馬には乗ってみよ、人には添ってみよ」というのが結局正解か。『添ってみる』ための決心、背中を押してもらうことばが、檀のいう『結婚してくれるオトコを理想と思う』という思い込みかもしれない。
ああ言えばこう食う

07.01.01. 俳句はかく解しかく味わう  高浜虚子  岩波文庫
 せっかく百人一首の本を読んで正月に備えたのに、誰も付き合ってくれないので、雑煮を食べてから読み始めた。
「老いそめた女の化粧はなお一点の美しさを留めながらも、化粧をするというその事がやがて一つの淋しさを思わしめる」
 ふーん、今度気にいらないおばさんに会ったら言ってやろ。

06.12.29.  片思い百人一首  安野 光雅   筑摩書房
 百人一首の下の句だけを残して上の句を創作するという面白い試み。正月前に読み上げようと大急ぎで飛ばしたが、けっこう引っかかるところが多く、予想外に時間がかかった。
「思い出の世界は時間を止めているが、浮世はそんなわけにはいかないのだ」「月が変わったのではない、自分が変ったのだ」
 誰もが思い当たる現実。日本が誇る文学遺産の合間に挟まると、平凡だが鋭利な言葉の断片がきらりと輝く。

「青年とは、それまでやってはいけないといわれてきたことを、一通りやってみるという不思議な時代(後略)」いままさに朝吹が生きている時代。

「負けたものが勝ったものを羨むのは若い証拠で、年とともに祝福できるようになる。そして、嫉妬心は消え勝負は無かったことになる」という時代を、朝吹もきっと迎えることができる(はず。と思う。といいな・・・)

06.12.26.  叡智の海・宇宙   アーヴィン・ラズロ  吉田 三知世訳  日本教文社
 11月に環境省もからんだ中国関連のセミナーで、ある有名な大学教授が取り上げていた著者の本である。このセミナーは、中国の「持続的発展(サステイナブル・デベロップメント)の可否」がテーマだった。

 パネラーの環境省の役人が、今や経済大国の仲間入りを果たし、周辺国へは自ら経済援助をばらまく中国に対していまだに日本が政府開発援助(いわゆるODA)をつづけることの是非を問うた会場からの質問に対し、「義務がある」というどうしようもない的外れ、頓珍漢な答えをして失笑を買っていたのが印象的だったのだが、まあ、それはそれとして、碩学の薦めなので帰りに紀伊国屋書店に寄って(セミナー会場はなんと新宿御苑の付属施設だったので)在庫を調べると、いわゆるオカルト、「精神世界」に分類される棚に鎮座していたのでびっくり。

 ぱらぱらとめくって、破滅への道を突っ走っているとしか思えない中国のサステイナビリティとは完全に無関係であることを確かめたのだが、中身自身は実に刺激的、こりゃ話の種にと読んでみた。

「謎とは、現在のパラダイムでは解明できない変則事象のことを言う」

うーん、そりゃそうだ。

「驚くことが何度も起ころうとも、驚いてはならないのだ」

って、そりゃ・・・。そして最後の結論。

「この世界の中に、消滅してしまうものなど何もない。すべてのものは、宇宙の情報場に痕跡を残すことによって存在しつづける」

 なんだか書評にならなかったが、一つ一つの自称「事実」が、きわどいところですべて現在の実験事実を説明しきれないこと積み重ねになっているので、退屈なのを我慢して読み進めれば、もしかすると染まってしまう人が出るかもしれない。

 こうして書いていて、あまり薦められない本だ。

06.12.21. 猫のつもりが虎     丸谷 才一    マガジンハウス
 気軽に難しいことを読ませてくれる達人の、いささか古い本。しかし、古いのは出版年だけで、中身は決して古びない。

 アルタミラやラスコーの洞窟画といえば、だれもが中学校の国語の教科書くらいで読んだ覚えがあると思うが、それは当然「旧石器時代の人の住ひかそれとも教会」であろうが、そこに描かれた例の有名へ壁画は「近所の画家(?)に頼んで(中略)描いてもらったのだらう」と読者の想像力を誘う。それがどんな画家だったかについてはもちろん記述されていない。

 それから、「サラダ記念日」という一世を風靡した短歌集の題名に、敢えて「サラダ」が選ばれていることのわけを発見した。丸谷は文中で明示していない。これはもしかすると朝吹のフロックかもしれない。それは、シェークスピアの『アントニーとクレオパトラ』からの引用として、
「あれはあたしがごく若いころ、判断力も足りなかったし」というくだり、英文では、
「My salad days, when I was green in judgement」

 なるほど、英語では未熟な「若気の至り」を、『サラダ時代』と表現するらしい。


06.12.17.  テーブルマナーブック  辻ホテルスクール  新潮文庫
 年末年始といろいろ続く宴席に備えて読み直した本。大体の日本人は大体のところは知っているはずの内容だった。だが、大体の日本人は大体良かろうと思って無視した「些細(に見える)なところ」でマナー違反をしてしまう。ま、しょうがないか。

06.12.15.  リンボウ先生のオペラ講談  林 望  光文社新書
 オペラって、いつ見ても何がどうなってるんだかさっぱりわからなかったけれど、この本でその謎が氷解。要するに筋書きなんてどうでもよくて、始めからストーリーで客を引っ張ろうなんてこれっぽっちも考えたつくりになってない、「うた」を聞かせるために無理のない「前後のしぐさ」がついているだけなのだ。なるほど・・・。
「窓の下の恋歌は朝に歌えばマッティナータ(中略)夕方に歌えばセレナータ(後略)」これは新知識。

06.12.12. 国際線スチュワーデスのリッチな節約生活  柏木 理佳  祥伝社黄金文庫
 続けて同じジャンルの本。
「スカーフが美しく見えるかどうかは(中略)きつく結ぶことが最大の魅力(後略)」
 そっかー、来月飛行機に乗るチャンスがあるから実地に試してみよう・・・。なんて言って、できるわけないんだよね、できればねえ・・・。

06.12.11.  すっぴんスチュワーデス 教えてあげる! これであなたは「フライトの達人」 静月 透子 祥伝社黄金文庫
 たまには軽い本もいい。でも、
「本人からよりも人を介したほうが重い」とか、
「時には一期一会でよかったーーーっていう出会いもある」など、けっこう辛口のコメントもそこここに落ちている。きわめつけは、
「早起きは一両損してもするもんじゃない」 ねぼすけの朝吹としては大賛成。

06.12.10. 白隠禅師坐禅和讃を読む  河野 大通  佼成出版社
   衆生本来仏なり    水と氷のごとくにて
   水をはなれて氷なく  衆生の外に仏なし
 で始まり、
   此の時何をか求むべき 寂滅現前するゆえに
   当処即ち蓮華国    此の身即ち仏なり
 と終わる、禅宗の教えをやさしく語った「白隠禅師坐禅和讃」を、逐語的でなく、包括的に解説した本。仏教や禅に興味がなくても、人の生死や物事の姿に一度でも考えが及んだことのある人なら、どこかで得るところがあるはず。
「善根功徳の万行を積み重ねて後、ある時仏になるのではない。一事の善根功徳をするその時が仏なのである」

 そして、禅宗なので、大事なのは「いま、ここ、自分」

 ところで、今まで考えてもいなかったこと、そして聞かされてみればそれはその通りだろうという大発見(単に朝吹が物を知らなかっただけかもしれないが)ひとつ。
「稀に説かれる前世・来世(中略)地獄・極楽は、今世をよりよく生かさせるための善巧方便(中略)地獄極楽はこの世のことであり(後略)」
 へえええーーー。そして、
「人間存在の本質は無我無常である(中略)来世に移住するようなわれもなく、来世に移転するような固着した行為(業)の余力などはない」
 なるほどーーーー・・・。

06.12.08.   幕末政治家   福地源一郎   東洋文庫(平凡社)
 幕末、有為の青年が輩出した時代です。特に勤皇倒幕派の諸藩からは、綺羅星のごとく英才が活躍しましたが、それにひきかえ幕府方の政治家たちはみな無能のように描かれるのが普通です。
 その常識をすっかり変えてくれる本でした。もしかしたら、薩摩や長州みたいなド田舎侍よりもずっと洗練されて才能もある人たちだったようにも思えます。まあ、「乱世」に適合的だったかは別ですけど。でも、ホント、目を開かせてくれる内容です。
 ただし、現代日本人の朝吹にはとーーーっても読みにくかった。3ページ繰ってはこっくり、5ページ進んでは3ページ戻り(忘れちゃうから)でした。

06.12.07.   狐の手袋    田村隆一    新潮社
「黒い舌 モスグリーンの舌 エメラルドの舌 金銀もいいな
 だって女性は言葉になってないお喋りがすきなんだから」

 ここまでは朝吹もふむふむ、そのとおり! と思って読むのですが、すぐ次には、
「男の舌は愛撫するだけ」(舌)

 ですって。どなたか、僕の舌に愛撫されたい人・・・。いないよね・・・。

「迷路のない迷宮という都市を歩き回ってみても(月光)」そんな奇特な女性は見つかりっこない。
「人は光を直視することができない
 影だけが唯一の肉体(影)」

 はあ、ため息が出るほど。みなさん、月に1冊は詩集をどうぞ。一冊分だけの真実に出会えます。

06.12.05.   勝っても負けても  41歳からの哲学  池田晶子   新潮社
 むずかしいことを難しく書いています。ご本人は、飛び切り優しく説明しているつもりなので、「わかる人にはわかる。わからない人にはわからない」とうそぶいて、コミュニケーションを拒否していますが、いったんわかり、その一見平易な文体になじめると、「わかる」ことが死ぬほどの快感になってきます。もう、やみつきです。朝吹は池田先生に印税と言う形でずいぶん貢ぎました・・・。

06.12.04.    悪魔の文化史   ジョルジュ・ミノワ  平野隆文訳  文庫クセジュ
 巻頭いきなり
「悪魔は理性が生んだ存在である」
と始まる。
 そもそも、「1神教は悪魔なしでは立ち行かない」もので、「逆説的なことに、サタンのみが神を救いうるのである」すなわち、
「神が悪の存在を許したとするなら、神は無限に善とはいえなくなり、逆に、神が悪の存在を許さなかったとするなら、神は無限の力を有する(=神は全能である)とはいえなくなってしまう」からである。
 また、魔女の物語の豊穣振りに対しては
「男は、きわめて美しく魅力的であると同時に、非常に不可解で不純かつ恐るべき存在たる女を前にして、無意識の恐怖を掻き立てられてきた」と言う。

 うーん、同感同感・・・。

 そして最後に筆者は言う。
「もし悪魔が存在しないならば、おそらくは、それを新たに発明する必要がある。神と同様に」
 筒井康隆の「バブリング創世記」を髣髴させるエンディングである。

06.12.02.   フェードル アンドロマック  ラシーヌ 渡辺守章訳  岩波書店
 下心を持って、第二外国語にフランス語を選んでしまったのですが、目論見どおりには行かず、男ばっかりのクラスで教養学部時代を過ごしました。で、そのときほんのさわりだけですが読んだことのある戯曲です。当たり前ですが、僕の訳とは雲泥の差でした。

「恋の力に負けた者は、あなた様お一人ですか?」
「友情が恋に導かれれば、なしえぬことがありましょうか?」 など、名文句が連なります。
 途中に
「恐らくは地獄にさえも知られていない恐ろしい悪行までも!」などと、キリスト教徒らしからぬせりふまで顔をのぞかせます。主人公のフェードル、アンドロマック(それぞれ、ギリシャ神話では、パイドラー、アンドロマケー)の狂おしい恋とその必然的に訪れる結末を追うだけでも十分面白いのですが、細部まで磨き上げられた原文(見事な韻文、詩です)を、美しい日本語に置き換えた手腕、ちりばめられた名せりふも、楽しみの一つです。

 更に、ラシーヌの本文だけでなく、渡辺先生の訳注にも、
「『愛』と『憎しみ』は『情念』の回転扉の二つの顔である」とか、
「目の前が真っ暗ににあるというような状態を通り越して、頭の中が真っ白になってしまったような」などなど、ラシーヌに負けず劣らずの表現が連なります。250ページの本文に80ページも付けられた訳注も、読みどころのひとつです。

06.12.01.   おんなのことば   茨木 のり子  童話屋
 泣く子も黙る茨木のり子の数ある詩集から選ばれたアンソロジーです。いまさらここに引用しても始まらないのですが、でもやっぱり誘惑には勝てません。

  自分の感受性くらい
  自分で守れ
  ばかものよ   (自分の感受性くらい)

  その人の子供時代に思いを馳せるのは
  すでに
  好意をもったしるし  (子供時代)

  娘は誘惑されなくちゃいけないの
  それもあなたのようなひとから  (あほらしい唄)

 ああ、きりがない。

06.11.28.   江戸の小話   白井 喬二   東京美術
 白井喬二といえば、「富士に立つ影」とか、「新撰組」とか、一世を風靡した大衆文学の旗手でしたが、今は全くといっていいほど顧みられることがありません。
 その著者が江戸時代の随筆集から博引傍証、本当に面白い話を厳選して提供してくれています。たとえば・・・
「目明し」といえば、岡っ引き、銭形平次とか思い浮かびますが、もともとは牢屋にいる囚人の中から選んで、役人と一緒に娑婆を歩いて昔見知った盗賊やならず者を見つける「目を明かす」役目だったとか、
 鼠小僧次郎吉が生涯夜盗に入った大名屋敷は76軒、忍び入ったが盗めなかったのが12軒、盗んだ金額は締めて3183両2分余、とか・・・
 昭和50年に出版された本で、私は父親の本棚から発掘しましたが、一般に流通しているかどうか不明です。


06.11.25.  ああ知らなんだこんな世界史  清水 義範  毎日新聞社
 著者は稀代のパスティーシュの名手ですが、この本では朝吹が11月20日に書いたのと同じように、西欧中心の世界史に違和感を持ち、結果、主として西アジアを中心としたイスラム世界を実際に訪れて観光の感想と歴史的薀蓄を上手に重ね合わせながら語ってゆきます。その叙述スタイルは、きわめてまじめです。
 今年の夏、縁あってトルコのイスタンブールに滞在したこともあり、その文化に親近感を持っていたため、読後感は実に清涼でした。
 エデンの園の位置とか、マジシャンの由来は東方の3博士にあり、彼らの源流を更にたどるとゾロアスター教にまでさかのぼれるとか、ルーク、あるいはアナキン・スカイウォーカーの出身地は実はチュニジアのマトマタのそばの「タタウィン」というところ(映画の中では「タトウィーン」)という地域(でロケされた)だとか、目からうろこが落ちる(ちなみにこの表現は聖書由来です)ような小話満載。
 ただ、僭越ながら、この題材とこの中身なら、僕でも書けそうなくらいです。誰かスポンサーになってくれれば、別の切り口で別の地方に関してエッセイを書けんるだけどなあ・・・。と、たまにはうぬぼれも。

06.11.24. 江戸300藩最後の藩主  八幡 和郎  光文社新書
 労作です。
 江戸時代の大名の半分以上が今の愛知県出身、だとか、
加山雄三は岩倉具視の子孫だとか、
天王山の戦いのときに筒井順慶が日和見を決め込んだ「洞ヶ峠」に、鳥羽伏見の戦いの時にも高槻藩によって同じ行動が繰り返された、とか、まあ管見にして今まで知らなかったことが次々に出てきます。
 一方、会津藩他のいわゆる佐幕諸藩の待遇が冷たかったというのは誤解だとか、司馬遼太郎が「峠」に描くところの長岡藩の河井継之助に対しては、司馬史観とは正反対の解釈を示すなど、なかなか読み応えがあります。

06.11.22.「ぷらす・あるふぁ 脳の方程式+α」 中田力 紀伊国屋書店
  前著の続きです。
  人間の「直立歩行」と「言語機能の発達」と「利き腕の存在」。この一見何の関係もなさそうな、そう、落語の「三題噺」みたいなものですが、実に見事に結びつきがあることが示されます。
  作者はNMR(核磁気共鳴)による脳の診断のプロ。カリフォルニア大学で脳神経学の教授をした後、新潟大学に設立された「統合脳機能研究センター」長に就任しています。バリバリの先端科学者です。
  実は朝吹には提示されている仮説の妥当性を判断するだけの識見はありませんが、論理の運びと提供される証拠としての事実群は、文句のつけようのないものです。

06.11.20.「いち・たす・いち 脳の方程式」 中田力 紀伊国屋書店
  21世紀の科学のフロンティアの最大のひとつが、「脳科学」なかでも、「人間の意識」の所在であることは、論を俟たないでしょう。
  そんな難問にあっさりと答え(としての仮説)を提供してくれるのがこの本です。
  「自然界には「全能の神」は存在しないのだから、目的を持ったデザインは作れない。すべてが必然的に自然発生しなければならないのである」
  ここから、遺伝子上のDNAは『生物を作る青写真』ではなく、生物が自分の体を自己形成していくための『ルール』が書かれたものである、と看破します。だからハエの2倍しかないDNAで「生物としての人間」が記述できてしまうのです。

06.11.08.    陶庵夢想    張岱  松枝茂夫 訳   岩波文庫
  「癖のない人間とは付き合えない。彼らには深情がないからだ。疵のない人間とは付き合えない。彼らには真気がないからだ」
  3シグマの外の僕は(超変人という意味です)、こういわれるとほっとしますが、この人も文章から見ると相当の変人ですから、類ともかな。でも「この世における人間の貴賎は決して職業によって決まるものではない。ただその人が自らそれを賤しめているだけのことである」とか、けっこうまともなこともいいます。
  僕にとっては、「6月24日はハスの花の誕生日」とか、「事がすらすら運ばぬことを『棘手』という」なんていうどうでもいい知識が転がっているのを拾い集めるのも楽しかったです。

06.10.29. 「迷信なんでも百科」 ヴァルター・ゲルラッハ 畔上司訳 文春文庫
  フランスには13番地がない、とかいう「正統派」迷信から、「占いで生きていくことはできる。だが真実を語っても生きてはいけない」などという言ってはならない真実まで。

06.10.28. 「房総の秘められた話ー奇々怪々な話」 大衆文学研究会千葉支 部編著 崙書房
  八犬伝の里見家の財宝の隠し場所候補とか、ほんとかいなという話満載。

06.10.27. 「世界病気博物誌」 リチャード・ゴードン 倉俣トーマス旭、小林武夫訳 時空出版
  医学部じゃなくて良かった、という部分と、「神よ、私は『星』を飲んでいます」とドン・ペリニョンが言ったとかいう部分と、いずれにしても面白い本。

06.10.25.「迷信なんでも百科」 ヴァルター・ゲルラッハ 畔上 司訳 文春文庫
  「来世はもちろん存在する。疑問があるとすれば、それが市内からどのくらいは慣れているか、そしてそれがいつから開放されているかという点だけだ」なんていわれるとしびれますう・・・。

06.10.24.「世紀末の作法」 宮台真司 メディアファクトリー
  まだ女子高生が「ポケベル」を使っているころの話ですが、10年後の今でも身につまされることが多い本です。

06.10.22.「楽しい古事記」 阿刀田 高 角川書店
  日本は「大八州(しま)」では最初に産まれた島は?
  ・・・・正解はなんと「淡路島」
  日本の太陽神は女性。もちろんアマテラスオオミカミ。では月の神様は?
  ・・・・男神。ツクヨミノミコト  などなど。 






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