「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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朝吹龍一朗の目・眼・芽
幽霊 第一回から第五回
朝吹龍一朗
第一回
初めての欧州出張は、アエロフロートのイリューシン62だった。当時のソ連がボーイング
707の対抗として開発したという噂のある、尾翼横にエンジンを持つしゃれた飛行機なのだが、どういうわけか上空に行ってもすごい騒音が続いていた。やれやれこの大音響の中をとりあえずモスクワまで16時間かと思うと、29歳の若さとはいえ森之宮公敏(もりのみやきみとし)はちょっとうんざりしかけた。その途端、天井から水滴が首筋に落ちてきた。空調の脱湿機能がうまく働かずに結露しているのだが、無事帰ったらソ連のジェット機は雨漏りがするのだと会社で冗談の種にしようと思った。昭和61年10月のことだった。
エコノミークラスとはいえ、さすがソ連の太っちょを乗せるのが主目的と思われるシートの前後は国内線に比べると少し広めに感じた。もともとそんなに大きくない森之宮にすれば、発表用のオーラルペーパー以外に退屈しのぎに持ってきた山田風太郎の『人間臨終図鑑』や吉本隆明・栗本慎一郎の『相対幻論』などを詰め込んだバッグを前の座席の下に押し込んでも更に足元には余裕があった。
飛行機だって国内線なら何度か乗ったことがある。まだ時々爆弾が仕掛けられたりして少々物騒な雰囲気もあった成田だが、空港としての機能はちゃんと果たしていた。秋の終わりのターミナルは休みでもないのに意外なほど混んでいて、アエロフロートの面倒を見ている日本航空の窓口には行列ができている。せっかくだから座席指定では少々きついのを我慢してでも窓側を取ろうと思ったら、指定はないという。乗った順番に好きな所に座るシステムだそうである。
それなら早く行くしかない。森之宮の高校受験の時も大学受験の時もソ連に長期出張していて相談相手になってくれず、母親から「親としての責任を果たさなかったでしょ」と事あるごとにいびられている父親からのアドバイスは、『免税店でブランデーを買っていけ』というものだった。出掛けにそのための小遣いをくれたのは母親だったが。
3千5百円なりを払ってカミュのナポレオンを仕入れ、さっさと27番ゲートに向かおうとすると、一緒に出張することになっている河野課長と常田部長とばったり出会った。長旅を前に律儀にも背広姿のお二人は、聞けば二人ともファーストクラスである。森之宮は平社員だから当然エコノミーなのだが、VIPルームというものがあってファーストクラスの客はそこでただで酒が飲めるという。しかも上等なコニャックやら葡萄酒やらである。簡単な昼食も可能らしい。おまえも来いと誘われたのだが、自由席が頭から離れない森之宮はそれを苦労して断ってゲートに急いだ。
カシミアのセーターの上にサファリジャケットを引っかけただけで来ている自分の服装はお二人とは思いっきりミスマッチで、もしかしたらサラリーマンとしてはまずいんじゃないかという反省ともつかない気分がよぎったが、これから先の負荷を考えれば、今はリラックスしておくに限ると思い直した。
今回の目的地はベルギーのゲントという聞いたこともない町である。現場実験の成果をまとめて国内の学会に発表したものが、いわゆる優秀論文賞になり、国際学会の招待講演にノミネートされたのだ。実質森之宮一人が泥んこになってテストし、まとめたものなのだが、この業界の習慣で、一種の指導者としての位置づけで上司の名前を連名で掲げることになっている。さきのお二人はそのおかげでいわば大名旅行ができるわけだから、森之宮にはちょっと甘いのだろう。
実際お二人にはプレゼンテーションの義務もどこかの視察もない。完全に森之宮の付き添いである。その代り、お二人にはゲントからブリュッセル経由でお帰りいただき、週末をはさんで翌月曜日以降、森之宮一人は欧州の主要研究機関を訪問してくることになっている。
さすがに2時間も前だとゲート周辺は閑散としていた。日航の地上係員以外に、どう見ても100キロはあってスチュワーデスはできないだろうと思われるアエロフロートの係員もいる。3人ほどなのだが、揃いも揃って0.1トンである。ロシア通の父親に言わせると、若いうちはみな痩せていて本当に美人なんだけどなあ、ボルシチが悪いのかなあ、30歳を越えるとほぼ例外なく太りだすんだ、とのことだ。とするとこの3人はみな三十路を遥かに超えているのだろう。
できるだけゲートに近い、殺風景なソファーに腰を落ち着け、ページのレイアウトからしてスノッブの塊のような相対幻論の饒舌に1時間も付き合うとさすがに飽きてくる。かといって山田風太郎を取り出して森之宮と同じ29歳を紐解くと、いきなり吉田松陰である。30歳には木曽義仲、源義経などが居並ぶ。これも自分に引き比べればいささか陰々滅滅たる気分にならないとも限らない。これは持ってくる本を間違えたかと後悔しかけたころ、すでにだいぶ出来上がっている上司二人が顔を見せた。
やれやれ、これから1週間近くこの調子で行くのかと思うと、ゴールデンウィーク中ずっと騒いでいたチェルノブイリ原子力発電所の事故よりも厄介な道中になりそうな気がしてだんだん滅入ってきた。あろうことか、お二人ともフランス語はおろか英語さえ覚束ないらしい。ますます本の選択を間違えたと思った。
第2回
そういうわけで連れの二人の行動にいささか不安を残しながらも首尾よく主翼の少し前の窓側に席を取った森之宮だったのだが、上空に上がってベルト着用サインが消えてスチュワーデスが動き始めるとすぐに河野課長がファーストクラスからふらふらと歩いてきた。隣が空いているから来て一緒に飲めという。常田部長はたしかなんども欧州に出張したこともあるはずで、国際線での座席の移動がどのくらい許されるのかについてもそれなりに承知だろうと踏んだ森之宮は、明るいうちに戻って来られて、その時もシベリア上空が晴れていることをかすかに期待しながら課長の後をついて機体前方に向かった。
エコノミークラスとの仕切りのカーテンをかき開けて進み、1のC、つまり前方に向って左の一番前の通路側に座らされると、すぐに飛び切り若くて美人のスチュワーデスが笑顔で迎えてくれた。眉間に縦じわが3本くらい寄ったのを森之宮は見逃さなかった。やっぱりこれは相当程度ルール違反なのだろう。
隣は常田部長である。ひじでつんつんとつつくので、何事かと思うと、あのスチュワーデスの宿泊先を聞けという。聞いてどうするんだとあきれながら、なるほどこれが一年後輩で頭は悪いが元気だけはいい応援団出身の本郷が言っていた『鉄砲の弾』というやつなのだなと思い当たった。道ですれ違った美人をナンパして連れて来い、という無理難題をめげずにある意味で誠実に実行することで、擬似的な規律をお互いに認め合う、というやつだ。そうだった、常田さんはT大の応援部の主将だったと聞いたことがある。
それなら話は早い、やれるだけのことをして、失敗してもともと、成功すればそれはそれ、でもたしかこの便はモスクワで乗り捨てて、別の便名の飛行機でブリュッセルに飛ぶはずだから、常識的には彼女はモスクワ止まりだとおもうけれど、でも乗り継ぎ時間が2時間しかないことを考えると、このままいくのかもしれない、などと目と頭を回していると、座席表とボールペンを持ってお目当ての美人スチュワーデスが現れた。
アペリティフは何がいいかと聞いてきたので、そのころ流行っていたカンパリソーダを頼むつもりで
「The taste of virgin、пожалуйста!(パジャーリスタ)」
と言うと、少し顔が赤らんだように見えた。これは面白いかもしれないと思ってたたみかけて名前を聞いてみると、「Я Роса(ヤー・ローザ)」だという。
この辺までは父親の相手をして少しだけかじったロシア語もコミュニケーションの道具としてそれなりに役立ったが、ここから先はもう駄目である。他のお客さんの邪魔になるとまずいのでいったん手を放し、次にカンパリソーダを持って現れるのを待った。ちなみに上司お二人はコニャックを頼んでいる。ロシアでコニャックというと、フランスのコニャック地方のブランデーは出てこないことをどうやらお二人はご存じないらしい。ロシアでは3つ星、4つ星の、ロシア産のブランデーが『コニャック』と称して出されるのが普通だと父親に聞いていた。結局森之宮は飲まなかったので本当にどっちが出てきたのかは確かめられなかったが。
仕方がないので英語でやり取りをした。隣の席で常田部長、通路をはさんで河野課長が耳をそばだてているが、イリューシン62のものすごい騒音はここでも決して小さくはない。本当は教養あるロシア人はこのころもちゃんとフランス語を話す。だから肝心なところはお二人に分らないようにフランス語で会話することにした。
出発の1ヶ月前から、製造部に一本しかなかった国際電話をかけられる電話を独占して学会事務局やら宿泊先のホテルやらとやりとりをしていた。ベルギーでもゲントのあたりは本来はオランダ語圏なのだが英語も相当程度通じるので、学会事務局やゲントでのホテルとは主に英語でやり取り、しかしそのあとで訪問する予定の研究所はフランスにあるで、そちらとのやり取りは今度はフランス語と英語のちゃんぽんだから、傍で耳をダンボにしている連中にはほとんど何のことかわからずじまいだったようだ。
なんだかんだでローザさんから聞き出した宿泊先は驚いたことにブリュッセルだった。ただし、空港のそばのホテルである。
そこまで聞き出せれば立派なもんだ、ついでに夕食に誘え、という常田部長のお達しが出て、「お供がいなければ」、という返事はローザさんからもらえたのだが、さすがに上司お二人には正直に言うわけにはいかず、先約があるそうですと弁解して許してもらった。
考えてみれば、男だけで夕食をとるより、華やかな女性に加わってもらったほうがおいしくなるに決まっている。ザベンテム(ブリュッセル)空港まで迎えに来てくれた欧州事務所の加藤さんと4人でホテルアミーゴのダイニングで遅いディナーにありついたとき、森之宮はつくづく思った。
食事の間中、上司お二人からは語学はよくできること、しかし女性を口説くのはもう一歩の押しが足りないこと、などを半分真面目に褒められたり説教されたりした。
「おかげさまで恋を語り合えるくらいは上達しました。テクニカルタームはともかくとして、さすがに技術討論やネゴは無理ですけどね」
と無難に答えてはいたが、英語にしてもフランス語にしても、必要に迫られれば相手がちゃんと聞いてくれるし、いざとなれば筆談だっていい、タフなネゴになればなるほど、逆にゆっくり時間をかけて考えなければ答えられない。考えに考えた末、最後に英語なり何なりに翻訳してからしゃべったって十分間に合うと思っていた。そもそも、語るべき何かを持てばこそのことではないのか。別に上司を批判するつもりはないが、シェレメチェボ(モスクワ)空港での乗り継ぎも含めて、あまりにもおんぶにだっこのお二人の行動にやや森之宮は癇に障っていた。
とはいえ、高尚な理想や気高い目標があってフランス語ができるようになったわけではない。森之宮だって、実はお二人を笑えたものではないのだ。
第3回
さて、森之宮のフランス語が上達した理由だが、もちろん、と、胸を張って言うが、高尚な理想や気高い目標があってできるようになったわけではない。
受かるかどうかわからないにも拘わらず、なぜか入学願書にすでに第二外国語選択欄があったので、理科系の人生、どれを選んだって決定的な間違いにはなるまいと考え、女子学生の比率が高いはずだという、いささか不純な動機でフランス語に決めた。まあ、褒められたものではないのは事実だが、クラスメートの男子の殆どは森之宮と同じ下心だったようだから、逆に言えばうぶな学校秀才の考えることなんて似たり寄ったり、陳腐でチープなものだ、と切り捨てることもできよう。ただ、現実はけっこう森之宮に味方したとも言える。思惑通り、その後ある科学雑誌の創刊号を飾ることになるほどの美人と同じクラスに入ることができたのだ。そのクラスの男どもは彼女にいいところを見せようとみんな頑張ったので、理系22クラスのなかでもダントツに成績が良かった。
そんな話をすると、河野課長からは、その人のことは知っている、神戸に住んでいて、ピアノコンクールか何かで優勝したんじゃなかったか、というようなかなり細かい線まで勝手知ったる反応が返ってきた。森之宮が、
「そうです、よくご存じですねえ」
と言うと、今度は常田部長から河野課長をからかうように、そういうの『だけ』よく調べている、というような茶々が入る。お約束通り、河野課長は、そんなに『だけ』だけ強調しなくたっていいじゃないですか、とかなんとか言い返す。
ベルギーではワインはほとんど採れず、フランスからの輸入ものが主流なのだが、フランスといってもそれこそ目と鼻の先で、ブリュッセルでは英語を話す人とフランス語のほうが得意そうな人がほぼ半々というところだ。そのフランスワインを4人で5本空けてしまったのだから、料理も相当美味しかったはずなのだが、森之宮は周りの喧噪の中から自分たちに向って浴びせられている好奇の視線と、日本人は英語はわかるけれどフランス語はわからないから大丈夫だろう、と実際に大声で言葉を交わしながら言い続ける悪口に苛々しながら食べていたので、交わした会話以外のことをあまり詳しく覚えていない。何だか損な気分のまま、立てつけの良くないガラスドアを押して外へ出るとすでに11時を過ぎていたが、デュッセルドルフに住んでいる欧州事務所の加藤さんがいいお店を知っているとのことで、2次会に行くことになった。
ブリュッセルの中心、グラン・プラス(大広場?)から少し北に路地めいた狭い道を入ると、高級通俗取り混ぜたレストランが軒を並べている一角があり、ちなみにその一番奥には小便小僧ならぬ「小便少女」の像があるのだが、その時は全く気がつかないままだった。後日談だが、今世紀に入って間もなく訪れることになった森之宮はあまり恥ずかしいので写真を撮れなかったというものだ。でも、一応「芸術品」ということにしておく。
4人はその少女像の3軒ほど手前にある、ブリュッセルでもある意味で一番有名なビアホールに立ち寄った。
地下一階がメインフロアらしいのだが、そこは森ノ宮よりもさらに若い、もしかしたら10代かもしれないような少年少女たちであふれている。店のマスターらしい髭の男が1階の入口の横に広がるスペースへと導く。森之宮たち以外に4、5人の男女ペアが小さめのコップをはさんで談笑している。窓の外に『ここは地獄』という意味のバーの看板が出ているのが妙に印象的で、森之宮が一眼レフとは別に持ってきたコンパクトカメラを持ち出して写真に撮ろうとしていると、もうろれつが回らなくなりつつある常田部長が、さっきのその大学時代の彼女とはその後どうなったのか、と余計なことを聞いてきた。
「そりゃ、ご推察の通り、とうとうその彼女は助手席に座ってはくれませんでしたが、新宿の花街に住んでいましたから、まあ、親元からの通学です。経済的には不自由はなかったので、初めての夏休みの前半に母親に出してもらったお金で運転免許を手に入れて、残りの半分をアルバイトに費やして中古のサニーを買いました。すごく近いんですけれど、通学はもっぱら車。そして車中ではFENと呼ばれていた米軍の極東放送を聞く毎日でした。残念ながら、いや、期待通りかな、隣は空席でした、彼女以外も含めて、ずっと」
これで上司お二人は安心してくれたのか、目の前のビールジョッキを持ち上げると一気に、ほんの2センチくらい飲んでテーブルに戻した。目がすわってきている。
しかし、実は本当の夜はこれからだったのだ。
地下一階のフロアから、二人、三人が連れ添ってビールの小瓶と小さなコップを持ってわれわれのいるスペースに上がってくる。結構流暢な英語で、飲んでいいか、と聞く。みな背が高く、金色か銀色の髪の毛で、まつげは長く、唇はヨーロッパの北のほうの人種としては少し厚めで、胸の谷間は殊更のように強調されている。美人と言っていいと思った。しかも、秋というよりは冬の気候にも拘わらず半そでミニスカートだ。
ここでYesというと、交渉成立なのだろうと森之宮は察したが、常田部長も河野課長もアルコール摂取過多のためにそんな判断はできていないように見える。右と左に座った二人の女性両方にYesと返事をされては相手もどうしていいかわからない。まさかその歳で一晩に二人を相手にできるとは到底思えない。加藤さんが英語によく似た言葉、たぶんフラマン語だろうと森之宮は思ったが、で何か言うと、常田河野のお二人にくっついていた4人の女性は諦めた顔をしてビール瓶だけ置いて降りて行った。
本当は課長以上の分しか確保していないが、こういうことなら森之宮くんが気に入った子を連れて帰っていいから。と加藤さんが水を向けてくれる。ご自身は家族同伴で赴任して来ているのでさすがにまずいから遠慮するとのこと。
必ずしもこちらだけが選ぶのではなく、日本語の言い草ではないが、相手にも選ぶ権利があるようで、気に入らない男とは出かけない。ちょうど森之宮くんの隣にいる二人は小柄で、たぶん君なら、と思って上がってきたはずだ、ここから先の費用は欧州事務所で持つから心配なく。加藤さんはこう言うと選択を促すかのように横を向いた。
第4回
選択。はて、そういえば自分から進んで何かを選び取ったことが果たして今までにあっただろうか。高校も、大学も、会社だって、誰かがいいと勧めてくれたから何となく選んでしまったのではなかったか。急いで付け加えておくが、それで後悔したという意味ではない。結果としての選択はすべて少なくとも間違いではなかったと思っている。しかしそこに森之宮自身の自由意志はあったか。
右前に座ったのはぱっちりした目の下にそばかすが浮き、頬をほんのり赤くした金髪のきれいなジャンヌだった。時折隣のドミニックとフランス語で話しているので、たぶんワロニーだ。でも森之宮はなぜか中学校の英語の教科書に出てきたスージーを思い出してしまった。パスだな。生徒会長になってからラブレターを出した同級生のあだ名がスージーだった。見事に振られたんだった。
左側はドミニックだ。二人ともベルギーの南半分の地域、フランス語圏でもあるワロン地方出身のようで、しきりにフランス語で話している。相当露骨な中身で、日本人の身体的な特徴をしきりにあげつらっている。一行4人は全員メガネだし、河野課長は少し出っ歯だ。常田部長ははげかかっている。その上森之宮はカメラを持っていたのだから、確かに4人合わせて典型的な日本人集団だったかもしれない。ただ、ドミニックはワロン系にしては珍しく、背が180センチくらいあり、まるでオランダ系(フレミッシュ)のようだ。手の指も腕もほっそりして華奢なつくり、真っ白な肌なのだがアルコールのせいか露出している部分はほとんどがピンク色に染まっている。長いまつげと薄い唇が印象的な美人だ。それにさっきからしゃべっているフランス語からは英語と共通の語彙が除外されている。英語しかできない日本人にわからないように、注意深く、巧妙に言い換えられている。この二人はただものではない。
馬鹿話を英語でしながら二人を見ていたのだが、同じようにかわるがわるみている視線が二つある。常田部長と河野課長だ。意識的に目を合わせてみた。いいなあ、英語ができるだけでモテモテなんて、うらやましい限りだ、というような中身のことを、ゆっくりと、まるでわざとやっているように聞こえるほど聞き取りにくくしゃべったあと、常田部長は言葉のスピード同様のゆっくりした動作で椅子からずり落ちそうになった。
加藤さんがすぐに手をのばして抱きかかえた。尋常ではない身のこなしだった。同じ会社とはいえ、文科系出身の加藤さんのことは、今回の出張までほとんど知らないままだった。続いて肩を入れながら二人で常田さんを元通り椅子に収めると、図ったように河野さんもゆらゆら揺れ始めた。
早く決めてくれないと二人とも陥落するよ、と加藤さんが言うが、常田河野のお二人はきっとうろ覚えにでもこの晩のことを思い出すに違いなく、そのとき森之宮の行動が面白おかしく語られる可能性が高いことに思い当った。
「どっちもパスします。すいません、ご好意なのに」
森之宮が言うと、加藤さんは苦笑しながら理解してくれた。
外は札幌の10月よりもっと寒いくらいの気温だった。風はないのでその分体感温度は低くないのだろうが、それでも寒がりの森之宮には結構ぴりぴり来る。しかし酔っ払い2人は却って目が覚めたようで、おい、加藤、T大剣士、同期は同じ会社に入らないんだってな、俺はザッカー、サッカーじゃないぞ、ザーッカー部だ。などと大声でわめき散らす。ホテルが近くてよかった。グラン・プラスを斜めに横切って、結局その晩はそれでも12時過ぎにはベッドにもぐりこむことができた。完全に酔いつぶれているお二人の部屋には7時にモーニングコールを頼むことを忘れない加藤さんが剣道部出身で、インカレにも出たという実力者であり、今でも素早い身のこなしと先読みのセンスを保っておられることに恐れ入った。文科系出身者のすごさを垣間見た気がした。
翌日は8時のインターシティ(急行列車のイメージ)でほんの30分ほどでゲントに着いた。これから約2日半の長丁場なのだが、日本からのエントリーは森之宮一人のようで、そのせいかどうかわからないが、発表は初日の午後の部の最後という一番楽な時間帯にセットしてあった。主催者の気遣いかどうか真実のところはわからない。でも少なくとも国際会議デビューの森之宮にはとても負荷が軽くなる。
その甲斐あってか、英語でしたプレゼンテーションは自分でも内心ナイス!と叫びたくなるほどうまくいった。そのまま主催者招待の立食レセプションになったのだが、講演の内容だけでなく、どこから来たのかだとか、経歴だとか、果てはまだ独身かなどという、あまり西欧の人間が話題にしないことまで聞かれる、一種のスター扱いをしてもらった。加藤さんからのアドバイスでフランス語はカタコトしかできないことにしていたので、たまにトレビヤン!とか言うと、それだけで喝采をもらう始末だった。上司お二人は、終始そばにいる加藤さんが片端からちゃんとした英語に翻訳してくれるのをいいことに、こちらは正真正銘のカタコト英語でだれかれとなく話しかけ、それなりにゲントを、国際学会を楽しんでいるようだった。
翌日も学会が続き、世界レベルの議論が容赦なく交わされるのを目の当たりにした森之宮は、昨晩あれだけ飲んで騒いだ連中がどうしてこんなに元気なのか、そちらの方にもびっくりした。もちろん、最先端の学者と製造工程のエンジニアたちの真剣勝負にも加わった。なにしろ隣では河野課長がアブストラクト集を見ながら、森之宮が質問をした講演にマル印をつけているのだから気が抜けない一日だったのだ。が、夕方6時になると、徒歩によるゲント市内ツアーというものが催された。昔、世界史の時間に習ったような気がするメロビング王朝だとかカロリング王朝だとかが実際にこのあたりで戦争やら和解やらを繰り広げたことを聞かされた森之宮は、石の文明の重さと息の長さをちょっとだけ鬱陶しく感じた。見下ろす石畳はきっと人間の血で磨かれたことがあったに違いないと思った。
第5回
最終日は9時から工場見学があり、戻ってきてすぐ閉会式のようなものが行われた。ユーモアがあったとか、最先端技術の紹介だったとか、いろいろ面白いネーミングの賞が与えられたあと、最優秀論文賞が発表されるという。これだけはこの学会の正式のアワードだということで、さすがに場内がざわつく。やがて告げられたのは、最優秀新人賞および最優秀論文賞、ミスターシュラインインフォーレスト、森之宮だった。
周囲にいた見ず知らずの大男たちが、160センチそこそこしかない森之宮を目ざとく見つけて胴上げする。巨大なシャンデリアが目の前に迫るほど高々と舞い上がった森之宮は、新調したばかりのメガネが飛ばないように左手で抑えながら、それでもヨーロッパ人にこんな習慣があったのか、と思っていた。
ちゃんと受賞スピーチでは上司お二人を壇上に上げ、この二人のご指導の賜物です、と文字どおり持ち上げておいたので、その後の昼の簡単な立食パーティーの間じゅう、お二人は上機嫌だった。もともと英語は会話の経験が少ないだけで、かなり難しい文献もふだんから読みこなしているのだから、決してできないわけではないのだ。この頃になると耳も口も英語慣れしてきていたらしく、そばで聞いていてもあまり違和感のない英語をしゃべるようになっていた。もう安心だ。森之宮は受賞のお礼も兼ねてお二人を置いてパーティー会場をひとめぐりすることにした。
金曜日である。そして来週はM**市にある世界的に有名な研究所を訪ねることになっているという話をした。週末はその道中にあるN**市というところにある城塞のてっぺんにそびえる古城を改装した、N**城というホテルに宿泊すると告げた。日本の同僚たちみなに「幽霊が出るぞ」と冷やかされたのを思いだした。
同じことを今回の国際学会で知り合った、その道では世界的権威でありながら結構茶目っけのある大先輩達にも言われた。N**の城塞(シタデル)は、「ヨーロッパでもっとも重要な要塞」だそうで、中には俺も泊まったことがある、夜中に目が覚めるとがちゃんがちゃんと鎧の音がした、などと言うヤング博士(と言ってもおじいさんだ)もいた。ただでさえ細長い顔の顎をわざと左手で引き下げながら、ムンクの「叫び」のような形を作り、白目をむいてみんなを見回す。怖いと誉めてさしあげたいところなのだが、昼間の舌鋒の鋭さとの落差にみなとまどうやらおかしいやらで、結局「ギャー」のあとに「ッハッハッハ」と笑いがくっついてしまう。
今回のチェアマンはアメリカ人で、弟がメジャーリーグに在籍したことがあり、その上なんと来日して日本のプロ野球球団と試合をしたことまであるのだという。それでこの学会ではいわゆる日本式の「胴上げ」が流行しているのだと、事務局のソフィーさんが教えてくれた。モーガン・スタンレー・デービスというそのチェアマンは、想像通りの大男で、2メートル近い体を折り曲げて森之宮に握手を求めてきた。君の研究は実にアグレッシブで、よくあんな危ない、というのは失敗の確率が高いという意味だが、実設備を用いた試験を上司が許可したものだ、まったくBrass Ballsだというのが最優秀アワードの受賞理由だそうだ。空っぽの助手席を横目で見ながら学生時代にFENを聴き続けた成果で、モーガンの言うBrass Ballsが「度胸」という意味であることはすぐにわかった。
「上司の勇気(courage)のおかげです」
と言うと、モーガンは一言、グレイト、とささやいて立ち去った。
簡単な昼食のはずだったのだが、時計はすでに2時を回っている。飛行機はパリ発なので、そこまで上司お二人を帰すためにはそろそろ時間だろうと思っていると、加藤さんが既にお二人を急かしている。初めて作った裏表のある名刺、表に日本語、裏には英語の名刺はあと30枚くらい残っている。70枚は配った勘定だが、もう少し時間が欲しい。森之宮はそう思ったのだが、とりあえず一緒にブリュッセルまでは戻る約束なので、仕方なく心を残しながら会場を後にした。
再び30分の短い列車のあと、常田河野お二人をパリ行きのTEE(ヨーロッパ横断特急)に乗せ、10分後にデュッセルドルフに帰る加藤さんを見送って、あと20分、N**市行きのインターシティを待った。午後3時を少し回ったくらいだが、風が出てきたようで、思わずコートの襟を立てるほど冷え込んできた。まだ明るい。ブリュッセルの中心街からは少し南に外れているこの駅(ブリュッセル南駅)からは、すべて石造りではあるが決して美しくはない、実用一点張りの街並みが見えるだけで、これから一人で1週間近くヨーロッパを転々としなければならないことを思うといささか気が滅入るのも事実だった。
ソフィーさんにもらったアドバイス通り、1等車を選んだのは正解だった。1時間と少しの乗車なのだが、大勢でいると気がつかないようなことが不安になる。2等車の乗客はどことなく怪しげで、森之宮を文字どおり取って食うのではないかと思われるような毛むくじゃらの大男や、魔法をかけられてネズミに変えられてしまうのではないかと背筋がぞくっとするような魔女めいたおばあさんが並んで待っている。対照的に一等車の乗り口には森之宮と同じようなネクタイ背広のビジネスマンが列を作っている。
だんだん暗くなる車窓を眺めていると、1時間はあっという間に過ぎ、車内放送などないから停車駅の看板に目を凝らしていてやっとN**駅を見つけた。ドアはボタンを押さないと開かないのだが、これはずいぶん手前から降りる人の動作を見ていて理解していたので、ホームに完全に停車する直前に、通を装ってドアを開けることができた。
堂々とした駅の階段を降りると、左から右への一方通行の道を1本渡ったところにタクシー乗り場があった。歩いても30分くらいということだが、ええい、どうせ会社の経費だ、ここは奮発してタクシーを選ぼうと考えた。ものの10分、坂道を登るとシャトー・ド・N**だった。
さすがに一流ホテルなので、こんな田舎でも完全に英語が通じる。駅からのタクシーの運転手は全く英語が駄目だったので少し心配していたのだが、取り越し苦労とわかって安心した。ところが鍵を渡すのと同時に夕食をどうするかを聞かれた。もう遅いから町に降りるならタクシーを呼んであげる、ホテルのレストランで食べるなら予約がいる、ただし6時から9時まで。
もう遅いって? まだ宵の口ではないか、ヨーロッパ人は夜更かしと聞いたし、ゲントでも皆遅くまでわいわいやっていたのに。終わりも9時とは。そう思いながらエレベーターで1階(日本でいえば2階)に上がった。
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