法喜が語る

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天使の涙5


 「グランブルー」昔ジャン・レノという俳優の映画で、イタリアの真っ青な海に素
潜りで競う映画があった。海の青さは空を乗り越え、宇宙に投げ出されたように深い
青だ。
 映画は生死を掛けて深く潜るという映画で、主人公は最終的には海に溶け込んで
いってしまう。海に対する男のロマン。そのときに海の青さはなんと美しいものなん
だという印象が残った。
 今俺はダイビングする為に、タイ湾に浮かぶ小さなタオ島という所に来ている。バ
ンコクからバスと船を乗り継いで10時間弱。この島はダイビングのメッカとして、
世界中に名前が知れ渡っているという。 私はカオサン通りにあるショップで予約し
てやってきた。日本人スタッフがカオサンで対応して、タオ島のダイビングの講習も
全て日本人による日本語の授業だ。
 海外へは高校の修学旅行以来2回目である。学校で習う英語ならそこそこ自信があ
るが、やはりスキューバーを習うのだからより安全策をとった方がいいだろう。
 第一俺は泳げないのである。泳げ無くてもダイビングは出来るという一声で試して
みようと思ったのだ。海に行くというリスクに語学のリスクを背負いたくはない。海
外に出てまで日本語と思ったが、自己責任は背負える範囲でというのが常識だ。
 チュンポンという小さな町を出たスピードボートは、まだ日本で公開されていない
はずの映画が流されていたが、バスの疲れもあって寝てしまった。起きたのはちょう
ど島が窓を覆うほど近くに来てからだった。
 船を出ると日本では感じたことが無いほどの強い日差しが肌に刺さった。じりじり
と肌を焼くような感覚はいったいいつ以来だろうか。勉強に追われる小学中学年以来
かもしれない。船を降りるとダイビングショップの迎えが来ていて。白い歯を輝かし
た真っ黒なタイ人が看板を持ていた。
 俺を待っていたのは日本ではあまり見かけないピックアップトラックであった。そ
の後ろには簡易な席が作られていて、どうやらそこに座らなければならないらしい。
手すりも背もたれもなくそして平坦な道ではない道をゆく。
 さっきまで寝ぼけていたのも一瞬にはじめの段差で覚めた。後は車が止まるまで体
を硬くしていなければならなかった。ショップの前に来た頃には疲れ果ててしまっ
た。簡単な誓約書やらの手続きを済ませた後、ショップの人に宿を案内してもらっ
た。シャワーを浴びた後食事に。パッタイというセンレックの焼きそばみたいのを食
べたらおいしかった。
 ビデオ講習と半日の講習を受けるといよいよ浜で機材を背負って海の中へ。まずは
浅瀬での練習後翌日の午前の講習を済ませ、午後からはいよいよダイビング。最初は
浅いところだが耳抜きやら中性浮力など様々なダイビングの基本を習う。海の中を楽
しんでいる暇なんて無いのである。しかしダイビング講習の最後の日は余裕も出てき
て海の中を楽しむ余裕も出てくる。忙しく4日過ぎた後に晴れてオープンウオーター
ダイバーとなった。
 真っ青な海の中、目の前を無数のギンガメアジが群れをなし過ぎていく。水面を見
上げるとまぶしく日差しが指しこむ間をカマスが泳いでいく。更に深い青に覆われて
いくとイソギンチャクに戯れる魚や水底にはハゼがエビと一緒に居たり、岩影からは
1メートル近いアカハタなどが優雅に泳いでいる。
 地球の3分の2が海洋だ。なんと陸上よりも生物が豊富なんだろう。
 インストラクターがふと真剣な顔つきになりジンベイ出現といった。俺はジンベイ
?という感じだがインストラクターについて潜っていくと、5メートル近いサメが泳
いでいるではないか。ジンベイに出来るだけ近づき共に泳ぐ。ジンベイの口の周りに
は無数のコバンザメやらの魚が共に泳いでいる。そしてそのコバンザメのように俺達
人間もこの巨大なサメと泳ぐ。
 人間なんかものともしない泳ぎ。ジンベイの下にまわると日差しにジンベイのシル
エットが美しく浮かびあがる。それは強大な宇宙船のようにゆったりと力強い泳ぎ
だ。
 脳裏にジンベイを焼き付けながら船に戻るとインストラクターも興奮していた。な
んでも彼も1年ぶりに見たと言う事だ。これだけの大物を見ることは稀だという。
 海の中には陸上とは別の世界が存在し、その世界は魅力溢れる世界だと言うことを
知った。人間は陸上では我がもの顔で好き勝手なことをしているが、海の中では人間
など眼中に無いように大きなジンベイザメが優雅に泳いでいる。


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