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大國天照さんComments

黒神さまの近くに馬頭観音様である。
黒神中の正門前にあるのです。
本来この知面が堆積層の上面なのです。
私の黒は現在、笠石を含め、約壱メーターが地上に出いるが大正・安永・文明の爆発の
体積軽石を加算すると三メーターを超えるのです。
奥の院の原五社神社は水平レベル鳥居の笠石から壱メーター程上に位置する。
それでも原五社大地の溶岩流の谷間に立てられている。三時代の軽石を人力で
掘り出したあとがある。
昔の鳥居の底面から昔のお社の礎石の落差は4メータを越えるのです。
過疎化高齢化の現今バリアフリーなことは喜ばしいが。
当初は小高い岩山の上に立てられていたのです。
会談は軽石の下、埋没文化財なのです。
鳥居入り口の標柱に天然記念物
鹿児島県文化財とある。
指定は昭和33年である。昭和の山頂爆発が始まった年である。
当時、おかしい村長はいないはずである。
鹿児島県鹿児島郡東櫻島村黒神字みやまである。
昭和26年に谷山市と同じく鹿児島市に合併のはずである。
大正3年時の村長は黒神さまの地元住民で無い。
当時の政治の村長は地区のご先祖さんか検索忙しいテゲテゲです。
よその地区の選出村長なら今の事態を激怒するのです。
鳥居は天然物じゃない人工物である。
郷土の発展に寄与するため先人が造ったのです。
爆発のすごさを後世に残すため掘り出し中止、そんな場かなである。
天然災いを起こしたのは堆積した軽石である。
使わなくては成らない鳥居を閃き左門カン通さぬは侮辱である。
何で移動できないのだ。天然文化財はその様子が判ればよいのです。
文化財にへいこうしています。ご協力をお願いいたします。
黒神(埋没)鳥居)は皆さんの知恵をお為し中、考えましょう。
有史以来栄えた呼号 黒上の護身が対象の軽石に流され過疎の促進、
踏み潰されても雑草の如くの古き郷がアカネの観念のヤマに押しつぶされる
姿見ていられない。 全ては鳥居の埋没にあるのです。
持ち上げた鳥居を造れば世界が変わるはずである。 黒神さまの実身内