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2017年10月19日
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毎日新聞に掲載された高校生の小論文。
今年のテーマは「川」であったのだが、この最優秀賞の作品を読ませて頂いたのだが、少し違和感を覚えた。

違和感を感じたのは、
「運良く生まれつき緩やかな川に落とされた人」の部分。

緩やかな川の中で産まれることが、その人にとって必ずしも良いのかという事もさることながら、その事が「運良く」という言葉で片付けられていることに違和感を覚えました。

子供というのは、親を選ぶことはできないと一般的には言われていますが、
実質的に「子供はその親の許で産まれなければならない運命を持っている」ともいわれます。

子供が親を選んで、その親の許で産まれてくるというのが私の考えです。

これを主に考えていくと、緩やかな川ではなく、激流下りのような川で産まれた子供は「運が悪い」のか?ということです。

運が悪い子供なんていないんじゃないでしょうか?
望まれて産まれてきたわけではない子供もいないわけではありませんが、それを運が悪いというだけで片付けられてしまうのは、虚しさしか残らないような気がします。

むしろそう思われてしまうことで、子供が逆に感づいてしまい、自分は望まれて産まれてきたわけではないと察してしまいかねないのではないかと思うのです。


また、緩やかな川に生まれた子供が、親が望んでいたように育つとも限らないのが現実なのです。

人それぞれ産まれたところに縁があり、その川の中でどのように工夫して生きていくか、子供なりに学んでいく。子供って案外、親が思っているよりしっかりしている子が多いのですが、中にはそうでない子もいます。これは一人一人個性が違うわけですから、すべてがこれに当てはまるわけではないと思うのです。

子供が緩やかな川に落とされることが必ずしも「運良く」ではなく、その子供らの将来を生きていかなければならないための「レール」であって、その道を通らなければ、切り開くことが出来ないようになっているのではないのでしょうか?

そのレールを辿っていくうちに「分かれ道」に差し掛かり、人生の選択をすることになるのです。
これも必ずしも最良の結果となるわけではありません。

どんな親から生まれてくるかは子供にはわからない。だけど産まれてきて経験しなければならないことは「運」の良し悪しだけでは測れないものがあるのです。

自分もある意味では激流に落とされた子供だと思いますが、子供の時に激流の中を何とかふんばって歩けるようになり、やっと岸辺にたどり着いて、ここまでこぎつけるようになった。そういう経験をして得るものもたくさんあるのではないか?とそう思うのですが・・・いかがなものでしょうか?






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最終更新日  2017年10月19日 20時03分04秒
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