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2017年11月05日
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カテゴリ: 自分のこと
そんなことないとは思いたいんだが、そうかもしれないと思う部分もあるような気がする。

親が大人になってなかったというより世間知らずの部分が大きかったのかもしれないのだけど、自分が子供の時から親が子供で、子が親で・・・という部分があって・・・。

親にしてみれば、自分がいないことは不自由極まりない状態(当時)だったわけで、今はそこまではないんだけど、不自由さを少しは感じつつあるけれど、自分を必要としないくらいまでにはなってもらえたのは、大きかったかなとは思う。

私にしてみれば、親の世界が普通だと思って、外へ出てみると全然違っていて、親の世界は特殊なものでその中で育った自分はやっぱり特殊で、それで人とは大きく違っていて、随分そのことでいじめられてきたのは確かです。

また、両親にしてみれば、私とどう接していいのかという根本的な部分が欠けていたのは事実で、でも親にとっては仕方のない事だったのかもしれませんね。それがわかるようになったのは高校の時ですかね。

高校の時に、こういう家庭で育てられたことは自分にとってものすごく大きなこと。他人が経験することが絶対にできない特殊な家庭で育てられたってことが、苦労もしたけれど得たものの方がものすごく大きかった。だから他人にも優しくできる。いろんな障害を持った人でも偏見無く見れる。そういう世界で育ったから、今の自分がいるんだってわかったんですね。

障害を持つことが恥じることではなく、むしろ親にとって大きな勉強なんですね。
私の場合は両親が障害を持っていたので、それで色々と経験した。
いろんな人に支えなければ共に壁を突き破ることなんて出来ないけれど、一生懸命さだけは健常者よりも上なんですね。それを見て育っているから、あれだけはマネ出来ないって親のすごさってのがわかったんですね。自分も一生懸命のつもりでやっていても、親のあのパワーはやっぱり自分の障害の壁を精一杯突き破ろうとしているからこそ、あれだけまっすぐに一生懸命にやっているんだと思うんですね。






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最終更新日  2017年11月05日 21時23分01秒
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