染み入れ、我が涙ーなみだ石の伝説ー飛鳥京香●山田企画事務所

染み入れ、我が涙ーなみだ石の伝説ー飛鳥京香●山田企画事務所

「なみだ石の伝説」第1回


(飛鳥京香・山田企画事務所・1975年作品)
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/ 

 僕達2人は、乗りごこちの悪いローカル線に乗っている。
列車は。僕の故郷に向かっていた。
故郷といってもあまり記憶は忿い。親戚もいない。
僕は都会の中で一人、孤独で何年も住んでいた。
あるきっかけで故郷へ帰ろうと思った。

 奈良県、和歌山県、三重県の3県の県境にあるふるさと。
ふるさとといっても本当に伺のとりえもない山間の小さな村だ。
それこそ、一日に三本あるかないかの鉄道、駅からパスに、パスの終点から山道、そま道を
歩み、やっと、その土地、頭屋村(とうやむら)へたどりつくことができる。        
 帰ったところで、誰も僕を喜んでむかえてくれるわけではない。

 僕、日待明(ひまちめい)は頭屋封へ、何年もの町中の生活で得た悲しみ、体の中にた
まりすぎた汚れを、洗いおとすために帰る。
苦しみは僕の体をむしばんでいるのだ。

なみだ岩に、行き着き、そこで涙を流すことで、僕は幸せになれるだろう。いや少なくと
も、過去の傷を、いくぱくかいやすことができるだろう、と僕は考えていた。

僕の生まれた頭屋村は、「神立山」と呼ばれる深山の中にある。
奥深い、あまり人も、森林伐採でしか入れない「神立山」の森の中に「なみだ岩」と呼ばれる岩が
ある。「なみだ岩」のまわりは、不思議と草が刈りとられたような芝の多い草原になっている。
その草原を深い森がかこんでいる。
「なみだ岩」はわかりにくい場所にあり、頭屋村出身でない者はたどりつくことができがタイ。
涙岩は高さおよそ15mくらい。頂上はとんがっていて、底に向かって広がっている。
土の中に岩の半分ほどが、うまっている感じだ。
全体は緑がかった乳白色で、表面は人が毎日みがいていると錯覚するほど光り輝いている。
遠くから見ると、涙のしずくが空からかちてきて、地球につきささったようなのだ。

、、、と詳しく知っているようだが、僕は父が亡くなったあと、すぐ頭屋村を出て、遠くの知り合
いをたより、東京にでていった。
5才の頃の話だったから、なみだ岩についてくわしく覚えているわけではないのだ。

この「なみだ岩」にのぼり、その上で涙を流し、「なみだ岩」に、涙がしみこんでいくなら、その人は幸せになるという伝説がある。
この「なみだ岩」伝説を知ったのは、ふとしたきっかけだった。

東京に送られてきた父の形見を整理していた時、父の日記を見つける。
古ぼけたページを,めくっているうちに、こんな記述にであったのだ。

「涙岩は伺百年かに一度、必ず崩壊する。
そして、その跡には、指でつまめるほどの小さなかけらが残る。人はこれを原石
と呼ぶ1がたまKそのあとK残ることがある。なみだ石のほとんどは夜空K舞いあがってい
く。そしてtみだ岩はきれいになくtっていて、あとKは大き々穴があいている。まわり
の草原も焼けただれている。この話は、先祖代々に渡り、頭屋村に住んでいる者のみに語りつがれている。

 僕は子供の頃見たことのある「なみだ岩」を、もう一度、はっきりとこの眼にしたい。
涙を流したいと思う。あれほど美しい原岩がこわれぱ、どれほどの忿みだ石ができるのだろう。涙岩の美しくくずれる瞬間、それをながめたい。
 さいわい、「なみだ岩」についてはあまり知られていない。もし旅行維誌がとりあげれば、一たちまち大勢の人でうめられてしまうだろう。

 しかし、神立山は観光ルートからはなれた辺境で、訪れる人はほどんどない。
「なみだ岩」は、ごくわずかの人しか知られていない。

たとえ、「なみだ岩」のことを土地以外の人が知っでも、「なみだ岩」で悲しみ
をとりのぞいてもらい、本当に幸福になりたいと思う人にしか「なみだ岩」の場所を教えては
ならない。
僕の行動は、あらゆることを投げすて、その「涙岩」に行きつけたい。と思った時から始まって
いる。
(続く)
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: