ひこうき雲5



「犬太、犬太、目を覚ましなさい」
「あっ、光さん」
「どうでしたか?あなたの今回の一生は?」
「はい。とっても愛された一生でした」
「満足のいく一生でしたか?」
「光さん、満足なんてとてもできませんよ。ボクはとっても愛されてたんです。ボクは家族にとって大事な存在だったんです。ボクがいなくなったら、どれほどみんなが悲しむか、それを思うと『満足』なんて口が裂けても言えません」
「じゃあ、あなたの一生は無駄な人生だったのかしら」
「無駄とは言ってません。でももっと母さんやお兄ちゃん、お姉ちゃんを喜ばせたかった」
「あなたが死んだ時、全国のママの友達が泣きましたね。そして慰めや同情の輪が広がりました。あれはどう思う?」
「あれは、素晴らしいと思います」
それからの光さんの話はとても長かった。要約すれば次のようになる。
生きとし生けるものは、すべてこの世に生まれる時に使命を負っている。ボクの使命は、みんなに喜びと哀しみを与えることだったと・・・。
ボクがもらわれて行ったことで母さんの家族の絆は強くなり、ボクを中心に会話や笑顔が広がった。
そして、そしてボクが死んだことで、家族が命のはかなさや、悲しい事を乗り越える強さ、そして更に家族が助け合い、つらい時ほど周りを思いやる事を知ったこと。
それは家族だけでなく、ネットを通じて日本中に広がった。ボクがいた事で、ネットがウェブ上だけじゃなく、それを使う人々の心の中にまで広げられたこと。それが、喜びと哀しみを与えるという意味だということ。

そして、ボクと母さんお兄ちゃんお姉ちゃんとのつながりは、決して今回限りではなく、これからも何度も繰り返される。それは、みんなの今回の人生の中で起きるかもしれないし、次回の人生に繰り越されるかも知れない。でも、生まれる時に前回の記憶はすべて消えちゃうのでお互い家族だったって分からないらしい。
みんなが、人生を終えてこちらに来る時は、必ずあの虹の橋で逢えること。

「こんなところですか?光さん」
「そう、よくできました。さあ、犬太。あなたに審判を下さなければなりません」
そのとき、どこからともなく賛美歌のような美しい歌声が聞こえてきた。

「犬太、あなたはよく生きました。周りに喜びと哀しみを与えるという重要な使命を果たしました。もうあなたは自由です。この世界のどこに行っても幸せに生きるでしょう。ただ、ひとつだけ命じておきます。こちらの世界からはいつでもあなたがいた世界をのぞくことができるし、そばに行く事も出来ます。でも会話をしたり、姿を見せたりする事は出来ません。あなたは、こちらから母さんの家族を見ていて、心の番犬となり、助けるべき時はすぐに助けに行かなければなりません。分かりましたか?」
「はい、光さん」
すると光さんは、そのまぶしさをだんだん増し、ボクは目を開けてられなくなった。

やがて、まぶしさが遠ざかり、そっと目を開けると、カッちゃんが笑いながら立っていた。「よかったな、犬太」
「うん」
「かっちゃん、1つだけ気になる事があるんだ」
「分かっとる、お前の家族のことやろ?さあ、一緒に見に行こう。後ろに乗れ」
カッちゃんは、バイクにボクを乗せ、マフラーから飛行機雲を出しながら、ものすごいスピードで雲の間を駆け下りた。
そして、マンションの前でボクを降ろすと、
「犬太、用が済んだら1人で戻ってこい。お前のバイクはお前の家にあるからな」
と言って、またものすごいスピードで雲の上に向かって上っていった。カッちゃん、家族水入らずにしてくれるの?気が利くぅ。

母さん、パソコンの前でみんなの書き込みを読んで、また泣いてる。ごめんね、いっしょにいられなくて。ありがとね、ボクを育ててくれて。涙はそろそろ嬉しい時用に取っとこうよ。ボクと母さんとは、きっとまた逢える、母さんが死ぬまでに逢えなかった時には、虹の橋に迎えに行ってあげるよ。ありがとう、本当にありがとう。

お兄ちゃん、また今日もボクの位牌のあるこたつで寝ちゃったの?悪いけど、そこにボクはもういないよ。ボクはボクで元気で生きてるんだから、お兄ちゃんも、そろそろ自分の生活を取り戻して欲しいんだ。ボクはいつもそばにいるよ。触ったり話したりできないだけなんだよ。そこまで悲しんでもらえて、ボクは本当に幸せ者だね。お兄ちゃんが元気ないと、心配だよ。お兄ちゃんは生きてるんだよ。生きてるのに死んでちゃダメだろ?今夜からベッドで寝るんだよ。一生懸命生きてください。

お姉ちゃん、ボクが死んだ時、何とか助からないかと冷静に心音や瞳孔を確かめてくれたね。それで、はっきりとダメだと分かってから初めて大声で泣いてくれたね。ありがとう。この家にもらわれてきてボクは本当に幸せだったよ。お姉ちゃん、不規則な仕事だからあんまり無理しちゃダメだよ。ありがとう。

さあ、時間が来た。そろそろ行くよ。
「もう犬を飼うのはこりごり」なんて言わないでね。縁があったらまた飼ってみてよ。そがボクかも知れないんだから。
あ、母さん、もちぽさんの書いてくれたボクの絵の中のバイク、乗っていくよ。このバイクで毎日、母さんの頭の真上に飛行機雲を描いてあげるよ。飛行機雲を見たらボクが描いたんだと思い出してね。絶対に幸せになってね。愛してるよ。
ありがとう、ありがとう、さようなら、きっとまた逢おう。



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