あつべぇのつぶやき

あつべぇのつぶやき

今までの不妊治療日記



あつべぇは2000年に結婚して以来、すぐにでも赤ちゃんがほしいと思っていました。
実を言うと、結婚前から赤ちゃんがほしかったのでがんばっていました。
独身時代から生理不順で婦人科にも通っていましたし、結婚と同時に不妊治療をおこなうことになりました。
独身時代から生理が不順で、2~3ヶ月生理がこないということもよくありました。
そのころは、生理がこないということを、楽でいいと軽く考えていました。
今思うと、とんでもないことなのですけど。
そんなとき、今のだーりんとつき合いはじめました。
つきあい始めると、生理がこないということで、とても不安になるときがありました。
そうして職場から近くて、夜診察をしていたMクリニックに通い始めまた。
M先生にいわれてはじめて基礎体温をつけました。
すると、体温が低いままで、M先生は結婚前なので、規則的に生理をおこすという治療をしてくださいました。
具体的にはルトラールというお薬を飲んでいました。
飲み終わってきっちり3日目に生理になるのです。
たまに血液検査をすることもありました。
ホルモンのバランスが良くないということで、漢方薬(温経湯)もだしてくださいました。
そうこうしているうちに、結婚することが決まり、排卵誘発剤(クロミッド)ものむようになりました。
あと、ホルモン負荷検査で、プロラクチンが高い(潜在性高プロラクチン血症)と言うことで、パーロデルという薬も飲んでいました。
このお薬は副作用で吐き気がおこりました。
とても辛いので先生に相談すると初めのうちは半錠、夜寝る前にのみなさいとわれ、慣れた頃に1錠にしました。
これらのお薬を飲みながら、基礎体温表と卵胞をモニターしていただいて
タイミング指導をうけていました。

結婚後タイミング指導をうけてもなかなか妊娠することができず落ち込んでいました。
タイミング的にはハネムーンベビーを授かることができるかも・・・
と考えていたのですが、結果は×でした。
3回くらい×が続いた頃、フーナー検査を受けました。
その結果M先生はダーリンの検査をするようにと大学病院に紹介状を書いてくださいました。
そのときは、Mクリニックでは検査ができないんだなぁとまだまだ軽く考えていたのです。
私は大学病院に通い初め、ダーリンの検査をしたところ、無精子症がわかりました。
2人ともに問題ありということがわかり、途方に暮れました。
大学病院ではダーリンに病院に来てもう一度検査を受けるようにといわれましたが、なかなか詳しい検査をするために通院することができませんでした。

あっという間に半年がたちました。やっと、大学病院のF先生のはからいで、先生が病棟におられる土曜日に診察してくださるということになり、検査してもらいました。
ホルモン検査の結果、精子が作られている可能性はほとんどないということでした。
10人おなじ位の値の人を生検したとしたら、すべての人に精子はみつけることはできないと・・・ショックでした。
私は、ダーリンとの子供をさずかることができないんだ。
ダーリンに話すと、それでも生検をうけてみるといってくれました。でも大学病院で生検をうけるには入院が必要で、仕事を休むことはできないというので、又途方に暮れました。

インターネットで土曜日に診察をしている病院をしらべ、Fクリニックにメールで問い合わせました。
院長先生から早速お返事をいただき、土曜日に日帰りで生検をしてくださるとのことで、早速私は診察に行きました。
初めは私だけ診察に行き、ダーリンの検査の日取りにあわせてクロミッドとHMGによる排卵誘発を行い、(ふつうは自然周期での採卵をおこなっている病院ですが、私の場合は薬の力をかりないと排卵しない)とうとうその日がやってきました。
私は局所麻酔で5つの卵を採卵しました。モニターが私にも見えるところにあって、先生が採卵してくださるのですが、麻酔の効きがわるかったのか、針を刺すごとに痛さで涙がでそうでした。
結局5つ採卵し、成熟したものは3つでした。
ダーリンも無事生検を済ませその日はおうちに帰ってゆっくりとしました。
ダーリンはあまり痛くないようで、手術したとは思えませんでした。
私の方がお腹のどよんとした痛みで、辛かったです。
次の日病院に電話し、結果をきくことになっていたのですが、結果は顕微受精に使えるものはないということでした・・・
ダーリンにそのことをいうと、「離婚してもいいよ」というのです。
その言葉を聞いた瞬間、悲しくて涙が止まりませんでした。
子供をあきらめなければいけないということよりも、ダーリンと離婚するなんていうことは絶対に考えられませんでした。「子供は授かることができなくても、二人で仲良く暮らしていければいい・・・」私はダーリンに答えていました。
その後、細胞の培養をして詳しい検査をしていたので、結果を聞くため、Fクリニックに行きました。
その結果、精粗細胞はあるものの、顕微受精につかうことのできる精子細胞はないということでした。
院長先生は私の年齢をみて、2年、技術の進歩を待ってみましょう・・・とおっしゃいました。この分野は日進月歩で技術が進んでいるので、今不可能でも、可能になると・・・3つの卵子はFクリニックで凍結してくださっています。
私はその言葉を信じ、待つことを決心しました。それまで、一生懸命働いて、治療費をためよう、そう心に誓ったのです。

でも、インターネットなどでいろいろとおしえていただくうちに、他の病院で生検をして、精子細胞すら見つからない人が、S医院で生検をすると見つかることもあるということを知りました。他の病院と違う方法で精子や精子細胞を探してくださるというのです。私は希望の光が見えたような気がしました。
早速S医院にメールで問い合わせました。
土曜日も診察されているので、伺うことにしました。
この病院は男性不妊では有名でよく院長先生がテレビにもでておられます。
こうしてS医院での治療が始まりました。
S医院は、土曜日に伺ったのですが、すごい人で、不妊治療をうけているひとがこれほど多いのかと複雑な心境になりました。
S医院での検査の結果、精子はみつからなかったものの、精子細胞はわずかに見つかり凍結してくださったということでした。
こうしてS医院で顕微受精を受けることになりました。

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