クロと一緒に駐車場で以前のように朝食を食べている姿を時々見ました。
朝食後はしばらく外に出してもらっていました。
トラックの運転席は高くてクロには登れないようでした。
彼が「クロ行くよ」と言うと、抱っこの体制になって待っているクロを見て吹き出してしまいました。
そんな甘えた様子が、クロには似合わないような気がしたのです。
私に見られて、クロもちょっと照れて恥かしそうでした。
それにしても、すっかり飼い犬らしくなったと感心したものでした。
クロを乗せたトラックが崖下に落ちたと言うのは、本当なのでしょうか。
その人が通る道は目もくらむような高低差のある峠道が延々と続いています。
そこから下まで落ちたのなら大変な事故です。
確かな情報はありませんでした。
私達には確かめようはありません。
なぜならクロの飼い主となった人の名前すら知らないのです。
あくまでもお客様と店側の立場であって、名前を聞く必要はなかったのです。
何かの話しの時には『クロちゃんのおとうさん』と呼んでいたのでしょうか。
細い細いツテをたどって、やっとわかった事があります。
運転手は重症を負って病院に運ばれた。
命には別状はないらしい。
犬は乗っていたかどうかすらわからない。
でも毎日、黒い犬を乗せて走っていた。
その話しを聞いて、私は多分クロは乗っていただろうと思いました。
でも、クロが死んだとはどうしても思えませんでした。
もし崖下まで落ちたとしても、体が軽いのだから人間が死ななかったのに犬が死ぬわけはないです。
クロはそんな、どんくさいヤツではないです。
それにクロはつい最近まで野良だったのだから、命さえあればどんな事をしても生き抜いてくれると確信していました。
なすすべもなく時は過ぎて行きました。
一ヶ月くらいたった頃だったでしょうか深夜に、か細い聞き取りにくい電話が一本職場にかかって来ました。
クロのおとうさんでした。
あとでわかったことですが、昼間は電話をかけていたら看護婦さんに叱られるので深夜にかけて来たそうです。
まだ安静中で立って歩く事さえ禁じられていたらしいのです。
何度も聞き返してやっとわかった事。
クロを退院するまで預かって欲しい。
入院している病院の名前。
クロはその病院のある市の動物病院にいるらしい。
やっとそれだけの事を聞き取ることができました。
その動物病院はすぐにわかりました。
小さな市なので、一軒しか動物病院と名の付くものはなかったのです。
先生の話しを聞きながら、私は何度も受話器を持ったまま「ひぇ~!」とのけぞったのを今も覚えています。