大陸が眠るまで。

~3~





カイラ嬢の合成屋を並木越しに見ながら、金欠の冒険者は通りを北へ歩く。

(ハリス師か……久しぶりだな……)

講堂で背を屈め、ぼそぼそと語るかつての師の姿を、バフォラートはおぼろげに思い出した。
オラクル学会に所属する賢者のハリスは、クロノス城内の大学で
哲学・法学・修辞学・幾何学・天文学・医学
など、神学以外の科目のほとんどを教えていたものだ。

その大学の前身が修道院付属の神学校であった経緯から、
後にバフォラートと名乗る見習い修道士は、15歳でハリスや神学教授ラスキンに師事し、
多少の記憶力と、主に自己を喧伝するために発揮することが多い抜群の熱意とによって、
周囲から「才子」程度の評価を得ていたのだった。

(とにかく――)

今やすっかりタダの人となった男は、過去に遊ぶ想念を現在に引き戻した。

知り合い(向こうは覚えていないだろうが)に「石」を渡すだけで礼金がもらえるのだから、
かなりおいしい仕事と言えるだろう。
これで酒場のツケを返せる、うまくすれば適当な衣服も買えると思えば、
足取りも軽くなろうというものだ。

(笑いが止まりませんなぁ)

僧衣の袖 (そで) から緋色の石を取り出し、陽光にかざしてみる。あざやかな朱 (あけ)


そのとき。


突然「石」が爆発したかのように発光した。


下卑 (げび) た笑いを顔に貼り付けたまま、魔術士は固まっている。





(――赤、だ)

あの「石」の色のような赤の中にいる。上下左右、あらゆるものが赤。
無論全身も赤く染まり、まぶたの裏にまで赤が入り込んでいるので、目を閉じても赤。
赤は無遠慮に自らを変え、明度と彩度の移り変わりでくらくらする。

赤。


朱。


紅。


緋。



かなしいあか。



くるしいあか。



さみしいあか。




あかに、のみこまれる……。


赤の奔流のなかで、魔術士は絶叫した。





その叫びすら、赤い。







……ごぉぉん……

荘重な鐘の音が、とても遠くに響く。
祈りの時間を告げる鐘である。
……聞き間違えるはずがない。生まれてこのかた、最も慣れ親しんだ音なのだ。

あお向けの姿勢からのろのろと身を起こすと、自分が修道院の硬いベッドではなく、
イートンの倉庫近く、路の真ん中に倒れていたことが、ようやく認識できた。

(私は……いったい何を……)

過去と現在とが攪拌されてあわ立っている頭を抱えて、周囲に視線を走らせると、
いつの間にか手から離れて前方の路上に転がる、あの燃えるように紅い石が目に入った。
それが何か生き物の「眼」のようで、バフォラートは身震いをした。


脳天に一発喰らった拳闘士のようにふらふらと立ち上がった魔術士の背には、
強くあたたかな陽の光が、これでもかと降り注いでいる。

なんかムダにかっこいいよー。リーさんありがとうございますっ


まるで全てを宰領し、支配していることを誇示するかのように、
無遠慮で傲慢な光をまとって天空を闊歩 (かっぽ) する太陽。
その光の衣の陰で、幾千幾万の星がひっそりと輝いていることを、人は知らない。




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