大陸が眠るまで。

~4~





疑問の石――
大神コエリスが、人間の前に最後に姿を現したとき、
天から召喚したこの「石」を授けたという。
その際、
『人間よ、自らを疑うつよさを持て』
だったか
『問え、さすれば答えよう』
だったか、
とにかくそんな風な言葉を残したことが名の由来らしいが、
なぜ疑問というのか解らないから疑問の石なのだ、という微妙に深い説もある。

賢者ハリスの日課は、クロノス城の北西に安置されているこの「疑問の石」の前で、
たっぷり一時間思索に耽 (ふけ) ることである。
今日もいつものように大好きなアリクイで頭をいっぱいにして、幸せに浸っていたのだ。
アリクイとの甘いひとときが過ぎ去り、さてそろそろ自室に戻ろうかと頭をめぐらせたとき、
身も世もない様子の、蹌踉 (そうろう) とした足取りでこちらにやってくる人間が目に留まった。

若い男である。
僧衣を着てはいるが、剃髪 (トンスラ) がない。こわそうな黒髪をのびるままにまかせ、
顔色は蒼白で、瞳の玄 (くろ) さを際立たせている。
酷薄さをあらわす据わった目つきとゆがんだ口もとを別にすれば、
まさにそれは

(まさか、ここで逢うとは思わなかった――)

面影であった。

ハリス師のとぼけた感じがたまらんね


二人の間を立ちふさぐ一瞬の沈黙、それを打ち破ったのは、ハリスのほうだった。

「きみは、たしか……」

間髪入れず、声に声がかぶさる。

「はじめまして。私はバフォラートと申す魔術士です。
……このたびは、お願いしたいことがあって参りました」

僧衣のままでは説得力が全く無いが、かつての師はそれ以上の詮索 (せんさく) をするつもりはないようだ。

「ふむ……。まぁ、私の部屋へどうぞ。願いとやらを、うかがいましょう」

人生の斜陽 (しゃよう) を受け入れようとする者の影と、今まさに中天に昇ろうともがく者の影が、
極北の氷のように蒼く透明な「石」を背にして、並んで歩いていく。



古い木製のドアの向こうは、書物と薬草と実験器具とアリクイの世界だった。
この小さな世界の主は若い魔術士に席を勧め、自らも年代物の椅子に深く腰掛ける。
雑然と整理された机と、コアリクイのはく製越しに、二種の声のやりとりが始まった。

「クレイグから赤い石を?」

「はい」

「拝見しましょう」

手巾に包んだままの「石」がハリスのもとへ移る。
老師が二つの指でつまみあげた硬質の物体から、バフォラートは目を背けた。
かまわず、賢者は詠 (うた) うように解説する。

「・・・・この血の色の石は、
モンスターが生まれる時に放出される気が、
周囲の物質と反応して生成されたものです。
言ってみれば、
モンスターの魂のかけらとでも言えましょう。」

(魂の、かけら……)

「確かにこの石に反応して、モンスターが
興奮して暴れる事はありますが、
1個や2個で大騒ぎする事はありません。
この石は私が預かり、処分いたしましょう。
――コエリス神のお導きのままに。」

最後の一節を口にしたとき、唇の端が少し上がったように見えたのは、気のせいだろうか。

「ちなみに……どうやって処分するのですか?」

「はい、完全に消し去ってしまうのなら……
闇の底にたぎる炎、地獄に蓋する煉獄……
ケタースヘル最奥に流れる溶岩に放り込むのが一番でしょうね」

「ケタースヘル、ですか」

聖都クロノスの地下に広がる迷宮――その最深部に、ケタースヘルはある。
バフォラートは、地下神殿で屍人 (ゾンビ) を追っていたとき、
ケタースヘルの直前まで行ったことがあるが、実際に入ったことはない。

「私も何かと忙しく、誰かに依頼することになりますが……
どうです? せっかくですし、あなたが頼まれてくれませんか?」

「ああ、ええと、その……」

「すぐに行っていただけるのなら、報酬は5000出しましょう。
前金として半分、成功したら残りの半分ということで……いかがです?」

「つつしんでお受けいたします」

寄る辺を失った孤独な人間にとって、命の重さを金の重さに換算することなど雑作も無い。
心を支配する恐怖さえ、眼の前の2500枚の金貨の輝きで消え飛んでしまう。

せいいっぱい優雅に、布で「石」を包みなおして、魔術士は席を立った。


もどかしいほどにゆっくりと閉まるドアを見つめながら、
賢者ハリスは自らの若かりし日々を想 (おも) い帰している。
白面の書生と黒髪の少女、ふたりの蜜月を――




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