大陸が眠るまで。

~5~





背後には風と水の歌声、前面には闇の遠吠え。


この場所の水煙はいいですね…


奈落へ立ち向かう準備を終えた魔術士が、吹き上がる細かな水の粒子を浴びてたたずんでいる。
薄汚れた僧衣の上に硬革鎧 (ハードレザーアーマー) を着込み、右手には魔力の焦点具たる杖 (ワンド)
左手で松明 (たいまつ) を掲げ、盾 (バックラー) を左腕に装着している。
背負い袋にはローリン印の赤い液薬多数、さらに虎の子の青い液薬も。
そして「石」は、首から提 (さ) げた小さな布袋に入れてある。

(さて……行くとしますか)

流れ落ちる水の蔭にぽっかりと口をあけた洞穴へ、冒険者は慎重に身をさし入れた。



黒々とした闇の衣を、松明の炎が荒々しい手つきで剥 (は) ぎとると、濡れた岩肌が現れる。

「きぃ! きぃぃぃ!」

突然の闖入者 (ちんにゅうしゃ) に、根が臆病なコウモリたちは混乱し、騒ぎ立てた。
いつもなら松明を向けるだけで逃げる獣である。
闇に紛れて近づき血を吸うこともあるが、致命傷にはならない。

が、この日は違った。

コウモリたちは今まで聞いたことのない、高く耳に障 (さわ) る声で絶えず鳴き叫び、
松明を振るって追い払っても、また執拗 (しつよう) に向かってくる。

常と違う様子に、バフォラートは一瞬とまどいをおぼえたものの、原因はすぐに解った。
「石」の影響であろう。

(やれやれ……)

この場の鬱陶 (うっとう) しさよりも、この後の難儀を思って、魔術士はため息をついた。
杖と松明を頭上にかかげ、精神を集中して、アイスプリズンの呪文を詠唱する。

『霜威の鎖、凍雨の楔――』

身動きのとれない男にコウモリが群がったため、
まるで表面がうねうねと波打つ黒いロウソクのような外見になってしまったが、
魔術士はなんとか呪文を完成させた。

思えばこの頃から氷にこだわっていた訳ですね。某氏に影響されたからではありますが。

虚空 (こくう) に氷柱が現れ、松明の灯 (ひ) を反射してあやしいほどに美しい光を放つ。
獣たちが翼を凍 (い) てつかせ、まわりながら落ちていくのを尻目に、

バフォラートは逃げだした。




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