大陸が眠るまで。

~3~





(何者だ、あの男は……)

勘定もそこそこにシェリルの店を出ると、件の男はすでに城内門を西に抜けるところだった。
おそろしく背が高い。通りを往く人々より頭二つ分は飛びぬけているため、すぐにわかった。
街はここ一月の疫病騒ぎからようやく立ち直りつつあり、病み上がりの静かな生気の盛り上がりが感じられる。
また疫病など物ともしない恐れ知らずの冒険者の数も相変わらず多く、バフォラートは人の間を縫うようにして通りを進まねばならなかった。

武具屋のフレドリック親方の店あたりで、魔術士はようやく先を行く男の背後についた。少し息が切れている。
見上げるほどの高さに頭がある。後頭部でひとつにまとめられた髪は日焼けのために赤茶色に色が抜け、皮膚はそれをすこし薄くしたような赤銅色である。
大きな頭を支えるたくましい首から、隆々とした背筋が盛り上がり、大樹の枝のような腕には文身がある。上半身は裸で、陽光を浴びて滑らかに光る広い背中をよく見るならば、うっすらと無数の傷痕が走っていることがわかるだろう。服は下半身を膝まで覆う厚手の毛のズボンと、それを止めるベルトのみである。

(ひとつ確実に言えることは、だ)

この大男が紋切型のウォリア族だということだ。これでウォリア族以外の何者かであったとしたら、詐欺で訴え出ても差し支えないだろう。

「あ……おいっ、名を……」

「あぁん?」

「名前を知りたい」

「俺か?」

「そうだ」

「ふむ、そうさな……メリンリン=セスってのでどうだ」

(馬鹿にしている)

とバフォラートは思った。それは彼が「エネンデリック=カノン」と名乗るようなものだったからである。


「さぁ、ここだ」

豊かな声量が耳介を満たす。目を向けた先には、空色をした結晶――疑問の石がそびえ立っていた。



見覚えのある部屋に通され、へたったクッションが申し訳程度に置かれた椅子に腰掛けたとき、魔術士はひとつの結論を受け入れる覚悟を決めた。

(悔しいが、認める他にあるまい)

ハリス師が自分の前歴を、つまり、たった数回講堂で講義しただけの教え子であった自分のことをどういうわけか覚えていて、それゆえに目をかけてくれるのだということだ。
すでに捨てたはずの過去の縁故に頼るのは決して気に染まないが……。

魔術士に続いて大男がこの部屋の主と同じくらい貧相な椅子にどっかと無造作に腰掛けるのを見て、ハリス氏は一瞬顔をきしませたあと、すぐにいかにも好々爺といった笑顔を浮かべた。

「お二方とも自己紹介はまだのようですね。よろしい。こちらから紹介させていただきます。
こちらは魔術師のバフォラート殿。こちらはアペ殿。ご覧の通りウォリア族の出身です」

魔術士はちらと相手を見やって目礼したが、戦士は腕を組んだまま前方へと向けた視線を外さず、傲然とした姿を保っている。
相手にされていない。バフォラートは敏感に感じ取った。
もしやこの男は私とハリス師の関係を知っているのか。
憐れみによって投げ与えられた餌を貪り食う野良犬とでも私を見ているのでないか。

鬼を生じそうになる心の暗部に光を入れたのは、続くひとことだった。

「これからお頼みする仕事は人命にかかわる重要なものですからね。だからこそあなた方二人に頼むわけで。冗談でもいい加減な気持ちでやっていただいては困りますよ」

老教授の微笑にかつての学生は苦笑で応える。何もかもお見通しというわけか。

(いいだろう。貴方が知らぬ顔を通すなら、こちらも黙って与えられた仕事をこなすだけのこと)

「御託はいいから、さっさとはじめてくれ」

との大男の催促をうけ、早速賢者は本題へと話を進めた。
若い人がそのようにせっかちではいけませんよ、と口の中でこぼしながら。

「要するに、シティス=テラのヴァンにこの書類を届けていただきたいのです」

薄い紙の束をつまみ上げ、ひらひらと揺らすハリス氏。

「あなたもご存知かと思いますが、今町中は伝染病が流行しています。
私が作った処方箋でクロノス城内は大丈夫ですが、シティス=テラまで伝染病が及びそうなので安心はしていられません。
シティス=テラのヴァンにこの処方箋を届けてください。」

腕を組んだまま、大男がうなずく。

「わかった。しかし……届けるだけなら、マエルの爺に頼めばいいんじゃねえのか」

「ああ、彼は今……実家に帰っていますよ」

冒険者二人は唖然とした。





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