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知り合いの、92歳の元気な、元気だったお婆ちゃんが
肺炎になり、危険な状態です。
認知力の低下はあるものの、食欲・好奇心旺盛、
老視や難聴も無く、本や新聞もスラスラと読んでしまう。
会話の内容というと決まって、遊ぶことなく必死になって働き続けてきた
仕事の話。
そんなお婆ちゃんが、危険な状態です。
酸素を10L/分 投与して、SpO2(経皮的酸素飽和度)
が80%中盤です。
(正常値:通常の呼吸で95~100%)
痰も自力では出せません。
苦しいはずです。
しかし、
「○○さん、具合はどうですか?」
と声を掛けると、
「元気だよ!」
なんて平然と返答します。
温かいタオルで顔を拭くと
「あ~気持ち良い、ありがとうね!」
なんて笑顔で返答します。
勿論、食事は摂れません。24時間点滴です。
おしっこも管を挿入し、排尿しています。
ご家族は、特別な延命を希望されてはいません。
現在、医療の中では、延命治療についての是非が問われています。
「本人の意思・希望と家族の希望」
必ずしも一致するとは限りません。
意識がなく、自分の意思すら相手に伝えられない方の場合は
どうでしょう?
延命治療についての意見の不一致が生じてきてしまいます。
家族は 、「生きてもらいたい。」 と思い、
本人は 、「もう十分、大往生だよ。」 と思っているかもしれません。
がん治療における終末期医療(ターミナルケア)
においては一層のことかと思います。
「Living Will」(生前遺書)
の存在をご存知でしょうか?
成人が元気なうちに、自分が末期のときにどうするか?
生命維持装置を使うか?使わないか?
を前もって意思表示しておき、いざという時に
医師に文書で指示するものです。
皆様自身または、そのご家族が当事者だったらどうでしょう?
「ほんの少しでも良いから、長生きしてもらいたい ?」
「管だらけになってまで、器械を沢山付けてまで・・・?」
ご家族の気持ち・希望も大切です。
それと同じくらい?それ以上に本人の気持ち・希望も重要であると考えます。
「生きている」
と
「生かされている」
では大差です。
最期の時を迎えるとき、
年齢に関係なく、
「あ~、良い人生だったな~。 我人生に悔いはなし。」
なんて言ってみたい・思ってみたいですね!
気が向いたときにでも、ご家族で
『私の・家族の死生観』
について話されてみてはいかがでしょうか?
頑張れ!お婆ちゃん!!
長~い長~い、文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
マイケルは最期までマイケル 2009.06.26 コメント(1)
こちらも満開です!! 2009.04.09 コメント(6)