イノベーションのジレンマ

ジレンマ

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき
クレイトン・クリステンセン著



感想:
顧客の意見に熱心に耳を傾け、新技術への投資を積極的に行なうことで、常に高品質の製品やサービスを顧客に対して提供している業界トップの優良企業が、その優れた経営のために失敗を招き、トップの地位を失ってしまう。大手企業に必ず訪れるというこの「ジレンマ」を解き明かした名著。実際、この本を読んだ感想は"痛快"そのものだ。その"痛快さ"は、学問的体系に基づいた緻密な論理構成による実証からもたらされている。著者であるクレイトン氏は、ディスク・ドライブや掘削機といった業界での事例などを紹介しながら、優れた経営とされてきたものが、「破壊的イノベーション」の前ではすべて無効になり、逆にマイナスに作用しはじめるという「ジレンマ」の謎を解き明かしていく。

顧客に耳を傾ける、顧客のニーズを大事にする、という一般に"良い"とされる経営方針そのものが、自社の経営を聞きに導くという、まさに逆説的な本書の答えの1つは、ドラッカーを読んでいる者なら知っている、イノベーションにおいては非-顧客(ノンカスタマー)こそが重要だ、という見解に見事なまでに一致している。イノベーションは必ず「新しい市場」において起こる。「新しい市場」については、顧客は知らない。企業も知らない。「新しい市場」がどういうものかは誰も知らないのだ。それについてのデータはない。分析はできない。専門家の予想は"必ず"という確率で外れる。既存の戦略、プロセスを実行するだけでは「新しい市場」を開拓し、そこでのシェアを獲得することはできない。潜在的な顧客と企業のあいだで「新しい市場」のニーズ、形を相互学習しながら文字通り、形づくる作業になる。それは手間のかかる作業で、しかも、「新しい市場」は必ず最初は小さい。大手の企業がすでに巨大なお金を生んでいる通常のプロセスの中で、それを行なうのは不可能に近い。それゆえ、新興の企業に「新しい市場」のシェアを独占されてしまうということになる。もちろん、「新しい市場」を奪われるだけなら大手企業にとっても致命的な痛手にはならない。問題はその後、必ずといっていいほど、「新しい市場」で力を得た新興の企業が、上位の市場であり、大手企業にとっての市場へと攻め込んできて、徐々にそこでのシェアさえも奪っていくことになるからだ。

ところが、それがわかっていても、大手企業がそれに対処するのは非常にむずかしい。「新しい市場」は小さく、小さい市場は大きな市場で大きな売上をあげる大手企業には向かない。新興の企業にとっては十分魅力になる市場規模でも、大手の企業にとってはまったく魅力的ではない。おなじ資源を活用すればより大きな見返りのある市場が目の前にあれば、そちらに注力することこそが一般的にも優良な経営とされている。価値基準があわないのだ。また「新しい市場」の開拓のプロセスは、既存の市場をより洗練させていくプロセスとは違う。分析~戦略立案~実行という通常のプロセスと、手探りで不可視的な市場を模索しながら、学習的に市場を創出していくプロセスでは、まったく異なるものだ。そこで必要となる資源も異なれば、費用対効果の判断基準も異なる。それだけ異なる2つのプロセスを同居させるのは非常にむずかしい。そうした困難が「ジレンマ」を生み出す。

本書には、それに対する処方箋についても記されている。だが、この問題は決して大手企業だけのものではない。めまぐるしく変化する現在の社会状況の中では、昨日の価値は必ずしも明日の価値とはなりえない。こうした変化に対応する際には、顧客の声はまったくあてにならないどころか、足枷にさえなる。明日のニーズについては、顧客自身さえも知りえない。ましてや、企業の側がそれを知っていると思うのはただの傲慢でしかない。では、どうすれば明日に生き残る道があるのか? 明日は分析することができない。人に聞くこともできない。できるのは明日を創ることだ。もちろん、創り損なうこともあるだろう。だが、新しいことをやる場合には失敗はつきものだ。肝心なのは失敗を恐れることではない。失敗してもやり直せるだけの体力、知力を残しておくことこそが重要だ。本書はその意味で「イノベーション」の時代の必携のビジネス書だと思う。

点数:
おすすめ度   ★★★★★
わかりやすさ  ★★★★☆
役立ち度    ★★★★☆



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