平成竹取物語

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忘れな草9404

忘れな草9404

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February 22, 2007
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カテゴリ: 生き方のスタイル
 もう10年になるだろうか。毎日使い続けている物がある。経済的には、まったく無価値。しかし、私には手放せない物。それは、カップ酒のカップ、つまりガラスの器である。カップをコップとして、大事に使っているのだ。

 ガラスコップなんて、リサイクル店に行けば、10円で売っている。いくら1億円の金融資産を目指しているからといって、こんなところでケチをしても意味があるまい。ではなぜ、使い続けるのか? 愛着があるから? いや、特に。ガラスが厚手で丈夫だから? うん、確かに通常のコップよりは丈夫そうだ。少々乱暴に扱っても壊れないだろう。しかし、それだけに無骨で繊細さに欠ける。何か思い出があるから? いや、酒の銘柄が何であったか、とっくに忘れている。貧しかったころを忘れないように? うーん、少し私の気持ちにかする指摘だが、正解ではない。

 自分でも、よく説明できない。言えることは、どこかに(家の中で)置き忘れると、必死で探す、という事実である。こんなものが、度重なる引っ越しでよくぞ捨てられずに現存している、と不思議に思う。引っ越しは100パーセント自分のコントロールでできるものでなく、他人の手も入る。ごみとして処分される可能性は小さくなかったはずだ。

 私の心の中を、強いて言葉で表現すれば「余裕への渇望」ではないかと考えている。きれいな、しゃれたコップを使うことは、いつでもできる。その権利を確保したまま、行使せずに取って置く。そういう状態が好きなのだ、自分はきっと。

 別の例えで説明すれば、自分の車は100キロ出せる。しかし、いざという場面のために、車の最大能力は取って置き、ふだんは70キロまででしか走らない。別の例を出そう。わが家の空調は、すべての部屋に大型空調機が付いており、冷暖房ともそれで賄うことが出来る。しかし、暖房はガスストーブを基本とし、ストーブがない寝室などで1時間のタイマーをつけて使う程度である。冷房も、どうしても熱気がこもったとき、やはり1時間付ける程度だ。無論、電気はコスト的に高くつくこともあるけれども。

 あるけれども使わない、それは物でも、設備でも、お金でも、最高のぜいたく、余裕だと考えるのは、私だけなのだろうか。

 カップ酒のコップに少し汚れが目立ってきたから、きょうはスポンジで洗うとするか。070223_064253.jpg





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Last updated  February 22, 2007 05:22:34 PM
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Comments

忘れな草9404 @ 思わせぶりですみません  時間がなくて、途中のまま登録しました…
忘れな草9404 @ Re[1]:そうだったのか-ベッドの起源(07/02) ふゆゆんさん >いきなりお邪魔致しますm…
忘れな草9404 @ Re[1]:そうだったのか-ベッドの起源(07/02) ふゆゆんさん >いきなりお邪魔致しますm…
ふゆゆん @ Re:そうだったのか-ベッドの起源(07/02) いきなりお邪魔致しますm(_ _)m >欧州…

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