7/1日、夜9時に出発。
途中様々なトラブルに巻き込まれるも、車を走らせること12時間。
公私共に様々お世話になっている株式会社solid-bondの西山社長を発起人とし5名で東北にボランティアに行って参りました。
以下西山社長のブログ
目指した先は宮城県石巻市、明友館。
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【石巻明友館とは】
避難所には市が指定する学校、体育館などが多いが、
歩行が困難な高齢者などが遠い指定避難所まで行くのは困難でした。
そこで、近所の公共施設に集まり指定外の避難所が作られました。
石巻市不動町の明友館もそのひとつの避難所です。
ここにも津波は流れ、1階部分が浸水。
避難してきた足の不自由な高齢者を、
若者たちで2階に上げたところから明友館の避難所活動は始まりました。
2階建てで、1階はスタッフルームと荷物倉庫。
2階部分に約60人の人たちで分けて暮らしているが多い時には
136人が身を寄せて避難生活を送っていました。
震災当時、明友館は指定避難所でなかったために物資が届かず、食料もない状態。
避難民の自宅から食べられる食料などを集め皆で分け、
2日後におにぎり一人に一個が到着するまで、それだけの食糧で全員無事だったことが救いでした。
震災当初、リーダーの千葉恵弘は、着の身着のまま家を出ました。
全国にネットワークを持つ人物で、全国の仲間が震災の報を受けて、
千葉リーダーの安否を確認するため連絡をしていました。当然携帯は繋がらず、
数日後、やっと連絡を取れた千葉リーダーが無事を伝え、物資がないと伝えるや否や、
全国の「仲間」が行政や支援団体を越えて、「明友館の千葉」宛てに、直接生活物資を届け始めました。
千葉リーダーは全国の仲間が届けてくれた物資を、
自分の生活している明友館のみならず、近所の個人宅で避難している人や、
まだ行政の手が行き届かないよな場所にも配ったのが始まりです。
被災から二ヶ月以上が経過した今でも、支援物資の行き届かない場所がたくさんあり、
そんな場所に千葉リーダーをはじめとする明友館の避難民や、
その活動をサポートしてくれる全国の方々は、
食料や生活用品などのさまざまな物資を支給しており、
今では宮城県内のみならず、岩手県 広田半島地域まで支援活動の範囲を広げ行っています。
私たち明友館の避難民は、今回の震災で被災した人々が、
一日でも早く今までの生活を取り戻すことが出来るよう、これからも支援をしていきたい考えています。
http://www.meiyukan.com/
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行政の役に立たない名ばかりの“復興支援”ではなく、こちらでは被災者の方々が自分たちの力で被災者の方々を助ける活動をなさっていました。
土曜日の朝到着し一日ボランティア活動。




夜は西山社長が集めた支援物資を明友館にお届けし、

千葉代表率いる明友館のスタッフの方々と
・必要な場所に必要な物資が届いていない
・募金したお金が復興にほとんど使われていない
等ニュースで流れてくるネガティブな情報のせいで何かをしたくても何をしていいかわからない・・・
そんな、私が京都にいて感じていたもどかしさ、歯がゆさを伝えたうえで様々な会話をさせていただいて参りました。
(ご多忙、お疲れの中、若輩者の私に時間を割いてくださった皆様。心より感謝申し上げます。)
千葉代表曰く
・よくも悪くも行政に頼るのではなく自分たちの力で復興していきたい。
・支援物資は善意の発信のはずがボタンの掛違いでこちらに善意として届かないパターンがある。我侭かもしれませんが送っていただく前になにが今必要かをこちらに確認してほしい。
・太く短くではなく、できうる範囲で結構です。細く長い支援をよろしくお願いします。
との事でした。
(要約かつ私の解釈で書きましたので悪しからず。)
当ブログをお読みいただいている私と同じように
“何かをしたい。でも何をしたらいいかわからない”そんな葛藤をお持ちの皆様!
是非ご一報下さいませ!!
私が責任を持って確実に被災者の方々に役立つものを送ります!!
(私に信用がなければ明友館のHPに直接アクセス下さい)





今回縁あってボランティア参加させていただき、見てきたもの、感じてきたものを私なりに発信していければと思います。
そして少しでも共感くださった皆様の心に届けばとも思います。
東北の被災者の方々の少しでも早い復興と明るい未来を切に願います。
終
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