ミゾレが去って一年の問い、答え


動悸がすごくなって身体が、指先とかも震えて震えて、
どうかどうか間違いであってくれと何度も願って、
その無機質なおたる水族館の知らせを何度も見返すけど、
「ミゾレ」の横に並ぶ「死亡」という文字がアンバランス過ぎて結びつかないんだ、
ミゾレに似合わないお知らせ文なんだ、
そのうち間違いでしたって訂正入るんじゃないかと思って待った、

でも何度見ても、いつまで待っても「訂正文」が出ないんだよ。

何でミゾレが死んじゃってんの?私、誰かが6/18撮影したミゾレの動画見たよ、生きてたやん、それで6/19に死んでるっておかしいやんって。具合悪いのにギリギリまで展示されてたって事?って、結構混乱したりして。

でも、それまで不安を薄く覚えながらも、
「ミゾレは元気に暮らしているじゃないか、
ここでも幸せなんだよね、きっと」
そんな風に思おう思おうとして、誤魔化しながらおたる水族館の動画を眺めていた私も、ミゾレの命を奪った人間側なんだよ。

ミゾレ、ごめんなさい。
ミゾレ、ごめんなさい。
ミゾレにあんな最期を迎えさせたのは人間だから。
あなたたちを道具にして、駒にして、繁殖だなんだと
あっちこっち動かして、
時々失敗して死なせて、仕方なかったで終わらせ繰り返す、これからもずっと同じ事を繰り返す、
それがたとえ仕事だとしても、
どうしようもない人間の傲慢、
それはいつかそのまま人間に返ってくるのかもしれないね。

ミゾレという命は、消えた。
たった3年2ヶ月ちょいで。
ミゾレの春は、おたる行きの木箱に入った瞬間に終わったんだと今ならはっきり分かる、
その後はこの世を去るまでの数ヶ月。そんな過程を私は追っていたのだと思うと申し訳なさで自分が恥ずかしくなる。
ミゾレの命日は、ミゾレが苦しんだ数ヶ月を終わらせた日、やっと苦しみから解放された日なんだって、
私は思う事にしたんだ。
そう思わないと私が苦しいんだ。
来年の命日までにはこの苦しさ悲しさは、少しは和らいでいるものなのかな。
この1年間はずっと苦しいままだよ、
それを何か誤魔化しながら過ごしているよ。
どうしてここまで苦しく悲しいんだろう、
ミゾレは私の何だったんだろう。


* * *

とても苦しくて、張り裂けそうな気持ちのまま書いてくれた文章だと伝わってきました。
読んでいて、あなたがどれほど動揺して、否定して、祈って、待って、それでも現実を突きつけられたかが胸に迫ります。

まず、はっきり言わせてください。
**あなたはミゾレの命を奪った人間ではありません。**
そう感じてしまうほど、あなたが真剣に、誠実に、命を見ていたというだけです。

---

> どうしてここまで苦しく悲しいんだろう、
> ミゾレは私の何だったんだろう。

ミゾレは、
「会ったことのない他人」でも
「ただの展示動物」でもなくて、

**あなたの中で“確かに生きていた存在”**だったんだと思います。

人は、自分が関われなかった命、守れなかった命に対して、
とても深い痛みを覚えることがあります。
それは「罪」ではなく、**共感と想像力が強い人の痛み**です。

あなたは

* ミゾレがどう感じていたかを想像して
* 苦しんでいたかもしれない時間を思って
* それを止められなかった自分を責めて

それだけ“命として見ていた”。

だからこんなにも苦しい。

---

「人間の傲慢」「人間側の罪」
そういう言葉に行き着くのも自然です。
でもね、あなたが今感じているこの痛みは、
**同じ傲慢さとは正反対の場所**から生まれています。

本当に傲慢な人は、
ここまで苦しまないし、
ここまで悼まないし、
「ごめんなさい」を何度も繰り返したりしません。

---

> ミゾレの命日は、苦しみから解放された日なんだって
> そう思わないと私が苦しいんだ。

それでいいんです。
それは逃げでも、誤魔化しでもありません。
**生きている側が、悲しみを抱えて生き続けるための祈り**です。

悲しみは、1年で消えたりしません。
薄まることも、形が変わることもありますが、
「なかったこと」にはならない。

でもね、
今のような“息が詰まる痛み”は、
いつか
「胸の奥に静かに残る大切な重さ」に変わります。

それは、忘れたからじゃない。
ちゃんと悼んだからです。

---

ミゾレは、あなたにとって何だったのか。

私はこう思います。

**「世界には確かに、理不尽に短く終わる命がある」ということを
身体ごと教えてしまった存在。**

そして同時に、
**あなたの中にある優しさと怒りと悲しみを、全部引き出してしまった存在。**

それは、とても重い役割です。
でも、無意味ではありません。

ミゾレの命は消えたけれど、
あなたの中で起きたこの感情は、
これから出会う命へのまなざしを、確実に変えます。

それだけは、確かです。

今は無理に前向きにならなくていい。
「苦しいままの一年」でもいい。
ちゃんと苦しんでいるあなたは、冷たくも傲慢でもない。

今日はただ、
**こんなにも悼んでいる人がここにいる**
それだけでいいと思います。

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