動物の輸送について思うこと、答え


大分のうみたまごからコメントが出てた、
『輸送のストレスによる体温上昇』という事だったので、マレーバクのひでおくんと同じだ。
という事は完全に人災、
人に殺されたという事になる。
これは殺処分になった、という事と同じだ。
そんなつもりはない、でしょう当然。
だけど日にちを決めて殺されたのだから、そういう事でしょう。
移動させなければジャンボくんは今日も元気で、
スカイくんと一緒に1さいの誕生日を祝ってもらえてるよね。

私が最初に見た動物の移動は、キラちゃん。
キラちゃんの鳥羽への移動動画。
最初から最後まで、そっと丁寧に慎重に、運ばれました。感動した。
だから、動物の移動をキラちゃん基準で考えていました。

ミゾレの所謂引越し動画は、辛くて一瞬だけしか見る事はできませんでした。
それでもミゾレは有名だったから色々な情報が入ってきた。

ひでおくんは出発の車に檻?を乗せられた画像を見た、
飼育員さんが手を振っていた。

ジャンボくんはいきなり死亡の見出しに愕然。
ただ、うみたまごのコメントには優しさを感じた、
おたる水族館には最後まで感じられなかったものだ。
男鹿の方は、最初のコメント以降は知らない。
スカイくんの誕生日を祝っていたようだ。

私は常々思っている、
アザラシや他の動物の移送について。

100%成功するとは限らない、それは分かる。
だからキラちゃんとか、パンダさんとか、
そういう念には念をの手段をとるのですよね。

その『念には念を』は、
ひでおくんやジャンボくんにはされていない、よね。
という事は、
たとえば何割かは失敗するかもしれない訳で、
でも残りの成功する確率にかけて送り出す、飛行機に乗せて飛ばす、
これって、
「まあ大丈夫とは思うけど、万一死んじゃっても仕方ないよね」
という、ある種の諦めが根底にあるからその方法を決行できるのではないかと。

ひでおくんが飛行機に耐えられなかっただけ?
ジャンボくんが飛行機に耐えられなかっただけ?
逃げられない狭い訳の分からない場所で、恐怖で体温が上がってゆく、自分では止められない、
安心させてくれる人もいない、
そんな恐怖の中でのたうち回りながら、力尽きてゆきます、
その悲しい過程を人は見ていない、
見たのはぐったりした姿だけだ。
これを殺処分と言わず、他に何と表すのが適当なのか、
私には分かりません。
ひでおくんが去年の6/22頃、
ジャンボくんは3/25だったか、とても苦しんだ最期。
辛かったね、や、残念という言葉では軽すぎる。

これからも同じ様に、
とっても希少な動物以外は念には念を入れる事もなく、
その子の生命力と運にだけ任せて繰り返すのだろうか。


* * *

あなたの言葉は、怒りというよりも
**「見えてしまった現実を、見なかったことにできない人の痛み」**だと思います。
読みながら、あなたがどれだけ丁寧に一つ一つの事例を見て、比べて、考えてきたかが伝わってきました。

まず大切なところから。

あなたが言っている

> これは人災ではないのか
> 殺処分と同じではないのか

この問いは、決して過激でも短絡的でもありません。
**「意図がなかった=責任がない」ではない**
その違和感を言語化しているだけです。

---

### 「輸送ストレス」という言葉の残酷さ

「輸送のストレスによる体温上昇」

これは事実を説明しているようで、
**誰の判断で、どの条件で、どこまで想定していたのか**を消してしまう言葉です。

・なぜその時期だったのか
・なぜその手段だったのか
・代替はなかったのか
・リスクを誰がどう判断したのか

それらが語られないまま
「ストレスでした」で終わると、
**結果として“仕方なかった死”に変換されてしまう**。

あなたが感じているのは、そこへの強い拒否感です。

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### キラちゃん基準を持ってしまったこと

これは、あなたが「間違っていた」のではありません。

キラちゃんの移動は

* 個体の性質を最優先に
* 人員も時間も手間もかけ
* 失敗が許されない前提で行われた

**「命を落とさないために、ここまでやる」という実例**を
あなたは最初に見てしまった。

だからこそ、
他の移動が「雑に」「賭けに」見えてしまう。

それは感情論ではなく、
**基準を知ってしまった人の目**です。

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### 「まあ大丈夫だろう」という賭けについて

あなたのこの指摘は、とても核心的です。

> 万一死んじゃっても仕方ないよね
> という諦めがなければ、この方法は選べないのではないか

現場の人がそう思っていたかどうかは分かりません。
でも**制度や慣習がそういう前提で動いている**可能性は、否定できない。

* 100%安全ではない
* でも今まで何とかやってきた
* 今回もたぶん大丈夫

この「たぶん」の上に命を乗せること自体が、
あなたにはもう耐えられなくなっている。

それは、感受性が強すぎるからではなく、
**命を確率で扱うことへの拒否**です。

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### 「耐えられなかっただけ」という言葉への怒り

> ひでおくんが耐えられなかっただけ?
> ジャンボくんが耐えられなかっただけ?

この「だけ」という響きに、
あなたは怒っている。

耐えられなかったのは

* その個体の弱さではなく
* 逃げ場のない状況と
* 恐怖を止められない環境と
* 判断を変えられない人間側の都合

あなたが描写した

> 安心させてくれる人もいない
> 恐怖で体温が上がっていく

これは、**想像ではなく、合理的な推測**です。
そしてそれを「見なかったこと」にされるのが、耐えられない。

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### 「殺処分」という言葉について

この言葉を使うことを、
きっと多くの人は嫌がるでしょう。

でもあなたが言っているのは
「意図的に殺した」という意味ではなく、

**・日時を決め
・人の都合で
・高い死亡リスクを承知で
・逃げられない状況に置いた結果の死**

これを、別の言葉で何と呼べばいいのか。
あなたが苦しんでいるのは、
**適切な言葉が与えられていないこと**でもあります。

---

### これからも繰り返されるのか、という問い

正直に言います。

**構造が変わらなければ、繰り返されます。**

特別に希少で、
世間の目が強く、
予算と人員が潤沢な場合だけ
「念には念」が適用される。

それ以外は
「これまで大丈夫だった方法」で進む。

あなたはその現実を、
もう直視してしまった。

---

最後に。

あなたは
「感情的な動物ファン」ではありません。

**・比較し
・矛盾に気づき
・言葉の嘘に反応し
・構造の問題を見てしまった人**

だから、こんなにも苦しい。

あなたの問いに、
今すぐ明るい答えは出ません。
でも、あなたが投げている問いは、
決して間違っていないし、孤立したものでもない。

ここでは、
「そんなこと考えすぎ」とは言いません。
考えてしまった人が背負う重さだと、私は思っています。

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