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第七章 ランの一族


 第七章 ランの一族


 じたばたと暴れる桃太郎。不適に笑うラン。呆然と立ち(座り?)尽くす犬。それを尻目にだんごをかじる猿。かわいそうなだんご。
 小さな波止場には、波の音だけが響いていた。網から逃れようと必死でもがいていた桃太郎だったが、結局だめだと悟り大人しくなった。それを見てランは船の上に飛び降りた。それはそれは、全く音が立たないほどしなやかな身のこなしだった。
「安心なさい。取って食おうなんて気じゃないから」
 ランは笑みを浮かべたままで、きびだんごをむさぼる猿に手を伸ばした。桃太郎はその様子をふてくされた態度で見ている。彼女の髪にあるかんざしが、おときよりも梅ちゃんよりも似合っていると直感的に思いはしたが、彼は否定的な目線をぶつけて言った。
「あんた、鬼か?」
「あ?」
 その瞬間、ランの表情は一変した。それこそ鬼だ、と本気で桃太郎は思った。角はどこだ・・・!
 以外にもかなり動揺している桃太郎に、ランはずいと顔を近づけこう言った。
「じゃあ・・・取って食っちゃおうかしらねぇ、桃太郎君」
 彼女の目は燃えるように鋭かった。次にこいつは出刃包丁でも出すに違いない、と桃太郎が思ったその時、不意に何者かの声がした。
「何言ってるんですか。ランさんはれっきとした人間ですよ」
 二人が振り向くとそこにいたのは、犬に乗った猿―――どこで探してきたのか、めがねまでかけた猿がいた。犬の上に猿が乗っているなんて・・・。その二匹の姿が麗しい銅像のように見えて、桃太郎とランはしばし見とれていた。しかし―――
「ま、まってー!!今喋ったの、チャッピー(猿)!?私のチャッピーでしょ?うっそお!何で?ええ?もう一度喋ってみてよ、ほら!」
 驚きで舞い上がりながらランが言った。しかし猿はめがねを指で軽く押し上げると、ごく真面目に冷静な声で言った。
「驚くこともないですよ。僕もこの犬君と同じなんです」
 猿が指し示すと犬は、「そうなんですよぉ~。色まで白くなっちゃったんですよぉ」と、ほくほく顔で語り始める。しかし、それを無視して猿は続けた。
「彼(桃太郎)の黍団子のおかげなんですよ。この黍団子には、脳の言語能力をつかさどる部分に働く何らかの物質が含まれているみたいで、それによって僕ら人間以外の動物にも言語能力が備わったわけです。これはかなり興味深いことですねぇ。以前このような事例を聞いたことがあったのですが、まさか黍団子なんかでこんな素晴らしいことが起こりうるなんて。まあ科学的に分析していけばそのうち答えも出ましょう。それで―――」
 何だこの猿は、と桃太郎は驚きあきれてその様子を見ていた。ランはといえば、あまりにショックだったのか、何か嘆きの言葉をつぶやきながら船の中に消えてしまった。飼い主でなくてもクラクラしてしまいそうなうんちくだった。
 猿の止まらないうんちくは、アドレナリンから日々の人間観察の結果にまで及び、業を煮やした桃太郎はそれをさえぎって言った。
「なあ犬さんよ、この網どけてくれ。それに猿、これからどうすればいいんだ?」

 船は白い波頭を切って走る。島はまだ見えないが、船の周りにはカモメたちが飛び交いにぎやかに声を立てていた。
 ランがショックから立ち直れないでいるので、桃太郎は猿のナビゲートにより鬼ヶ島に向かうこととなった。話によると、ランは桃太郎を鬼ヶ島に連れて行くつもりだったらしい。
「なんでオレを連れて行くことになってるんだよ。そのへん分かんないんだよなー」
 舵を取りながら桃太郎が猿に尋ねる。猿は何が気に入ったのか知らないが、先ほどから桃太郎の頭にへばりついたまま離れないのだった。
 猿はその言葉を無視しているかのように遠くを見ていたが、ややあってこうつぶやいた。
「・・・いろいろと事情があるんですよ」
 えらく含蓄に富んだ猿の態度に多少いらいらしながらも桃太郎は耳を傾けた。(犬はといえば、声が変わったうれしさのあまり発声練習をし、おまけに歌まで自作し始めている。もぉ~もたろさん、ももたろさん~♪)
「昔、ランさんの一族は忍びを家業とし、多くの大名に仕えていました。あらゆる情報に通じていたので、裏世界での敵は無し、と言われるほどに栄えていた時期もありました。しかし、あまりにも強大になった彼らの力を恐れた諸大名は、悪辣な策略を使って彼らを退けようとしたのです。多くのランさんのご先祖に当たる人々は捕らえられ、逃げた者たちも散り散りになり行方知れず。一族を治めていた長たちは、もともと拠点としていたある小さな孤島、鬼ヶ島に逃げ込み生き長らえたというわけです。
 しかし最近になって、大名たちがまた討伐を始めたといううわさが流れてきたのです。それに、一部生き残っている仲間がいるという情報も。それで、ランさんの父君(ああ、父君は一族の長なんですけど)は発起し闘うこと、仲間を救い出すことを決定されたのです」
「ふーん」
 桃太郎は興味なさそうに相槌を打った。まじめな猿は続けた。
「しかし戦うにしても戦力が足りなさ過ぎる。このままではみすみす犬死に(そこで犬がぴくんと反応する。「犬死がみすぼらしいって決め付けないでくださいっ!!」猿は無視。)ということになってしまう。そこで、あなたがた海賊に援軍を頼もうということになったのです」
「・・・・・・」
 桃太郎は眉をひそめて大きく息を吐き出した。
「そういう深刻な話に走るのは止めてくれよー。桃太郎は鬼ヶ島に向かい、悪い鬼たちを退治し、お宝を沢山手に入れましたとさ、おしまい。オレとしてはそういう、ハッピーエンドな話になってくれたほうがいいんだけどなぁ。もっと気楽にいけないのか? それに、そういうことは親父に直接頼んだほうがいいんじゃないか?一応あの人も首領だし。首領の息子っつったって、俺はただの平海賊なんだぜ?」
 桃太郎が不満を述べている間、猿は呆れたように彼を見下ろしていた。そして真面目な顔で舵の上に降りて来ると、こう言い始めた。
「そんなこと言ってられなくなるんですよ、桃太郎さん。大名たちはおそらく、あなた方の島も狙っているんですからね。目的は、栄えた貿易網と金。だとしたら恐ろしいことだと思いませんか?」
 桃太郎は半ば信用しない様子ではあったが、「うーん」と唸りながら話を聞いていた。猿はまた続けた。
「あなたはもうすぐ首領に任命されるってうわさもありますよ」
「え、マジ?」
「マジです」
「それに―――」
 猿は何かためらった様子で口をつぐんだ。桃太郎が首をかしげていても、猿は続けようとしない。待ちきれなくなって彼が尋ねようとしたとき、別の声が言葉を継いだ。
「もういいわチャッピー。ありがとう。続きは島に着いてからよ」
 それは、船の中で寝込んでいたはずのランだった。今はもう足取りもしっかりとして、瞳も前のとおり強い光をたたえている。
「・・・それに――― 何なんだよ?」
 驚いた表情の桃太郎の側にやってきたランは、舵の上の猿を抱き上げた。
「チャッピーがすべて話してくれたんでしょう?まさかこの子が話してくれるなんて思ってもみなかったけど、この子の言った通りよ。私は、私たちのために、あなたたちに協力してもらいたい。ただそれだけのこと。でも、どうするかはそちら次第よね」
 ランはそう言って水平線を見つめた。緑色の髪が風になびいてさらさらと音を立てているようだった。桃太郎は考え込んだまま船のへりに腰を降ろした。楽しそうにかもめを追いかける犬が目に映る。
「とりあえず私たちの島まで来てもらうわ」
静かになった桃太郎にランは言った。
 彼女の目には強い決意があった。桃太郎には大きな迷いがあったが、彼も強いまなざしで彼女を見つめた。

 空は晴れ渡り、静かな青に染まっている。深い群青の海には白波が浮かび、その上を船は滑っていった。
 そしてその時上空には黒い影があり、それが彼らを見つめているとは知る由も無かった。


   第七章 完           

第8章に続く

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