「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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BLUE ODYSSEY
少女と
少女と [act.1]
古き時代の話。
”クリス”という青年がいた。歳の頃は18。
顔立ちもよく、髪の毛は金髪。
少しやせ型の体型だが、筋肉もあり、身長も少し高めだった。
彼は”プリースト(僧侶)”になりたかった。
この時代のプリーストとは、魔法が使え、そしてある程度の剣術もたしなんでいた。
魔法は攻撃魔法と回復魔法の両方が使えた。
もちろん回復系魔法を得意とした。攻撃魔法はそれほど強くない。
プリーストは賞金稼ぎの剣士やハンターと同じく、モンスターを退治した。
しかしプリーストの行う仕事は賞金目当てでは無いので、依頼を受ければ無償でモンスターを退治する事もあった。
またその回復魔法は、死人こそ甦らせないものの、ありとあらゆる病気を治すと言われていた。
もちろん実際は高い技量を持つ者でないと直せない病気も多かったが。
またプリーストは”聖職者”で、常に弱い者・貧しい者の味方だった。
そこでプリーストになってこの世の中を平和にしたいと願う若者も多く存在した。
クリスはプリーストになる為、今は修行僧の身だった。
彼は入門している寺院で毎日の修行は欠かさなかった。
だが、まだ正式なプリーストの洗礼は受けていない。
そして、彼はその真面目な性格からかひたすら修行のみに没頭した。
勉学・武術・魔法学………。
学ぶ事には余念が無い。
彼の性格は、”誰にでもやさしい”。食べ物もよく貧しい者に別け与えていた。
そんな中、やはり苦手なのは年頃の女性達だった。
やはり”プリースト”という職業を目指すものにとって、女性の美しさは修行の邪魔となるものだからだ。
そんな彼の姿を影からじっと見ている少女がいた。
名前を”ソフィー”と言う。
ソフィーは喋らない少女だった。まったく声が出ないと言うわけではないが、その性格からか喋った声を聞いた者がいなかった。
特に男性とは喋らない。その為、ボーイフレンドが出来る事もなかった。
子供の頃はそれでも友だちを作っていたが、段々成長してくると皆から少し疎遠になった。
「ソフィーは寂しくないのだろうか?」
と村の者達はよく心配していた。
それでもソフィーは大変美しい娘だったから、嫁のもらい手の話はいろんな所から持ち込まれた。
しかし彼女にはその気が無いようなので、どれも結婚にはいたらなかった。
クリスは毎日のように山に修行に出かけていたが、ソフィーはよくその姿を覗きに行った。
クリスはプリーストを目指していたので、山に入っても基本的に野生動物の殺生はしない。
しかし、モンスターは別だった。それを倒して、肉が食べられる場合は持ち帰って、村の者に分け与えた。
でも、基本的には、山菜を取るのが日課だった。
菜食主義者で、彼はこれを厳守していた。
彼は一流のプリーストになる為に、日々剣や魔法の修行に余念が無く、あまり周りの事が見えてなかった。
ソフィーはいつもそんな彼を見に行っていたのだ。
彼女の楽しみと言えば、編み物する事かクリスを覗きに行く事ぐらいだった。
クリス「必ずやプリーストになってみせる!」
時々クリスは誰かれなしにこう言っていた。
しかしソフィーはその声を聞くと悲しい顔をした。
この地ではプリーストは「婚姻できない」という戒律がある。
少女と [act.2]
この時代、ガーゴイルという魔物がその封印を解かれて復活し、徐々にその力を強めていった。
その場所はクリスの住んでいる所から、遠く離れた街中だった。
だがある日、クリスは自分の修行している寺院の院長にこう告げた。
ガーゴイルを倒しに行くと。
ガーゴイルは強敵だ。それは悪魔のような格好をしている。
巨大なコウモリの形に似た翼を持ち、体つきは人間に似ている。
力強い筋肉を有し、その皮膚は非常に硬い。
また生命力も強いとされ、倒すのは困難だと言われていた。
この魔物は封印される前は人間を襲っては食べていたそうだ。
狂暴で危険なガーゴイル。
この魔物を倒す事は世界の平和と安定をもたらす。
その為にこの村からクリスが旅立とうとしていた。
クリス「私は必ず目的を成し遂げます。だから旅立つのを許していただきたいのです。」
院長 「お前はまだ修行の身、剣の腕も魔法を唱える力も未完成だ。
まだ行かすわけにはいかん!今、行っても死にに行くようなものだ。」
クリス「ガーゴイルが復活した街では、日々人々が襲われていると聞きます。私はそこに行って、人々を救いたいのです。」
それを聞いて院長は考えた。
院長 「我々は神に仕える身。困っている者を見捨てるワケにはいかん。
良かろう!
”修行”としての旅なら許そう。
ただし条件がある。守れるなら行くのを許可しよう」
クリス「守れると思います!!条件とはなんですか?」
院長 「まず、”生きて帰る事”。相手に叶わぬと思ったら、
戦いを諦めて帰って来る事。無茶は決してせぬ事だ。
そして…………。旅には私が指定する”装備”を持って行く事。」
クリス「わかりました。お約束いたします。
でも”装備”とはなんですか?」
院長 「剣や鎧、全ての道具だ。この地に伝わる最高の物をお前に貸し与える。それを装備しろ。
”剣は使い慣れた物を持つ”と言って聞かぬ者も多いが……。
全ての道具はこちらで指定する。いいな?!」
クリス「はい」
院長 「ではまず訓練を行う。お前の現在の力を見る。」
クリス「望むところです!」
こうして、クリスは院長から、特訓を受けた。
少女と [act.3]
クリスは闘志に燃えていた。若さゆえだろうか?
体の奥底から湧き上がる力。そして、プリーストという聖職者になる事への憧れが、彼を突き動かしていた。彼はガーゴイルを退治する事で、己の力を証明したくてウズウズしていたのだ。
院長 「この訓練によってお前の力はだいたいわかった。弱点もな。」
クリス「教えてください、院長。私の弱点とは?」
院長 「剣に関しては言う事はない。回復魔法も合格点だ!だが攻撃魔法は弱い。」
クリス「そうですか…………。」
院長 「攻撃魔法が弱いのは、僧侶だから仕方の無い事だ。
だが他にも、弱点はある。
それは今回お前に渡す”装備”で補えるかも知れぬ。
………ところでクリス。
”伝説の魔法”の事を知っているかね?」
クリス「はい。この地に伝わる”伝説の魔法”ですね。
それは、古いぺンダントに秘められた強大な力だとか。」
院長 「そうだ。しかしそれを使えるのは少なくとも一人前のプリーストでなければいかん。」
クリス「私は早く正規のプリーストになりたいのです!」
院長 「伝説の魔法とされる物を使えれば、正式なプリーストの称号も与えられよう。
しかし、実際のところは…………、
その呪文は”実在しない”。ただの伝説と思われている。
使えた者がおらんからだ。
正式なプリーストになった者にはその称号として、ペンダントが与えられる。
そのペンダントこそ、”伝説の魔法”を導き出す鍵となる。
……しかし、それは今では一種の戴冠式のようなものにすぎん。
プリーストとしての修行を積んだ証に、その”プリーストの称号”と、ペンダントが与えられるだけだ。その”伝説の魔法”を呼び覚ます訓練も無い」
クリス「しかし、今回のガーゴイルも長らく”伝説上の生き物”だとされて来ました。
それが突然甦って、実在する物だとわかりました。
その”伝説の魔法”も、本当に存在しないものなのですか?」
院長 「それはわからん。存在するかも知れん。実在するものとして話が伝わっておるからな。
何でも魔物を倒す事ぐらいたやすい魔法だそうだ」
クリス「ぜひ習得したいです!」
院長 「言い伝えられた呪文はある!
”アーゲスト・メムマヌ・ルミウス・クリウス……………………。”
だが、この呪文の最後の部分がわからず、謎とされている。
最後の部分を唱えれば、あるいは、この魔法は発動されるやも知れぬ。」
クリス「……………………。」
少女と [act.4]
院長 「……まあ、そのような”伝説”の話はここまでだ。
ではクリス、これからお前に”装備”を与える。
まず先ほどの話に出て来た”プリーストの称号の証であるペンダント”。
これを肌身離さず持つのだ。」
美しいペンダントがクリスに手渡された。
クリス「これは”プリースト”と認められた時、初めて授けられる物では?」
院長 「今はお前に貸そう。
これには強力な秘めたる力があるとされるからな。きっとお前の身を守ってくれるだろう。
決戦の前に胸元に着けておけ。いいな。忘れるでないぞ。」
そして院長は剣を取り出した。
院長 「これはミスリル・ソード。
切れ味はばつぐんだ。きっとガーゴイルの硬い皮膚を斬り裂けるだろう。
そして” ミスリルの鎧”。優れた鎧だ。お前を守ってくれる。軽くて強い。」
クリスはペンダント、剣、ミスリルの鎧、それから少しばかりのお金を受け取った。
そしてヒモで縛った小さな巻紙も。
院長 「人間旅に出るとどうしても疲れる。そうなれば初心を忘れがちだ。
そのような状態であの恐ろしい魔物と戦うのは危険だ。この巻紙には訓示を書いておいた。
ガーゴイルとやりあう日の朝に、それを初めて開いて読み、教訓とせよ」
クリス「ありがとうございます。そのお心使い、深く感謝します。」
院長 「なお、後1つ”装備”がある。
それは明日の出発直前に手渡す。持って行くのだ。拒むと旅に出る許可は取り消す。」
クリス 「わかりました。持って出る事をお約束します。」
院長 「うむ。しかと約束したぞ。」
こうして出発の日がやって来た。
クリスは今から待ち受ける辛く厳しい旅を前にして、その心は静かに興奮していた。
待ち望んだ活躍の場が与えられたのだ。これに成功すれば、正式なプリーストへの昇格の道が開ける。
院長の持って来た最後の”装備”、それは”ソフィー”だった。
ソフィーは既に旅支度を整えて、革鎧を着ていた。
ひざの辺りまである長くて美しい栗毛色の髪もきれいにヒモで結んで束ねられていた。
院長 「連れて行くが良い」
クリス「しかし!それは…………。」
クリスはソフィーを連れて行きたくなかった。
彼はプリーストになりたかったため、女性と一緒に仕事をするのは嫌だった。
院長 「”約束”だ。”装備”はこちらの選んだ物を持って行くと」
クリス「うっ……………………。」
院長 「彼女は回復魔法も使える。必ずやお前の力になってくれるだろう」
出発前、クリスはソフィーの顔をチラリと見た。
凄くうれしそうな表情で頬が少し赤くなっていた。
恥ずかしそうに顔を下に向けており、目線は地面を見つめていた。
それで…………………、
クリスは彼女に挨拶も無しに、勝手に歩き始めた。
院長 「……………………。」
少女と [act.5]
最近ソフィーがクリスの近くをちょろちょろと動き回っているのは知っていた。
やたら目に付く場所に立っている事が多かったからだ。
無言で歩くクリス。彼女と何の話をしていいのかわからないし、連れて歩くのは不本意だった。
旅が楽しくなかった。
プリーストには戒律がある。”女性と親しい関係になってはいけない。”
まだ彼は正規のプリーストではないが、女性は決して近づけたくなかった。
それにソフィーの美しさは何となく魔性の者のように見えた。時としてその美しさはクリスの心の動きを止めた。
岩と小石と渇いた大地が延々と続いた。
クリスはソフィーの前を歩いた。
4~5メートルも先を歩いた。
一切振り返らずに。休憩も取らずに。
男性でも延々と歩くのはきつい。
「(ソフィーはさぞかし辛いだろう。)」と彼は思った。
彼はこれまで、他人にはいつも優しく接してきた。
1人で先を歩く事などなかった。常に振り返り、後ろの者に気を使っていた。
しかし、今回は振り返らなかった。
……3時間後、クリスはやっと後を振り返った。
さすがに少し心配になってきた。
見ると、ソフィーはしっかり付いて来ていた。
その姿を見て安心する。
ソフィーは、自分の事を心配して待ってくれたと思ったのか、急に笑顔を向けた。
それが大変美しかった。
女性の持つ健康的な色気もあった。
「(それにしても、ずっとそっぽを向いていたのに、笑顔を向けるとは………。)」
クリスは思わず彼女から顔をそらした。
しばらくその辺りで休む事にした。
クリスは荒涼とした岩と砂ばかりのなだらかな斜面に腰を下した。
そして水筒を出してガブガブと水を飲んだ。
ソフィーは恥ずかしいのか、だいぶ離れた所に腰を下した。
傾斜の先にクリスに背中を向けて座った。
そして水筒をゆっくりと取り出して中の水を飲んだ。
クリス「(やれやれ、とんだ”装備品”を押し付けられたな)」
いつもは、他人に対してそんな心情は抱かないクリスであったが、さすがにその時はそう思った。
ソフィーはさして力が強いわけではない。
また動作もおっとりしていた。水を飲む仕草もゆっくりだ。
クリスは座るなり、さっと水筒を出して水を飲んだというのに。
彼女の動作は不思議に見えた。
なんでもゆっくり、なんでもゆったりだった。
少女と [act.6]
しばらくしてクリスは立ち上がった。
ソフィーに声をかけるのがなんだか嫌で、お尻の砂を掃うのをワザと大きな音を立てて叩いた。
音に気付いたソフィーは振り返ってこっちを見た。
それを確認してから、クリスは歩き出した。
最初の1日はまったく彼女と喋らなかった。
陽が暮れかけたので、辺りで野宿する場所を探した。
一番良さそうなやらかい草むらがあったので、その脇に立ち、クリスは乱暴な手招きでソフィーを呼んだ。
そして草むらを指差した。「ここ。ここ。」と。
ソフィーは少し微笑んで元気よくそこにやって来た。うれしそうに笑っている。
彼女がやって来てすぐにクリスは見つけておいた少し離れた草むらに行き、その上に寝転んだ。
そして勝手に先に寝た……。
本当はどちらかが交替で見張りをしなくてはいけないのだが、まあ、この辺りにはまだモンスターとか野生動物は滅多にいない。
したがって、2人で一緒に眠っても大丈夫だ。
でもクリスは翌朝早めに目が覚めた。
ソフィーの事が気になったのだ。
見に行くと、彼女は自分の膝を抱いて眠っていた。美しい横顔だった。
クリスはそれから簡単な朝食を作り始めた。
その時になって、ソフィーは眠りから覚めて起きて来た。
その表情はにこやかだった。
ふわふわとした女性らしい歩き方。
まだ少し寝ぼけているのか、小石に躓きそうになった。
クリスは彼女に小さな鉄製の鍋を手渡した。
それは焚き火の火で温められた野菜スープが入っていた。
そして2人で朝食を食べ始めた。
クリス「……………………。」
無言。
無言が続いた。
こんなサバイバルな生活の中でも、ソフィーはいつでまでもおっとりしていた。
それがクリスには不思議でたまらなかった。
結局4日間そんな事が続き、やっと目指す街に着いた。
そこはガーゴイルの仕業か街の一部が破壊されて崩れていた。
それでもなお人々の往来は多かった。
さっそくここの勇者達が集まる酒場等に顔を出してみる。
そこから得た情報は、
方々から勇者・賞金稼ぎ・ハンターがガーゴイルを狩りに来ていたのだが、ガーゴイルに殺されるか、または倒すのを諦めて帰ったとの事だった。
それで、今ガーゴイルを倒しに来たのはクリス達だけだと知る。
後は、帰る予定の者がまだ数名酒場に残っているだけだ。
街の中央に宿屋があった。かなり大きい。一階は酒場兼食堂になっていた。そこで部屋を借りる事にする。
クリスは、どうかと思ったが……、けっこう料金が高いので2人で1部屋を借りる事にした。
1人1部屋づつ借りていたのではお金がいくらあっても足りない。
いつまでここ居ればガーゴイルを倒せるのかわからないし、院長が渡してくれたお金も心細かった。
その部屋割りでソフィーは嫌がるのかと思ったが、ニコニコしていた。
少女と [act.7]
部屋に着いてから、ソフィーはさっそくお風呂に行った。久しぶりのお風呂だった。
クリスもくつろいだ。
とにかく、やっと街に着いたのだ。今日は足を伸ばして眠れる。
宿賃は少々高いが、食べ物は良い品が出されるようだ。
お腹が空いていたクリスはさっそく食堂に行って野菜と果物を食べた。
お風呂から上がって来たソフィーは髪の毛をといていた。
そして柔らかい寝巻きのような白いドレスに着替えていた。
クリスの側にやって来るソフィー。
その美しさにしばし息を飲むクリス。
しかしすぐに目をそらす。
どうもクリスは彼女にやさしくできない。
ソフィーは一緒のテーブルに腰掛けて食べ物を食べ始めた。
かなりお腹が空いている筈なのに、これも静々と食べた。
またクリスは不思議に思った。
「(腹が空いているならガツガツ食えばいいのに)」
なんで、こんなおっとりとした動作で、生き延びていられるんだろうと思った。
クリスにとって今回の旅は最悪だった。
厳しい旅になるであろう事はわかっていたが、横にソフィーがいる事が嫌だった。
気を使うし、疲れる。
コミニュケーションもどうすればいいのか分からない。
「(どうせなら、男性のパートナーを連れて来るんだった。
そうすればガーゴイルと戦う時、戦力が2倍になる。)」
しかしソフィーときたら、やや痩せていて細い。
女性だから仕方ないとして、「(あんな細い腕で本当に剣が振れるのだろうか?)」と思った。
装備している剣はレイピア系の細くて短めの物。さすがにそれしか扱えないのであろう。
それでいて、ソフィーの外観があんなに美しいのは少し許せなかった。
この街の男達もたいていソフィーとすれ違う時、彼女の姿を見ていた。
クリスはなぜ「女性」という存在を神が作ったのか不思議に思っていた。
クリスが入信しようとしているプリーストへの道は女性と交際する事を禁じている。
その教えでは女性を”母”としては扱っているが、それ以外は避けるように説いている。
教えではあまり女性の存在を良しとは思っていないようだった。
部屋に戻って、狭い二段ベッドの上の方をソフィーに勧め、クリスは下のベッドに寝転がった。
クリス「(なぜ院長は、僕にソフィーを連れて行けと言ったのだろうか?
彼女と仲良くさせたいのだろうか……?
僕の心情は話していたはずなのに。)」
クリスは院長に対して少し不信の念を抱いた。
スースーとかすかな寝息を立ててソフィーは眠り始めた。
これまで、寺院の男所帯の中で暮らしてきたクリスにとって、そんなか細い寝息をたてる人間がいる事が信じられなかった。
クリス「(疲れているなら、もっと大きな寝息を立てるべきだ!それはそれでかまわない!)」
そう思った。
少女と [act.8]
そして朝が来た。
クリスは起き出して着替え始めた。
ソフィーもベッドから出て来て、革鎧を着け始めた。
それがなんだがぐずぐずしているように見えて、クリスは不満に思った。
彼女はいつも自分のペースを崩さない。
確かにそれは見ようによっては優雅でもあるのだが………。
革鎧を固定するヒモも一つ一つ丁寧に結び、飾りのヒモまでそうやって結わえた。
また長い髪も束ね始めた。それもゆっくり時間をかけて。
待ってられないので、クリスは食堂に下りて、朝食になる物を持って来た。部屋に戻ると、まだソフィーは髪の毛を束ねている最中だった。
クリスは先にそこで食べ始めた。
怒って、「(なんて遅いんだ)」と思ってソフィーを見た。
その髪の毛を束ねる仕草にはなんとも言えない優美さがあった。
バン!
クリスは果物の1つを木の容器に投げ入れた。
そして席を立って部屋を出た。その時は扉の鍵もかけなかった。
クリス「(なんであんなものが美しく見えるのだ!不条理だ!
あんな無駄な事に時間をかけているのに!
髪の毛など切ってしまえばいい!)」
クリスは今日は情報収集をして、できれば明日ガーゴイルに戦いを挑もうと考えていた。
それで1階の食堂兼酒場に下りた。
テーブルに男が腰に剣を吊り下げて座っていた。
そこでその男に話を聞いた。やはり賞金稼ぎらしい。
男 「あのガーゴイルは強すぎる!
これまで、この街の連中も何人やられたか知れねえ。
狂暴で、無差別な殺戮をする。たぶん長い間封印によって閉じ込められていた事への復讐だろう。
もう手が付けられねえ。
ヤツは危険だ。
俺はヤツを倒して賞金を稼ごうと思って、遠い所からはるばるこの街にやって来たんだが……。
諦めて帰る事にした。
今日の昼頃、ここを発つ予定だ。」
男はクリスがおごってやったラム酒一杯で情報を教えてくれた。
クリス「で、ガーゴイルは何処にいるんです?」
男 「街の西側に大きな教会がある。今は半分崩れているがな。
そこの屋根裏部屋にいる」
クリス「街の中にいるんですか?!!」
男 「ああ、そうだ。そこで寝ている。3日前にはこの街を破壊して回ったが、今はそこで羽を休めている。」
クリス「そこから追い払えないのですか?教会に火を放てば焼き殺せるかも?」
男 「まあな。しかし、その前に、ヤツに一太刀浴びせておかないとな………。
火を放っても、ヤツは空を飛んで逃げちまう。
だが…………、俺はもうやらないぜ。
危険すぎる。」
やがてソフィーが身支度を終え、朝食を食べ終わって、部屋から出てきた。
そしてクリスと男がいるテーブルに座った。
男はあぜんとした顔でソフィーの顔を見つめた。そして手に持った酒のグラスをこぼした。
男 「おっとと!もったいねえ!
いや、しかし、こいつは驚いた!すげえ美人だ!
このお嬢さんはいったい誰だ?紹介してくれよ!」
クリス「ああ、同じパーティーの者だ。名前は”ソフィー”。剣士で魔法も使える」
男 「そうかい!
でっ、その…………。
それじゃあ、その…………。
お前さんの”嫁さん”ってわけじゃないよな?」
クリス「冗談じゃない!僕はプリーストを目指す身だ。そんな事はありえない」
男 「プリースト……?
てっ、ことは………!
確か正規のプリーストになれば、嫁も恋人も作っちゃいけない筈だったな!」
急に男の目の色が変わった。そしてソフィーに笑顔を向けた。
男 「決まった!俺もお前たちのパーティーに入るぜ!これで剣士は2人、いや、彼女を入れると3人になる!」
クリスは突然の申し出に少々驚いたが……。
クリス「確かに、もう1人剣士は欲しいと思っていた………。」
男 「そうだろ、そうだろ!好都合だな。こっちにとってもそうだ!
こんな綺麗な女といっしょに旅ができるなんて。」
そう言って、男はソフィーに向かってニヤリと笑いかけた。
ソフィーは嫌がって、顔をクリスの方に向けた。
明らかに助けを求めるような表情だ。
男 「どうした?ねーちゃん。なんか喋んなよ?これから仲良くしていくんだぜ!
ああ、俺にも運が回って来た!
ほら、どうした?仲良くしようぜ!」
そして握手のつもりなのか、ソフィーの手を握ろうとした。
サッとその手をかわすソフィー。
普段は動きが鈍いのに、この時は素早かった。
そしてまたクリスに助けを求める表情を浮かべた。
男 「俺は今”花嫁”を探してるところだったんだぜ!」
それを聞いて、クリスは自分でもなぜだかわからないが、急に席を立ってソフィーの手を握った。
クリス「行くぞ!」
そして部屋に戻った。
テーブルに残された男はつぶやいた。
男 「なんだよ?まったく!!!」
少女と [act.9]
部屋に戻って、内側から鍵をかけ、クリスはベッドに腰掛けた。
クリス 「なんだって言うんだ?!さっきの男は?!けしからん!無礼だ!」
その様子を見て、向かいの椅子に腰かけたソフィーがうれしそうに微笑んでいた。
クリス「(それにしても、あの男が手を握ろうとした時は素早く避けたのに………、
なんで僕の時は避けなかったんだ?)」
ソフィーはいつになく機嫌がよさそうである。ずっとこっちを見ている。あいかわらず何も喋らないが。
それを見てクリスはなんだかソフィーに顔を向けるのが恥ずかしくなり、そのままベッドに横になった。
クリス「(なんだっていうんだ?この気持ちは?
僕はなんで急に彼女の手を取って引っ張って来たんだろう?)」
彼女の手は温かくやわらかだった。その感触は今も残っていた。
それを思い出して、自分に腹が立った。
その柔らかで包み込んでくれるような感覚……。
プリーストを目指す者にとって呼び起こしてはいけない感覚である。
クリスは2段ベッドの底板に向かって「もう眠る!」と言った。
翌朝。
今日がガーゴイルとの戦いの日だというのに、ソフィーはいつもと同じく身支度に時間をかけていた。
クリスはまた怒った。そして彼女を待つ間、ベッドに横になった。
不思議と昨日みたいに、彼女を1人部屋に残して出て行く気はしなかった。
内心、やはり心配になってきたようだ。
昨日会ったあの男の態度を見て。
そして待ってる間に院長の言葉を思い出した。
訓示が書かれた巻物。それを開けて読む事にした。
巻紙のヒモを取った。
気持ちが少し高ぶっていたので、落ち着かせるような事が書いてあればいいと思った。
すると………、
『ソフィーを大切にしなさい。彼女を死なせてしまう事があってはならぬ。
彼女はかけがえのない存在』
と書かれていた。
クリスは思わず、紙を丸めてくしゃくしゃにした。
それを見てソフィーが驚いてこっちを見たのがわかった。
クリス「(なんだこれは?訓示が書かれている筈ではなかったのか?!
神の教えはどうした?!
これがこれから命がけで魔物を倒しに行こうとする者にかける言葉か?!)」
クリスは憤慨した。そして、今まで絶対的に尊敬してきた院長に対する信頼が揺らいだ。
そして苛立ち始めた。
クリス「(てっきり、気持ちを静めてくれる言葉が書かれていると思ったのに!!!)」
彼は立ち上がって、ソフィーにこう言った。
クリス「いつまでかかってるんだ!そんなに時間がかかるなら髪を切ってしまえ!!」
すると……、
ソフィーは酷く悲しそうな表情をした。
髪を持つ手が震えた。
クリスは部屋を飛び出した。しかし、さすがに今回は外から鍵をかけておいた。
クリス「この方が気兼ねなく怒れる!」
そして食堂兼酒場に下りて来て、ラム酒を注文した。
ここはどうやら商売優先らしい。修行僧にも酒を売ってくれた。
それは小さ目の透明なボトルに入っていた。
それをカウンターで受け取ってから、側のテーブルの1つを陣取った。
クリス「(なんだ!院長は?!それにソフィーも!
最悪だ!永年憧れていたモンスター退治の旅!それがぐちゃぐちゃだ!
もっと崇高な旅を思い浮かべていたのに!)」
そしてボトルのコルク栓を抜いた。
しかし………………。、
やはり飲めなかった。
戒律で、修行僧でも酒を飲む事は禁じられている。
ボトルを手に取って揺らし、しばらくその美しく変化する酒の色合いを眺めていた…………。
すると、
不思議と気持ちが落ち着いた。
そして……、
なんだか、急にソフィーの事が心配になった。
「(彼女の髪の毛は見事だった。毎日手入れをしてきたのだろう。
あそこまで伸ばすのに何年かかったのだろうか?)」
酒に再び栓をして腰の布袋に入れた。
そしてソフィーの元に走った。
彼女は自分の髪の毛を握って泣いていた。
その長い髪の毛を目でたどったが、幸い頭髪とつながっていた。
クリス「さっきのは間違いだ。髪の毛を切るな。いいな!切るな!間違いだ!」
そう言ったものの、しばらく顔を下に向けたままソフィーは動かなかった。
少女と [act.10]
昼頃。
クリスはソフィーを従えて外に出た。
やはりソフィーの歩き方は少女ぽっくてなんとも頼りない。
空中を歩くような感じだ。
クリス「(本当に彼女は剣士なのだろうか?)」
行きかう街の男達がソフィーを見てニヤニヤしていた。
クリスは心配になって、ソフィーにすぐ真横を歩くように言った。
ソフィーはそれに従った。
クリスは院長が貸してくれた大切なプリーストの証のペンダントを胸元に出した。
これまでは大切にポケットにしまっていたのだ。
それに出して着けるのは恥ずかしかった。
自分はまだ一人前のプリーストではないのだから……。
しかし、これには身を守ってくれるような強力なパワーを秘めていると言う伝説がある。
そこでクリスは「(院長が着けろと言ったから着けているまで)」と自分に言い聞かせた。
道行く人、老婆や母親らしき人達が手を合わせてクリスを拝んだ。
クリス「(僕の事を正規のプリーストと勘違いしているんだ。
プリーストがこの街にいるガーゴイルを退治しに来た思い込んでいるんだ……)」
そして目的の教会の前にやって来た。
大きく崩れているが、ここからではガーゴイルの姿は見えない。
クリス「中に入って登ってみないとわからないのか……。」
ふとソフィーの方を見る。
ソフィーは真剣な眼差しでクリスを見つめていた。
これまでで一番瞳が輝いていた。
しかし、革鎧という軽装の彼女は、防御面で不安に思えた。
それに腰の剣の握りに添えた手がわずかに震えていた。
クリス「これからガーゴイルのところに行く。いいな!死ぬかも知れないんだぞ!
しっかりしろ!」
そう言った。
するといきなりソフィーはクリスに抱きついた。
その………今まで味わった事の無いなんとも言えない柔らかな感じ。
思わずクリスは身を退けた。
それは何かに引き込まれそうな感覚だった。
クリスは怒った。
「(そんな事でプリーストへの道を閉ざされてたまるか!!)」
彼はソフィーをどなりつけようと思ったが……、
押し留まった。
彼女の悲しそうな顔、それがこの間「髪を切れ」と言ってしまった自分を思い出させた。
そして……、クリスは
自分で自分を落ち着かせた。
クリス「いいな!今から入るぞ!」
ソフィーはうなずいた。
手に持ったランプに火を点け、中に入る。
中は所々薄暗い。
光が強く当っている所と影になっている所がある。
教会の中に音を立てずに入ると、そこはガレキの山だった。
靴を脱いで何とか音を立てないように登った。
たっぷり1時間もかかって、普段なら10分もあれば登りきれる階段を登った。
そして屋根裏部屋に着いた。
そこの奥の影になった部分には、大きな翼を持つ生物が横たわって寝ていた。
大きな寝息も聞こえる。
クリスとソフィーは剣を抜いて前方に構えた。
そして生物の背後と思しき背中に近づいた。
クリス「……………………。」
クリスは剣に渾身の力を込めて魔物に突き刺した。
少女と [act.11]
ガーゴイル「ぐわーーーーーーーーーー!!!!」
大きな叫び声。
剣はわりあい深く魔物に刺さった。
硬い皮膚を持つ魔物と聞いていただけに、幸運な当りだった。
しかし……………………。
ガーゴイルはまだ生きていた。
大きな腕が風音を立てたかと思うと、次の瞬間、クリスはその腕にはり倒されていた。
ガレキの中に倒れる。
クリス「ぐはっ!なんて力の強いヤツだ!」
クリスは立ち上がろうとしたが、思うように力が入らず立てない。
今の一撃は思ったより効いていたようだ。
自分の腕が血まみれになっているのが見えた。
ガーゴイルは爪を指の中から突き出した。
どうやら、猫の爪みたいに出し入れが出来る物らしい。
クリス「くそう!」
ガーゴイルは腕を上げた。
再び死の一撃がクリス向かって振り下ろされる瞬間、
ソフィーがその前に立ちはだかって攻撃魔法を唱えた。
しかし、魔法はパワー負けして、ソフィーの体もガレキの山の中に叩きつけられた。
クリス「ソフィーーーーーー!!」
グッタリとして動かない血まみれのソフィー。
クリス「ソッ…………、ソフィーーーーーー!!!!!」
すると、クリスに少しばかりの力が甦って来た。
クリス「くそーーーー!ソフィーを死なせはしない!」
最後の力を出して床に立った。
そして腰に差していた予備の剣を引き抜いたが、それは小振りで頼りない。
そこでもう一方の手で、ペンダントを握り締めた。
クリス「”アーゲスト・メムマヌ・ルミウス・クリウス……………………”。
我に力を与えたまえ。
”アーゲスト・メムマヌ・ルミウス・クリウス……………………”。
今こそ我に力を与えたまえ!」
だが、ペンダントには反応が無かった。
ガーゴイルはまた腕を大きく宙に上げた。最後の一撃が来るようだ。
クリスは覚悟を決めた。こんな剣1つで、ガーゴイルのアタックを防ぎきれようか?
残る手立ては攻撃魔法だけだが………、さっきソフィーがかけたのを見て、それはどうもこの魔物には効果が薄そうだった。
彼はソフィーを今一度見たが、やはり動かなかった。
クリス「ソフィーーーーーーーーーーー!!」
すると…………………、
ペンダントが輝き始めた。
目の前に光で出来た丸い盾のような物が形成された。
そしてそれは振り下ろされたガーゴイルの一撃を防いだ。
クリス「はっ?効いた!
”アーゲスト・メムマヌ・ルミウス・クリウス……………………”。
”アーゲスト・メムマヌ・ルミウス・クリウス……………………”。」
続けて呪文を唱えてみる。
しかし………、白い盾の形の光はしぼむ様に消えていった。
ガーゴイルはバサバサと翼をあおいで怒った。
そしてそれが天井の屋根に触れ、そこの石材がソフィーのすぐ近くに落下した。
クリス「ソフィーーーーーーーーーーーーーーー!!」
すると…………………、
ペンダントから、また強力な光が放たれ、ガーゴイルに命中した。
それはまるで光の矢のようだった。
ガーゴイルはそこから大量の血を噴出した。
クリスは布袋の中のラム酒を取り出し、ガーゴイルの体目掛けて投げ付けた。そして次に覆いを取ったランプを投げた。
ガーゴイルはその炎で燃えた。あっと言う間に体中炎に包まれた。
そのまま力を失い、屋根の隙間から下に転落した。
クリス「やった!」
クリスはソフィーの元に走った。
ぐったりしている。意識は無い。
もう息が途切れそうである。
クリス「そうか、最後の呪文はきっと”君の名前”だったんだね。」
渾身の力を込めて、ソフィーをガレキの中から運び出した。
そして床に寝かせる。幸い大きな外傷は無い。
クリスはまだ力が出せた。彼女の為なら不思議と…………。
クリスは回復呪文を懸命に唱え始めた。
彼はプリーストの修行僧。
まだその技量は完成されたものではなかったが、
とりあえず、目の前のソフィーを回復させる事は出来そうである。
それも自分が意識を失って倒れなければの話だが………。
そう彼も深手を負っていたのだ。
でも、心配ない。
ソフィーのためなら不思議と力が沸き起こるクリスだった。
THE END
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まあラブ・ストーリーですね。
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