BLUE ODYSSEY

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第5話 ローレンス・フォスターの物語 2




矢樹 「お聞きしておきたい。[ザーク]とはいったいなんなのですか?」

レイチェル「あれは凡庸の作業機械です。
レイドは武器や兵器を持っていませんでした。急な武装の必要性からレイドはあれに武器を持たせて護衛に当らせたのです。」

矢樹 「[ローレンス・フォスター]が言っていた事なのですが、彼によると地球人類とレイドの接触は、我々の方が先に手を出したらしいのです。それは本当ですか?」

レイチェル「レイドは最初に地球側の[ブラックガバメント]と名乗る組織から接触を受けました。」

郷田指令「ブラックガバメントだって?!」

ナターシャ「そんな……。」

矢樹 「どんな接触ですか?」

レイチェル「彼らはその行為に”調査”という名目を使いました。そしてレイドの存在価値をスキャンして調べていました。レイドの住む世界全体も同じように調べました。」

矢樹 「”貴方がたの住む世界”とはなんです?あれはいったい何なのですか?」

レイチェル「こことは時空が違う世界です。
かつて地球では[4次元]と呼ばれて分類されていた世界です。3次元世界に住む貴方がたには4次元は理解できないと思います。」



ここで、これ以上質問を続けると身体に負担がかかっていくとナターシャが告げた。
それで一度レイチェルをメディカルセンターで休ませることにした。
システムを停止させ、レイチェルを運び出し、そのまま病室へ搬送した。
レイチェルはまだ眠ったままだった。






レイチェルがロボットによって運びだされた後に矢樹が言った。

矢樹 「やはりスポルティーファイブのメンバーには真実を話すべきだ。」

アイク「レイチェルは”アンナ・エリス”と名乗りました。あれはどういうことです?」

矢樹 「親戚か誰かにそのような名前は?」

アイク「私自身は聞いた事がありません。」







その頃、アンナはレイチェルの事が気がかりになっていた。
過去の記憶をたどろうとすると、彼女とは以前会ったような気がしてならなかった。

いてもたっても入られなくなったアンナは、その事を確かめる決意を固めた。
そしてクリスの元へ相談に訪れた。こういう時の相談相手はやはりクリスなのだ。

アンナ「これからバーチャルリアリティーシステムにログインしたいのだけれど。」

クリス「危険だよ!その事は充分わかっているはずじゃないのか?」

アンナ「どうしても確かめたい事があるの。私のママの事で。」

クリス「お母さんの事で?
でもあの人は”向こうの世界”に行かないと会えないんじゃなかったの?
バーチャルリアリティーシステムの中に潜っても、いないんじゃないのか?」





アンナはそれからクリスに付いて来てもらって、病室にいるレイチェルの元を訪れた。
レイチェルはちょうど起きた頃だった。先の逆行催眠で眠っていたのだ。
ゆえに彼女は先ほどの実験の結果をまだ何も聞かされていなかった。アンナもそのような実験が行われたとは知らなかった。
それで、その起きたばかりのレイチェルにアンナは普段通り話しかけた。

アンナ「…やはりレイチェルさんと私は似ています。貴方とは以前に会っていた気がしてならないんです。」

レイチェル「実は私も貴方が他人だという気がしないの。どこかで血がつながっているのかしら?」

それでアンナは思い切って聞いてみた。

アンナ「レイチェルさん。貴方、大きなニュータウンに住んでいた事はありませんか?
それは真新しいニュータウンで、広くて大きくて、斜面に作られていました。中央にはとても幅の広い階段が通っていて……。」

言われて、レイチェルにはそのニュータウンというキーワードに引っかかる物があったようだ。
この間アンナが自分の家を探そうとした時記憶が途切れて頭を押さえたように、レイチェルもまた同じように頭を押さえ始めた。

アンナ「どうしました……?」

レイチェル「私も、どこか心の片隅にそんな想い出があるみたいだわ。でも……はっきりそれを覚えていない。もしかすると幼い頃にそこにいたのかも知れないわ。」

アンナ「では、おぼろげには覚えていらっしゃるんですね?」

レイチェル「何かうっすらとそのような記憶があるみたいだわ…。」

アンナ「そこに住んでたという記憶はありませんか?」

レイチェル「わからないわ。そこまでは思い出せない。でも、どこか心の片隅に何かの記憶の断片のようなものがあるの。それは靄がかかっているようにはっきりしなくて。ただ、以前そこにいたような気がするだけ……。」

アンナ「……。」

レイチェル「でも実は私は……、あの”謎の採掘場”の事も心の片隅に思い出らしき物があるの。」

クリス「え?」

レイチェル「アイクには話していないけど……、実は、あそこに最初に足を踏み入れた時、すごく懐かしい感じを覚えたの。
なんだかよくわからないけどデジャブーみたいだった。
初めて来た感じがしなかったわ。だから私にはあそこにいても全然恐怖感は感じなかった。
前にそこにいたような気がするの。」

アンナ「……………。」

アンナはその話に興味を持った。そして何かを深く考え始めた。

その後、クリスとアンナは病室を後にした。






スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.12]


次の日になって、レイチェルとアイクは退院した。
ノアボックスは彼らに部屋を1つ提供した。レイチェルとアイクは地球に帰るまでその部屋を借りて滞在する事にした。
レッドノアが月を発つ日程はまだ決まっていない。


スポルティーファイブのメンバーはさっそくレイチェルとアイクの自室を訪ねた。
アイクは自分たちの部屋が持てたので、その中ではとてもくつろいだ表情を見せた。
そこは2LDKぐらいの広さがある客人専用の個室だった。地球にあるようなホテルの一室に似せた部屋で、他の艦内の部屋よりも少し豪華に見えた。
委員長とアンナはそこに入って目を大きく見開いた。

委員長「この船にこんな部屋があったなんて……。」

女性としては綺麗な部屋がうらやましそうである。




アイクは訪ねて来たスポルティーファイブのメンバーにいろいろな話をしてくれた。
「今回自分たちが月滞在の任務をすんなり契約解除出来た事、後任が見つかって入れ替わりこちらにやって来る事。」などを話してくれた。
それからアイクはこれまでのレイチェルとの出会いについての話を始めた。

アイク 「私とレイチェルは月で知り合いました。
オリハルコン採掘基地にやって来た当初は私は独身で結婚など思いもしなかった。
レイチェルに会ってから全てが変わったんです。」

委員長はその話を真剣に聞き始めた。やはり興味があるようである。

アイク「私は以前はただ若いだけの少々血気さかんな研究員でした。大学を出た後はどこに勤めて良いのかはっきり決めていませんでした。
そこでとりあえず子供の頃から好きだった宇宙を扱う仕事、宇宙開発局に入る事にしたのです。
ちょうどその頃、月のオリハルコン採掘基地が第一回目の人員募集をしていましたので、そのプロジェクトに参加する事にしました。
まだその時はオリハルコン採掘基地は完成されていませんでした。建設は最終段階に入ってはいましたが。」

委員長「その募集に応じてここに来られたんですね?」 

アイク「ええ、ここへ着いた時はとても嬉しかった。最初にその真新しい巨大な建物を見た時は感動しました。人類もついにこんなプロジェクトを行えるだけの技術を持ったんだと思いました。
基地は規模が大きかったし、本格的な採掘工場でした。

……しかし、1週間ほど経ってみると、月でのくらしは印象ががらりと変わりました。
その後、暗黒の宇宙がだんだん嫌になって……。
”こんな寂しい所は他に無い”と思ったんです。


僕らは第1回目の定住作業員でした。その後、オリハルコン採掘基地の運用が軌道に乗って来ると、第2次定住作業員がここへやって来ました。
その中に、他のいろんな研究員達に混じってレイチェルがやって来たんです。

第2定住者が来た頃、ここの仕事は問題の発生がほとんど無くなりました。それまでは大変でしたが。6が月を過ぎる頃には安定していました。
作業員達はしばらくここに住んでいたのですが、やはりどうしても肌に合わすに去って行く者が続出しました。
そして、ついに我々だけを残すのみになりました。」

委員長「まあ、そんなに厳しいんですね、ここのくらしは?」



それからアイクとレイチェルの2人がこの基地で仲むつまじく暮らしていた事が話された。

アイク「彼女はとても優秀でした。頭が良くて的確で、仕事に無駄がありません。
彼女と仕事するととても充実できました。」

しかしアイクはここで苦笑いをして、

アイク「勤務時間以外はプライベートな時間が持てるわけですが…、
その時間になると、彼女の印象は180度変わりました。

彼女は紅茶の紙パックをわざわざ包装から出して、口の大きな空きビンに移し代えたりするんです。空ビンは別の食料を出した後の大きな空ビンの再利用で……。
確かにそれに移し変えると見栄えは良くなるのですが。
私は最初、なんて無駄な事に時間をかける人だろうと思っていました。
それから彼女はペーパークラフトで花を作っては基地内に飾っていました。本当ならドライフラワーなどをする筈なのですが、材料が無いので基地内にある紙と針金だけで作ったのです。それは大変綺麗で、あり合わせの物で造ったとは思えない出来栄えでした。
しかしそれを作るのにかかった時間と労力を考えますと……、その時は、自分にはそんな物を作る事が日常生活から言ってとても効率の良い事だとは思えませんでした。

それが……、
いつの間にか、特にさびしい月面ではそれが大変重要な事のように思えてきて……。
彼女のしている事はこの物悲しい月面での生活に、清涼感や温かさをもたらしてくれました。
そして気が付いた時には、僕はもう彼女の虜になっていました。」


この話を横でレイチェルがはにかみながら聞いていた。







矢樹の提案で再び採掘場を目指す事になった。新たなデータ収集が目的だ。

矢樹 「あそこにはまだ記録が埋もれていると思う。それを解析する事が重要だ。[ローレンス・フォスター]の記録もまだ残っていると思う。
彼は”向こうの世界”では一応有名人のようだ。
ローレンスについてはもっと調査すべだ。彼からいろいろな事がたどれるだろう。月の都市にしてもアンナ・エリスの事にしても。」




スポルティーファイブがまた護衛として同行する事になった。
現地に着くと今回も全員が銃を引き抜いた。
そして採掘場の奥に存在する居住区に進んだ。今日は居住区に行くのも目的の内の1つだ。
エアロックがあり、中に入るとそこは大気で満たされていた。

豪 「成分は地球と同じですね。”月の都市”もこうでした。」

矢樹 「だが、宇宙ヘルメットは取らない方がいい。
ここの大気循環システムが完全に生きているかどうかは確認していない。大気中にどんな微生物やウイルスが潜んでいるかわからんからな。」

そう言って矢樹は警戒した。

矢樹 「この奥に目指す物がある筈だ。」

そして居住区への通路を進み始めた。








スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.13]


しばらく進むと居住区に入る事が出来た。ここの扉から少し入った所にコンピュータが置かれているのを見つけた。矢樹はPDA(端末)を取り出してそこからデータを吸い取り始めた。

矢樹 「すでに、プロトコルや言語は解析済みだ。」

新たに取られたデータ。そこで矢樹は[ローレンス・フォスター]の記録を再び発見した。

矢樹 「見つけた!」





そのデータをたずさえて矢樹とスポルティーファイブのメンバーはレッドノアに帰艦した。
そして新たな解析作業を行った。矢樹によればそれはかなりエキサイティングな作業だったらしい。

その記録は月の都市があの隕石の衝突を受けるより以前の物で、ちょうどローレンスが最初に”月の都市に隕石が迫って来ている”と発言した直後からの記録だった。




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エイブ議長「ローレンス・フォスター君!君の言う隕石の兆候など、議会が行った観測では何も発見できなかった。いいかげんな事を言わんでもらいたい。」

元老院議員「そうだ。君個人でどのような観測機器を使っているかは知らないがね。」

ローレンス「いえ、本当は我々の星は以前から侵略者達の接触を受けていました。今回の隕石群の発生にしても侵略者からの攻撃だと言えるかも知れません。」

元老院議員「なんだって?」

議会にざわめきが走った。皆大変驚いていた。

ローレンスはその場に資料を提出した。
それはブラックガバメントと名乗る組織からの接触を示す資料だった。
元老院議員達はそれを見た。

元老院議員「これはいったい?!」

ローレンス「本格的な侵略が始まりつつあるのです。ぐずぐずしてはいられません。急場をしのぐ為には防衛兵器も必要です。」

元老院議員「我々は兵器など何も持たないが……。」

元老院議員「今から作るのか?間に合わんぞ。」

ローレンス「それならば[ザーク]を使いましょう。ザークに武器を持たせるのです。」

元老院議員「なんだって?ザークに?あの凡庸の工業用ロボットにか?」

ローレンス「カノンを持たせれば立派な戦車になる事でしょう。」

元老院議員「しかし……。」

元老院議員「その侵略というのは確かなのか?」





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矢樹 「その後、ローレンスの発言は議会を重ねて認められた。」



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ローレンス「あの隕石群は侵略者達からの攻撃に他なりません。
隕石群は一直線に我々の都市を目指して進んで来ます。このような事が自然界に起こりえるでしょうか?」

元老院議員「確かにそうだ。」

エイブ議長 「船の建造を認めようではないか?賛成の者は起立してください。」

議会の大多数の者が起立した。

エイブ議長 「では賛成多数の為、この案は可決されました。」

次に元老院議員の1人がこう発言した。

元老院議員「このプロジェクトの責任者を決めなくてはなりませんね?」




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矢樹 「そして、そのプロジェクトの責任者には……、」



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ローレンス「私を責任者にですと?!」

元老院議員「君が言い出した事だ。それに君が最先端の科学者であり、技術者だしね。」




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矢樹 「ローレンスは最初はあまり乗り気では無かったようだが…、
数日経つと、彼自身の考えが変わったようだ。」






スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.14]


矢樹 「彼がなぜ変わったかについては詳しい記述が載っている。
…その頃、元老院議員の中に知的な美しさを秘めた女性がいた。
ローレンスは、議会に出入りするようになって初めてその女性の存在に気が付いた。
そして彼女に心動かされた。」





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ローレンス「君の名を教えて欲しい。」

アンナ 「なぜ?」

ローレンス「知りたいのがいけない事なのかね?」

アンナ「あまりにも唐突なので…。」




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矢樹 「彼女こそ[アンナ・エリス]その人だった。」




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ローレンス「少し話をしてみないか?私と?」

アンナ「なぜです?」

ローレンス「視野が広がる。」

アンナ「今は大変な時です。そのような事は考えていません。隕石群が迫りつつあるのではありませんか?」

ローレンス「ああ……。」




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矢樹 「それからと言うもの、ローレンスはアンナ・エリスにたびたび声をかけたのだが、無視されてしまう。
彼女は真面目な性格は、レイドが直面している危機的状況を踏まえて、心そこにあらずといった感じだった。それでローレンスは考えた。」




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エイブ議長「君を全ての責任者にしろだと?!」

ローレンス「そうです。権限のある総責任者にです。
船の設計主任・造船の現場責任者・脱出計画の指揮者。全てのプロジェクトに対して権限が欲しいのです。」

元老院議員「君1人でそれだけの事が出来るのかね?無茶だ!」

ローレンス「できます。それに、やらなくてはなりません。これは我々レイド全体の死活問題なのです。」

エイブ議長「1人では無理だと思う。我々としてもそんな無茶な賭けはしたくは無い。
だが優秀な補佐官がいれば、あるいはできるかもしれん……。」

ローレンス「補佐などいりません。私に全ての権限を委譲してください。1人でやってみせます。」

エイブ議長「それは出来ん。ローレンス君、君は”支配者”にでもなりたいのかね?」

元老院議員「そうだ、全ての権限を掌握するということはそういう事なのだ。」

ローレンス「そんな大それた事はいたしません。ただ権限が集中すれば仕事がやりやすいだけです。」

元老院議員「ある程度の権限を認めるのはしかたないだろう。そうしないと仕事に支障が出る。
しかし、補佐官をこちらで選抜して付けさえてもらおう。」

ローレンス「いいえ。いりません。その必要はありません。」

元老院議員「なんだって?それは、我々に対する……」

ローレンス「私はただ”監視役”などをそばに置かれても邪魔になるだけだと言いたいのです。」

元老院議員「思いあがりもいいかげんにしたまえ!君に全てを任せる事などできん!」

エイブ議長「ローレンス君!監視役は付けさせてもらう。そうでないと”船”の計画責任者にするわけにはいかん。」

ローレンス「私が信じられないと言うのですか?なら結構。好きにしてください。」






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矢樹 「ローレンスは地位が欲しかった。そうすればアンナ・エリスが振り向いてくれるかも知れないと思ったのだ。
結局ローレンスは議会の申し出通り監視役を付ける事をしぶしぶ認めた。
しかし…、」




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ローレンス「監視役兼補佐役に”アンナ・エリス”の起用をお願いします。」

エイブ議長「アンナ・エリス君の?それは不可能ではないが……。少し待ってくれたまえ。一度アンナ君と相談してみよう。」




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クリス 「…………。」

矢樹 「そして、アンナ・エリスはそれを承諾した。そしてすぐに仕事に入った。
アンナには監視役という任務はあったが、普段はローレンスの事務的なサポートをこなしていった。
彼女は監視役としてローレンスの横に突っ立っているだけの人間ではなかった。事務処理などを巧みにこなす能力の高い女性だったのだ。彼女はローレンスの仕事の邪魔などしなかった。非常に明晰で、仕事の処理のやり方について常に自分で判断出来る女性だった。
決して感情的になることもなく、冷静に仕事をこなしていった。それでローレンスはますます彼女に傾倒していった。」







スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.15]


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ローレンス「(多忙な私の仕事の大半は彼女が背負ってくれたようなものだ。
私には彼女が無くてはならない存在になっていた。)」






元老院議員「だいぶはかどっているようだね?仕事の方は。」

ローレンス「ええ。プロジェクトは計画通りに進んでいます。正直、ここまでうまく事が運ぶとは思っていませんでした。全てアンナ・エリスのおかげです。彼女のサポートには何度も助けられました。」

エイブ議長「実は君がアンナを指名した時、最初彼女は乗り気ではないように見えたので、我々はそれを心配していた…。
だがうまくいったようだね。アンナはもともと優秀な女性だから。」

元老院議員「だがアンナも最近過労気味だ。ここらで別の者と交代させよう。」

ローレンス「なんだって?!」

元老院議員「おいおい、そうあからさまに驚いたような顔をするのはよしてくれ。
彼女の初期の任務は終わったのだ。
彼女は監視役だ。現場の仕事を兼任していたとは言え、本物のプロジェクト要員とは違う。
プロの要員と交代してもいい頃だ。そっちの方が役に立つだろう。」

エイブ議長 「そろそろ我々もローレンス君を信用せねば。監視役はもういらん。」

ローレンス「そんな!私と彼女は息がぴったり合うのだ。お互いに意思の疎通がしあえる。彼女無しでは計画はスムーズに進行しない!他の者ではダメなんだ!」

元老院議員「………?彼女が君を支えて来たように見えたのは、それが”彼女の仕事”だったからだ。彼女は君の専属秘書ではないのだ。」

ローレンス「いや!この仕事には彼女は決して欠かす事ができない存在だ!」

エイブ議長 「どうしたのかね、ローレンス君?!これは”彼女からの申し出”でもあるのだ。
”身を引かせて欲しい”とね。
彼女は疲れたのだ。ここらで休ませてやろう。」

ローレンス「なんだって?!」

元老院議員「聞こえなかったのかね?交代は彼女のからの申し出なのだ。」





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矢樹 「ローレンスは驚きと失意を隠せなかった。
そして元老院の議事堂を出た後、すぐその足でアンナの元へ向かった。」




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ローレンス「これはいったいどういう事だね?!」

アンナ「お話した通りです。私の任務はすでに終了しています。私の本職は秘書ではありません。
監視役として貴方を補佐をするように命令されていただけです。
今は議会は貴方を信用し、”監視役の継続の必要無し”との判断を下しました。」

ローレンス「嘘だ!君が交代の希望を述べたと聞いたぞ。」

アンナ「ええ、そうです。監視の仕事はもう必要ありません。
私もこの仕事に疲れましたので、議会にそう申請いたしました。」

ローレンス「なぜだ?!私達は最高のパートナーではなかったのか?!
我々はレイドの未来と存亡をかけた重要なプロジェクトに参加していたのだ。それなのにどうして?」

アンナ「プロジェクトは軌道に乗りました。今後は私の代わりに来る方の方が事務や補佐役の仕事については適任だと思います。さらなる仕事の効率アップが望めるかと。」

ローレンス「君がこの仕事から抜けると…、私にとっては重大な損失となる。」

アンナ「私自身は本当はこういう仕事には向いていないと常に感じていました。今後はプロの方と交代いたします。その方は経験も実績もありますので私より役に立つでしょう。」

ローレンス「そんな事じゃないんだ……。」






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矢樹 「ローレンスの日記の断片が記録として残っていた。それによると……。」



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ローレンス「(”君無しでは駄目なんだ……。”
私は彼女にそう言った。
彼女が自分の元を去って行く事に耐えられなかった。

こともあろうに……、私は彼女に……。)」





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矢樹 「そこでローレンスはある決意をしてアンナに会いに行った。」





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ローレンス「君無しでは耐えられない。お願いだ。私から去って行かないでくれ!」

アンナ「ですから、申し上げました通り、プロの方が来た方が今以上に効率が上がると思います。」

ローレンス「効率の事を言ってるんじゃない!!!」

アンナ「……。」

ローレンス「私には君が必要なんだ!」

アンナ「それはどういう意味ですか?私はその事に対しては良いご返事を差し上げるわけにはいきません。」

ローレンス「私は……、自分の気持ちが本当は何なのか、気付いていなかった。だが今ははっきりとわかる。去らないでくれ!アンナ!」

アンナ「それはできません。私には……、想いを寄せる人がいるのです。」








スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.16]


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矢樹 「その後、アンナ・エリスはローレンスの元を去って行った。
彼は気落ちして1週間ほど自宅で寝込んだ。彼がプロジェクトの仕事を休んだのはそれが初めてだった。彼の出勤簿の記録にそう残されている。
彼の元を見舞いに訪れた者達の目には、彼があまりに精神的に落ち込んでいるように見えたので、大事を取って入院させた。
ローレンスはなぜそのような状態になったのか周りの者に理由を話さなかったし、今やレイド全体にとって彼はかけがえの無い存在になっていたからだ。」

クリス「…………。」

矢樹 「後日療養が終わり、退院して来たローレンスは、以前とは別人のような顔付きになっていた。
いままでの真剣な表情は無くなり、いつも薄ら笑いを浮かべたような顔付きになっていたそうだ。
周りの者は彼の目からは輝きが失われたように見えた。」

クリス「彼は変わってしまったんですか?」

矢樹 「まあ、そうだな。」





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ローレンス「さあ、”船”が完成した。皆乗るんだ。」

エイブ議長 「行き先はどこかね?どこへ逃げる事になった?」

ローレンス「”向こうの世界”です。」

元老院議員「なんだって?」





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矢樹 「記録ではレイドの人々は完成した”船”に乗り、ローレンスの操縦で”向こうの世界”に向かったとされる。
実は当初は月を脱出するだけが目的だった。行き先はまだ決定されずにプロジェクトは進行していたのだ。人類が住める場所というのはおいそれと存在してはいないからね。この広い宇宙で、自分たちの世代が生きている内にたどり着ける移住可能な惑星はまだ発見されていなかった。
その為、候補にはやはり”地球”があった。だが地球には地球人類がすでに存在し、絶対的な支配をしていた。」

クリス「”支配”?」

矢樹 「そう、”支配”とレイドは呼んでいた。
そこで彼らはできれば別の場所を探したかった。
そしてローレンスは”向こうの世界へ行く”事を議会に提案した。
議会は最終的にはそこに行く事を決断した。そこしかなかったのだ。」

クリス「それからレイドは”向こうの世界”に初めて行く事に?」

矢樹 「………………。
だが、着いた先は酷い世界だった。月の都市とは比べ物にならない。
そこはどんよりとした雨雲の低く垂れ込めた世界だった……。
君達が見た、あの世界だ。」



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エイブ議長 「これはいったい?」

元老院議員「ローレンス君!君は行き先の状況を確かめなかったのかね?」

元老院議員「これではあまりに自然環境が厳しい!」





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矢樹 「やがて、月には大量の隕石が降り…、おびただしい数のクレーターが月面に生み出された。」

クリス「調査した時、都市やその痕跡はなぜ月面上に存在していなかったのですか?」

矢樹 「”月の海”の生成の時と同じ原理だよ。
月に多量の隕石が振る。そして月の地下からはマグマが噴き出す。
それが地表に流れ出して地上のクレーターを埋める。それが都市の痕跡をも飲み込んでしまったのだよ。」







その頃、アンナは自室で今回の事件について振り返っていた。

自分の家を探した事。
[ローレンス・フォスター]に出会った事。
自分とそっくりなレイチェルという女性にあった事。

アンナの脳裏にはそれらが現れては消えて行った。

ふと考えてみると…、全てが幻のように思える時もあった。
自分の存在が”実は誰かの見ている夢でないか”という途方もない考えが頭を過ぎる事もあった。

アンナは自分の両親についてはまだ何も知らない。
あれからなにも手がかりはなかった。




アンナは頭を押さえた。
ふと、”家への道のり”の記憶が甦り始めた。
だが……、

アンナ「また頭痛が……。」



プルルルルル!プルルルルル!



その時、アンナの携帯が鳴った。レイチェルがアンナに電話をかけて来たのだ。
ちょうど彼女も”今、酷い頭痛に見舞われている”と言うのだ。そして……、

レイチェル「急にあの採掘場に行きたくなったわ。なぜかしら?」

アンナはそう言われて、自分もなぜかそこに行きたいという感情が芽生えている事に気が付いた。それでどうすべきか、またクリスの所へ相談に行った。






スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.17]


クリスと相談して、結局アンナはレイチェルといっしょにあの”謎の採掘場”に向かう事にした。
それでクリスは2人の護衛として付いて行くため、郷田指令に正式な許可を求めた。
許可は降りた。
護衛には神田・豪・委員長を含むスポルティーファイブ全員で行く事になった。アイクもレイチェルを心配して同行する事にした。





こうしてスポルティーファイブの機体に搭乗して、またあの採掘場へと向かった。
周囲は”夜”になり始めていた。銀色の月面に長く伸びるくっきりとした黒い影。
今や月面は昼間の様子とは違いコントラストの強い不気味な景観に変わっていた。その影の部分は真っ暗で何も見えない。まるでその部分には底が無く、入ると地下へと落ちて行くように見えた。

採掘場には昼間太陽電池パネルから発電した電力で自動的に照明が点いていた。
それはすでに放棄されて久しいこの採掘場がまだ生きているかのように思わせた。
ここのハンガーデッキも着陸指示用の誘導灯が点いていたので、今回はそこに着陸する事にした。
前回まではこのハンガーデッキは使用していなかった。

着陸後、機体から降りると全員また銃を引き抜いた。
アンナは採掘場に降り立って、すぐに先へと進み始めた。
それは得体の知れない何かに引き寄せられるかのような感じだった。

クリス「気をつけて。」

アンナ「ええ。」

クリスが注意して、アンナは少し落ち着いた。
そしてクリス達はしっかりとアンナの後を付いて行った。
アンナはいつもと違って自分だけで先へ先へと進みがちになっていた。どうしても先走ってしまうのだ。一方レイチェルはその後方を豪や神田たちの護衛に守られながら進んでいた。

いつもとは違うハンガーデッキ側の着陸地点。ここから[コントロールルーム]まではかなり離れている。採掘場の迷路のような通路もそろそろ頭の中に入ってきていたので、アンナは一路”居住区”を目指して進んだ。
いくつものドアを通って通路を奥へ奥へと進んで行くと、やはり下に向かって伸びる傾斜の通路が存在した。そのチューブ状の内壁はオレンジ色をしていた。前に来た時はこのオレンジ色の通路の先に居住区があったのだ。そこでここを伝って地下へと降りて行った。

2重扉になっているエアロックをくぐると…、思った通り[居住区]に出た。
居住区の手前には一際大きい大型の建物が鎮座していた。ここはいわば居住区の裏手に当る。




その時、アンナはまた頭痛が始まった。
それでも我慢してまだ見ぬ何かに向かって走り続けた。
宇宙服を着ているので地球上の走りとは少し違う。走るというより軽くジャンプする形になりがちだ。宇宙服での歩みは遅かったが、目指すものにもうすぐ会えるのでは無いかという期待感がアンナを強く後押ししていた。

アンナのこの前へ前へと進もうとする感じは、クリスには”以前アンナが自分の家を探そうとしていた時の感覚”に似ていると思った。
いや、そればかりではない。
その”道順”も似ているのだ。アンナが自分の家を探そうと街の中を奔走したあの時の道順と。
クリスはその事に気付き始めていた。
ここの内部に建てられた建物は、デザインこそ地球の物と違うがその基礎部分は地球上に存在する建物とそっくりだった。
そして、その配置があの時と同じなのだ。

アンナは走った。
やがて…、
その居住区の奥深くに目指す物を見つけた。
そこにはなんと”あのニュータウン”が存在していたのだ。

クリス「これは?!!」

それはクリス達が地球上で見た物と同じだったが、ここの建物の外壁はまったく痛んでいなかった。ここは月面の地下なので建物はカビ等で腐食する事も無いのだろう。さらに人工の照明で始終照らされているとは言え、建物の塗装には日焼けを帯びた跡も無かった。それでその外壁の白さは周囲から際立って見えた。

ニュータウンは地下に存在するなだらかな斜面にそって作られていた。
その真ん中には特徴的なあの幅の広い階段があった。

アンナは立ち止まってそのニュータウンの階段を見つめた。
肩で息をしていた。クリスはアンナに追いついて声をかけた。

クリス「アンナ、ここはまったくあのニュータウンそのものじゃないか?!」

アンナ「……。」

アンナはそれには答えずに、階段を駆け上がった。

クリス「気をつけろ!アンナ!」

クリスの注意も耳に入らない。アンナは夢中で傾斜を上へと突き進んだ。
クリスにもアンナがその階段を登りきった地点に何を見出そうとしているのかわかっていた。




そしてアンナは頂上に着いた。




宇宙服のヘルメットのマイクから、アンナの乱れた呼吸音が伝わって来た。
クリスもそこへ着いた。そして、その場で立ち尽くしているアンナの姿を見つけた。

そこには……、向こうの世界で見た”アンナの家”があったのだ。

アンナ「こんなはずないわ!」

アンナは叫んだ。





間もなくレイチェルやアイク、その他のメンバーが追いついた。

レイチェル「これは?この建物はどこかで見たような気がするわ……。」

アンナ「記憶にある?ここは”私の家”なの。いえ、正確に言えば、私の家とそっくりな建物…。」

レイチェル「………………。」

レイチェルも呆然としてその場に立ち尽くした。







スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.18]


アンナとレイチェルは目の色を変えて、その建物をしげしげとながめていた。
2人は驚いたままその場を動こうとしなかったので、しびれを切らし始めた神田が2人に声をかけた。

神田 「なんや、これは?この間、地球にあった建物とそっくりやんか!
ところでどうしたんや?アンナちゃんもレイチェルさんもこんな所に立ち尽くして……。」

そう言われても、2人は神田に返答もせずに建物を眺め続けた。
その”家”には窓があり、そこから中の様子をうかがい知る事が出来た。
窓の内側にはレース地のカーテンがかかっていて、それを通して見る室内の様子は、普通の家にあるようなダイニングルームに見えた。
そこには大きなテーブルと背もたれがあるイスが何脚か見えた。ただ照明が点いておらず、暗い印象があった。

クリスは家の中に入る事を思い付いた。

クリス「中に何があるのか入って直に見てみないか?」

アンナとレイチェルは無言でうなずいた。

クリスは玄関と思しき場所へ回り込んだ。しかし、玄関ドアの鍵はロックされていて閉まっていた。クリスは腰の銃のホルスター辺りに手をまわした。
それが銃を引き抜くように見えたので、豪はクリスを止めた。

豪 「ダメです!クリス君、ヘタに壊すとセキュリティーが働いて、ここの出口の鍵がロックさせるかも知れません。」

矢樹はクリスにコンピュターの端末を持たせていた。実はクリスはそれを取り出そうとしていたのだった。クリスは端末を手に取り、そこに付属するカードをその家の玄関にあるカードリーダーに読み込ませた。すると、玄関のドアは開いた。

豪 「まだ、システムは生きているんですね。電動ドアが開きましたよ。」

クリス「危険かも知れないが、入ってみよう。」

アンナは自分が先に入ろうとしたが、危険なのでクリスは自分の方が先に入ると合図した。
今度は本当に銃を構えてクリスは1人で家の中に進入した。

その様子を玄関から外で待っているアンナとレイチェルは心配そうにのぞいていた。
クリスが奥の部屋まで入っても、建物のロックがかからなかったので、クリスは外の皆に合図して入るように言った。それで皆はクリスの後に続いて建物の中に入った。





中に入ると、ちゃんと玄関が存在し、下駄箱のようなロッカーもあった。
それに小型の掃除機の吸い込み口のような物もあった。これは壁に埋め込み式の掃除機である。ホースを壁の吸引口に差し込むだけで使えるのである。これは地球でもよく見かけるタイプの物だ。


そしてさらに奥に入った。
家具があった。そこはリビングルームのようだった。
テーブルやカーテン。
出しっぱなしの透明なグラス。

そのまた奥にはキッチンのような部屋があった。
大きな冷蔵庫のような物があり、その上には電子レンジの形の機械が置かれてあった。
手前には食事をするテーブルも存在した。ここがさっき窓の外から見えてた場所である。

アンナはその部屋の家具の上に敷かれたレースの敷物やカーテンを触っていた。
この間[コントロールルーム]の方に行った時は、アンナは特に積極的に辺りの物に触れてみるという事はしなかった。だが、今日は自分から進んでこの部屋の中に存在するいろんなアイテムに触れていた。そうする事でまるで何かが確かめられるかのように。



その建物には人が生活していた事を示す多くのアイテムが残されていた。
不思議な感覚だった。地球から遠く離れた月の地下に、このような他の人類の残した生活の匂いの残る空間が存在するとは。
しかも今にもこの家の住人が部屋のドアの向こうから出てきそうな感じがしていた。
時間が止まったかのようだ。
デザインこそ少々地球の物とは違うが、ここには人間と同じ形態の人類が住んでいた空間に間違いなかった。

だが…、今はもうこの家の住人の姿は見えない……。

アンナはショックを受けていた。
アンナにとってはここはうっすらと記憶の残る場所である。
この光景はアンナの脳裏にまるで絵本の1ページのように焼き付けられていたのだ。
それは、シグソーパズルのピース絵のように、部分的にしか存在していなかった物だが、今そのパズルは完成されようとしていた。
一部しか自分の中で記憶して無いかった物が、この部屋の湯のみだとかテーブル、カーテンなどの日用品によってつなぎ合わされていった。

アンナ 「……。」


すると突然レイチェルがこう言った。

レイチェル「私、ここに想い出のようなものがあるわ。
以前、これと同じような部屋に住んでいた事があるかも知れない。」

アンナ「それは確かなの?」

そう言われてレイチェルは思い出そうとしたが、そうするとまた頭痛に襲われるのだった。

レイチェル「頭が痛いわ。」

レイチェルは頭を押さえ、眉間にシワを寄せた。そしてそのまま床にうずくまってしまった。

委員長「レイチェルさん!」






クリス達は、レイチェルの為に急いでレッドノアに帰艦する事にした。
レイチェルの精神負担ははたから見てもはっきりと感じ取れたからだ。
アンナもまた今回の訪問で大きな精神的ショックを受けていた。
宇宙服に取り付けられたセンサーがそれを読み取り、自動的にその情報をナターシャに報告していた。
それでナターシャもまた全員にすぐの帰還を命じた。






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