BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

第6話 過去の恋 act.11~20




ローレンス「新規で宇宙船を造る時間的余裕はない。その小惑星が到達するまで後半年しかないのだ。そこで、月の都市そのものを”宇宙船”として使う。」

エミオット「この都市を?確かに浮上はできるように設計されていますが。」

ローレンス「大変だが、この都市を持ち上げられるだけの推進エンジンを造ろう。」

エミオット「今からですか?大変ですね。」

ローレンス「新規で宇宙船を一隻作る方がもっと苦労する。」

エミオット「しかし、それだけのエンジンを搭載するとなると……、かなりの補強が要りますね。この都市にも。」

ローレンス「その通りだ。補強なくして強力なエンジンを積む事は出来ない。
これからは大変だ。時間との戦いになる。エンジンを作るにも補強を要すにも苦労を要するからね。」

エミオット「そうですね。」

ローレンス「そして……、我々の行き先は”別の次元”にすべきだ。」

エミオット「別の次元?」

こうして、[月の都市]の宇宙船への改造プロジェクトは進行し始めた。




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矢樹 「[ローレンス・フォスター]の申し出により、彼がプロジェクトの最高責任者に任命されたのは前に話した通りだ。
彼の監視役兼補佐役に[アンナ・エリス]という女性が選ばれた。
その後、ローレンスは彼女に特別な気持ちを抱いた。
アンナ・エリスはその任務をまっとうしていたが、プロジェクトなかばで、突然ローレンスの補佐役を降りた。これがローレンスのその後の人格形成に大きく影響したと考えられる。」

クリス「そうかも知れませんね…。」






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アンナ・エリスはローレンスの元を去った。
”元老院の決めた事に従う”というより自分の意思によって。
ローレンスは彼女を引きとめようとしたが、どうにもならなかった。

そして正規の補佐官が代わりにやって来た。
元老院議員のエミオットだ。
人間の年齢で言えば26歳ぐらいに見えた。若々しくて、スポーツマン風。肩幅が広くがっしりとした体格だった。
このエミオットという男は実はローレンスと同じく、研究者タイプの人間であった。
そして彼はローレンス同様、[別の次元への転送]を研究していた。

エミオット「研究が上手く行けば、電子体のまま次元の壁を越える事も可能になるかも知れませんね?」

ローレンス「ああ、だが、それはまだ先の話だ。」

こうして2人によって次元の壁を越える研究がなされた。

そんな中、実はアンナ・エリスとエミオットは恋に落ちていたのだ。
多忙を極めているローレンスは、その事にまったく気付いていなかった。







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矢樹 「そのためか、ローレンスはある日突然アンナ・エリスに告白を行った。」

委員長「……。」

矢樹 「アンナ・エリスにしてみれば、それは突然の出来事だった。
ローレンスは”こういう事”にうとかったのだ。
そのため彼女には、”タイミングの外れた告白”としか受け止められなかった。」






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.12]


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ローレンス「アンナ……。私といっしょになって欲しい。」

アンナ 「それはできません。私にはエミオットがいます。」

ローレンス「なんだって?」

ローレンスは愕然とした。ここで初めてアンナとエミオットの関係を知る。
多忙ゆえ自分は周りの事柄が何1つ見えていなかった事にやっと気が付いた。




ローレンス「私は一体何をしていたんだ……?」

ローレンスは泣いた。





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矢樹 「その後、ローレンスはしばらく意気消沈して病院で過ごす事になった。
それは前に話した通りだ。」





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【月・現実世界・1940年代】





月の都市の宇宙船化の工事は着々と進んでいた。
しかし………、
地球側のミサイルも完成に近づいた。そして小惑星も順調に接近して来ている。
それが近づくにつれ、月の都市の人々は不安な気持ちにかられた。




エミオット「我々も兵器を作るべきです。それで不意の攻撃に備えましょう。
兵器を装備していれば市民の安心度が違います。」

ローレンス「今からでは間に合わん。都市の宇宙船化で手いっぱいだ。兵器開発の余裕は無い。」

エミオット「………。
そうだ!ザークを改造しましょう!ザークに武器を持たせるのです。」

ローレンス「ザークに?」

元老院議員マーカス「そうだ!それがいい!」




ただちに採掘場で使用してたザークが呼ばれた。そして急造して造ったカノンやミサイルを装備させられた。

エミオット「ザークはもともと基本性能がかなり良いです。その為、砲を持たせるだけで機動兵器の代わりになります。月面上ではブースターを使用しての空中戦も可能です。」



こうして武器を持ったザーク数機が交替で都市周辺の護衛を始めた。
月の都市の人々は都市の外壁の格子を通して見えるザークの姿に歓喜した。

市民「これで守り神が出来たぞ!」





そして、月の都市は最後の仕上げの工事を急ピッチで進行していた。
それが完成に近づいた頃、1つの重大な懸念が浮上した。

ローレンス「これで後は全システムが完成さえすれば、都市は”向こうの世界”に行けます。
しかし、誰かがここに残って護衛しくてはならない必要性が出て来ました。
敵からの攻撃に備えて、都市が通過するまでゲートを守っていなくはなりません。もしゲート通過中に攻撃を受ければ大変な事になるのです。」

エイブ議長「大変な事とは?」

ローレンス「現段階では想像がつきません。もしそんな事態になったら、次元空間自体が吹き飛ぶかも知れません。」

元老院議員「なんだって?」

ローレンス「理論実験ではそうなります。これを一般の人にわかるように説明するのは難しい。」

エイブ議長「わかった。とにかく、それだけは避けねばならんという事だな?
それに地球人は以前奇襲をかけて我々を攻撃して来た。その意味でも…、奇襲に備えて誰かにここに残ってもらわねばならない。」

ローレンス「では、その”誰か”を決めなくてはなりません。
しかし、その人物に永久にここに残ってもらうという事ではありません。
いずれ、”電子体の転送技術”の小型化が完成すれば、ここに残った者も最終的には我々と合流できます。
今はこの都市を運ぶような大型用の転送装置しか造れません。しかも片道、一回だけの転送です。
いずれ、人間1人でも転送する事が出来る装置が作れるようになるかも知れません。」






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.13]


元老院議員マーカス「では誰がこの世界に残るんですか?」

議会室には多くの元老院議員がつめかけていたが、その発言に水を打ったようにシーンと静まり返った。

しばらく経ったのち、エミオットが「誰も残らないなら私が残ります」と発言した。

ローレンス「いいのかね?」

ローレンスはすかざす聞いた。

エミオット「はい。」

これにはアンナ・エリスが驚いた。






そして会議の場が終了するとアンナ・エリスは急いでエミオットの元に駆け寄った。

アンナ「なぜ?どうしてなの?」

エミオット「そんな目で見るな。
別に生き別れるというわけじゃないさ。無事に都市がゲートを通り抜けたら……、その時は君が迎えに来てくれ。」

アンナ「でも……。」

エミオット「どうしてもここには誰かが残らなくてはならないんだ。
地球人の攻撃に備えてね。」

アンナはエミオットが思い止まってくれないものかと切に願った。


エミオット「この都市を転移させるのに相当なエレルギーが必要となる。
それは今まで採掘場で発電させて備蓄して来た。それでも今回”向こうに行く”のは片道旅行となる。
また、今現在の小型の”電子体の転送技術”は未完成だ。
自由にこちらと向こうの世界を行き来できるその小型の”電子体の転送技術”が完成したら……、その時は僕も向こうの世界に行ける。君の後を追って。」

アンナ「でも、それはいったいいつの事になるの…?」

エミオット「心配無い。あれは僕とローレンスの共同研究のテーマなんだ。完成の見込みは大いにある。その事を僕は誰よりも知っている。」






こうしてエミオットが残る事になった。それは議会で正式決定された。

「地球人が開発していたミサイルが完成した」という情報がレイドの元へ飛び込んで来た。
そしてあの小惑星が月の裏側の間近かに接近して来た。

ローレンス「小惑星が月の裏側数十万キロ付近を通過します。それに合わせて地球側のミサイルが発射されるでしょう。それはもうまもなくです。」

それを受けてただちに採掘場とそこに付随した居住区は放棄された。
ついに”向こうの世界”へ旅立つ日がやって来たのだ。



議長以下、元老院議員達はエミオットに別れを告げた。

エイブ議長「それではエミオット君、後をよろしく頼む。
君は英雄だよ。皆が君を尊敬するだろう。」

元老院議員マーカス「必ずローレンスに小型の”電子体の転送技術”を完成させてもらうようにするから。それまでがんばってくれ。」

エミオット「ああ。」







その頃ローレンスはアンナ・エリスと2人だけで議事堂の一室で話をしていた。

ローレンス「彼は来ない。彼が自分でそう言った。この世界に残るのだ。」

アンナ「では、私も残ります。」

ローレンス「なんだって?!」

ローレンスは耳を疑った。思えば彼女からエミオットの事を聞いた時もそうだった。

アンナ「彼と共にこちらに残ります。」

ローレンス「君が残ってもどうしようもないさ!」

アンナ「いいえ!残ります!彼を1人にするわけには行きません。」

ローレンス「そんな事をすれば地球人からの攻撃で君も死ぬかも知れないんだぞ!」

アンナ「それならなおさら残ります!エミオットを死なせはしないわ!」

その後、ローレンスとアンナは激しく口論した。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.14]








【隕石攻撃・現実世界・1945年】




ローレンスはアンナを思い止まらせようとした。
しかし、時すでに遅く、地球側のミサイルは発射されていた。
そしてそれらは巧みな進路を取った。

レイドの採掘場からは急造して作られた迎撃用のミサイルが飛び立った。
このミサイルは多忙な中を割いて開発・製造されたが、レイドにはロケット技術はあっても戦争の経験はほとんどなかった。だから実戦でこのミサイルが役に立つかどうかはわからなかった。

地球側ミサイル群は迎撃専用の小型ミサイルも同時に発射していた。そしてそれらは小惑星破壊用の大型ミサイルに随行していた。
その数はかなりの本数にのぼり、まさに物量という感じだった。それに比べレイドの迎撃ミサイルはわずかに30機。

やがてそれらは同行していた迎撃専用ミサイルによって全て撃墜された。
結果、多くの地球のミサイルは予定通り小惑星に命中した。小惑星は粉々に吹き飛び、破片が半径30キロにまで四散した。そして、時間の経過と共にその破片の範囲はさらに広がって行った。

ローレンス「もう一刻も猶予は無い。今すぐ転送を開始します。」







エミオット「いよいよ、君とお別れだ。アンナ……。」

アンナ「いいえ。私達はいつまでもいっしょよ。」

アンナはエミオット以外の誰にも知られること無く月の都市を抜け出して来ていた。
エミオットもそんなアンナの行動を認める以外になかった。アンナはそう決心しており、いまさら何を言っても無駄だったからだ。
それにエミオットにはもうその事にかまっている時間的余裕は無かった。彼にはたくさんの仕事が待っていたのだ。





エミオットとアンナは採掘場の[コントロールルーム]にいた。
ここから[月の都市]の空間移送の管制を行う。

エミオットは、今や宇宙船化した月の都市の周囲で待機しているザークに「ゲートを発生させるよう」コマンドを送った。
ザークは空間を曲げる力を持つ[ゲート発生器]を持たされていた。そしてザークはそのコマンドを実行した。

採掘場の地下に備蓄された電力は月の都市やザークの[ゲート発生器]にパイプラインを通じて供給された。一度に信じられないくらいのエネルギーが供給され、何も無い空間にゲートが形成された。

エミオット「空間の歪が発生した!あれこそが”ゲート”だ!」

それは強力な光を放っていた。

エミオット「すごいエネルギーだ!アンナ!目を開けるなよ!」

アンナ「ええ!」



[コントロールルーム]の建物は都市から数キロ離れていた。それでもここの建物の壁がビリビリと震えた。



月の都市は光の洪水に包まれた。

そして数分後、都市は無事にゲートを通り抜けた。









今や月の都市の姿はどこにも無く、月面は静まり返っていた。

エミオット「成功だ!成功だよ、ンナ!」

だが、アンナは泣いていた。

アンナ「逃げましょう。ここから。」

エミオット「もう遅い。
おそらく月のどこへ行ってもあの隕石群は降り注ぐ。それほど広範囲に広がっているんだ。
もう、後30秒ほどでここに到達する。」

アンナは涙を流した。

アンナ「………………。」

エミオット「ここの地下居住区に行こう。あそこには僕らの”家”があるじゃないか!」





スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.15]











【地球・向こうの世界・年代不明】







月の都市の転送プロジェクトは見事に成功し、レイドの人々は”向こうの世界”にたどり着く事が出来た。

だが……、

元老院議員マーカス「ここはどこだ?」

”新天地”と期待されていたそこは薄暗い世界だった。
地球に比べると明らかに光量が少ない。

ローレンス「場所は”地球”です。見た目は気象以外ほとんど変わらない。だが、ここはいままでいたのとは別の世界だ。」

そこは雲が低く垂れ込めた薄暗い環境だった。雨が止む事無く振り続いていた。全部が灰色に見え、空の青さはなかった。

エイブ議長 「これはどういう事だね?ローレンス君!ここが新天地だとでも言うのかね?」

ローレンス「いいえ。私はそこまでは言及していませんでした。これは出発前には予想できなかった事です。いうなれば我々は”向こうの世界”の事前調査は充分に行えなかった。」

元老院議員マーカス「それにしてもこれはいったいどういう事だ?この気象状態は?」

サーチ結果から算出した気象図を広げると、どこもかしこもここと同じような気象状態だとわかった。

ローレンス「おそらく対になっている世界の影響でしょう。」

元老院議員マーカス「”対”?」

ローレンス「この世界はいわば鏡のような物です。現実世界とは表裏一体、向こうで起こった出来事はこちらの世界にも影響が出ます。
[現実世界]では今地球全土を巻き込んで戦争が行われていました。その影響が少なからずここに現れています。あの戦争の闇が、このような暗い世界となって映し出されたのでしょう。ここは影響を受けやすい世界ですから。」

元老院議員マーカス「しかし、これでは満足に住めないのではないか?」

ローレンス「住めますよ。」

議長以下、非情とさえ思えるような天候が続くこの世界をもう一度見まわした。
都市の外周を覆う天上の格子の隙間から覗くこの世界は決して明るくは見えなかった。
ここは本当なら夢のような新世界になる筈だったのに……。
かつて地球に初めて訪れた時、その美しい自然を目の当りにしたあの感動の再来を期待していたレイドの人々は落胆した。
しかし、ローレンスだけは多少楽観的にこの境遇を見守っていた。
彼はまだアンナ・エリスが現実世界に残った事実を知らなかったのだ。

ローレンス「心配要りません。月に我々が最初に訪れた時と同じですよ。住めば都です。」








ローレンスは都市内でアンナ・エリスの姿を探した。しかし、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
しばらくしてアンナ・エリスがエミオットと向こうの世界に残った事を悟ったローレンス。その心には驚きと失意と怒りの感情がこみ上げて来た。そしてそれは彼の中で複雑に交錯していた。

ローレンス「なんて事だ……!」





ローレンスはアンナを連れ戻そうと、小型の”電子体の転送技術”を早急に完成させる決意をした。そしてこの新しい土地で日々研究に没頭した。しかし……、それはなかなか難しい技術であった。

実はローレンスはこれとは別に、「向こうの世界から現実世界をかいま見る事が出来る方法」も研究していた。それは「電子体として現実世界に出没する」というものだった。
こちら側にある特殊な装置を使えば、電子信号となった電子体だけ向こうに送る事が出来た。
その方法を使って現実世界に出没する事が可能だった。
その装置とは[レイドのバーチャルリアリティーシステム]だった。これは地球人が作ったそれと似ていたが、「電子体を本当に送り込める」という点で違っていた。







スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.16]





【月・現実世界・1940年代末期】






1年という時間が流れて、ローレンスはやっとの思いでその[バーチャルリアリティーシステム]の技術を完成させた。
そして自らが実験台となり、その装置を使って”現実世界”をかいま見ようと試みた。
もちろんそれはアンナ・エリスに再会する為だ。

彼の身体は”向こうの世界に実体を残したまま”、電子体となって現実世界へと姿を現した。その時はちゃんと宇宙服も着込んでいた。

ローレンス「成功だ!」

彼は月の上に立っていた。そこは月の都市の跡地だった。
都市の姿はもちろん無く、代わりにそこには広い平原が出来ていた。確かにあんな大きな月の都市が設置されていただけあって、もともと平坦な地形ではあったが…。

ローレンス「これは?」

地球人の攻撃による隕石が落ちて来て、地下のマグマが噴出し、それが地表に流れて出して固まり、平らな地形を作り出していた。それはまるでアスファルトが敷かれたように平らで黒っぽい地表だった。表面は陶器に似た光沢面を持っていた。月の上で急速に冷えて固まって出来た物らしかった。




ローレンスは採掘場に向かった。
採掘場は少し離れた場所にあったのでマグマが噴出した跡も無かった。
幸い、採掘場はほとんど無償で残っていた。ここはクレバスの裂け目の中に造られていたので、その事が幸いし、隕石の直撃はほとんど受けなかったようだ。

ローレンスは期待を込めてアンナ・エリスの姿を探した。
まずは彼女の家を訪ねた。それはニュータウンのように造られた居住区の最上階にあった。


その家の玄関にはキーロックがかかっていた。ローレンスはインターフォンを押してみたが、誰も出て来なかった。
電子体の彼であったが、今やインターフォンのボタンを押せるような擬似の実体を持っていた。その為、ドアや壁のすり抜けは出来ない。
そこでローレンスはコンピューターの端末をドアのキーロックに接続して、ロックを解除した。
玄関から家の中に入ると赤ん坊のような声が聞こえた。確かにベビーベッドが置いてあり、その中に赤ん坊がいた。

そしてその奥のテーブルにアンナ・エリスがいた。まるで蝋人形のようにじっと動かずに椅子に腰かけていた。目は宙を見るような感じで、うつろだった。ロダンの有名な彫刻のように、じっと何かを考え込んだ姿のまま座っていた。彼女はやつれて別人のように見えた。黒っぽい服を着ており、それがなぜかローレンスには喪服のように思えた。
アンナはその家の中で悲しみに明け暮れていたようだ。

ローレンス「どうした?」

アンナは顔を上げた。彼女は玄関のロックが解除された事にもまったく気が付いていなかった。

アンナ「どうして貴方がここに?」

ローレンス「君の事が心配になって………。」

アンナ「……。」

それっきりアンナは大人しくなった。

ローレンス「エミオットは?」

アンナ「彼は……、亡くなったわ。」

ローレンス「どうして亡くなったのだ?」

アンナ「隕石の飛来にやられて。」

ローレンス「……。」

あの隕石群の攻撃のあった日。
この採掘場から離れた位置に太陽電池パネルとそれに付随したパイプラインが設置されていたが、
それは隕石の飛来でやられてしまった。
運が悪い事に発電機や電力蓄積をしていた電池群へのパイプラインも切断されてしまった。エミオットは居住区の電力が全てストップした為、しかたなく外に飛び出した。修理を試みる為である。その時、隕石群の飛来にあって亡くなったのだという。

その後アンナ・エリスにはエミオットとの間にやどっていた子供が生まれた。
完全自動化された医療センターを使い、1人でその子を産み落としていた。






ローレンス「…………帰ろう、元の世界へ。私と一緒に。」

アンナ「いいえ、私はここに残ります。」

ローレンス「君一人でここに残っても危険だ。君の精神レベルはひどく落ち込んでいるように見える。」

アンナ「放っといてください。」

ローレンスはアンナを納得させる事はまったく出来なかった。アンナはその場に残ると言い続けた。

ローレンス「(あの時と同じだ。私には君を連れて行く事はまったくできない。君の心の中に私は住んでいない。)」


ローレンスは単なる電子体だった。今は彼女を連れて帰る技術は持っていなかった。
しかたなくローレンスはアンナ・エリスを残したまま、[バーチャルリアリティーシステム]からログアウトした。





スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.17]



【地球・向こうの世界・年代不明】







それからローレンスはまた気落ちしてしまった。議会にも顔を出さなくなった。
そこで、議会は人をやってローレンスの元を訪ね、事情説明を求めた。
そして彼の口からエミオットが亡くなった事実を知る。それにアンナ・エリスが向こうの世界に1人で残っている事も。

エイブ議長「救出に行かねば……。」

元老院議員マーカス「そうですね。いわば彼女も我々の命を救った恩人です。ぜひとも連れて帰らねばなりません。
ローレンス君!小型の”電子体の転送技術”はもう完成したのかね?」

ローレンス「いいえ、まだです。」

エイブ議長「急いで完成させてくれたまえ!アンナの為に。」

ローレンス「もちろんです!」






それからのローレンスは、まるで何かにとりつかれたかのように研究に没頭した。
アンナ・エリスを連れて帰りたい一心で転送技術の完成を急いだ。
しかし、思うように小型の”電子体の転送技術”は完成できない。
それには強力な発電機が必要だった。
そこで、ローレンスはザークを使う事を思いついた。
ザークはその体内に強力なタキオン粒子による発電機を備えていた。
「その電力を使えば、空間に歪を形成する事ができるのでないか?」とローレンスは考えた。



ローレンスはザークを使用して転送の試験テストを繰り返す。
一方、ローレンスの報告によるとアンナ・エリスは「現実世界に残る」事を強く主張していた。
そこで議会は転送に先立ってアンナの説得工作に向かった。[バーチャルリアリティーシステム]を使ってだ。こうして元老院議員マーカス等の電子体が向こうの世界のアンナに会いに行った。

アンナ・エリスの心境としてはエミオットが死んだこの地と家を離れたくなかった。彼女はもう自分の行く所はどこにも無いと考えていた。
元老院から派遣された者達はかなり長い時間アンナと話をした。その結果、彼女はやっと”向こうの世界”に行く事を承諾した。

そしておりしもローレンスの”ザークによる小型の電子体の転送技術”は一応完成した。

ローレンスはただちに転送技術を使って現実世界へザークを派遣する事にした。ザークに乗れるのは通常1名のみ。だが赤ん坊ぐらいなら、追加で1名乗せられる。その為、ザークには誰も乗せず、空のまま現実世界へと送りこんだ。ザークは人を乗せなくとも単体で活動できるロボットだ。自己判断が出来る優秀なコンピュターを搭載していた。その為、通常ザークは無人で使われるのが一般的だった。

ザークは打ち込まれたコマンドの命令通り、空間に”歪”を作りだした。
そして自らその中に進入した。そのまま”現実世界”へと飛行して、無事到着。
ザークはアンナ・エリスと赤ん坊をその体内に乗せ、”向こうの世界”へと舞い戻った。






アンナ・エリスがレイドの人々の元へ帰った。
議会以下、レイドの全ての人々がアンナに礼を言い、帰って来た事を祝福した。

エイブ議長「良かった。君が戻って来てくれて。また会えて嬉しいよ。」

元老院議員マーカス「貴方の帰りを皆心よりお待ちしていました。」

アンナ「……。」

だが、アンナはエミオットを失った悲しみからか、以前のような明るさは消えていた。
あまり会話をしなくなっていた。アンナの娘も自然と”笑う事が少ない”ように見受けられた。






その後、アンナは郊外に住む事にした。
そこには元老院から与えられた”家”がある。それは月での居住区を真似て再現された”ニュータウン”の中にあった。これは多くの人々からの希望で、月の居住区そっくりな場所がここにも再現されていたのだ。あの場所はレイドにとって思い出の場所になっていた。それゆえ、その街を再現して造る事の要望が高かったのだ。

こうしてかつて”最初に地球に作った街”と、”月面の地下居住区”、そしてここ”向こうの世界の街”と、ほぼ同じ形の街が作られた事になる。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.18]


その場所でアンナは静かに暮らし始めた。

そしてやはり”向こうの世界”は気象条件が悪かった。
アンナはここに住み始めて、初めてその事を知ったが、別に驚きはしなかった。
またさしてその事を気に止めてもいなかった。
いや、アンナはもはや周りのほとんどの事に気を回さなくなっていた。自分の子供を育てる事以外は。

分厚い雨雲が始終空を覆っていた。
そのため湿度は常に異常なまでに高く、いつも風がごうごうと唸りを上げて空を割き、いわば人の心を暗くするような気象環境が続いていた。
アンナ・エリスは悲しさを引きずりながら、前とそっくりではあるが、この新しくなった住まいで次の人生を静かにスタートさせていた。
それは自分の子供の為だけに生きているようにも見えた。
アンナは自分の娘に[アン]と名付けていた。それは自分の名前から取った名だった。




ローレンスはそんなアンナをたびたび訪問した。
「アンナが落ち込んでいるので励まそう」という理由を付けての訪問だった。

ローレンス「アンナ!どうしたんだ?!どうして明るい笑顔を見せてくれない?
ここを開けてくれ!君と話がしたい!」

そう言って玄関でインターフォンごしに話しかけた。
アンナは玄関の扉を開けずに、そのままインターファンで返した。

アンナ「何も話す事はありません。」











【地球・向こうの世界・その5年後】



その後は執拗にアンナに付きまとう形になるローレンス。
それが何年も続いた。
それでもアンナはまったくローレンスの方に振り向かなかった。

アンが5歳になったばかりの頃…。
アンはアンナに聞いた。

アン「ママ、あれは誰?いつも来ているあの人は?」

アンナ「……ただの仕事場のお友だちよ。昔の仕事場のね。」

ローレンスは無視された。
その為かアンもローレンスにまったく興味を示さなくなっていた。





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矢樹 「アンナ・エリスはすっかり変わってしまった。落ち込みは激しく、彼女はめったに笑わないし、また人に会わない人間になった。」

クリス「……。」

委員長「かわいそう……。」

アンナ「……。」

神田 「……。」

豪 「……。」




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大雨の日、ローレンスはレインコートを着こんで、またアンナの家の玄関までやって来た。
ローレンスがアンナの家に通うようになってもう4年程になるだろうか?しかし、一度も家の中に招き入れられた事は無かった。

ローレンス「アンナ!大丈夫か?!1人で悩んでいてもしかたない。
僕が話し相手になろう。」

そう言ってまたインターフォンごしに話しかけた。
するとインターファンを通してアンナから返事が返って来た。

アンナ「もう来ないでいただけますか?」






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スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.19]


委員長「さすがにその言葉は、つらいわね。」

クリス「……………。」

矢樹 「見つかったデータによるレイドの歴史は以上だ。」

神田 「それで、やっぱり探しに行けへんの?」


その時、「アイクが入院した」という連絡が矢樹の元に入って来た。
レイチェルが行方不明になったので、アイクはまた神経をやられてしまったようだ。
情緒不安定気味にもなっていたので、メディカルセンターへの入院を余儀なくされたのだ。
ナターシャがそう言ってよこした。







スポルティーファイブのメンバーはアイクの病室に向かった。
ベッドの上のアイクの顔はまたもやつれた感じになっていた。

委員長「必ずレイチェルさんを見つけて連れ戻します!」

アイク 「……。」

なんとも言えない表情のアイク。







その後、レイチェルを救助する為の作戦が練られた。メンバーは再び矢樹の研究室へ呼ばれた。

矢樹 「スポルティーファイブの機体のコクピットから回線を接続して、バーチャルリアリティーシステムに潜る。この間の一件で緊急時には安全に回線が切断できる事が確かめられた。まずはそれで行け。」

クリス「バーチャルリアリティーシステムの中にレイチェルさんがいるんですか?」

矢樹 「いや、バーチャルシティーの中に居るとは思わないが、そこにローレンスが現れる可能性がある。彼に聞けばわかると思う。」

クリス「やはり彼が連れ去った去ったと。」

矢樹 「そうだ。」

神田 「”向こうの世界”へ直接スポルティーファイブの機体で行かんのかいな?その方が早いような気がするけど?」

矢樹 「それは危険だからな。君達をおいそれと”向こうの世界”に送るわけにはいかん。
向こうの世界のどこにレイチェルさんが捕らえられているかわかったら、初めてスポルティーファイブの機体を出動させる。」

クリス「わかりました。」

矢樹 「では、バーチャルシティーへは最初は1名で行け。誰にする?」

アンナがその被験者になる事を名乗り出た。

矢樹 「いいんだな、アンナ?」

アンナ「どうしてもレイチェルさんを救い出したいんです。」

クリスは心配になったが、アンナの決意は固そうだった。
レイチェルへの想いがアンナを突き動かしていた。
もう止めに入っても断られるだろう。その雰囲気がアンナにはあった。アンナの性格はアンナ・エリスに似ている。それでやむをえずアンナに行かせる事にした。

アンナはパイロットスーツを着て、スポルティーファイブのコクピットに座った。
矢樹もやはり気が進まないようだったが、止めはしなかった。

神田 「アンナちゃん、大丈夫かな?」

神田も情けないぐらいに心配そうな顔をしている。

委員長「この間は無事回線が切断できたけど……。」

クリス「ああ、今度も切断できるとは限らない。」





それでもアンナはコクピットのシートに座った。

矢樹 「充分気を付けろよ。
危なくなったら直ちに帰還するシグナルを送れ。それで回線を切断して回収する。」

アンナ「はい。」







ナターシャ「アンナさん、では今からバーチャルリアリティーシステムのプログラムをロードします!」








アンナはログインして、バーチャルリアリティーの都市の中に入った。








スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.20]


風が吹いていた。不気味に静まり返っているような世界。小さな物音だけがやけに耳に付いた。
風の音。雑踏。車のタイヤやドアを閉める音。クラクション。携帯電話の呼び出しのメロディー音。
全てが本物そっくりだ。それゆえにどこと無く不気味だった。

アンナが出現した所はいつも最初に訪れるのと同じ場所だった。
オフィスビルが建ち並び、目の前には片側3車線の道が通っている。
今はちょうど道の真ん中だ。中央分離帯の上にいた。付近に車は1台も走っておらず、はるか遠方にかたまって見えていた。
アンナはまず急ぎ足で歩道へと歩いた。
もちろん”車に引かれて死ぬ事は無い”とわかっているのだが、歩道の上に着くとなぜかホッとしてしまう。





やがてアンナはその歩道にそってゆっくりと歩き始めた。アンナの短めの髪が風に当たって揺れた。それさえもリアルに感じる事が出来た。




その後もアンナは街を当てもなく歩いた。
ローレンスは現れるのだろうか?
しばらく街中の人の賑わいのある場所を歩くものの、ローレンスは現れなかった。
レイチェルを手に入れたので、もうアンナには興味がないという事だろうか?

しかたないのでアンナはこの間のホテルに向かう事にした。ローレンスが案内してくれたあのホテルへ。
今、もっとも行くべき場所はそこなのだ。


すぐに辺りでコミニュティーカーを見つけ、それに乗った。
15分でホテル前に着いた。
ホテルはいつ見ても格調高い。
ここがバーチャルな世界ではある事がわかっているのだが、豪華なホテルの玄関にあるフロントには大勢の従業員達がいて、誰もが少し遠慮がちになってしまう事だろう。
アンナも少し緊張した。しかし、やはりそこはバーチャルな世界なので面倒な手続きもなく、すんなりと奥へ入れた。

そして、アンナはさっそく例の展望室に向かった。
エレベーターでその展望室がある階まで登った。エレベーターはショックも伴わず、高速で上昇して、すぐに目的の階に着いた。
展望室に入って中を見たが、誰もいない。
アンナは少しがっかりした。
これからどこを探せばいいのだろうか?
レイチェルは大丈夫だろうか?
この途方も無い世界、バーチャルな世界であるが現実と同じように広い。
ここに”隠れた者”を探す事は不可能に思えた。
レイチェルもローレンスもこの世界を検索するプログラムには引っかかってくれない。
後は、くまなくこの世界を見て回るしかないのだろうか?

しかもローレンスが再び自分の目の前に現れてくれるという保証は無い。
彼自身がもうアンナに用が無いと思えば、2度と現れてくれる事はないのだ。
そしてそれはレイチェルを見つける手がかりを失い、彼女の捜索を困難にする事を意味した。









ナターシャ「反応が現れました!」

矢樹 「ローレンスか?!」









そう思っていると……、その部屋にローレンスが入って来た。
ハッとして、息を飲むアンナ。

ローレンス「よく来た。」

ローレンスは普段と同じように取りつくろっている感じだ。だが、疲れているようにも見えた。口調に元気が無く、いつもよりゆっくりしていた。

アンナ「レイチェルさんを返して!」

今日のローレンスには何か開き直った感がある。身体の動きもほとんどない。
以前より前髪が多く顔にかぶさり、目もそれによって隠されていた。そのため暗い印象があった。

ローレンス「”彼女”に会いたいのか?では私に付いて来てくれ。会わせてやろう。」

アンナは警戒してその場で立ち止まった。

ローレンス「どうした?ついて来ないのか?
それなら、もう2度と”アンナ・エリス”に会えないぞ。」

ローレンスはややぶっきらぼうな口調でそう言った。
それを聞いて、しかたなくアンナは付いて行く事にした。

この間のローレンスの取った行動を考えるとぞっとする。
しかし、行かなければレイチェルに会えそうに無かった。









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