───・┼ Longtemps Encore ┼・───

L'Arc~en~Ciel

L'Arc~en~Ciel

L'Arc~en~Ciel
            hyde             tetsu                 ken              yukihiro


■Dicography■

◆ALBUM◆
1st.Tierra
2nd.heavenly
3rd.True
4th.HEART
5th.ray
5th.ark
7th.ectomorphed works
8th.REAL
9th.Clicked Singles Best 13
10th.The Best of L'Arc-en-Ciel c/w
10th.The Best of L'Arc-en-Ciel 1998-2000
10th.The Best of L'Arc-en-Ciel 1994-1998
13th.SMILE
14th.AWAKE


◆SINGLE◆
1st.Blurry Eyes
2nd.Vivid Colors
3rd.夏の憂鬱 (time to say good-bye)
4th.風にきえないで
5th.flower
6th.Lies and Truth
7th.虹
8th.winter fall
9th.DIVE TO BLUE
10th.花葬
10th.HONEY
10th.侵食 lose control
13th.snow drop
14th.forbidden lover
15th.HEAVEN'S DRIVE
16th.Pieces
17th.Driver's High
18th.LOVE FLIES
19th.NEO UNIVERSE/finale
20th.STAY AWAY
21th.Spirit dreams inside - another dream -
22th.READY STEADY GO
23th.瞳の住人
24th.自由への招待
25th.Killing Me
26th.New World
27th.叙情詩
28th.Link


◆DVD◆
CHRONICLE
ハートに火をつけろ!
A PIECE OF REINCARNATION
1999 GRAND CROSS CONCLUSION
CHRONICLE 2
CLUB CIRCUIT 2000 REALIVE - NO CUT -
ハートに火をつけろ!
A PIECE OF REINCARNATION
heavenly ~films~
and She Said
Siesta ~Film of Dreams~
眠りによせて
7
LIVE IN U.S.A.~at 1st Mariner Arena July 31, 2004~
SMILE TOUR 2004~全国編~
AWAKE TOUR 2005



◆VHS◆
眠りによせて
Siesta~Film of Dreams
and She Said
heavenly~films~
A PIECE OF REINCARNATION
ハートに火をつけろ!
CHRONICLE
1999 GRAND CROSS CONCLUSION
CHRONICLE 2
CLUB CIRCUIT 2000 REALIVE - NO CUT -




リーダーはtetsu (B)。所属プロダクションはMAVERICK D.C、レコード会社はKi/oon Records。
略称はラルク。2001年にバンド名の日本語表記を「ラルク・アン・シエル」から「ラルク アン シエル」に改めた。


■MEMBER■

hyde(ハイド)Vocal, Chorus, Guitar

ken(ケン)Guitar, Chorus

tetsu(テツ)Bass, Chorus(リーダー)

yukihiro(ユキヒロ)Drums



■PREVIOUS MEMBER■

hiro(ヒロ)初代ギター
1992年6月12日に脱退

pero(ペロ)初代ドラム
1992年12月30日の大阪ミューズホールでのライブをもって脱退

sakura(サクラ)2代目ドラム
1997年2月24日に覚醒剤取締法違反で逮捕後、
同年11月4日に正式脱退(脱退理由は音楽性の違いとなっている)


■OUTLINE■

1991年2月頃に大阪でtetsuを中心に結成。
グループ名の「L'Arc~en~Ciel」はフランス語では「ラルカンスィエル」「ラフカンスィエル」と発音し、
「虹」という意味(英語直訳は「the arch in (the) sky」、日本語直訳は「空中のアーチ」)。
インディーズ時代は関西を拠点に活動。
名前の由来は阪急梅田駅前にあった喫茶店(現在は大丸梅田店の中にある)の名前をtetsuが気に入り、
そこから取ったという説が有力である。
ファーストライブでは対バン形式ながらも異例の150人を動員した。
1993年に「DUNE」を発売し、オリコンインディーズアルバムチャートで1位を獲得。
インディーズでの人気を不動のものとし、1994年メジャーデビュー。
デビュー時期が同時期でジャンル的にも似通っていることなどからよくGLAYと比較されることもある。

メンバーの一人一人が持つ高い演奏技術や楽曲センス、
hydeの書く幻想的な詞などでメジャーデビュー以来着実にファンを増やし、
1996年発売のアルバム「True」がデビュー後初のオリコン1位になる。
「True」はその後発売6週目でミリオンセラーに輝くなどラルク人気は過熱しはじめ、
ヒット街道を驀進するものと思われたが、
直後にドラムのsakuraが逮捕され活動を完全に休止してしまう。

1997年、長い休止の後発売したシングル「虹」のヒット(当時の自己最高初動・最高売り上げを共に更新)、
直後東京ドームで行われた復活コンサート「1997 REINCARNATION」では公演チケットが当時最速の4分で完売と、
邦楽業界の第一線へと華々しい復帰を飾る。
1998年にはアルバム「HEART」のミリオンヒットから始まり、
シングル「HONEY」「花葬」「浸食~lose control~」の3枚同時、
シングル「snow drop」「forbidden lover」の2枚連続、
1999年にもアルバム「ark」「ray」の2枚同時発売で話題をさらうなどで数々の大ヒットを飛ばし、
同時期にヒットを飛ばしたGLAYと共に'90年代後期J-POPシーンのトップを走り続けた。

2001年、シングル「Spirit dreams inside - another dream -」を発売した後に各自がソロ活動などに入り、
実質的な活動休止状態になる。一部では解散説も流れ「もうラルクとしての活動は無いんじゃないか」と思われていたが、
2003年に行われた「Shibuya Seven Days 2003」で大々的な復活を果たし、
最終日には2004年3月のアルバム(SMILE)発売発表で解散説を一蹴。
翌年2月4日にシングル「READY STEADY GO」をリリースし完全復活した。

2004年からはメインでラルクとしての活動を行いつつ各自がソロ活動をしていたが、
2005年中旬からHYDEが新たにバンドメンバーを構成し再始動、
acid androidもアルバムリリースを発表しソロ活動を再開したためラルクとしての2006年のスケジュールは現在未定になっている。
ただHYDEは「2006年には再び活動を終える」と公表している。


■HISTORY■

1991年
2月、大阪で結成。結成当初のメンバーはtetsuを中心に
hyde(当時hide)、hiro(ヒロ、ギター)、pero(ペロ、ドラム)の4人。

4月18日、YANTA鹿鳴館にてhyde、hiro、tetsu、peroによる
謎のセッション・バンドとしてライヴを行う。

5月30日、難波ロケッツ(大阪での活動拠点となったライブハウス)にて
L'Arc~en~Ciel名義としての初ライブを行う。

8月31日、市川クラブGIOにて関東初ライブを行う。


1992年
hiroが脱退しkenが加入する。

10月1日、コロムビアからリリースされたオムニバスアルバム『GIMMICK』に『Voice』が収録される(「DUNE」収録のものとは別のバージョン)。

11月25日、ラルク初の単独音源であるシングル「Floods of tears/夜想花」をリリースし、限定1000枚が予約だけで完売する。
peroが脱退。


1993年
peroの後任に元The HAREM Qのsakura(サクラ)が加入。

4月10日、Danger Crue Recordsからインディーズでアルバム「DUNE」の限定版をリリース。4月27日に通常版をリリース。
5月31日付けのオリコンインディーズアルバムチャートで「DUNE」が1位を獲得。


1994年

4月3日~4月15日、インディーズ時代最後のホールツアー「ノスタルジーの予感」を行う。

7月1日、VHSビデオシングル「眠りによせて」でKi/oon Sony Records(現Ki/oon Records)からメジャーデビュー。

7月14日、メジャーデビュー後初のアルバム「Tierra」リリース。

7月14日~8月27日、メジャーデビュー後初のコンサートツアー「Sense of time '94」を行う。

10月21日、1stシングル「Blurry Eyes」リリース。


1995年

2月1日、ファンクラブ「Ciel(シエル)」発会。(1994年12月1日入会受付開始)

12月27日、「TOUR heavenry '95」にて初の日本武道館でのライブを行う。


1996年

12月12日、4thアルバム「True」発売。初のオリコン1位とミリオンセラーを記録する。


1997年

2月24日、sakuraが覚せい剤取締法違反の現行犯で逮捕される(sakura逮捕時の流れや概要参照)。逮捕後も3人での活動はしていたが事実上活動中止となる。

10月17日、シングル「虹」をリリースし活動再開。サポートドラムとして元DIE IN CRIESのyukihiroが参加。

11月4日付けでsakuraが脱退を発表。

12月23日、初の東京ドームライブ「1997 REINCARNATION」を行う。公演チケットは当時東京ドーム史上最速の4分で完売した。


1998年

1月1日、yukihiroが正式なメンバーとして加入。

1月28日発売のシングル「winter fall」が2月9日付オリコンシングルチャートで初の1位を獲得。

7月8日、シングル「花葬」「浸食~lose control~」「HONEY」を同時リリース。同一アーティストが売り上げた最多初動セールスを記録。
その中でも「HONEY」は自身最高のセールスを記録した(122.4万枚)。

11月21日、全日本有線放送大賞を受賞。

12月4日、日本有線大賞最多リクエスト歌手賞、日本有線大賞を受賞。

12月31日、第40回日本レコード大賞優秀作品賞を獲得。同時に「HONEY」で紅白歌合戦に初出場。


1999年

3月、第37回ゴールデン・アロー賞音楽賞、グランプリ受賞。

7月1日、アルバム「ark」「ray」を同時リリース。両方がダブルミリオンを超える売り上げを記録。

7月17日~8月21日、初の野外ライブツアー「1999 GRAND CROSS TOUR」を開催。東京公演では10万人を超える観客を2日間に渡って動員する。

12月7日、1999年度ベストドレッサー賞受賞。

12月31日、「HEAVEN'S DRIVE」で2度目の紅白出場。そのリハーサルや出演と平行し初のカウントダウンライブ「RESET>>>*000」を行う。


2000年
ファンクラブ名称が「LE-CIEL(ルゥ シエル)」に変更される。
初のドームツアー「TOUR 2000 REAL」を行う。
なお12月5日の公演はYahoo! JAPAN内の「Yahoo!ブロードキャスト」で、
12月6日の公演はSKY PerfecTV!で4人それぞれ+全員のアングルがCh別に分けられ生放送される。

12月31日、「STAY AWAY」で3回目の紅白出場。


2001年

3月14日、Yahoo! JAPANとのジョイント企画で初のベストアルバム「Clicked Singles Best 13」リリース。

9月5日、シングル「Spirit dreams inside -another dream-」発売後に活動休止状態に入り、
その間は各個人がソロ活動を行う。
(hydeはHYDE名義、
kenはSONS OF ALL PUSSYS(サンズ・オブ・オール・プッシーズ)として、
tetsuはTETSU69(テツ・シックスティーナイン)名義、
yukihiroはacid android(アシッドアンドロイド)として活動)


2003年
ライブ「Shibuya seven days 2003」にて活動を再開。7月6日の最終公演では


2004年3月のアルバムリリースを発表する。
同時にNTTドコモのFOMAで世界初のライブ映像ストリーミング配信を行った。


2004年

2月4日、2年5ヶ月ぶりのシングル「READY STEADY GO」をリリースし本格活動再開。

3月31日、3年7ヶ月ぶりのオリジナルアルバム「SMILE」をリリース。

7月24・25日、ROCK ODYSSEY 2004に出演。ラルクとしてのロックフェスティバル参加は初。

7月30日、米メリーランド州ボルチモアで行われたアニメコンベンション「OTAKON 2004」の一環で、初の海外でのコンサート「Live in USA」を行う。


2005年

6月22日、通算10枚目のオリジナルアルバム「AWAKE」をリリースし、オリジナルアルバムでは「REAL」以来4年10ヶ月ぶりのオリコン1位を獲得。

9月3日~9月25日にかけ、初のアジア地域(韓国、中国)を回るコンサートツアー「ASIALIVE 2005」を行う。

10月5日、HYDEがシングル「COUNTDOWN」をリリースし、2006年まで再びソロ活動に入ることを発表。

12月25日、tetsuが新バンドCreature Creatureを結成することを発表。



■L'Arc~en~Ciel and 「Visual Group」■

1999年4月19日、NHKの音楽番組「ポップジャム」の5月1日放送分収録中tetsuが2曲演奏する所を1曲でやめるという事態が起こる。事の発端はお笑いコンビ爆笑問題の太田光がラルクのメンバーに対し「ヴィジュアル系」と言った事から。直後演奏した「HEAVEN'S DRIVE」ではtetsuが本来やるはずのコーラスをやらず、演奏後ベースをぞんざいに扱いステージから捌けていった。この事件はタイトルのように「ポップジャム事件」と呼ばれている。因みに演奏予定だったもう一曲もその後できちんと演奏している。

この事件を2004年出版のtetsuへのインタビュー本「哲学。」の中でtetsuは「楽器をぞんざいに扱いキレてそのまま帰ったというのは間違いである」とし、実際は「NHKとラルクのメンバーおよびラルク側のスタッフが話し合った結果このまま収録を続行することができないという結論に達したため、スタッフ等に挨拶をし次の仕事へ向かった」という内容のことを語っている。

実際ラルクのメンバーでhydeやkenなどは「ヴィジュアル系と言われるのは仕方が無い」と語っているが、tetsuは「楽曲をきちんと聴いてもらっていない証拠」と、これを頑なに否定している。ただ初期のラルクでのtetsu始めメンバーを見るとヴィジュアル系の様を呈しているため、その発言に対する批判は多い。

ただラルクの活動の様子を考えると一般に「ヴィジュアル系」との定義となるハードメイクをメンバー全員がしていたのはインディーズ時代~バンド活動中期までで、メジャーデビューを境にどんどんナチュラルメイク化が進行し、『flower』になるとメンバー全員が普通の格好をしているのが分かる。現在のようになったのは1998年頃からである。

余談ではあるが、ポップジャム事件については太田がバンド名紹介でをラルク・アン・「シェル」と呼称したことも原因となった可能性がある。本来はフランス語のCiel(天)であり日本語にするとスィエルという発音が近いが、シェルと発音すると英語のShell(貝殻)に近くなり、確かに意味が違ってしまうためラルクはこの発音を嫌っている。なお、この事件の後に放送されたHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPスペシャルで「本当はスィエルだけど、ダウンタウンだけはシェルと呼んでいいです」とラルクが公認し盛り上がる映像が再放送されている。





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