ココロの森

ココロの森

ほつれ むすばれ


子どもが産めないと悟ったのは 14の時だった。


別に 病の末に、というわけではなく
学校での授業中に知ったのだ。

理科の授業。
生物の遺伝。

異常の遺伝。

隔世遺伝、繁殖、確率。



さまざまな言葉が頭の中に渦巻き、反響し、
目の前が 本当に真っ暗になった。
周りの声が遠のいた。

家に帰って 医学辞典を引いた。
載っていなくて 図書館へ行った。

やっと見つけた本を
親に見つからないように こそこそ持ち帰り
部屋で必死に調べた。

学校で習った通りだった。
人間でも 確率は同じだ。
むしろ 高い。

何度計算してみても
泣きながら 震えながら
何度読み直してみても
結果は かわらなかった。




父親の その遺伝子を持つ私は
高い確率で 子どもがその異常を受け継ぐ。
女の子なら 100% その異常遺伝子を受け継ぐ。




泣いた。 一晩中泣いた。

布団を被って 声を立てないようにして泣いた。


誰も 恨めない。
誰も 恨めない。




命を削って 家に戻ってきた母を
命を削って 私や弟を産んだ母を

「どうして!」と 責めることはできない。

「知っていて産んだのか」と 詰め寄ることはできない。



だって
この異常は 命に関わるようなことではないから。

私自身は健康で
今のままでも 昨日と変わらず 生きてゆけるから。

でも

自分が今、苦しんでいる 
引き裂かれるような こんな思いを
自分の子どもになど 絶対にさせたくない。




  諦めるしか ない。






誰も 恨めない。
誰も 憎めない。

何故 母は 私を産んだのか。

何故 私は 生まれてきたのか。








何処にも持っていきようのない
悔しさと 哀しさは
やがて アルコールと煙草に溺れる父へと向かっていった。




父と口をきかなくなった。

心を閉ざした。

受験前日の深夜、酔い客を連れ帰った父を
泣きながら怒鳴った。


冷戦。

しかし 父にも 母にも
私の心のうちは わからない。

思春期特有の反抗期と 
そう思われていたのだろうか。






誰にも 話さなかった。
誰にも 話せなかった。

ましてや
センパイとの恋の話や
将来の幸せな結婚を
夢中で語る友達になど。




私には 恋愛や結婚など
一生涯 無縁のこと。

子どもも産めない自分は
彼氏とデートする夢や
ウエディングドレスを着る夢など
見てはいけない、と思った。

友達の話を聞いたり
チラシやCMの花嫁を見るだけで
視界が滲んだ。







そうやって 
自分の周りをがちがちに固めて
身動きをすっかりとれなくしておいて
それでもココロは 誰かを求めた。


こんな私でも受け入れてくれるひとが
この広い地球上に ひょっとしたらいるかもしれない。

そんな 儚い希望を
抱いては諦め 抱いては捨てた。

我ながら 諦めの悪さに苦笑した。




私の 旅好きは
そんなココロの底からの 
切実な思いがあったからかもしれない。

知らないところへ行き、
知らない人と会い、
じっとしていたら 決して体験できないことをする。


それは ネット社会と ちょっと似ていたのかも知れない。



知らない人と出会い、
知らないところへ行く。

旅と違うのは
じっとしていても出会い、赴けるところだ。




どこかの網がほつれ
どこかの網が結ばれる。

どこかで結ばれた繋ぎ目が
どこかでほつれた穴を修復する。







ダンナと嬉しそうに酒を酌み交わす父を見て
私は 20年の積雪が
自然と溶けてゆくのを感じた。

ずっとずっと できなかったことが
彼と出会うことによって 
あっけなく出来た。




ほつれは 結ばれた。



次に ほつれ
次に 結ばれるのは
どこだろう。













© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: