「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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困ったちゃんFile 10
(2003年2月6日の日記とほぼ同内容)
初診の患者さんが来た。60代の男性、
Iさん
だ。とにかく声が大きい。
「足にタコが4個もできたんや! ここはちゃんと診てくれるんか!?」
前に来院した事があるというのだが、コンピュータで探してもカルテはない。相方のOさんがそれを説明して、問診票を書いてもらおうとしたのだが、
「そんなん見えへん! 分からんし!」と、拒否。
仕方ないので、Oさんが読み上げて返事をもらったのだが、いちいち脱線するのだ。
「歯医者さんとかで麻酔を受けて、気分悪くなった事がありますか?」
「ないけどな、○○の歯医者はあかんな!」
「そうですか・・・。大きな手術を受けた事はありますか?」
「ない! そやけど、○○病院は全然ちゃんと診てくれへんで!」
「はぁ・・・」
診察の患者が多かったので、Iさんの順番が回ってくるまで時間がかかるのだが、ずーっと受付にがぶり寄り。全く離れようとしない。戦争の話や、病気の話、旅行の話、岸和田のだんじりの話、とにかく喋り倒すのだ。地声が大きいので、耳に響いてたまったもんじゃない。解放されたのは、Iさんがタバコを吸いに外に出た時だけ。無視してもいいんだろうけど、他病院の悪口も大声で言う人だ。うちを他所で悪く言われても困る。ほどほどに受け流してはいたが、たまに目も合わせなければいけないから、仕事に支障をきたし始めた。
Oさんと私が受付を離れたら待合室で座るだろうと思っていたが、私達が戻って来るまで待っている。私がちょっとだけ診察室に避難すると、婦長もドクターも、診察を受けている患者さんも笑っているじゃないか。
「Nishikoちゃん、強烈な人が来たなぁ」と、婦長。
「お願いやから、早く診察室に入れてタコ取ってよー」
「次やから、もうちょっと我慢してなー。診察もさっさとして、早く帰すようにするから」
「うん・・・」
婦長、凄い権限あるんやなぁ・・・。
このIさん、大正生まれの母親と2人暮らしのようだ。普段は話し相手がいないのかもしれない。だからこういう人の多い場所や、話を聞いてくれる人を見つけると、嬉しくってたまらないのかも。
でもね、私達は仕事中。がっぷりよつに組む暇なんてないのさ。角が立たないように、いなさないと。いなすのはOさんの得意技なので、80%くらい応対してもらったのだが、彼女も限界に近付いていた。
と、診察室からIさんの名を呼ぶ婦長の声が! 待ってましたー!!
結局、数日間は薬を塗ってタコを柔らかくして、土曜日に取る事に。
そう言えば、帰りにタクシーを呼んでくれと言われたっけ。普通なら、自分で院内の公衆電話からフリーダイヤルでかけてもらうのだが、
「すぐ呼ぶ! 1分でも早く!」
率先して電話をかける私。会計の終わったIさんは、いつの間にか外に出て、いつの間にかタクシーに乗って帰ったようだ。
間もなく、2階のリハビリフロアの職員が降りてきた。
「今日、凄い声の患者さん、来てたんちゃう?」
「え?」
「だって、2階まで何話してるか聞こえてたもん」
「マジでか・・・」
どうりで、耳がぐわんぐわんしてるはずだ・・・。
困ったちゃんFile 9
仕事中に怪我すると、労災認定される。仕事を休んでも、基本給と医療費が支給されるのだ。
N川
という男がそれで通院している。実はこの男、私の小学校の同級生。とにかくアホで有名だった。
そのN川がある日の午後、来院するなり、
「11月分の労災書類が届いてないって、監督署の人間に言われた。送ってくれって頼んだのに、何でちゃんとしてくれへんのか聞きたい!」
と、後輩に文句を言い出した。勝手の分からない後輩。私が前に出て、とりあえず座ってもらった。ドクターに聞くと、おもむろに封筒を差し出してきた。
「この書類、僕は送ったんや。そやけど監督署が、これは病院からじゃなくて本人が提出するもんやって、送り返してきたんや。ほら、添付の便箋にそう書いてるやろ!?」
確かにそう書いてある。でも、私に怒っても知らんやん。
「僕はやる事やったんやから、そのようにN川さんに説明して」
「じゃあ、この封筒も便箋も彼に渡しますから、貸して下さい」
すぐにN川を受付に呼んで説明、N川はすごすごと戻って行った。
が、翌日の午前診の最中、N川から怒り狂った電話があった。応対に出たのは、午前の相方のOさん。N川曰く、労災書類に未記入部分があるというのだ。やがて本人が来院。Oさんに、
「こんな未完成な書類、そりゃ監督署が送り返してくるやろ!」
と噛みついてきた。大声を出すから、待合室の患者が全員こっちを見る。再び私が前に出て、書類を受け取る。
ドクターに確認すると、N川が未記入と言う部分は「会社を休んだ期間」で、本人が書くべき箇所であると言う。医院が書くものではないし、書いてはいけないものらしい。医院が書けるものは、病名、通院日などである。じゃあ、そう説明しようではないか。
「Nishikoちゃん、アホって言うたらあかんで」
と、Oさんに釘を刺される。言えへんってば。言いたいけど。
N川を呼んで説明するが、一向に理解しようとしない、と言うより、できない。向こうが大声を出したから、私もわざと大きな声で説明した。忙しいのに、理解させるまでに約10分かかった。
「勘違いしてました。すんません」
N川は一応、私に謝った。彼が帰った後、
「Nishikoちゃん、えらい懇切丁寧にちゃんと説明してたよねぇ」と婦長。
「アホには、一から言うて聞かさんと、しゃあないやん?」と私。
するとドクター、
「いつまでも小学校時代の事で、アホアホ言われるのも、たまらんなぁ」
アホなもんは、しゃあないでしょ? と、またN川から電話が! Oさんが電話を取ると、今度は12月分の労災書類がいつできるかと言っているらしい。
「代わる!」と私。
N川は、私の声に一瞬怯んでいた。
「12月は早くても最終日でないと書けません。N川さんがいつ来院なさるか、こちらは分かりませんからね」
などと言って、納得させる。
こんなN川を見て、私達は思ったのだ。相手に落ち度があると思っても、高飛車に出て行ってはならない、と。勘違いで自分が間違っていた場合、引き際が難しいし、何より恥ずかしい。
その後も懲りずにN川は来院しているが、私の前では非常に腰が低い。後輩には横柄な態度だが、私を見るとペコペコする。
「Nishikoちゃんのこと、恐がってるよなぁ」
と、みんなは言うが。まぁ、どんなにみっともない事をしても平気な人間もいるので、それと比べるとマシかもしれない。
困ったちゃんFile 8
60歳代のY嵜さん(女性)は別に寝たきりでも何でもないのだが、薬やシップを自ら医院に取りに来る事は滅多にしない。家族、特に旦那に頼むのである。ところがこの旦那というのがカツゼツが悪く、何を言っているのか非常に聞き取りにくい。しかも、かなり無愛想である。今回もこの
Y嵜さんの旦那
が、午後の診療時間に来た。
嫁の診察券を出し「シップをくれ」と言う。うちの医院にはシップが3種類あるので、ただ「シップ」と言われてもすぐには出せない。一般的なメントール系の匂いのするシップ、匂いのないシップ、薄くて肌に密着するシップ、どれだか確認しなければならないのだ。カルテを出して、以前シップを出した日まで遡って見てみると、密着シップだった。旦那にそれを渡して会計を済ませ、数十分後にこの日の業務は全て終了した。
患者さんが全員帰ったら、あとはその日の来院集計を出し、レジのお金を数え、タイムカードを押していざ帰宅。さあ帰ろうとした時である。なんと、Y嵜さんの旦那が舞い戻ってきたのだ。しかも、えらい剣幕である。何かと思えば、
「前はこんなシップじゃなかった」と言うのだ。
何なんだ、この人は。だったら会計の時に言えよ。
「カルテでは、前回このシップが出てますけど?」と私が言うと、
「このシップじゃ効かんと(嫁が)言うとる!」
はあ? 数秒前には「こんなシップはもらった事がない」と言ってたのに、今は効く効かないの話になってるぞ。
要は、旦那は前回のシップなど全然覚えてなかったのである。それで違うシップだと思い込んで怒鳴り込んだものの、完全に否定されたもんだから、慌てて効能に話をすり替えようとしているのである。あまりにも高飛車な言い方にカッとなった私は、
「別の種類のシップは平成11年に出たきりで、最近はそのシップなんですけど!?」と言った。
ところが人の話なんぞ全く聞こうとしない。こういう人は、いつでも何でも相手が悪いのだ。カルテを突きつけてやろうと思ったのだが、こういうトラブルの場合、必ず冷静な人がいるものである。その場には同僚のAちゃんとドクターのお母さんがいたのだが、2人が、
「このシップはよくくっつくから、これを好んで使う方も多いんですよ」
と、緩やかに旦那を窘めた。
「前はこのシップだったみたいですから、もう一度奥さんに確認していただけませんでしょうか」
とも言われ、みるみる旦那の勢いが衰え始めた。
大人の対応ができるAちゃんとドクターのお母さんは、この妙な旦那に「どうもすみません」とまで言ったのである。(その時の私はというと、カルテを放り出して腕組みをしていた。ダメだね)
しかし、ここまで低姿勢でいるにも関わらず、旦那はまだ不満気な顔をしている。多分、あまりに拳を高く振り上げたものだから、下ろすタイミングが判らないのだろう。結局、
「ちゃんと説明してくれんから分からんのや!」
と捨て台詞を吐いて帰って行った。
「シップをくれ」と言って来院したから、その通りシップを渡しただけである。何の説明が必要なのだ。どんなシップなのかを言わない嫁も、聞かない旦那も両方悪いんじゃないか。カルテ通りに薬を出して文句を言われたら、もうどうしようもないぞ。
カルテの表紙には「ご主人が薬を取りに来たら、必ずその薬でいいかどうか確認して下さい!」とメモを貼り付けた。こんな申し送りが貼られているのは、Y嵜さんだけではない。他にも同じ人種が沢山いるのである・・・。やれやれ。
困ったちゃんFile 7
午前診療中、50歳代の女性が飛び込んできた。風呂場の掃除中に滑って転倒、下顎を切ったという。傷はそれほど大きくないし、出血はもう止まっているようなので、
「看護婦の手が空き次第、応急処置をします」と伝えた。
大した怪我ではないのだが、血を見たせいか、この女性はかなり興奮気味。うちの医院の近所にある内科から来たと言う。何故、内科から怪我人が・・・?
何にせよ、通常内科経由で来た場合、患者は内科の受付から保険証の番号などをメモ書きにしたものを受け取り、それを携えてくるはずなのだ。ところがこの女性、何も持っていない。
「内科で怪我をしたんですか?家で怪我をしたんですか?」
と聞いたら、家だと言う。でも内科の紹介で来た、と言い張るので、
「保険証の写しを受け取りませんでしたか?」
と聞くと、何も持っていないと言う。さっぱりわけが分からない。すると間もなく、内科の奥さんがやってきた。知り合いだと言うのだ。
つまりは内科からの紹介ではなく、知り合いの内科の奥さんに連絡したら、近所の外科に行ったら良いと勧められただけなのである。追って内科の奥さんが来たのは「今は保険証も何も持ってないが、私の知り合いなので身元は保証します」という意味だ。とりあえず問診表を書いてもらい、カルテを作った。
この女性
Cさん
の国籍は中国である。そして内科の奥さんは中国語がペラペラである。奥さんには中国人のお友達が沢山おり、Cさんもそのうちの一人というわけだ。ちなみにCさんは日本語がかなり達者なようで、奥さんの助けがなくとも充分会話できる。
何故、最初に内科に連絡を入れたのか、さっぱり分からなかった。怪我をしてパニックになったのだろうか。
内科の奥さんは数分Cさんと一緒にいたが、間もなく帰って行った。すると、である。奥さんが帰った途端、
「一体何分待たせるんだ」と、Cさんが文句を言ってきたのである。
えらい豹変振りだ。看護婦もやる事が沢山ある。すぐに手が回らないのが実情なのだ。そうこうしているうちに手が空いて応急処置をしたのだが、気に入らないのか仏頂面だったらしい。
この日は診察が多く、既に他の患者さんが沢山順番を待っていた。当然、Cさんもなかなか名前を呼ばれない。すると応急処置から10分も経たないうちに、また文句を言いに来た。
・・・はは~ん。内科の奥さんの紹介だから、順番をすっ飛ばして優先的に診察してもらえると思ってたんだな。甘いわ。
その後、名前を呼ばれるまで、Cさんは受付の私達にガンを飛ばしまくるのであった。しかし。受付やその他の従業員に激しく抗議してくる人間ほど、ドクターの前では大人しいのである。Cさんも例外ではなかった。ドクターの前では和やか、にこやかなのである。受付に一部始終を聞かれているとも知らずに。私達が裏で「アホか!」と腐していたのは言うまでもない。診療に時間がかかるのは受付のせいではない。ややこしい怪我をした患者さんと、説明の長いドクターのせいなのである。だが、診察が終わる頃には、Cさんのご機嫌も直ったようだった。
基本的にこの医院のドクターは、患者に対してはかなりソフトな人である。それがお気に召したのだろう。Cさんは会計前に、保険証を家に取りに戻っていった。家にあるなら、最初から携帯して来いよ・・・。しかし戻ってくると、受付が他の患者さんの会計をしているにも関わらず、ぐいぐいと保険証を差し出すのである。基本的に「待てない人」なのだ。帰り際には「何時だったら待たず診てもらえるの」である。あのねぇ・・・。
その後も毎日のように通院してきたが、最悪は順番を取ったら家に帰ってしまい、こちらの「もう閉めますが、診察はキャンセルですか?」の電話で、のこのこやってくる有様。こういう傍若無人な人間は、ほとほと困る。だが、何故か「人気の医院」に来たがるのである。「患者が多ければ、その分待たされる」というのが分かりそうなものだが。
困ったちゃんFile 6
医院では一般的な外科的治療の他に、足や肩など痛い箇所に低周波やレーザーをあてたり、腰を牽引したりするリハビリも行っている。リハビリ希望者は、一度診察でドクターから指示を受けると、その後は診察なしでリハビリだけに来院する。
ある日の午前、「A藤ですけど」とリハビリを終えたらしい60歳代の女性が会計に来た。会計ノートをチェックして、A藤さんの請求額を見る。「0円」。身体障害者や母子家庭、生活保護受給者からは、1円たりともいただいてはいけない事になっている(保険のきかない物だけ、自費でいただく)。そのうちのどれかだろうと思い、お会計は結構ですと伝えた。すると、いきなりその女性は強い口調で、怒鳴るように言い放った。
「そんなん言うてんちゃうねん!!」(そんな事を言ってるんじゃない、の意)。
思わず「は!?」と答える私。そんなんもこんなんも、自分の名前しか口に出してないやん。会話になってない。ふと後ろを見ると、A藤さん用に出されたシップが置かれていた。
「あ、シップですか?」と差し出すと、
「そう!!」
だったら一言、「シップを頼んでたんだけど」と言えよ!・・・とムカついても、顔に出せない立場。頭を下げたその時である。この女性の後ろにもう一人、背の小さな女性がいるのに気付いた。次の会計を待っている人かと思えば、丁寧に頭を下げて、シップを受け取った女性と一緒に帰って行く。
お友達? それにしては、あまりにもアンバランスな雰囲気・・・。
他の従業員にその話をすると、看護婦が
「A藤さんがそんな事言うかなぁ、A藤さんのヘルパーちゃうか」と言った。
そこで私はハッとなった。そう言えば、以前リハビリ担当者が「A藤さんは目が不自由で、大人しい人だ」と言っていた。そんなA藤さんが、受付に喧嘩を売るような態度を取るはずがない。
医院には、お年寄りや自力歩行の困難な人がヘルパーと一緒にやってくる。ヘルパー付きは決して珍しくなく、ヘルパーが患者に代わってあれこれ伝えてくる事も多いのだ。そうか、A藤さんのヘルパーだったのか。後ろの礼儀正しい人がA藤さんだったのか。
そして一週間後、またヘルパー付きのA藤さんと受付で接触した。私は目が点になった。・・・看護婦の予想は外れたね。あの日、私にいきなり言い放ったのは、紛れもなく
A藤さん
自身だったのである。頭から爪先まで、あの日と同じ格好で来たのだから間違えるはずがない。
そして、診察券を受け取る際に顔を確認すると、やはり目が不自由であった。
仕事が一段落した時、「やっぱりA藤さんだった」と言うと、様々な反応が返ってきた。
「え~、そんな事を言う人やったんかぁ」
「何となく分かるわ。自分のやりたい事を通しそうやもん」・・・。
実は彼女が私に怒鳴った日は、私が午前の受付に出るようになった初日であった(それまでは、午後のみ出勤)。A藤さんは、知らない人間の声に警戒心を抱いたのだ。それに、普通なら午前に慣れている受付が応対するから、会計がどうこうというやりとりはない。日の浅い私だから、会計は0だとかいう会話になったのだ。それがイラついたのだろう(会計確認で待たせたのは3秒ほどだったが)。それにしても、前フリもなく、いきなりキレる患者は久しぶりだ。
いろいろ話して分かってきたのだが、A藤さんはリハビリ担当者等には腰が低く、大人しく振舞っておられるようだ。何故なら、体の痛い箇所に器械を合わせてもらったり、様々な事をしてもらわなければならないから。
反対に受付というのは、診察券の受け渡しと薬の用意、会計程度のものである。彼女にとって別に何のメリットもない相手なのだ。だから素になるのである。実際、私が二度目に応対した日、彼女はリハビリ担当者に
「受付に知らない人間がいる。信用できない」
と文句を漏らしたようなのだ。腹を立てた担当者が、
「彼女はずっと午後の受付に来ているベテランですよ!今週から午前のお手伝いに来ているんです!」
と言ってくれた(ベテランと言われるほど有能ではないが)。すると無言になったらしい。いきなりキレたのは、やはり警戒心バリバリだったからだ。
また、症状が改善してきているので、リハビリの箇所を減らされた。これも非常に気に入らないらしい。そんなの、病院では当たり前だぞ。
この前A藤さんの後ろにいたのはヘルパーで、とても礼儀正しい人だった。この日のヘルパーは違う人だったが、大人しそうな人だった。
聞いた話だが、ヘルパーも人対人の関係なので、派遣する際は性格が合うかどうかをチェックするらしい。合わなければお互い不快なので、担当から外すという。きついA藤さんには、優しいタイプのヘルパーがつくようだ。ヘルパー業務も大変である。
私の知る限りで言うと、大昔のヘルパーは高飛車な人が多かった。患者よりヘルパー主導で動いていた。でも今は時代が変わって、何よりも患者優先である。でも、それが悪い方向に行く場合も多々あって、世話になっているくせにヘルパーを人前で怒鳴りつけたり、手足のようにこき使ったり滅茶苦茶な事を平気でする、勘違いした患者がかなり存在するのも事実だ。ヘルパーというのは、体力は勿論、気遣いと奉仕精神がなくてはとてもできない。私には絶対できない仕事だ。
A藤さんのヘルパーも、私のようにいきなり怒鳴られたりしているんだろうか。いや、世話になっているから結構腰が低いのかも。だったら良いのだが・・・。
困ったちゃんFile 5
とっても愛想の悪い男性患者
Fさん
。運転中に追突されて、事故の被害者として来院した。「待てない人」なので、初診日から受付に食ってかかってきた。
背広は着ているもののノーネクタイで、シャツは前をはだけさせ、だらしないったらない。無精髭で、髪はボサボサ。言葉もすこぶる悪い。誉めるところなんか全くない。職業は個人タクシーのようで、こんな人がサービス業してんの!?と驚いた。絶対乗るもんか。
リハビリのために毎夜通院してくるけど、何が気に入らないのか、いつもイライラ。Fさんが来ると「あー、鬱陶しい」と思うけど、そういう顔もできないので営業スマイルで応対している。
先日もリハビリの待ち時間に我慢ならなかったFさんは、
「忙しいから帰る!」と受付に言いに来た。急に声をかけられたので、結構大きな声で
「はいっ?」と答えると、
「なんや、寿司屋の○○みたいやな」とFさんが言った。(大将と言ったのかオヤジと言ったのか、はっきり聞き取れなかったけど)
「寿司屋のお姉さんって言うて下さいよ」と答えると、
「でっかい声で、トロでも出てきそうな返事やないか」と笑うFさん。
笑顔は初めて見たけど、別に話したくもないので、「はっはっはー」とあしらった。
その2日後。薬庫に行っていた私は、リハビリ担当者に文句を言っている声でFさんの来院を知った。器械が空いていないので、すぐにできないのだ。そういう時は、みんな自分の順番が回ってくるまで、大人しく待ってるものである。でも、Fさんはそれができない。
「俺は忙しいんや。もう帰る!」といつもの台詞を吐いた。
あーあ、またか。受付に来て、仏頂面で「帰る!」と一言。引き止める理由もないので、
「そうですか」とだけ答えて診察券を返した。
するとFさん、私の顔を見た途端、怒り顔だったのが急にニカ~ッと笑顔になって、
「お・ね・え・ちゃん! お・ね・え・ちゃん!!」
なっ、なっ、なんや~っ!? 軽く手を振って消えるFさん。ひきつった笑いで「お大事に・・・」と、見送る私。後ろで後輩が「キショイーッ!!」と叫ぶ。
そんなに「寿司屋」の会話が楽しかったの? 私は全然面白くなかったぞ。
以来、どんなにリハビリ室で不機嫌になっても、受付ではニヤリと笑うし、来院時は
「おねえちゃんの顔、見に来たでー!」と言う。
う~ん、確かにキショイ。でも機嫌よくやってくれるんなら、まぁいいか。
困ったちゃんFile 4
世の中には「当たり屋」というのが存在する。車にわざと当たって軽い怪我をし、しつこく通院して保険金を取るという、悪質極まりない連中だ。同じ人が何度も事故の被害者で来院すると、こちらには「当たり屋か、よほど運の悪い人」として記憶に残る。
ある日、
Hさん
という30歳代前半の男性が被害者として来院した。この人、以前に別の怪我で来ていたのだが、初対面でもタメ口(ためぐち)で行儀が悪く、嫌いなタイプ。今回は交通事故の被害者だそうで、痛い箇所に電気をあてたり暖めたりするリハビリをドクターから指示された。このHさん、私が休みだったある日の午後診で、とんでもない事をやらかした。聞いた話はこう。
Hさんはリハビリのために来院し、受付に診察券を提出した。ところが、あっという間にリハビリ室から戻ってくると、診察券を持って帰って行ったのだ。事故の被害者だから、診察費の負担はいらない。そのまま帰るのは結構だけど、リハビリには最低でも10分必要なはずなのだ。何もせずに帰っているのは、誰が見ても明らか。こんな事をされては困る。何故なら、受付はカルテにリハビリをしたと記入して、それを加害者側の保険会社に請求するのだから。
リハビリ担当者に確認すると、Hさんは「(書類上は)やった事にしといて」と言って、リハビリ室を出て行ったという。通院日数によって保険金額が違うため、要は大した怪我でもないのに、日数だけは稼ぎたいわけだ。受付が確認の為に彼の家に電話すると、母親が出たらしい。
「・・・息子がまた何かやったんでしょうか」
そんなあちこちで、いらん事してるのか。と、
「あ、今帰ってきたみたいです」と母親。
Hさん本人が電話に出たので、受付が
「来院されてすぐお帰りになったので、リハビリをされたか確認させていただきたいんですが」
と言うと、案の定
「ああ、それな、やった事にしといてや!」。
「何か一つでもきちんとリハビリをされないと、通院した事にはならないんですよ」
と説明すると、Hさんはブチギレた。
「俺は時間がないんや! 俺はこうやって金を儲けとんのや! お前ではあかん、院長出せや! こらっ」
受付も黙っちゃいない。
「院長は診察中ですので、今は出られません」「ふざけんなっ!」「いや、無理です」
このやりとりを3回くらいしたらしい。でもHさんがどうしても引かないので、ドクターに代わった。それから30分以上、Hさんは電話口でわめき倒したらしい。当然その間、診察は中断である。ドクターに後で聞くと
「患者がけぇへんようにしたるぞ!」と脅したり、
「大学出てるからって、いい気になるな」とか言ったらしい。
大学卒業してるのと、何が関係あるねん・・・。とにもかくにも、やってもない事を保険会社に請求するとドクターが詐欺で捕まるので、さすがに譲らなかったようだ。
「リハビリをしなくてもシップ1袋持って帰るとか、時間がないなら5分だけ電気をあてて帰るとか、そういう風にしてくれ」
と説得し、とりあえずその日は終わった。
ここまでやると、普通なら恥ずかしくて後味が悪くて、そうそう来院できるものではない。だが、翌日の午前診療中、Hさんはやってきた。私は話を聞いた直後だったので、本人を見て
「おっ!」と声が出そうになった。Hさんは前日と受付の面々が違うせいか、
「ちょっと診察に入るわ」と何もなかったかのように私に言った。一応ドクターに、
「Hさんが来られて、診察に入るとおっしゃってます」と知らせる。
順番が来てHさんが診察室に入るなり、私達は壁にピッタリ耳をつけて、会話をうかがった。すると予想に反して「昨日はすんませんでした」。
ドクターがもう一度こちらの趣旨を説明すると、一応納得の返事はしていた。でもやっぱりタメ口。三十路を過ぎて、まだ他人に対する口の利き方を知らんのか。
彼が帰ると、「反省したんかな」とドクター。私は「チッチッチ」と、人差し指を左右に振った。
「この病院に来られなくなったら、他所へ電車やバスで通わないといけないじゃないですか。当たり屋が、そんなお金のかかる事をすると思います? 1円でも多く保険会社からまきあげようと思ってるのに」
その場の全員が無言で納得。
私が車を運転している時、道でこれらの当たり屋に遭遇したら、迂回するか車1台分の間隔を空けてすれ違う事にしている。君子危うきに近寄らず、である。
困ったちゃんFile 3
私の仕事は「受付」である。医院には、診療時間内に
ドクター
宛の電話がよくかかってくるが、それを取るのも私の仕事だ。以前は「○○から電話です」と回していたが、話を聞けば、十中八九セールスの電話。嫌気のさしたドクターは「診察中に電話が入ると気が散る。受付で用件を聞いておいてくれ」と言い出した。
その後、私達受付は電話の相手に「現在患者さんが入っておられますので、宜しければこちらで用件をお伺いしますが」と言う事にした。大半が「ではまた後程お電話します」と切れる。大した用件ではないのだ。しかし、たまに他所の医院から電話が入る事もある。それでも私達は「あいにく・・・」と電話を回さなかった。勿論「必ず後でこちらからお電話します」と伝えて。
ある日、S医院のドクターから電話が入った。同僚のIちゃんは、やはり「あいにく・・・」とお断りした。ところがこのドクターS、すぐに電話をかけ直してくるのである。もう嫌がらせのように。S医院は患者がいなくて暇なのか休診日なのか知らないが、こちらは診療中である。くれぐれも電話は取り次がないよう言われているのだから、しょうがないではないか。Iちゃんが用件を聞こうとしたのだが、ドクターSはまるで「お前に言ってもどうしようもない」と言わんばかりの態度。あげくは「この病院の受付は、電話も取り次げないのか!!!」と怒鳴り、電話を叩きつけるように切る始末。
可哀想なのはIちゃんである。「何よ!このS!!」キレるのも無理はない。怒り心頭のままドクターに事の顛末を話し、「すぐにS医院に電話をかけ直して下さい!」と叫んだ。
結局、ドクターは診療後に電話をし、S医院に謝罪FAXを送ったのだった。内容は「診療中に電話を回さないように指導していたので、受付の者がその通りにした次第です。今後は柔軟に対応できるよう、受付を教育いたします」。
・・・受付を教育・・・?
Iちゃんは「こう書くしかなかったんちゃう?」と言っていたが、私は最後の文章が非常に気に入らなかった。電話は一切取り次ぐな、と言ったのはドクターである。自分が柔軟になるべきじゃなかったの?
翌日、受付のデスク脇に、ドクター手書きの注意文が。
「セールス電話は一切受け付けない事。他病院からの電話はこちらから連絡すると伝えて、急用の場合は診察中でも取り次ぐ。その他の電話は受付で用件を聞いておく事」。
あのねぇ・・・。相手が「急用です」と言ったら、全部回してもいいの? それがセールスだったらどうするの? 取り次いだら、後で絶対に怒り出すに決まってるんだから。最近は相手も心得ていて、学生時代の友人のようなふりで電話をかけてきたり、さっき連絡をもらったと嘘を言う場合もあるのだ。ただでさえ本当に大事な話なのかどうか判断するのも困難なのに、人の見極めまでできないっつーの。まったく~。
困ったちゃんFile 2
6月14日の日記にもある通り、W杯予選リーグを1位通過するかどうかのチュニジア戦の日、私は運悪く仕事だった。サッカー好きの後輩Jちゃんも同じだったのだが、お互い前半戦だけは見る事ができた。後半戦は泣く泣く諦めて仕事へ。私達の中では0対0で試合が止まっていて、もし許されるなら、ラジオか小型テレビを職場に持って行きたいところだった。前のベルギー戦でひどい目に遭ったJちゃんだが、今回も後半戦を録画してきたと言う。でもなぁ、多分ベルギー戦と同じ展開になると思う。今日は出入りの業者さんは来ないものの、患者さんの誰かが絶対言うに決まっているんだから。
「受付に、サッカーの話題厳禁って、張り紙しておく?」と話していたら、
同僚のAちゃん
が飛び込んできた。私達の顔を見るなり「1点入ったで!森島が入れた!」・・・。
ガ~ン。敵は身内にいたか・・・。Aちゃんはテレビ受信できるナビで見ていたようで、しかも携帯電話に友人から続々と実況メールが届いているようなのだ。
「Jちゃんが録画しているから」と言って、彼女を持ち場に追い払ったが、間もなくやって来た
患者さん
が「1点入ったわねぇ」。揚句は診察室に入ってきた
ドクター
までもが、「日本、1点入れたよ!」。・・・ああ、どっちにしろ知る事になったか。
実は私も録画こそしていないものの、夜のハイライトを楽しみにしていたのだ。なので、できれば聞きたくなかったのだ・・・。
そうこうしているうちに、またAちゃんが興奮気味に受付に現れた。Jちゃんがいない事を確認して「中田が2点目を入れた!」。あ~、もう私の楽しみは消えたな。とりあえず、Jちゃんの耳には2点目のニュースが入っていないから、このまま過ぎてくれればと思っていた。が、甘かった。
この日、身体障害のある
N君にいつも付き添ってくるお父さん
が、珍しく姿を見せなかった。ところがいつの間にか来ていたようで、帰りにわざわざ受付に顔を出したのである。そして言った。「日本、勝ちましたよ。2対0で。ロシアの時ほど興奮しませんでしたけどねぇ」・・・。
・・・あ~あ・・・。
お父さんが話し出した時、私は「わあっ!しいっ!」と遮ろうとしたのだが、お父さんは嬉しそうに全部喋ってしまった。その場にはJちゃんがいた。がっくりと2人が肩を落としたのを見て、お父さんはやっと気付いたようだ。「え?喋ったらいけませんでした?」「はぁ、録画してるんで・・・」「ああ、これは申し訳ない」逃げるお父さん。嬉しいニュースを人に伝えたいという心理は、理解できるんだけどね・・・。
唯一Jちゃんが知らずに済んだのが、2点目を誰が入れたかという事。でも、それを確認するためだけなら、もうハイライトでいいよね。哀れ、Jちゃん。でも考えたら、こういう国を挙げてお祭り騒ぎの試合を録画してくる
Jちゃん
が、一番「困ったちゃん」かもしれない。
困ったちゃんFile 1
記念すべき第1号はドクターにしようと思っていたのだが、W杯サッカーで盛り上がっているご時世なので、それにまつわる困ったちゃんを。
職場の後輩のJちゃんはサッカーが大好きで、当然開催中のW杯にも夢中である。でも、病院という仕事の関係上、ナイトゲームはほぼ見る事ができない。先だって行われた初戦の日本対ベルギー戦も、私は休みで見る事ができたのだが、彼女は仕事なのでタイマー録画をして出勤したらしい。結果的には引き分けとはいえ、日本が勝ち点1をゲットして大騒ぎ。Jちゃんもさぞ喜んでいるだろうと思い、翌日話をした。
が、彼女は憮然とした表情をするのだ。「え?ベルギーの応援してたの?」と思えるほどに。聞けば、その日やって来た
医院に出入りする業者さん
が、カーラジオで聞いた試合の流れを事細かに喋ったらしいのだ。結局、試合結果さえも耳に入ってしまったという。医院とは付き合いの長い業者さんなので、もしかしたら「録画しているから言わないで!」と言うJちゃんに、ふざけて意地悪をしたのかもしれない。ガッカリした彼女は折角の録画も見ずに、その日のハイライトだけを見たという。可哀想に。冗談でも、こういう事はやめてやってほしいものだ。
学生時代に経験した事なのだが、前日に放送されていた推理ドラマを録画している友人がいた。好きな俳優が出ていたのだ。彼女はそれを数日中に見ようと思っていた。ところが、である。あるクラスメートが来て言った。「あんたの好きな俳優、昨日のドラマに出てたなぁ。まさか犯人役とはね」・・・。
ガビ~ン! 好きな俳優の演技を見るのも楽しみだが、やはり犯人が誰だか分からないのが推理ドラマの醍醐味。それをあっという間に奪われてしまったのだ。彼女が怒ったのは言うまでもない。
これを見て、私は思ったのだった。ドラマでもスポーツでも、話したい時は先ず相手がそれを「後のお楽しみ」にしているかどうか、確認してからにしようと。もしそうなら、絶対少しも触れないでおく。私だって、誰かに「後のお楽しみ」を台無しにされたくないから。
私がJちゃん立場だったら、どうしていただろう。仕事なんかそっちのけで、ブチギレていたかも。この日が仕事でなくて良かった・・・。
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