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「はじめまして。私、B大学1年の島村美緒(しまむら みお)といいます。柔道部のマネージャーです。岩瀬先輩が本田さんとお友達だと聞いて、紹介して下さいってお願いしました。すみません」
島村美緒と名乗った女性は、ガチガチになっていた。
気の毒なぐらい緊張して頭を下げた恰好のまま、将一の前に立っている。
将一はいきなりの事でどう対応すれば良いのかと困っていたが、そんな彼女を見て、肩の力がすっと抜けた。
「俺、本田将一です。岩瀬とは中学が同じで・・」
「お・と・も・だ・ち・・だよな」
岩瀬が後を受けて口を出した。美緒の言い方をからかったようだ。
美緒は頓着せずに面を上げると、将一の顔に目を当てた。
そして、じっとその造形を確かめるように、輪郭をなぞるように見詰めた。
わずか数秒の間だったが、それは意外なほど無遠慮な注目であった。
勿論将一の方も、美緒を目に映している。
髪は黒く真っ直ぐで化粧も薄く、顔立ちも幼いような印象である。
背丈は160そこそこといったところか。ほっそりとして、折れてしまいそうな体つきをしている。
これで柔道部のマネージャーが務まるのだろうかと、将一はいらぬ心配をした。
「じゃあ、行こうか」
岩瀬は二人を促すと、薄暮の中を先に立って歩き出した。
横を歩く初めて会った女を意識しながら、将一は自分が随分野暮ななりをしているのに改めて気が付き、急に居心地の悪い思いに囚われた。
だが、そんな事を考える自分も案外かっこつけだと、おかしくもあった。
彼女は俯いたまま緊張の面持ちで、まるで転ばないよう細心の注意を払っているような歩き方をしている。
将一は、面倒なような、期待するような、妙な気持ちで歩調を少し緩めて歩いた。
3人は、大学から15分ほど歩いた所にある居酒屋に到着した。
「いらっしゃいませ!」
中に入ると、威勢のいい声が方々から飛んできた。
客の入りは8分といったところで、空席は少なかった。
3人は、カウンターに案内された。
先を歩いていた岩瀬は端に納まると横に将一を置き、その隣に美緒を座らせた。
カウンターの向こう、店の真ん中に大きないけすがある。
ライトを反射して白く光る水面の下に食材となる魚がゆらゆらと泳いでいる。
見上げると天井には漁業で使われるびん玉や魚網といったもので装飾が成されていた。
「旬の刺身が美味いんだ」
岩瀬は慣れている風に店員に声を掛けると早速ビールを注文した。
「俺はウーロン茶」
「あ、私もです」
将一と美緒がアルコールを頼まないのを見て、岩瀬は鼻白んだ顔をした。
「島村はともかく、お前は少し付き合えよ」
岩瀬は隣に座るいくらでも呑めそうな頑丈な体躯の友人に肘鉄した。
「稽古に差し障るんだ。酒と煙草はやらないよ」
将一はにべもない。
美緒は感心したような目で、見上げている。
岩瀬は肩をすくめると、仕方ないような調子でメニューを広げた。
男二人はそれぞれ適当に注文した。
将一は注文しながら昨日仕送りが届いたばかりだったのを思い出し、それを幸運に感じていた。
隣で遠慮がちに座っているこの子の前で、恥をかきたくないと思い始めていた。
「島村さんも頼めよ。どれも美味そうだよ」
将一はメニューを美緒に渡すと、ぞんざいな口調ですすめた。
彼女は素直に頷くと、メニューの端から丁寧に目を通していった。
「島村は肉が好きなんだよ、肉が」
岩瀬は何故か楽しそうにしてそんな事を言った。
「そうなのか?じゃあ、別の店にしてやればよかったじゃないか」
将一がとがめると
「俺が仲介してやってるんだから俺の好みでいいの」
「あきれた奴だな」
美緒が笑っているので、将一も仕方ないという顔をした。
「私、海の近くで育ったんですけど、それほど魚料理は好きじゃないんです」
「ほう」
そういうものかと、将一は意外に思った。
「本田さんは岩瀬先輩と同郷なんですよね」
「うん、岐阜の田舎。山ん中」
隣から顔を赤くした岩瀬が口を挟む。
「夏は釣り、冬はスキー、水はうまいし空気は清浄。いいとこだぞ、島村。子供を育てるにはもってこいの環境だ」
それを聞いて将一と目を合わせた美緒は、眼を伏せて困ったような顔をした。
「岩瀬、あんまり飲むなよ。真っ赤だぞお前」
将一は少しばかり語気を強くした。
「うっふふ」
岩瀬のこういったところが嫌いであった。
普段はクールに構えているくせに、時々相手を心底困らせるような冗談口をきく。
大学に入ってからは少し収まったと思ったが、呑むと出てくるようだ。
「ま、とにかく何か取ろうや島村さん」
将一が気を取り直して再度すすめると、美緒は笑顔になって、2~3品注文していた。
ややあって、順番に料理が運ばれてきた。
「これが美味いんだ」
岩瀬が将一の前に、鉢に盛られた魚料理を突き出した。
「何だ」
見ると、青魚のたたきにネギやシソがあえてあり、全体的に粘り気がある。一口食べてみると、味噌の味がした。
「なめろうですね」
美緒が近付き、器を覗き込んで言った。
「なめろうって言うの?はは・・面白え。酒が欲しくなっちゃうな。アジかなこれ・・」
将一は、身を寄せてきた美緒の髪の香りに鼻をくすぐられてくしゃみが出そうになったが、何とか堪えた。
「アジとトビウオですね」
「トビウオ?初めて食うな・・美味い」
「初めて?めずらしい奴だなあ。じゃあ、刺身も食ってみろよ」
岩瀬が注文してしばらくすると、頭と尾が付き、ひれがそのまま飾りに使われたトビウオの刺身が大皿に盛られ、将一の前に差し出された。
「すごいひれだな」
将一は皿からはみ出している長い胸びれに感嘆の声を上げた。
「トビウオの主翼だな。この翼を広げて滑空するんだ」
岩瀬が両腕を広げてグライダーのような恰好をして言った。
将一はトビウオの頭を見た。
ずいぶんかわいい顔をしていると思った。
「何だか見たような顔だな」
腕組みをしてしばし考えていたが、ふいと横を向いて
「あれっ」
と言って思わず笑った。
この子に似ているのだと、将一は気がついた。
島村美緒は、トビウオに似ている。
「どうしたんだ、食わぬのなら俺がもらうぞ」
岩瀬が手を出しかけたのを軽く払って
「これは俺のだよ」
将一は早速やっつけはじめた。
食べながら可笑しそうにしている将一を美緒は不思議そうに眺めている。
将一は呑んでもいないのに頭が痺れてぼうっとするのを感じながら、心を決めていた。
トビウオの恋(4) 2009年05月20日
トビウオの恋(3) 2009年05月17日
転載ーートビウオの恋(1) 2009年05月12日