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居酒屋を出て時計を見ると午後9時を回っていた。
将一は酩酊している岩瀬に肩を貸しながら、島村美緒に声を掛けた。
「島村さん、タクシー止めるから先に乗って帰って。俺達はもう少し休んでからにする。どこだっけ家」
将一が手を上げてタクシーを止めている背中に
「三鷹です」
と、美緒が出来るだけ大きな声で教えた。
「よし」
タクシーが止まりドアが開くと、将一は美緒に乗るよう促した。
「あの、本田さん・・私」
座りながら何か言おうとしている美緒の手に札を握らせると
「岩瀬に番号聞いて、電話する」
それだけ言って、ドアから離れた。
片手を上げて見送る将一に、美緒は急いで手を振り口を動かしている。
「ア リ ガ ト ウ」
と、言っているように見えた。
彼女を乗せたタクシーが遠ざかると、今度は大の男の介抱だ。
金曜の夜ということもあり、街はまだまだ酔客や帰宅途中のサラリーマンなどで人通りも賑やかだ。
将一は岩瀬を引きずるように移動させ、道の隅に座らせると、顔を覗きこんだ。
「大丈夫か」
「うん、すまない。少し・・酔っちまった」
「吐きそうか」
「いや、大丈夫。ふうっ」
二人はその場にじっとしていたが、10分ほど経つと岩瀬が頭を振って立ち上がった。
「大丈夫か」
将一がもう一度聞くと
「よっしゃ・・駅まで歩こうか。ううう~ん」
岩瀬は伸びをすると息を吐き、口の端で少し笑った。
ワイシャツに黒のスラックスという出で立ちの岩瀬は、背筋を伸ばして歩くと誠に堂々とした大人の男っぷりで、とても20歳には見えなかった。
白のTシャツに紺のジャージを着た将一も、違う意味で20歳に見えない男であったが。
道ですれ違う何人かの女が岩瀬に視線を投げて寄越したが、彼はきれいに無視して歩いている。
酔っているためでは無く、まるきり関心が向かない風であった。
「お前は相変わらずもてるんだろうな」
なんという気も無く、将一は言った。
だが、岩瀬は聞き咎めて
「お前、そんな下らん事を言うな」
低い声で唸った。
思いがけない深刻な横顔を見せている。
「どうしたんだ」
岩瀬はそれには答えず、押し黙ってしまった。
将一は駅の近くまで来ると、コーヒースタンドに寄る事を提案した。
落ち着かせてから帰した方がいいように思えたからだ。
「どう思った、島村のこと」
岩瀬はガラス張りの窓の向こう、街を行き交う人々を眺めながら、さして気もない様子でたずねた。
「ああ、良い子だな」
「付き合ってみるか」
「ああ」
岩瀬は驚いた顔でこちらを向くと
「本当に、本気でか」
まだ赤らんでいる顔を寄せて念を押した。
息が酒臭くて、将一は顔をしかめた。
「ああ、悪い」
岩瀬は将一から離れると、椅子の背に体をもたせ掛けた。
「言っておくが、島村は堅物だぞ」
コーヒーを口に含んで飲み込むと、岩瀬はそんな忠告をした。
「そうかな」
「冗談が通じない相手だ。ガキだし。そうだな・・言ってみればお前を女にしたような感じだ」
「へえ」
今の例えは面白いと思った。
なるほど、それで他の女に感じるような抵抗が無かったわけだと合点もした。
将一は美緒のトビウオのような「おぼこい」顔を思い出し、クスリと笑った。
「驚いたねえ。まさかこんなに上手く運ぶとは」
岩瀬は真面目に感心した声で言った。
「ま、健闘を祈るよ」
胸ポケットからメモを取り出すと将一の前に置いた。
「島村の携帯番号だ。あと、メアドね」
「わかった」
将一はメモを取り上げると、ジャージのポケットに捻じ込んだ。何となく照れくさかった。
「早速メールでも送ってやれよ。今夜は楽しかった、おやすみ・・とかさ」
岩瀬がからかうようでもなく言った。
「俺、メールだとか、そういうチマチマしたのは嫌いなんだ」
将一は、惚れた女性のためならマメな行動を惜しまないであろう目の前の伊達男を真っ直ぐ見つめた。
「うっふふ、確かにお前がメールをポチポチ打ってる姿なんて想像がつかない」
「だろう」
二人は破顔し、笑い合った。
将一は駅の改札まで岩瀬を見送った。
「じゃあ、よろしく頼むよ。わが部のマネージャーを」
「ああ」
「本当に堅物だから、そのように扱え」
「わかった」
「・・・」
まだ何か言いたそうだが、電車の時間が迫っている。
「乗り遅れるぞ」
「よしっ。じゃあ行くよ。今日はサンキュ」
ニッと笑うと、ホームへの階段を上って行った。足取りはしっかりしている。気分もまあ良さそうだ。
将一はアパートへ帰るために駅を出て歩き出した。
が、先ほどからの何とも言えぬ違和感が彼の足を止めさせた。
「なんか変だったな、あいつ」
そう独りごちた。
発車の合図が聞こえたのでふと振り向くと、岩瀬の乗った電車が動き出したところであった。
将一は、その車両が見えなくなるまで目で追い、見送った。
長年付き合ってきた友人の輪郭がぼやけているのを気にしながらも、彼は自分の寝ぐらへと、駆け足で戻って行った。
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トビウオの恋(4) 2009年05月20日
トビウオの恋(2) 2009年05月14日
転載ーートビウオの恋(1) 2009年05月12日