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昼間は宅配便の助手の仕事をした。
ドライバーとペアになり大小さまざまな荷物を抱え、配達先をあちこち周った。
夕方から夜にかけては、近所にあるアパレル企業の倉庫で製品の仕分けや出庫作業を手伝う仕事をした。
結構くたびれるが、目的のために休む事無く真面目に働いている。
島村美緒とは2回デートをした。
将一にとって女と付き合うのは初めての事なので勝手が分からないでいたが、彼女とは柔道の話もできるし、意外に趣味嗜好が似ているためか、楽しいと思えた。
ただ、親からの仕送りもぎりぎりの金額で生活している将一なので、豪勢なデートは勿論不可能である。
ゆえに、デートと言ってもただ公園を散歩するぐらいのものであった。
美緒に不満は無いようだが、将一としては己が不甲斐なく感じられて、どうにも心地が悪かった。
2度目のデートの後で、彼はふと思った。
美緒をどこか晴々とした場所へ、ドライブに連れて行ってやりたいと。
8月の末頃までは部の合宿やバイトで忙しいから、その後あたりにでも。
つまり、それが働くひとつの目的であった。
生活費の一部を稼ぐのが本来の名目であるが、今回はそれだけではないという訳だ。
将一は今まで女のために何か目的を持つなど、ほとんどみっともなく情けない行為だと、実は思っていた。
なので、この現状は我ながら可笑しくもあり、滑稽な気もする。
だが島村美緒を日ごとに好きになる自分を否めないでいた。
どこか惹かれるのだ。
それが何なのか判然としないが、兎に角彼女の事が頭から離れないでいた。
8月も半ばに近付いた夜中。
将一は古いアパートの一室で、岐阜に帰る支度をしていた。
熱帯夜の蒸し暑さで、汗がポタポタと滴り落ちる。
手の甲でそれを拭いながら、エアコンの温度を下げた。
「利きが悪いなあ」
将一は台所の水道で顔を洗ってから、再び荷造りに戻る。荷造りと言っても簡単なものだ。
今回は1泊だけの帰郷だ。親は電話口で文句を言っていたが、もう決めた事であり、変更する気は無かった。
作業を終え、さてシャワーでもと思いTシャツを脱ぎかけた時にチャイムが鳴った。
今は夜中の1時である。
将一は訝しい顔で玄関まで行くと、ドアの魚眼レンズを覗いた。
薄暗い廊下の蛍光灯の元に、岩瀬利紀の姿があった。
将一がドアを開けると
「泊めてくれ」
だしぬけに言う。
「どうしたんだよ」
驚いている将一の横を、岩瀬は少し青いような顔をして通り抜け勝手に上がりこんだ。
あの夜、コーヒースタンドを出て駅で別れていらい、岩瀬とは連絡がとれないでいた。
将一の方から電話をしたのだがなぜか繋がらなかった。
「何度も電話したんだぞ。どうして出ないんだよ」
岩瀬は手に持っている旅行バッグを隅に置くと、将一のパイプベッドに腰掛けた。
「お前、明日岐阜に帰るんだろう。切符はもう買ったのか」
そして将一の質問には答えず逆に聞いてきた。
「いや、まだだ」
「じゃ、俺と一緒に車で帰らないか」
「お前も明日帰るのか」
「ああ。荷物も持って来た」
将一は岩瀬のブランドロゴの入った旅行バッグを横目で見た。
「夜明け前に出れば道もすいてるし、どうだ」
どうだと言いながら、彼の中では既に決定事項であるのが語調から感じ取れた。
将一は仕方なく頷くと、もう一度聞いた。
「どうして俺の電話に出ないんだ」
「俺は柔道部をやめた。それで今は学問の方に専念している。忙しかったんだ・・すまない」
「やめた?どうして」
将一は押入れからマットレスを引っ張り出す手を止めて岩瀬に見向いた。
「だから、勉強だよ」
「だってお前、入部する時に先輩から部と勉強を両立して司法試験に受かる事もできるって聞いたんだろう」
「俺には無理だったのさ。シャワー貸してくれ」
岩瀬は着ていたシャツをベッドに脱ぎ捨てると、風呂場に向かった。
どうにも一方通行な態度に釈然としない将一だったが、ベッドの横に寝る場所を作りながら、少し考えてみた。
岩瀬はもともと柔道に熱心ではなかった。
子供の頃は大人しいタイプであった為、親が心配して武道のひとつもやらせようと、近所の道場の少年部に入れたのだ。
その道場で隣の小学校に通う将一と出会い、一緒に稽古をするうちに仲良くなり、中学が一緒になると申し合わせたように柔道部に入った。
勉強が出来た岩瀬は進学校に進み、狭き門であるB大法学部に合格した。
高校時代は文化系の部に入っていたらしいが、大学では再び体育会の柔道部を選んだ。
しかし話を聞いていると、稽古自体、必要以上には取り組んでいないようだった。
また、背は高いが細身であり柔道をやるには多少非力なのだが筋力アップを図るといったような努力にも積極的ではない。
その辺りが将一には不思議に映っていた。
何でわざわざ入部してまで柔道をやっているのか、分からないような所があった。
まあ将一とて、オリンピック出場を目指すとか、そこまで高い目標を掲げるほどではないので、岩瀬が続けようが止めようが何も言う事は無い。
岩瀬と入れ違いにシャワーを浴びて出てくると、岩瀬は既にマットレスの上で寝息を立てていた。
タオルケットを腹の上にのせた恰好で仰向けになり、窓から入ってくる街灯りに照らされている。
小学生の時分と変らない寝顔であった。
将一はエアコンの温度調整をすると、自分もパイプベッドにひっくり返って、眠りに付いた。
トビウオの恋(3) 2009年05月17日
トビウオの恋(2) 2009年05月14日
転載ーートビウオの恋(1) 2009年05月12日