セックス・ピストルズの元ドラマー、ポール・クックのリハーサル・スタジオの上にたまたま住んでいたということから、彼のプロデュースによるシングル"Aie A Mwana"でデビュー。(確かスワヒリ語で歌った歌だったと思う。)その後、ファンボーイスリーのバックコーラスを経て、彼らとの競演シングルもヒット。
その後、スパンダー・バレエ(Spandau Ballet)やアリソン・モイエ(Alison Moyet:元ヤズー)を手がけた名プロデューサー、トニー・スウェイン&スティーブ・ジョリー(Tony Swain & Steve Jolley)を迎え、バナナラマとして単独で"Cruel Summer"(邦題「ちぎれたハート」映画"Karate Kid"(邦題「ベスト・キッド」のサントラに使用され、後に全米Top10ヒット。Ace Of Baseによる1998年のカバーもヒット。)、"Robert DeNiro's Waiting"(邦題「愛しのロバート・デニーロ」。元々はアル・パチーノだったそうだが、歌詞にしっくりはまらないという理由でデニーロに変更。後にデニーロから彼女達に電話がかかって来た時に、ビデオクリップに出演してよと頼んだが、デニーロに断られたというエピソードもあり。デニーロ、正解だな。)、"Do Not Disturb"(邦題「ビーチ・ホテルでアイ・ラブ・ユー」)などヒットを連発した。
さらに、デッド・オア・アライヴ(Dead Or Alive)のユー・スピン・ミー・ラウンド("You Spin Me Round (Like A Record)")の全英No.1ヒットで当時、急速に注目を集め始めていたプロデューサー・チーム、ストック・エイトケン・ウォーターマン(SAW: Stock/Aitken/Waterman)をプロデューサーに起用し、1986年"Venus"の全米No.1ヒットで世界的に大ブレーク。(オランダのショッキング・ブルーの1970年の全米No.1大ヒット曲のカバー。地元オランダでは最高3位どまりだったらしい。日本でも当時オリコン2位の大ヒットだったようです。今や演歌歌手に転向した長山洋子がまだアイドル時代の1986年にカバーしてオリコン10位。当時のB級アイドル黒沢ひろみも浮上をもくろんでカバーしたが、こちらはオリコン71位。浮上ならず。)
↓長山洋子の「ヴィーナス」。眉毛ボーン(吉田ヒロの振りつきでお願いします)。怖いぞ、なんか。
その後もSAWと組んで"I Heard A Rumour"(邦題「アイ・ハード・ア・ルーマー~噂」"Love In The First Degree"(邦題「第一級恋愛罪」)などヒット曲を連発。黄金期を迎えるも、メンバーのシボーンがユーリズミックスのデイヴ・ステュワートとの結婚を機に脱退。
シボーンの後釜としてこれまた学生時代から仲良しだったジャッキー・オサリヴァンを迎え、"Love, Truth, and Honesty"、"HELP"(ビートルズのカバー)などのヒットを放つも、その後、SAWと別れて違う音楽性を模索したのが凶と出てすっかり低迷。
なかなか良い出来ではないだろうか。 そんなにめちゃくちゃハマるというほどではないけれど、そこそこ楽しめる感じ。あんまり期待していなかったけど、思ったより良いです。SAWと組んでたVenusやI Heard A Rumourの頃に比べるとやはり年を取って勢いが衰えた感は否めないが、相変わらずのやる気のなさそうな(笑)歌声を聞かせてくれます。
ちなみに、アンドリューは現在、イギリスでレストランのオーナーをしているそうです。Wham!解散後はプロのカーレーサーになるって言ってなかったっけ?俳優になるって言ってたっけ?そしてその後、やっぱりダメだったって言ってソロアルバムを出したよね。"Son Of Albert"っていう。全然売れなかったけど。(ちなみにAlbertはアンドリューのお父さんの名前。)ま、落ち着くところに落ち着いたというわけか。