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<新宿>の夜は、安全地帯でもそれは名ばかりだ。うごめく妖物、邪悪な魔人、改造生物、サイボーグ・・そして人間。あらゆる物が危険をはらんで潜んでいる。新大久保の駅から脇道に反れると、民家が密集している。深夜はどの家も鎧戸を堅く閉ざしている。たとえ何物かに襲われて助けを求めても、開く窓はないのだ。ひとつの影がその道を歩いていた。黒衣を纏ったその影は天空の月ですら見惚れる程に美しかった。危険など何も無い、昼間の公園を散歩するように、その影は飄々と歩いていた。道の先にうずくまる物があった。黒衣の影は立ち止まった。「みーつけた」まるでかくれんぼのように黒衣の者は言った。若い男の声だがどこか茫洋とした響きがある。うずくまる物は動かなかった。「さあ、帰りましょう」黒衣の青年は諭す様に言った。細い声が聞こえた。「うご・・け・・な・・い」「仕方ないなあ」青年が手を差し出すと、それは宙に飛び上がり、青年に襲い掛かって来た。鍵爪のついた大きな手、見開いた目も口も極限まで裂け、髪は逆立っていた。引き裂かれたと見えた若者は数メートル先に立っていた。「”僕”で良かったね。”私”だったら、今頃、細切れになってる」青年はのんびりと言った。青く光る目と鍵爪を振り翳した相手に、その言葉がどこまで理解出来たものか。なおも飛び掛ろうとした身体が、金縛りにでも合ったようにぴたりと動きを止めた。若者は口笛でも吹きそうな軽い足取りで歩き始めた。その後をよろよろと化物は歩いて行った。不可視の糸が二人の間を結んでいた。灰色の建物の間から朝日が覗いた。若者はのどかにすら見える様子で歩いていた。その後ろに付き従っている物はいつのまにか美しい少女に変っていた。少女はうつむいて大人しく歩いていた。二人は元の新宿区役所だった場所まで来た。「深夜料金は五割増しだぞ」「君と私の仲ではないか」白い医師は悩ましげに黒衣の青年を見た。「やなこった。値切るのはお断りだ」「美しい顔にしては、口が悪いな」「おまえみたいに、白衣の中身が真っ黒よりはマシだ」「やれやれ」白い医師は空中に手を差し出した。大きな指輪がきらめいた。当直の医師の姿が宙に浮かび上がった。「逃亡した患者が見つかった。今夜から夜の拘束は五倍強化したまえ」「そう致します」医師は頭を下げ、映像は消えた。「さて寝なおすかな」「夜明けのコーヒーを、一緒にいかがかな」「帰って一人でほうじ茶でも飲むさ」「相変わらず、つれないな」黒衣の青年が表に出ると、早朝の空は薄く雲がたなびき真珠色に見えた。遠い車の往来の音が響いて来る。今日も<新宿>の一日が始まる。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。negibonさんからのリクエストをいただき、今回は特別に挿絵付きです。短時間で文章、絵、共に仕上げたのでこんなもので許して下さい(笑)掲載小説はこちらでまとめてご覧になれます@With 人気Webランキングこちらにも参加しております。
2006/06/09
真夜中の潮騒「想い出のサンフランシスコ」が流れている。歌舞伎町の狂乱もこの地下の店までは届かない。グラスを片手に誰もが一人の思いに耽っている。白い医師の姿も時折見掛けるという。居酒屋「ポルト」はそんな店だった。 カウンターでジン・フィズを前に、私はぼんやりと店内を眺めながら音楽に 耳を傾けていた。寡黙なバーテンダーが一人、優雅な手付きでグラスを並べていた。 I left my heart in San Francisco・・・ かすかに潮騒が聞こえた。「新宿」では珍しい事ではない。どうしたはずみか、海に繋がっている場所が幾つもあるという。この近くにそういう所があるのだろう。 男が入ってきた。私より少し離れた所に腰をおろした。どこか疲れはてた気配が男から漂っていた。 上物らしい背広もワイシャツも薄汚れている。「『シンギング・レディ』をくれ」 バーテンダーはうなづくと、無駄のない動きでウォッカにクレーム・ド・ バイオレット、ブルー・キュラソー、カンパリをステアして、慎重に カクテル・グラスに注いだ。冴えた水色の小さな海が、グラスに生まれた。男はそれを、しばらくの間愛しげに見ていた。 やがて白い曇りがグラスの表面を乙女の恥らいの様に覆い、中身を隠した。それは霧深い海の姿だった。男は一気にそれをあおった。人は誰でも海を持っている。だから涙は海の味がする・・・ そんな事を言った詩人は誰であったのか。 店の奥の扉から、一人の女が現われた。浅黒い肌にぴったりとした黒のドレスをまとっていた。形のいい足で踊る様に女は男の隣にすわった。男は女の方を見ずに空のグラスを見つめていた。目顔で、女はバーテンダーにお変わりを命じた。小さな海がふたつ、二人の前に置かれた。 「とうとう、みつかってしまったわね」 「遠くへ行く者は皆ここへ来る」 男は初めて女の方に向き合った。わずかにグラスを掲げて、乾杯の仕草をするとまた一気に飲み干した。 「急ぐの?」 「君次第だ」 バーテンダーがちらりと壁の時計を見上げた。 「もうすぐですよ」 二人は立ち上がった。元気でな・・その背中に他の客の声が掛かった。黙ってうなづく者もいる。店内の客達を見回して、彼等は軽く会釈した。そうして店の奥へ歩いていった。 扉を開けると、中から海鳴りが溢れ出し、店中に響き渡った。二人がその向こうに消え、扉が閉じられると、海鳴りはぱったりと止んだ。 人々はまた、自分の世界に戻った。私の前に新しい酒が置かれた。 「二人の船出と、いつか貴方にも来るであろう旅立ちの為に」 バーテンダーは微かに微笑んでみせた。私も笑顔を返した。この店の名は異国の言葉で港の意味を持つ事に私は気がついた。I left my heart in San Francisco・・・ 私は小声で繰り返してみた。最後の街の名前だけ変えて、もう一度歌ってみた。 I left my heart in・・・ 懐かしい、だが二度と訪れる事が出来ない街の名だった。潮騒が聞こえた。それは私の中の海の音だった。 掲載小説はこちらでまとめてご覧になれます@With 人気Webランキングこちらにも参加しております。
2006/05/17
仕事を終えて自室に戻った私は、窓際に立ち眼下に広がる街を見下ろした。ここは地上からはるかな高層マンションの最上階。夜が窓から見える新宿の街並みを染めて行く。私のつけたゴロワーズの香りに、その風景が欧州のどこかの街に変貌する。けれども・・ここは「魔界都市」。吐き出した煙の中に、今日の出来事を思い返す。 嫌な患者だった。「魔女医というから、婆さんかと思ったよ。こんな美人とは」 中年の狸の様な顔をして、丸めた背中が卑屈なくせに目だけが狡猾に光っている。その目で診察室をぐるりと見回した。 「蛙や蛇を煮る大釜はありませんな」 絵本に出て来る様な魔女、あれはお伽話の中だけの事。現代ではもっと別の方法はいくらでもある。何を生業にしているのか、黒い皮の上着に褪せたジーンズの姿からはわからない。だがここへ来るという事は相当な稼ぎと情報網があるという事だ。私は善意で仕事はしない。それが区役所跡の男と違う所。それが私のプロとしての意識。「ご用件は?」 いくら不機嫌な声を出しても、この手には通じないだろう。 男はもそもそと上着の前をひろげた。けたたましい叫び声が響いた。男の胸に醜い顔が盛り上がっている。声はそこから響いていた。潰れた女がわめいている。「こいつを何とかして欲しいんで」 「『呪詛』ね。身に覚えは?」 「さて」 男はすっとぼけた顔をして見せたが、それで騙される私ではない。 「これを消せばいいのね」「そういう事で」 私は左手を伸ばした。顔は沈黙した。そして消えた。「さすがは、魔女医シビウ先生だ」 「高いわよ」 「それはもう」 男は卑しい笑顔を見せて、料金を払うと出て行った。電話が鳴った。物思いから覚めて受話器を取った。「なんだ、これは!騙しやがったな!」 あの男だ。「胸の顔は消してあげたでしょ」 「俺の顔が、あの女の顔になっちまった!」 「毎日、その顔を鏡に映してあやまるのね。自分の殺した女なんだから、その位のつぐないはしてやりなさい」 「なんで、アンタがそれを!」 男は心底驚いたようだった。「あの顔が叫んでいたのは、殺された魔女の怒りの言葉。整形したって無駄よ。それは呪いなんだから」 それも私が強めてあげた呪い。私を不愉快にした罰に。私は電話を切った。 そう、蟇蛙もコウモリもいらない。本当に必要な道具は「憎しみ」。それがあれば何でも出来る。ふと白い医師の面影が脳裏をよぎる。いいえ、貴方にはそんな手は使わない。そんな生易しい事では、とうていこの憎しみは使い切れない。何故ならこの憎しみの生まれる理由は・・ 私はゴロワーズを乱暴にもみ消すと、羽織っていたガウンを脱ぎ捨てた。窓に映るビルの影に私の白い影が重なる。そして私はバスルームへ向かった。@With 人気Webランキング読後、面白ければこちらをクリックお願い致します。掲載小説はこちらでまとめてご覧になれます
2006/05/04
「夜のにおいがする・・」彼は私を後ろから抱きしめ、私の髪に顔を埋めていた。 そして、くぐもった声で言った。 「酒、煙草、香水、そして・・血のにおいがする」 バーのカウンターのストゥールに腰かけたまま、私は答えた。 「『新宿』の匂いよ」 彼は顔を起こした。 「君も、あそこから来たのか」 渋谷の駅から少し離れ、立ち並ぶ邸宅を抜けると、魔法の様に現れる夜の為の店がある。門灯はあるが、金色に縁取られた店の名は闇に溶けたままだった。前に立つとマホガニーの扉が音もなく内側に開いた。 一人の黒人の女が無言のまま、客を奥へ案内する。 せせらぎの様に快い音楽が低く流れている。人影はあるのに気配は気にならない。深い夜を一人で或は二人で過ごす為の店。 飲み物を頼むと私はシガレットを取り出した。横からライターの火が差し出された。そのあまりのさりげなさに、余計な礼の言葉などかえって相手を哀しませそうな気がした。私は目顔で感謝を伝えた。男のグラスには琥珀色の液体が氷とともに揺れていた。 「これほど黒が似合う女性を見た事がない・・」 私は黙ったまま煙を吐き出した。 「出て来た甲斐があったというものだ」 男に不愉快な要素はなかった。外見はごく平凡で、ただどこか生気に欠けている。それで年齢不祥に見えるのだろう。夜には珍しい事ではない。夜は疲れ果てた人々の為にあるのだから。夜は有能な癒し手だ。私にはかなわないけれど。それ以上は言葉もなく、並んで腰掛けたままお互いに杯を重ねていた。私は今日の患者の事を考えていた。「新宿」から持ち出された小動物を甘くみただけの話。そいつと融合してしまい、泣き叫ぶ中年女。馬鹿な女。女の脂肪太りの体よりも融合してしまった栗鼠の様な生き物の方が、よっぽど可愛げがあった。だが患者は患者、治療はしたけれど、法外な報酬がなければ遠出はごめんだ。男が不意に私の手に触れた。 「この手で何が出来るんだい?今まで沢山の奴等を幸せにして来たのじゃないかな」 「そうね、そう通りかも」 私は今日の患者の事を思い出して薄く笑った。男はそれを自分への好意と勘違いしたらしい。私は抱きすくめられた。そして彼はつぶやいたのだ。夜のにおいがすると・・ 「なぜ『区外』へ?」 「行きたい所へ行くのよ、私は」 「僕は外を見てみたかった」 不意に開いた扉から冷気が流れ込んで来た。それは黒いコートをまとった天使の姿をしていた。白い顔は夜半の月の光を帯びている様であった。店内に感嘆のため息やざわめきが広がった。私はその白い顔を良く知っていた。 「迎えに来たよ」 のんびりとした声が言った。男は体を離したが、まだ私の肩に手を置いたままであった。 「私かしら」 天使は私の挑発に乗らなかった。ちょっと肩をすくめてみせただけであった。 「そこの人に用事があるんだ」 男はのろのろと私の肩から手をすべらせ、だらんと体の左右にたらした。 「もう時間切れか・・」 そちらへ歩みだそうとした男を、私は片手で押し止めた。 「この人は私が預るわ。あなたの雇い主にそう言っておいて」 男は驚いた様に私を見た。 「どうせ『時間切れ』なんでしょう?依頼主も嫌とは言わないでしょう、相手が私なら。あなたの料金は全額私持ち」 「あなたに嫌と言える男なんて、めったにいないよ。でもどうして薮医者の依頼とわかったのかなあ」 そのめったにいない男の一人が、お愛想のつもりか、そう言いながら笑顔を見せた。周囲のため息も更に深みを増した様であった。一人の女など、あの笑顔が自分に向けられたなら、そのまま死んでしまいかねない顔をしていた。 「私が誰だか、忘れたの?」 「そうだったね 『魔女医シビウ』」 マン・サーチャーは、悪びれずに答えた。黒い美影が去った後も、人々はその残像をそれぞれの脳裏に追う事に忙しかった。 「何をしたんだね」 白い医師が尋ねた。 「何も、当たり前の処置だけ」 常人にはたどり着けない病院の奥、その一部屋に私達はいた。あの男が手術台に横たわっていた。偽りの生を受けた人形。 「彼の記憶がすべて消去されていたが・・」 「ああ、そうなの。あなたの作り方がどこか悪かったんじゃないの、優等生さん」 白い顔は何の感情も示さなかった。 「残念ね、データが取れなくて」 「人に不幸を運んで来るのが、相変わらずお上手だ」 「不幸ですって。何が幸福で何が不幸かなんて、誰にもわからないものよ。苦しんで生きながらえるのが幸せ?微笑んだままあの世へ行ける事が不幸?」 「さて」 白いケープがゆらめいた。流れる黒髪は女の私ですらうらやむほどの艶を帯びていた。白い医師は手を伸ばし指輪をきらめかせた。宙に事務員の姿が浮かんだ。 「客人がお帰りになる。車を回してくれ」 一礼してその姿は消えた。 「またね、優等生さん」 幽かに弟弟子は眉根を寄せた。何かの思い出をたどるかの様に。 「夜のにおいがする」 多くの人間が天の啓示と思う声がそう言った。だが次の瞬間、何故私が笑い出したか、魔界医師といえども理解出来なかったろう。 あの男、私と共に一夜を過ごしここに帰りついた男。彼はもはや何もかも忘れ果てたまま、元の遺体の寄せ集めに戻っていた。彼は新宿を逃れ、やはり新宿の夜の中へ帰りついたのだ。 或は私という夜の中へ・・ 掲載小説はこちらでまとめてご覧になれます@With 人気Webランキングこちらにも参加しております。読後、よろしければクリックをお願い致します。
2006/05/01
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