貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

2009/07/31
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灯りのない室内は、闇が支配していた。

外から射しこむ光は微かであった。だが窓際に立つ竹生の姿は、そこだけ青白き月の如き光を帯び、柚木の目にもはっきりと見る事が出来た。魔性の者、人でない者。柚木はその背中を見詰めながら、あらためて竹生が誰であるのか、何者であるのかを感じていた。

竹生の白く長い髪が、ふわりと宙に舞った。風の力である。締め切った部屋の中でも竹生の風は自在に吹いていた。竹生の黒衣が優雅に翻った。柚木の柔らかな栗色の髪も風になぶられていた。

竹生が振り向いた。
「その代わり、二度と朔也を追い詰めてはならぬ。あれが元に戻らぬとしても嘆いてはならぬ」
柚木はすぐに理解した。
「じゃあ・・」
竹生の青い瞳が光った。
「そうだ、あれは忍野(おしの)だ」


柚木の中の風も、過去の記憶に向かって吹き始めた。

あの時・・・

吹き荒れた風は竹生のものであったのだ。柚木を運び、忍野を佐原の村から連れ去ったのは。竹生は忍野に自らの血を与えた。忍野は生と死の境でかろうじて留まった。それ以上は竹生の力を持ってしてもどうする事も出来なかった。竹生は忍野を匿い、時を過ごす事にした。忍野を目覚めさせる手段が見つかるまで。

百合枝の力が忍野を救った。だが意識を取り戻した忍野には異変が生じていた。
「あれはすべてを失っていた。記憶もなく、子供の如くに成り果てていた。身体も弱く、無理をすればすぐに熱を出す・・誰よりも強い盾であった忍野ではないのだ」
竹生は言った。
「忍野は元に戻らぬかも知れぬ。それでも側にいたいか?お前には辛い事かも知れぬぞ」

竹生の言葉に、柚木は何のためらいも見せなかった。
「では何故、竹生様はお父さんと一緒にいるのですか?」
少年の澄んだ目が竹生を見据えた。
「どうなっても、お父さんはお父さんだからでしょう?僕もそうです」


「この私によくぞ言った。まさしく忍野が育てた子だ。気に入ったぞ、柚木」

竹生は音もなく柚木に歩み寄ると、柚木を抱き締めた。青く甘い香りが柚木を包んだ。
「あれは私がいないと不安がる。その時はお前が側にいてやれ。そうすれば、あれも心強いであろう」
柚木は心地良さの中で朦朧としながら答えた。
「はい、竹生様」

「はい、竹生様」

竹生の腕の中から解き放たれ、柚木の身体に普通の感覚が戻って来た。柚木は大きく息をした。今は一緒にいられるだけでもいい。柚木は思った。失ったと思ったものが帰って来たのだ、たとえすべてではないにしても。そしてこれからずっと一緒にいられるのなら、それだけでも良い。

竹生の声に、今宵は喜ばしげな響きが宿っていた。
「お前もこの家の家族となるのだ。鍛えてやる、誰よりも強く。覚悟せよ、柚木」
うれしい気持ちと同時に、柚木はちょっぴり不安になった。竹生の訓練好きは”盾”の見習の間でも伝説になっていた程、有名であったから。





(つづく)









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Last updated  2009/07/31 11:02:23 PM


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