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みるめ君の

経営者の思考!!
そんな疑問持ちませんか??![]()
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お知らせです!!
先日不当労働撲滅の一つの動きとして
「仙台POSSE」の準備会に加入した事を
お知らせしましたよね。!!
その活動の一つとして
「仙台POSSE」ブログの管理人に
僕が着任しました。!!
ニックネームは「おっちゃん」
拍手 拍手!!
さっそく昨日更新が完了しています。
仙台POSSE活動報告!!
是非こちらにもお立ち寄りくださいね。!!
「仙台POSSE」で頑張る若者たちへ
是非皆さんから、暖かいお声掛け
お願いいたします。
コメント大歓迎です。!!![]()
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会社から受けた不当行為
その陰で苦しむ労働者の家族。
僕たち家族は、
それでも人として生きてきました。
恥も外聞もかなぐり捨てて、書き込みます。
皆さんの知らない実態を。!!
お涙など要りません、
体当たりで訴えます。!!
不当労働は、許せません。!!
昨日の日記で、労働基準法第36条にある協定を締結しないまま残業や夜間作業をしていた事を書き込みましたが、実はそれ以前に根本的なところでの不当行為が起こされていました。
(今日は後半に重大な事が書き込まれています。)
それは、僕達の勤務体系です。
1日8時間以上、月曜から土曜までの1週6日間の労働を強制されていました。
労働基準法では特定業種以外は1日8時間、週40時間を超えて労働させてはいけないと定められています。
僕達は週に8時間を超える不当な労働を強制させられていたんですね。
また、雇用開始時から有給休暇の存在は知らされず、全社員有給休暇はないものと認識していました。
僕は、有給休暇の取得条件をクリアーしていても会社側から有給休暇の取得を伝えられませんでした。
また、不思議に思い現場長に確認したところ「この会社に有給休暇はないよ。休むと給料減らされるから、怪我しても体の具合が悪くなっても休めないから。」と言われていました。
そうはいっても、子供の学校行事や子供達が体調を崩せば、休まざるを得ません。
学校行事に関しては、事前に休む事を伝えておきます。
子供たちが体調を崩したり怪我をした時は、会社に電話を入れ休ませてもらえるようお願いします。
社長や事務員は、快く休ませてはくれません。
必ず電話口で2、3小言を言ってしょうがなく承諾します。
僕としては、休んだ事で周りに迷惑をかけたと考え出社した朝には、社長のところに挨拶に行ってました。
社長室で、休んだ事に対するお詫びをしたところ社長は休むことが会社にとって非協力的と頭ごなしに言ってきて「そんな奴いらね。進退問題考えろ。」等、罵倒される事がよくありました。
事務員は休んだ事を、見せしめる様にタイムカードに書き込んでいました。
長女喘息とか欠勤とかね。
有給休暇がない、休めば減給されて罵倒されるこの流れがいつも僕の頭にあり、自分の体調が崩れてきても、風邪で高熱が出ても休むことはできませんでした。
1月に正社員として雇用され、このような状態で働いていた僕の体はある日悲鳴を上げていました。
それはゴールデンウィークに入る前です。
僕は、腹部に強い痛みと違和感を感じていました。
ちょうど胃潰瘍と同じような症状です。
突き刺すような痛みと吐き気、食事も喉を通りませんでした。
2日位働けば休みに入る、休みに入ったらゆっくりしてれば治るだろうと市販薬を飲み腹痛と吐き気をこらえていました。
休み中は医者もやっていません、それ以前に少ない給料で生活しているため病院に行くお金すら捻出できませんでした。
連休中は、家でおとなしく寝ていましたが吐き気がおさまりませんし、痛みも収まりませんでした。
休みが明けても、その状態は治まりませんでした。
僕はトラウマのように、連休後にはどんな事が有っても休めない、休めば進退問題、減給、罵倒と頭をよぎり、無理をして会社に出ました。
その日は土曜日、1日働けば翌日は休みと無理をして働きましたが体が持たず、午後に早退しました。
あぁ~、これでまたどやされる。
減給に罵倒、下手したら辞めろって言われるかなと思いながら帰宅し、市販薬を飲んで横になっていました。
これ以上休めない、月曜には仕事に出なければと思いながら吐き気と痛みが治まら無い中、布団の中でじっと我慢していました。
働くのは僕だけ、ここで辞めさせられたら明日から生きていけない、僕が我慢すれば何とかなると、今となっては馬鹿な考えでした。
月曜日の朝になっても依然回復しませんでしたが、この月は連休もある事からこれ以上休めない。
痛い腹と吐き気を我慢しながら仕事に行きましたが、やはり無理でした。
又半日で帰り、翌日も休ませてもらってじっと回復を待ちました。
すると、休んだ日の晩に痛みが和らいできました。
若干の吐き気はありましたが、耐えられない物ではなかったので翌日に又復帰。
吐き気はあったものの痛みが引いていました。
無事1日仕事をこなし1時間の残業、吐き気が残っていたので早めに帰ってきました。
もちろん、休んだり早退した翌日は社長室にて罵倒の嵐です。!!
でも僕はそれどころではなく、全然耳に入っていませんでした。
それよりも辞めさせられないよう、残った作業を早く終わらせる事ばかり考えていました。
こうなると給料は半分と諦めていました。
その時は、現場でトラブルが有り地域住民とコミニュケーションを取る事が優先されながら気を使う作業です。
現場は、静かに泥などで汚さない、17時までには現場を離れる等もろもろの注意がありなかなか作業が進みません。
僕は時折襲ってくる吐き気に耐えながら、作業を続けました。
もちろん現場の人たちには、この状況は話していましたがだからと言ってどうしろという事もなく、作業を続けました。
1日の作業が終わり帰社すると、社長と事務員から書類作りの指示が有りました。!!
数日早退や休みの続いた僕は、断る事も出来ず言われるままに3時間の残業をしていました。
そんな状況でも、他の人達は手伝う事もなくそそくさと帰って行きました。
痛み自体はほぼ治まり、残るのは吐き気だけあと2日働けば休みだと自分に言い聞かせ、なんとかその日の作業を終わらせて帰宅しました。
この間食事はさほど取れませんでしたが、とにかく我慢してやるしかありませんでした。
翌日若干の嫌みが出てきて吐き気も治まら無い状況でしたが、休む事も出来ず1日働きました。
会社に戻ればまた残業の指示が…。
この日も3時間の残業その後社長室に呼ばれ、ここ数日の事を言われました。
もうこの状況では馬の耳に念仏状態。ただただ謝るのみそれが精一杯でした。
この時翌日の作業指示をされました。
社長の息子と同じチームで野球をする長男、たまたま翌日は練習日でした。
今日の現場から残土をダンプに積んできていたので、翌日の朝自宅から直接残土捨て場に行って下ろしてこいと言う事でした。
残土捨て場は、長男の球場から約15分のところ今日ダンプに乗って帰って、よく朝長男を球場に送って行ってその帰りに残土を下ろしてくればいいと、言われました。
僕はチームメイトの父兄に長男を乗せて行ってもらうようお願いしてましたが、仕事で球場方面に行くことになったので断りの電話を入れ社長の指示に従うことになりました。
数日前の早退欠勤が有りますから、断る事も出来ませんでした。
翌日早朝、また腹部の痛みが出てきて、吐き気もいつもより強くなっていました。
それでも当日ダンプを使うため休む事も出来ません。
家を出る前に薬を飲み、痛みをこらえて出発しました。
長男は心配しているのは、分かっていましたからなるべく表情に出さないようにして、球場へ向かいました。
自宅を出て約40分長男を球場に下ろし、残土捨て場に向かいました。
腹痛と吐き気は、時間とともに強くなり残土捨て場で残土を下ろすので精一杯の状況です。
残土を下ろしてから、10分ほど休み会社に向かって走り出しました。
約10分ほど走ったところで、強い腹痛に襲われ血の気が引くのを感じました。
ダンプは走行状態でしたので、すぐ近くの空き地にダンプを入れサイドブレーキを引き止めたところ、全身にけいれんが走り、強い寒気が体を襲います。
両手で押さえるお腹がどんどん硬直し耐えきれないような痛みに襲われます。
僕は一瞬「もう終わりか、ちくしょう、ちくしょう。」と寒さを感じ震える体で横になったら、子供たちの顔が脳裏をかすめました。
少しずつ気が遠のく中、なんとか誰かを呼ばなきゃと携帯を取り出し社長に電話をしました。
満足に話も出来ない中「利府街道のたこ焼きやんとこ、助けて…。」あとは何を言ったのか覚えていません。
どれくらい時間が経ったのか、現場の人が迎えに来て自宅に送り届けられました。
今となっては、僕はバカだった社長になんか電話しないで救急車を呼べばよかった。
今更ながらなんであの時社長だったんだろうと、自分の馬鹿さ加減に情けなく思っています。
ここ数日の状況を考えれば、社長はあてにならない。
その証拠に、社長自らは来なかった、僕の電話を受けてタダならぬ状況であった事は分かっていたはず。
迎えに来た現場の人も、僕の状況を見れば直ぐにでも救急車を呼ぶか近くの病院へ運びこむのが当たり前だと思うが。
いずれ、僕の頭の中では常日頃の社長から受ける扱いに、緊急事態でも社長にこの現状を見てもらえれば罵倒されたり辞めさせられることなく、休めるだろうとの考えが無意識のうちに出たんだろうと思います。
自分の命の危機を感じてる中でもこのような心理状態にあるのは、常日頃から受ける社長や事務員の対応の中、子供達の養育や生活、親としての責任感の中でもがき苦しんでるうちに形成されていたんだろうなって思います。
こんな状況、経営者でなくとも人としてやる事は限られているのにそれが出来ない。
少なくとも公共工事を受注している会社ですから、安全体制は整っているはずなのにこんなにずさんな対応。
紙切れ1枚の安全体制、こんな企業に行政は指定店の看板を与えている事事態考えられない。
それ以前に、人間としてどうなのか。??
ここは僕は口に出しません、皆さんの心の中で考えてください。
常識ある皆さんの考えは、一つだと思います。
僕に対して言いたい事もあるでしょうが、はざまに立たされた一人の親として子供達を育てるためには、どうしようもない状態だった事は分かってほしいと思います。
今は、怒りと恨みだけで一杯です。
思い出す事も苦しくてたまりませんが、不当行為の奥底ではこんな現実がある事も認識していただきたいと思います。
不当行為を受けた末、一人で悩まれてる方が沢山います。
是非皆さんで真実の声を聞いてあげてください。
そして一緒に考えて行きましょう。
目をそらさず、真正面から向かい合って。!!
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