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【送料無料】夢魔の街浦山明俊祥伝社文庫☆☆☆☆ シリーズ四作目。中編3編。最初が大手町の証券会社に勤め、葛西に住んでいる睡眠障害のOLの話。もろ私の通勤ルートに重なり、「南砂町駅から清砂大橋を通って歩いて帰宅」なんていう記述に笑ってしまった。私も自宅からウォーキングでこの橋をたまに歩いて渡っている。ただ、葛西までではなく、西葛西止まりだけど。二作目も首都高の走り屋さん達が出てくるので、聞いたことのある地名が満載。この二つは大体土地勘もつかめる。 しかし、最初の睡眠障害のOLの話は診断書があるとはいえ、睡眠障害で遅刻ばかりのOLがいつまでも雇っておいてもらえるかなぁ?まあ、閑職に追いやられているけど。また、ここで、千尋が知っていそうな人間が出てくる。これが彼の宿敵になるのかと思って読んでいたら、第三作目で思いがけない終わり方をして吃驚してしまった。ただ、別の小説でもこのての展開を聞いたことがあるので、次巻に続くと信じているが、どうなるか気になる。医者の道蹴ってまで千尋についていった忠実な秘書の小島も気の毒だしなぁ。
January 27, 2012
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【送料無料】ステップファザー・ステップ宮部みゆき講談社文庫☆☆☆☆☆ 現在放映中のドラマの原作。ドラマが楽しいので原作も読んでみた。でもこの短編集一冊だけらしい。ドラマの双子は小学生だが、原作では中学生。作中「子供がしっかりしていると親がグレる」という文があるほど、ドラマ以上にしっかりした双子だ。 執筆~出版が携帯電話・PCが普及し始める直前だったらしい。作中でワープロを買おうかという場面もあるし、驚いたのは作中のニュースでまだソ連が存在していた。それに、金利が完全自由化されたら銀行が潰れるといった台詞もあるのだ。ホームミステリみたいな感じのする小説なので、あまり時代の波を感じないが上記3点には、今となっては思いっ切り時代色が現れている。 まあとにかく子供二人がしっかりしているようで、年相応なかわいげもあって、主人公の名目上の雇用主で実際は泥棒のネタを提供している元弁護士の柳瀬のおじさんなどはメロメロ。すっかりおじいちゃん気分になっている。でも、自分の孫もかわいがっているみたいだから、もとから世話好き・子供好きなオッサンなんだと思う。
January 22, 2012
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【送料無料】書物輪舞赤城毅講談社ノベルス☆☆☆☆☆ 短編集。連作ではない。旧ソ連とロシア革命、旧日本軍と朝鮮戦争、チャウセスクの独裁、切り裂きジャックにまつわる謎と関係のある書物をル・シャスールが追う。今となっては世間を揺るがすような価値のない古本だと思っているが、実はそこに書き込まれた内容には長い年月を経た現代でもまだ大きな影響力が潜んでいる……。それが明かされるとき、私たち読者はミステリの謎解きと同じ爽快感を味わうことになる。だが、このル・シャスールが探偵と違うのは、彼は、書物を愛し、その力を信じていることだと思う。金や権力といった生臭い欲望のためにそういった稀覯本を見つける輩には相応な対応をとるル・シャスールもただ、その本が欲しいという願いのためには、それに協力を惜しまない。というか、「古めかしい仕事の進め方を好む」という書物狩人気質なのか、かな~り気障な報酬を求めたりもしている。出てくるトピック一つ一つが政治的事件と古本かただの歴史的・美術的価値しかない稀覯本との繋がりが明かされる時はやっぱりミステリ小説の解決編と変わらない。この本で一番好きだったのは、冒頭作。情報将校とはいえ、まっとうな公務員がル・シャスールとかかわることで、昔から現代にまで繋がりをもつ歴史の隙間に残された棘のようなものに関わる話だ。 でもやっぱり長編も読みたいなぁ。
January 22, 2012
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【送料無料】奈良の平日浅野詠子講談社 四六並製☆☆☆☆◎ 神奈川県出身で、四半世紀に亘って地方紙の記者として奈良の取材をしてきた著者の観光ガイドには載らない「地元」としての奈良の本。とはいっても、奈良が好きだった文化人が多いせいで、そのメンツの豪華なこと。そして千年以上前から集落があり、人が集まって生活してきた歴史の堆積がある奈良だからこそ、地元の人だけでなく、この著者のようによそから奈良に移ってきた人々にとっても、彼らが持っていなかった長い歴史の堆積を持つ地元を大切に思う気持ちが伝わってくる。やはり以前には営業していた名店の廃業といった記述は多いが、それでも昔から伝わっているものを愛し、残そうという地元の人の行動が良く分かる。また、出てくる建物も、観光ガイドには載らないが、私のような奈良が好きな人間にはたまらないスポットだ。観光の途中で通り過ぎた印象的な建物が実は由緒ある喫茶室だったり、今まで行かなかった場所に古びた雰囲気のいい(最近はこういうのをシャビーをかいうらしい)街角があるのだ。読んでいて、何か所もこの近所いったけど、この建物は覚えているような覚えていないような…というのがあった。やはり観光ではメジャーなところしか行かないが、この本を読んでいると、観光スポットではないところにも、長い歴史やそれにふさわしい風情のある場所がたくさんあるのだ。私も何か所か旅行中にそういう場所を見つけたこともあるが、この本に出てきた場所も、探して是非行ってみたい。何度か行ったことのある稗田環濠集落の「稗田」という地名も古くからの水不足で日照りに強い稗しか獲れなかったことに由来しているのではないかというのは、この本を読むまで知らなかった。 最近の栄枯盛衰をさりげなく織り込みながらも「歴史の堆積」していく奈良の様子とそれを大切にする人々の様子にとても共感を覚える。
January 20, 2012
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【送料無料】クムラン蘇る神殿価格:1,890円(税込、送料別)エリエット・アベカシス角川書店 四六上製☆☆☆☆ シリーズ第二作目。前作でエッセネ派のメシアとされた主人公、アリー・コーヘンは今度は発掘に来ていた考古学者が古代の生贄の儀式に則って殺されたという猟奇事件を追いかけることになる。エッセネ人になっていらい、アリーは古代の文書を写字する写字生となって厳しい戒律の元生活を送っていたが、事件の発生で父と父の友人で情報組織シン・ベトのトップ(だったかな?)に俗世に呼び返されてしまう。そこでかつての彼女で、発掘グループに参加していたジェーンとも再会して捜査を開始するのだ。 しかしまあ、相変わらずユダヤ教の思想と歴史が良く分からない。このブログを書くためと、ちょうど「行け我が想いよ黄金の翼に乗って」を演奏するせいもあって、ちょっとユダヤ、古代イスラエルの歴史などを調べてみたが、やっぱり良く分からなかった。この小説の舞台となったのは、二度目だかにエルサレムの神殿が破壊された時で、その時に持ち出された(といわれる)財宝の行方をめぐってストーリーは展開される。 この小説も前2作よりエンタテイメント色が強くなったように感じるが、やっぱりアリーが思索に耽る?瞑想に入る?と何が何だかわからない。しかもその描写の長いこと。それでも、エッセネ派に入るまでのぐるぐる具合に比べたらマシだったかもしれない。前作「クムラン」のストーリーも覚えていないのに、この場面は訳が判らなかったのに、読んでいるとひたすら「マタイ受難曲」が頭の中で鳴っていたのは覚えている。 また登場人物にはフリーメイソンが出てくる。このへんはまだよかったのだが、ストーリが進むにつれてテンプル騎士団(作中では神殿修道騎士団)は出てくるは、さすがに最後に暗殺教団でその長が「山の長老」「山の老人」と呼ばれるイスマイリ派まで出てきたのは驚いた。だが、作中では神殿修道騎士団が色々と誤解を招く一因となったの内部の儀式の様子なども描写されていて興味深かった。そして、この作品の主人公がユダヤ教徒だというのを忘れてしまった。だが、財宝を隠すためにキリスト教徒の神殿修道騎士、イスラム教徒の元イスマイリ派の青年、そして隠し場所を提供したユダヤ教徒と三者が協力しあうのだ。作品として読んでいると、何でもアリの印象を受けてしまうが、この辺にもしかすると著者の願いのようなものが込められているのかとも思った。実際、パスポートを忘れてパレスチナ人地域を通るアリーの様子の描写もあった。 ちなみに、この著者、私とほぼ同年だが、30歳前にフランスの高等師範を出て、教授資格を取得し、現在は大学教授でもあるらしい。しかもお父さんは高名なユダヤ教の学者だそうだ。この履歴でこうした作品を書いていると、日本でも似たような経歴の人が芥川賞を取っているが、そちらの(読む気もしないから読んでないけど)お嬢さん芸小説とはえらい違いだと思う。さらに、フランス映画の女優さんといっても通りそうな美人なんだよな~~。天は二物を与えるもんだ。 更にこの小説には続巻があり、タイトルは"La derni?re tribu"、最後の部族。で日本が舞台の一つになっている。この本のが日本で出版された一年後あたりに出たらしいが、ここでは日本にアッシリアに滅ぼされた北王国の最後の支族がきていたというトンデモ俗説(?)が取り上げられるらしい。どこでこんな与太話調べ上げたんだと思っていたら、フランス語版のウィキにも少しだけ言及があって驚いた。この人の視点で日本がどう描かれているかとても興味があるし、続巻も出版して欲しいなあ。
January 20, 2012
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文字を大きくして、他にも少しだけ変更。ちょっとは見やすくなっただろうか?
January 17, 2012
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【送料無料】 砂の器 上巻 新潮文庫 改版 / 松本清張 マツモトセイチョウ 【文庫】【送料無料】 砂の器 下巻 新潮文庫 改版 / 松本清張 マツモトセイチョウ 【文庫】松本清張新潮文庫☆☆☆☆☆ 昨秋(実は昨春3月12日放映予定だったのが半年延びた)のドラマを観てから読んだ。原作の大体の結末も知っていたのだが、それはそれで楽しめた。主人公がベテランの今西から若手の吉村に変わっているだけでなく、他の点でも違いがあり、そこが意外に面白いところだったりしたので、ドラマとの相似点・相違点を較べるのも面白かったし、原作のストーリーを知っていたところで、この著者の小説全般に言えるような気がするが、この小説は今となっては推理小説としての価値より時代風俗小説としての価値の方が大きくなっているような気がするので、あまり興がそがれるようなことはなかった。また、ドラマでみたせいか、今西と吉村がドラマの俳優さんに置き換わって読めたのでそれも却ってよかったと思う。ただ、和賀はそうでもなかったかな。 特に和賀の音楽の描写は面白かった。和賀が音楽家だというのは知っていたし、ドラマでもオーケストラを指揮して自作自演をやっていたので、そのままだと思っていたら、原作では電子音楽だったのはかなり意外だった。しかも、その演奏会はいわゆる現代音楽・前衛音楽の演奏会風景だ。(今ならちょっと古めかしいかもしれない)また、和賀の自宅の様子も興味深い。今でいうスタジオだし、しかもそこで説明されているのは、ただその辺にある音を音楽にしている(ミュージック・コンクレートというらしい)だけでなく、シンセサイザーに似た原理も説明されている(というかそのあたりに少し著者自身及びまだそこまで分化していなかった時代ゆえの混同があるような気がする)今でこそ音のサンプリングも普通に行われているし、シンセサイザーも普及しているが、この本の初版は1961年なのだ。調べてみたら、50年代半ばにシュトックハウゼンが和賀がやったようなのと同じようなことをやっているようだし、日本でも黛敏郎や武満徹、湯浅譲二などが作品を発表していたようだが、モーグのシンセサイザーが最初に発表されたのは64年なのだ。半世紀近く後になって読んでみると、改めて和賀(の設定)が当時の最先端をいく音楽家だったのが分かる。ただ、その仲間のヌーヴォーグループの面々はちょっとおバカさんっぽいけど。ただ、他の本の記述(司馬遼太郎の「街道を行く~琵琶湖・奈良散歩」)にもあったので思い出したが、この時代、既存の価値観や伝統などにとりあえず否定反抗する若い人々(代替の中身があるかどうかは不問)がいたようなので、そういう若い人々の描写なんだろうな。 もっとも残念ながら和賀が最初の被害者以外に取った音波を使う殺人方法は、原理としてはSFでもよく出てくるが、今でも市販されて簡単に入手可能な技術でも不可能だ。これが採用されているあたりでも、現代小説というより、そろそろ時代小説といってもいい状態かもしれない。 それに、動機などはもっとドロドロした描写を予想していたが、不足に感じるほどあっけない描写だった。ただ、今とは時代が違うというのも大きい。正直想像はつくが実感はできない。これ、発表直後はドロドロ描写しなくても読者は実感できたんだろうか。 そういえば、今西刑事の自宅の描写でお風呂がないというのにも時代を感じてしまった。しかもお風呂をつけるには建て増ししなければならないが、予算がないという記述まであるのだ。あと、彼が捜査のために歩き回る地域の描写はこの著者のお得意の一つだと思う。これも往時の日本の描写で郷愁をそそられる。そういえば、東北弁に似た言葉を話す地域が山陰地方にあるという記述は著者の日本古代史への造詣へと繋がりそうな気もするが、ここの名産が算盤で、今西刑事がこれを使う場面も出てくる。このあたりが本当に隔世の感だ。いま、この町はどうなっているのだろう? 「砂の器」だけでなく清張作品に出てきた土地のツアーってやってみたいかもしれない。
January 6, 2012
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パトリック・レドモンド早川書房 四六上製☆☆☆☆☆ 1954年の英国の名門といわれるパブリックスクールが舞台。孤高の優等生だの、性格の良いいじめられっこだの、仲良し双子、ハンサムな若い先生と意地悪な先生、素敵な上級生などなど、アナザーカントリーやハリー・ポッターを彷彿とする道具立ては揃っているのだが、古びた施設に不味い食事、そして、陰惨ないじめ…と小説の雰囲気はとても重苦しい。 「ゴシックホラー」と銘打ってあるだけあって、孤高のカリスマ性ある優等生もヤンデレなどという昨今のインスタントな形容ではおさまりきらず、サイコで怖いし、この少年たちの最期の描写も不気味だ。事件が起きていくにしても、それがどんどん深刻なものになっていくのが恐ろしい。最初は重傷とはいえ、ただの骨折、次が父の栄転による米国への引越し、しかし、ここからコトが深刻になり、神経を病んだ末に夢遊病となって車に轢かれて死亡、不倫がばれて愛妻家出、同性愛とその相手の自殺を脅迫されて自殺、強迫観念から妻を撲殺し発狂……、心臓発作で倒れる、階段の踊り場の手すりが腐っていてそこから落ちて死亡、一番の親友が離れていくのに恐慌状態となり、その子を絞殺、自らは何か恐ろしいものを見たような顔をして首の骨をへし折られて死亡、双子の弟の死から立ち直れず銃で自殺と陰惨だ。昨今の女性向け小説のような結末を望むなら読まない方がいい。 しかし、この本の最初のパブリックスクールの内部を批判した文章があるせいで、これがこの作品の恐怖の元を生み出したということになるものの、私はこういう展開になるとは思わず、逆にこの文章にミスリードされた。でも、このバートランド・ラッセルの文章、「自分の所属する集団の不興を招くことほど大きな不幸はないと教え込まれたものは、その集団の愚かな人々に軽蔑されるよりは戦死を選び、云々(このあとパブリックスクールとそこから派生するマチズモのようなものを皮肉っている)」というのは男社会では古今東西問わず割とあることだし、もろ、日本のサラリーマン社畜により当てはまると思う。
January 2, 2012
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