日記

日記

出発の地



まず子供二人を産んだ病院。中に入ってみると当時のままだった。10数年前のまま。なんてなつかしく悲しいんでしょう。1階が診察室、2階が入院、新生児室。

十数年前にタイムスリップした。不妊症で1年ぐらい通い、やっと授かった長女。生まれたあの日。主人は喜んで何度も何度も新生児室に見に行ってたっけ。「はじめまして」って会いに行ったっけ、私も。幸せだったなあ。幸せだったから今、こんなにも悲しいんだよね。

涙があふれてしょうがなかった。出会った看護士さんに「この子達もこの病院で生まれたんですよ。」とそれだけ言えた。

その後、私たちの出発点であった、社宅を見に行った。子供たちに見せてやりたかった。なつかしい場所。長女はそこに2歳まで住み、長男は4ヶ月ごろまでしか住んでいなかったけど。私たちのささやかで短い歴史はあそこから始まったのかと、今は見知らぬ人が住んでいる明かりをながめた。

そして寮。主人が4ヶ月住んだ寮。寮長さんが案内してくださった。
とても歴史を感じる建物。6畳一間の部屋。ところどころにゴルフのボールが転がっていた。パターも出してあった。部屋でやってたのかな。

ああ、この部屋にいたのかあ、寂しくなかった?つらくなかった?この西向きのベランダから私たちが住むこの家を恋しくなることはなかった?どっと涙があふれた。乱れたベッド、そこで最後の痛みと戦っていたの?そばにいてやりたかった。つらかったでしょう。苦しかったでしょう。

冷蔵庫の中には、私が持たせた封も切られていないコーヒーが入っていた。私がいれなくちゃ飲まなかったんだね、あんなに好きだったのに。あとは後輩の結婚式での引き出物のケーキ。披露宴で乾杯の音頭をとるって、はりきってたから、私はその日にちを知らなかったので、あの結婚式「出れたのかな?」って心配してたから。よかった。出られて。部屋には「スピーチ」の本が残っていた。どんなスピーチしたの?おとなしい主人が。

子供たちはベッドに飛んでいき、むさぼるようににおいをかいでいた。
「パパのにおいがする」と。パパのにおいを全部吸い込みたかったんだね。


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