続きは、球場で。

続きは、球場で。

F41【episode 4】

F41



     episode 4

「いらっしゃ…なんだみーこか」

 仕事を終え、後片付けを終えた三景と沙愛が向かった先は『ぶ~け』というスナックだった。
 秘密兵器のハーブティーをブレンドし、定期的に届けてくれるのはここの雇われママである百合子こと赤平紘一郎。ママはママでもおかまママだ。

「あ~あ、また売り上げにならない客が来た~」

 戸籍上はれっきとした男であるが心は女性そのものの彼女は、球児であった高校時代に不祥事を起こして人生から大好きな野球を失ったものの、野球部の合宿中に培った料理の腕を生かしてスナックに就職、オーナーと兼任だった当時のママに気に入られ、ママがオーナー職に専念することになってその跡を継ぐ形になった。

 口は悪いが、心は慈愛に溢れた百合子ママのファンは多い。
 それに店で出すオリジナルメニューはどれも絶品で、お蔭で住宅街の片隅の小さなスナックなのに、赤字になったためしがない。

「とりあえずコレ食べて。で、正直な感想を800字以内で述べなさい」
「は~い、いただきま…って、800字って多いから!」
「何言ってんのよ、このお料理を完成させるまでにあたしがどれだけ試行錯誤したと思ってるの? それを100字や200字で簡単に表現されてたまるもんですかっ!」

 三景は親友であるがゆえに、最も百合子ママからの風当たりが強い。
 他の常連客にとっては、飲み代だけでコントライブを観られるようなもので、三景が来るとこっそり飲み仲間をメールで呼び出す者までいる程だ。

「…おいしぃ~い!」
「おいしい? 4文字? 800字以内って言ったら最低640字よ、あと636文字は?」
「むぅ~…おいしいおいしいおいしいおいしいおいしい…」
「あーもうこのボキャ貧!」

 他の客と店員たちは笑いをかみ殺しながら、それぞれに料理と酒を楽しんでいる。
 と、その時。

「こらそこ! 勝手にカウンターに入らない!」

 もともとこの店の常連であり、一時はバックヤードの仕事を手伝っていた沙愛が、こっそりカウンターに入って新しいボトルに自分の名前を書こうとしたのを、百合子ママは見逃さない。
 そしてギャラリーたちは「トリオ漫才になった」とますますニコニコ顔になるのだった。

 と、そこに誰かの携帯の着信音が鳴る。
 曲は『栄冠は君に輝く』だ。

「あ、ごめんなさい、私だわ。切るの忘れてた…」
 着信音の主は百合子ママのFOMAだった。
 バックヤードに下がって電話に出た百合子ママの声がところどころ聞こえてくる。

「…えっ、それホント!? よかったじゃない! …そうね、大変だろうけど…うん、応援してる、頑張ってね…」

 三景は、その電話が今日相談に訪れた元プロ野球選手の警備員からのものだと気づいた。
 彼と百合子ママがどういう関係なのか好奇心は沸いてきたが、それを訊けばまた叱られそうだから黙っていた。

 百合子ママに言わせると、お客さまが心を開いてその人生のディープな部分を語って下さるような職業の人間には、法律がそう決めているかどうかに関わらず守秘義務があるのだそうだ。
 それは百合子ママ自身もそうだし、ほぼカウンセラーとしての資質を求められる占い師、つまり三景もそうだという。

「特にみーこはホンモノの超能力者なんだから、絶対余計なこと言っちゃダメよ!」

 と、いつも釘を刺されているのだ。

 が、今回は少々事情が違うようだ。
 電話を切って店に戻ってきた百合子ママは、少し涙ぐんだ目で三景を見つめ、こんなことを言った。

「みーこなら根田君の背中を押してくれるって信じてたわ。ありがとう」

 後援会に悩まされながらも野球の世界へと戻っていく決意をした根田悠司は、百合子ママにとっては同じ高校の野球部の、3つ下の後輩にあたる。

 悠司が2年生の時に夏の甲子園出場が決まり、既におかまスナックで働いていた百合子ママ(その頃はまだママ職には就いていなかったが)が部の先輩として激励に訪れた時、後に『根田悠司後援会』の代表となる男とひと悶着あった。
 純粋に野球を愛していた百合子ママは、まだ17歳の少年の将来を己の欲望を満たす道具として鎖に繋いでおこうとしている輩が許せなかった。

 よく「おかまを怒らせると怖い」というが…その時の百合子ママは正に「怒ったおかま」。無敵だった。
 今なら厳重にオブラートに包んだ上に遠まわしに言うような正論を、二十歳になったばかりの百合子ママはむき出しのまま、真正面から投げつけた。
 かつて超高校級の強肩捕手として、あらゆる俊足のランナーを盗塁刺した時のように。

 それまで伯父の威圧的な態度に逆らえる者など見たことがなかった悠司は、その日を境に百合子ママに心酔し、その野球理論や、野球人としてあるべき姿勢を片っ端から吸収して行った。

 尊敬する3年生のキャプテンが、百合子ママの前では赤平さん赤平さんと少年野球のちびっ子のような目で教えを請う姿を見せたからでもあった。

 自身が持って生まれた才能に百合子ママの理論が加わり、悠司はプロの世界に通用する逸材となって後に所属チームとなる地元の球団のスカウトに見出され、高卒ルーキーとしてプロ野球選手になった。
 同じ学年に超名門校で派手な活躍を見せて世間の注目を一身に集めた者がいたため、卒業年度には甲子園に出られなかった悠司を指名したのは相思相愛のその球団だけだった。

 が、夢の実現は苦しみの始まりでもあった…

「…でね、このまましっぽ巻いて逃げ出すなんて我が校野球部OBとして許さないって叱り飛ばしてやったの。でも、それだけじゃ彼の背中を押してあげるには力が足りないと思って…」

 三景と親交が深いことを隠し、評判の占い師がいるからどうすればいいか見てもらったら、と送り込んだのだという。
 野球部の先輩である自分だけでなく、野球の匂いが全くしない三景が同じ道を勧めれば納得し、覚悟も出来るだろうと考えてのことだった。

 そして、百合子ママの思惑は当たった。

 百合子ママに促されてカウンターの端に置いてあるMac Bookで球団ホームページにアクセスすると、トップページに「根田悠司氏ジュニアチームコーチ就任決定」の文字があった。
 球団に直接復帰するわけではなく、関連する中学生チームのコーチに就任するのでそれ以上詳細な記事はなかったが、球団ファンのコミュニティには9割がた好意的な声が書き込まれていた。

 残りの1割のうち、激しい否定の言葉を書き連ねているのは、後援会の息のかかった者であるらしかった。



もどる  |  すすむ




© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: