「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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chiro128
浦島次郎の手記
内容は「新・うさぎとカメ」につながっている。
江藤が去ると、オオカミウオと俺だけが浜辺に残った。オオカミウオは水に入ったものの、帰る気配は全くなかった。眼と歯がぎらりぎらりと水の中で光っていた。
俺はちょっとこいつと一緒にいるのは嫌だな、さっさと帰りたいな、と思っていた。
「さぁ、浦島さん。乙姫様に会いに行きましょう」
オオカミウオに促されるが、俺の足はそちらにいかない。
「どうなされたのですか?」
またもやギラリと歯が光る。あれがなんとも怪しい。だけど、「乙姫様」という響きにはひかれるものがあった。浦島次郎は悩んだ。
そもそも、自ら「姫」と名乗っているのか?……それはかなり怪しい人だ。それとも「乙姫」という名前なのか? それはそれでセンスがないような……。
オオカミウオは俺のどうでもいいような悩みに気づいたようだった。まあ、座って考えましょうなどと岩場を指しながら「ちょっと、腰蓑も外して、リラックスしましょう」と言う。
まあ、それでもいいか、と腰蓑を外したのが間違いだった。瞬間、きらりと光ったオオカミウオの牙が私の外したばかりの腰蓑にかぶりついた。とっさのことで驚いた私は、離しかけていたのを握りなおして、振り回してしまったのだ。振り回されたものの、重さのあったオオカミウオは下に落ち、腰蓑は……ばらばらになってしまった。
オオカミウオは歯がみをして悔しがった。はらはらと散った腰蓑の藁は俺の周囲に散らばった。幸い、海には1本たりとも落ちはしなかった。俺はそれを集めて、途方に暮れた。
なんと言っても代々家宝とされてきた腰蓑だったのだ。ばらばらになってしまった腰蓑を両手に握り締めて俺はしばし呆然となってしまった。
どう、したら、いいんだろう……。
悔しがっているオオカミウオの姿が視界の隅にある。考えにもならない考えが回っている間に、オオカミウオの悔しがる声や動きが止まったこと、自分の身体にじわじわと変化が起こっていること、俺は全く気づいていなかった。
俺の手の皺がどんどん深くなっていく。オオカミウオは唖然としているようだった。潮が満ちてきて、腰まで水に浸かってしまった。水面に映る自分の顔は普段のままのように見える。が、この手はなんだ???
オオカミウオが言った。
「バカ、ふやけてるだけだろ」
しかしオオカミウオは本当のことを知ってはいなかったのだ。どんどん手のしわが増えていく。見る間に筋肉が衰えて、腕も足も細くなっていく。髪の毛も、細くなり、色が抜けて・・・・とうとう白髪だらけになってしまった。オオカミウオがあまりの事態に口をぱくぱくさせている。
そこで俺は前も後ろも顧みず、腰蓑をさっさと編み直すことにした。間に合わなければ、先祖の太郎さんと同じ目にあってしまう。これが代々の言い伝えだ。
腰蓑を編み始めてしばらくすると、髪の毛の色から変わりはじめた。真っ白で細かった髪の毛が、ゆっくりと黒く、太くなっていく。手足にも少しづつ肉がつき、編み終わる頃には、すっかり元の俺の姿に戻っていた。
しかし、俺は不覚だった。オオカミウオがこの時を待っているとは思わなかった。出来上がったとほっとした瞬間にオオカミウオが俺の手から腰蓑を奪っていった。
「こんな面白いものだったとは!」
オオカミウオは腰蓑を口にくわえて、そう叫んだ。物をくわえているのでこんな明瞭には言ってなかったが。
「ずっと腰蓑というものをつけてみたかったが…こんな面白いものだったとは!」
奪い返そうとした俺は、足腰が萎えて座り込んでしまった。これはまずい。まずすぎる……。
潮が満ちて、俺の立っていた小さな岩はもう完全に水の中だった。オオカミウオがさっさと遠ざかっていく。俺はというと実は泳げない。
浦島太郎以来代々泳げない家系なのだ。俺は勇気を出して海の中に潜った。
オオカミウオが離れていくにつれて、俺の体がどんどんまた年をとっていく。筋肉が衰える前に何とかしなければ。もぐってみようとしてみたが、海というものはなかなか潜れないものらしい。
ところがオオカミウオが引きつっているのが見えた。やつは俺の腰蓑を自分で巻いてみていたのだ。それがやつには合わなかったらしい。オオカミウオともあろうものが青ざめていたのだ。
運が自分に向いてきた。そう思って、俺は必死に手足を動かした。(多分傍から見たらおぼれてるように見えただろう。)オオカミウオが近づいてくる。
と思ったら、なんかさっきよりオオカミウオが小さく見えた。腰蓑の効果が、オオカミウオにも及んだのだ。俺の手が腰蓑に届いた。俺はしっかりと腰蓑を握った。衰弱したオオカミウオは振り払う気力もない。
俺は腰蓑を取り戻したのだ。その時、俺は自分が泳げないのを思い出した。
目的を達してしまうと人間というものは思い出さなくてもいいことを思い出すようだ。そんなことを思いながら、俺は手足をがむしゃらに動かした。どうやってここまで泳いで(動いて?)こられたのだろう?
だんだん呼吸が苦しくなる。目の前が暗くなってきた。
目が覚めたら、なんてことだ、目の前には乙姫様が立っていた。なんだなんだ、ここは海の底じゃないのか? 一体なんだ、ここはどうなってるんだ。
乙姫様は俺に向かって何か差し出している。なんだ、俺の腰蓑じゃないか。ところが乙姫様はこんなことを言い出した。
「浦島様ですね、太郎様には大変お世話になりました。ところで、あなたが落としたのはこの銀の腰蓑ですか? それとも、こちらの藁の腰蓑ですか?」
「た、太郎様?!」
思わず声が裏返った。も、もしやそれは、俺の祖先の浦島太郎か? ってことは、この人はいくつなんだ一体?! 動揺して言葉もない俺に、乙姫様はさらに聞いてくる。
「それとも、この金の腰蓑ですか?」
そのとき、後ろから元気を取り戻したらしいオオカミウオがすごい勢いですっとんでくると俺を押しのけて乙姫様の前に出るとこういった。
「金だ! 金の腰蓑だ!! 俺は金の腰蓑を無くした!!」
驚いた俺はオオカミウオのひれを引っ張った。
「嘘を言うなよ。俺の腰蓑は藁でできてる」
「うるさい、黙ってろ!」
言い争う俺たちを見ていた乙姫様の表情が、みるみるうちに変わっていった。しかし、乙姫様の声だけは冷静だった。
「嘘つきは泥棒の始まりです」
俺は凍った。オオカミウオは脂汗を出した。俺は改めて否定した。激しく否定した。思えば、これがよくなかったのだ。
後ずさりしながら、俺は必死に言い募った。
「俺の腰蓑は・・・俺の腰蓑は・・・・・!!!」
頭の中がぐるぐる回る。もう何も考えられない。このままではまずい。どんどん俺は老化していってしまう・・・。焦りがとっさに叫ばせた。
「俺の腰蓑は、銀の腰蓑だ!!」
「ならば、最初からそうおっしゃればいいのにぃ」
乙姫様は、くだけた調子になった。俺だって、そんなことで騙されはしない。
「いや、今のは嘘です。藁のをお返し下さい」
「やはり嘘付きですね」
乙姫様は三つの腰蓑を持ったまま立ち去った。オオカミウオが俺に向かって言ってきた。
「こうなったら、顛末書を書いて待つしかないな」
顛末書? いったいここはどういう世界なんだ。俺には到底理解できなかった。どこからともなくオオカミウオが紙と矢立を取り出すと
「ここに署名とかしてくれ」
といって、一箇所をひれで示した。覗き込んだ紙には、文字と呼んでいいのかこれは?! そう思えるなにかが並んでいた。よく判らないが、ともかく俺は筆をとり、署名した。
オオカミウオがひったくるように紙を奪い、「やり~」と言って逃げていった。俺はなんのことか判らないので、その場にデンと座った。
あの署名を書いた紙は、いったいなんだったのだろう? しっかり聞いておけばよかったな、と少し後悔しはじめた。いちど少しでも引っかかると、その引っかかりはどんどん気になっていく。
しばらく座り込んで考えていたが、やっぱり気になってしかたなくなり、俺はオオカミウオの後を追うために立ち上がった。
しかし、そこに立っていたのは乙姫様だった。私に話があるようだ。
「申し訳ございません。うちの者が大変迷惑をおかけしまして。オオカミウオは悪い者ではないのですが、いたずらなもので。実はご先祖に当たる太郎様に対しても同じようなことをいたしまして、注意はしているのですが、どうも直りません。
「さ、これですよね、家宝にされている腰蓑。それから、これは付き物なので、ご辞退はされぬようにお願いしますが、玉手箱でございます。お収め下さい」
俺はしかし気になることがあったので、この際訊いた。
「さきほどもオオカミウオが何かに署名をしろというのでしたのですが、あれは・・・」
「おほほほ、まあ、また同じことを。それは浦島様から私に宛てた恋文ということになっているのでしょう。浦島様からの本心ならばともかく・・・」
そう言われ、俺は実はむずむずしてきた。なんと言っても乙姫様は綺麗な方だ。俺だってむずむずして不思議はない。
しかし、玉手箱を再び手にすることになろうとは思わなかった。それを持って呆然としていると乙姫様は消えてしまった。足下には藁の腰蓑が落ちていた。
それを拾おうとするとそこはもう浜辺で、なんとオオカミウオが近くにいるではないか。俺はオオカミウオに玉手箱をくれてやった。その代わり、俺の腰蓑には絶対に触るなと約束させた。オオカミウオは嬉しそうに去っていった。
・・・そこへうさぎとカメがやって来た。俺は嬉しくなって、大きく手を振った。
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