《櫻井ジャーナル》

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2011.12.17
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 12月14日にバラク・オバマ米大統領はイラク戦争の終結を宣言した。1990年代から公然とサダム・フセイン体制の打倒を叫んでいたアメリカの一部勢力、つまり親イスラエル派のネオコン(新保守)の戦略は実現されたのだが、その結果は破壊と殺戮、イラクは血で真っ赤に染まっている。

 ネオコンの戦略をまとめた文書として1996年に公表された「決別」は特に有名。この文書はリチャード・パールを中心にしてまとめられたもので、トルコとヨルダンを同盟国と位置づけ、労働シオニズムを敵視、パレスチナとの和平を拒否、シリアやイランを危険視、イラクからサダム・フセインを排除し、アメリカとの新しい関係を築くために親イスラエル派を支援するとしている。親イスラエル派の政治家の象徴として名前が挙げられているのはニュート・ギングリッチだ。

 こうした戦略が動き始めたのは2001年9月11日。世界貿易センターやペンタゴンへの攻撃があって5時間もしないうちに、ドナルド・ラムズフェルド国防長官は部下に対してイラク攻撃のプランを考えろと命令、 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると 、その10日後にジョージ・W・ブッシュ政権は攻撃計画を作成、その数週間後にはイラクだけでなく、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが攻撃予定国に名を連ねていたという。

 攻撃の直後にアメリカ政府はアル・カイダの犯行だと断定、「報復攻撃」を行う雰囲気作りに入った。この決定に至るまでに十分な捜査/調査時間があったとは思えない。

 実は、アル・カイダが何らかの攻撃を計画していることは各国から警告されていた。例えば、1999年にはイギリスの対外情報機関から、2001年1月にはエジプトの情報機関から、攻撃の数週間前にはロシアの情報機関から、といった具合だ。

 FBIで翻訳官を務め、機密情報に接する機会のあったシベル・エドモンズが2009年に行った宣誓供述によると、2001年4月にFBIはイランの情報機関員からオサマ・ビン・ラディンの攻撃計画を知らされていたという。

 また、CIAの協力者だったスーザン・リンダウアーは、2001年4月の段階でアメリカの情報機関がカリフォルニアやニューヨークで「テロ活動」のあることを知っていたとしている。

 7月になるとアフガニスタンでは「テロ」が差し迫っていると語られ、8月にはリンダウアー自身、ジョン・アシュクロフト司法長官のスタッフなどに対し、ハイジャックや航空機を使った爆破工作に注意するように伝えている。(こうした「テロ情報」では、爆弾を使った攻撃が想定され、航空機の突入ではなかったようだ。)






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最終更新日  2011.12.18 04:28:56


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