ドイツがポーランドへ攻め込む2年前、つまり1937年12月に日本軍は南京を攻略している。中支那方面軍司令官兼上海派遣軍司令官だった松井石根大将が指揮したことになっているが、事実上のトップは昭和天皇の叔父にあたる上海派遣軍の司令官だった朝香宮鳩彦だった。そこで何が行われたかをイギリスも知っていたはずだが、その直後、イギリスの支配層でソ連を第1の敵と考える勢力が「日本・アングロ・ファシスト同盟」を結成しようと考えていたという。(Anthony Cave Brown, “"C": The Secret Life of Sir Stewart Graham Menzies”, Macmillan, 1988)、
1944年になるとドイツ陸軍参謀本部でソ連情報を担当していた第12課の課長を務めていたラインハルト・ゲーレン准将(当時)もダレスに接触、45年初頭にダレスはSSの高官だったカール・ウルフに隠れ家を提供、北イタリアにおけるドイツ将兵の降伏についての秘密会談も行われた。サンライズ作戦だ。ウルフはイタリアにいる親衛隊を統括、アメリカ軍のイタリア占領を迅速に実現させることができる立場にあった。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995 / Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014)