日本の支配層が執着している現在の「元号」は一世一元、つまり天皇と一心同体の関係にある。天災、事変、祥瑞、即位などさまざまな理由で改められていた本来の元号とは異質。薩摩と長州を中心とする「明治王朝」によって作り上げられた新しいものである。
今でも続く明治王朝とは天皇制官僚体制であり、その上にはイギリスやアメリカを支配する巨大金融資本が君臨している。その歴史は本ブログでも繰り返し書いてきた。明治王朝が築かれる過程で自由民権運動が破壊され、琉球併合を手始めに東アジア侵略をはじめている。
その侵略を後押ししていたのがイギリスの支配層。中でも重要や役割を果たしたジャーディン・マセソンは中国(清)への麻薬密輸や武器取引で大儲けした会社だ。麻薬を売りつけるため、イギリスは1840年から42年にかけてアヘン戦争、56年から60年までアロー戦争を引き起こしている。
彼らが扱っていた麻薬、つまりアヘンはインドから持ち込まれていた。そのインドを支配するためにイギリスの東インド会社は傭兵(セポイ)を使っていたが、この傭兵が1857年に武装蜂起、一般のインド人を巻き込んで大反乱になる。
蜂起軍は統制されていなかったことから1859年に鎮圧されるが、その年にジャーディン・マセソンはふたりのエージェントを日本へ送り込んでいる。ひとりは某作家の歴史小説で有名なトーマス・グラバーで、赴任地は長崎。もうひとりはジャーディン・マセソンの創設者一族に属すウィリアム・ケズウィックで、赴任地は横浜。
日本を貿易の対象と見ていただろうが、それだけでなく、傭兵の供給地にしようと目論んでいた可能性が高い。アヘン戦争やアロー戦争でイギリスは中国に勝利したが、それは海戦。内陸部を支配する兵力を持っていなかった。傭兵が必要、ということで日本が目をつけられたのだろう。だからこそ、イギリスは戦費を用立て、技術を提供している。
明治以降は勿論だが、それ以前も日本が世界と無縁だったわけではない。そもそも「鎖国」という表現が正しくない。外国との交流はあったが、徳川体制が管理していただけである。現在も人びとが勝手に外国へ出て行ったり、外国人が勝手に日本へ入ってくれば犯罪だ。
ところが、日本は外国と関係ない閉じた空間だという前提で歴史を考え、歴史も因果の連鎖として捉える人が少なくない。現在の内政を語る場合にも似たことが言える。少なからぬ日本人は空間的な広がりや時間的な流れで現状を見ることができない。
日本人がそうした思考をする一因は元号にあるのではないだろうか。元号は日本独自のもので、外国の出来事との関連を考えるためには不便。歴史も寸断され、大きな流れとして捉えることには不向きだ。しかも出来事を天皇と結びつけて考えることを強いる。元号は支配層が情報操作する道具としても機能している。